労災民事訴訟における過失相殺・寄与度減額について

1  はじめに

 労働者が過重労働により精神障害を発病し、あるいは著しく増悪して、自死するに至ったという事案では、労災保険給付の請求とは別に、会社に対して直接損害賠償の支払を求める場合もあります。

 労災手続では、精神障害の発病が、業務に内在する危険が現実化した結果であると認められれば、業務上の災害と認定されるため、原則として労働者側の落ち度は問題となりません。これに対し、労災民事訴訟では、会社側から、損害発生の助長・拡大には、労働者側の落ち度や性格、精神障害の既往歴なども影響したのではないかという主張がされることがあります。「過失相殺」や「寄与度減額」といわれるものです。

 たとえば、労働者の性格がまじめで責任感が強く、几帳面かつ完ぺき主義で、能力以上に仕事を自分で抱え込み、しばしば徹夜で仕事をするなど、業務遂行の方法に問題があったとか、もともと精神障害を患っていて、そのことを会社に申告しなかったために心身の健康への配慮ができず、精神障害の増悪を防げなかった、等の主張です。

 会社側の過失相殺・寄与度減額の主張が認められて、たとえば30%減額されるとすると、損害額全体からまず30%が控除され、そこからさらに、労災保険金等が差し引かれることになり、認容額は小さなものとなってしまいます。なので、過失相殺・寄与度減額が認められるか否かは、実務上は重要な争点の一つとなっています。

2 民法の規定

 民法では、「被害者に過失があったときは、裁判所は、これを考慮して、損害賠償の額を定めることができる」とされています(民法722条2項)。これは、被害者に発生した損害を被害者と加害者との間で公平に分担するための制度です。

 そして、被害者の側に「過失」があった場合にとどまらず、被害者の性格等の心因的要因が損害の発生または拡大に寄与した場合についても、民法722条2項を類推適用して考慮することができるとされています。これは、労災民事訴訟においても、同様とされています。

3  参考となる最高裁判例

 では、裁判では、労働者側の性格や落ち度はどのように考慮されているのでしょうか。事案ごとに様々な判断が示されているのですが、ここでは2つの最高裁判決を引用したいと思います。

 第1に、いわゆる電通過労自殺事件の最高裁判決(最判平成12年3月24日・判タ1028号80頁)です。この事件では、労働者が、まじめで責任感が強く、几帳面かつ完ぺき主義であり、うつ病に親和的な性格であったことを、損害額の減額要因と評価すべきか等が問題となりました。

 電通事件最判は、「企業等に雇用される労働者の性格が多様のものであることはいうまでもないところ、ある業務に従事する特定の労働者の性格が同種の業務に従事する労働者の個性の多様さとして通常想定される範囲を外れるものでない限り、その性格及びこれに基づく業務遂行の態様等が業務の過重負担に起因して当該労働者に生じた損害の発生又は拡大に寄与したとしても、そのような事態は使用者として予想すべきものということができる。しかも、使用者又はこれに代わって労働者に対し業務上の指揮監督を行う者は、各労働者がその従事すべき業務に適するか否かを判断して、その配置先、遂行すべき業務の内容等を定めるのであり、その際に、各労働者の性格をも考慮することができるのである。したがって、労働者の性格が前記の範囲を外れるものでない場合には、裁判所は、業務の負担が過重であることを原因とする損害賠償請求において使用者の賠償すべき額を決定するに当たり、その性格及びこれに基づく業務遂行の態様等を、心因的要因としてしんしゃくすることはできないというべきである。」としています。

 第2に、いわゆる東芝うつ病事件の最高裁判決(最判平成26年3月24日・労判1094号22頁)です。この事件は、労働者が、既往の精神疾患等自らの精神的健康(いわゆるメンタルヘルス)に関する情報を使用者に申告しなかったことを理由として、過失相殺をすることができるか否か、及び、個体側の脆弱性を理由に素因減額をすることができるか否かが争われた事件です。

 東芝事件最判は、精神疾患の既往歴の不告知については、①メンタルヘルスに関する情報は、労働者にとって、自己のプライバシーに属する情報であり、人事考課等にも影響し得る事柄として通常は職場において知られることなく就労を継続しようとすることが想定される性質の情報であること、②使用者は、必ずしも労働者からの申告がなくても、その健康に関わる労働環境等に十分な注意を払うべき安全配慮義務を負っているところ、労働者にとって過重な業務が続く中でその体調の悪化が看取される場合には、上記のような情報については労働者本人からの積極的な申告が期待し難いことを前提とした上で、必要に応じてその業務を軽減するなど労働者の心身の健康への配慮に努める必要があるものというべきこと、③本件においては、過重な業務が続く中で、労働者は、体調が不良であることを使用者に伝えて相当の日数の欠勤を繰り返し、業務の軽減の申出をするなどしていたものであるから、使用者としては、そのような状態が過重な業務によって生じていることを認識し得る状況にあり、その状態の悪化を防ぐために労働者の業務の軽減をするなどの措置を執ることは可能であったことなどの点を考慮して、使用者が労働者に対し上記の措置を執らずにうつ病が発症し増悪したことについて、労働者が使用者に対して上記の情報を申告しなかったことを重視するのは相当でないとして、過失相殺を否定しました。

 また、個体側の脆弱性については、上記の電通事件最判の規範が労働者の脆弱性の判断にも適用のある規範であることを前提として、「同種の業務に従事する労働者の個性の多様さとして通常想定される範囲を外れる脆弱性などの特性等を有していたことをうかがわせるに足りる事情があるということはできない」として、素因減額も否定しました。

4 まとめ

 以上の最高裁判例からすれば、業務とうつ病等の精神障害の発病(さらに自殺)との間に因果関係が認められ、会社側の安全配慮義務違反もある場合に、労働者側の体質や心的要因を理由として過失相殺や寄与度減額することには、抑制的であるということができるかと思います。

 過失相殺は、損害の公平な分担を目的とした制度ですが、使用者は、労働契約に基づき労働者の心身の安全を確保する第1次的な責任を負っており、個性のある労働者の心身の健康状態、意欲等を勘案しつつ人事権を行使する権限をもち、現実にコントロール可能なのも使用者です。使用者が労働者に対して過重な業務を課す一方で、使用者として必要な労務管理(労働時間・仕事量の適正化、人員配置・調整等)をしないという安全配慮義務違反が存する事案において、労働者側の体質や心的要因を理由に過失相殺の適用又は類推適用により減額するのは、かえって公平とはいえないといいうるでしょう。

パワーハラスメントの調査方法について

 はじめまして。大阪で弁護士をしております松村隆志(まつむらたかし)と申します。2022年から当弁護団に加入しており、今回初めてブログを書かせていただくことになりました。

 さて、私は現在、当弁護団で2件の過労自殺の案件を担当しておりますが、いずれも上司や同僚からパワーハラスメント(以下「パワハラ」と略記します。)を受けた事案です。どのような言動がパワハラに当たるのかについては、生越照幸弁護士の2024年3月12日のコラム2020年8月17日のコラムに詳しい説明がございますので、そちらをご覧いただければと思います。今回は、パワハラの調査の流れについてご説明したいと思います。

 私たち弁護士がご遺族からご相談を伺う際には、亡くなった本人がどのようなパワハラ被害を受けたのか、そして、その被害をどのように証明するのかという点に注意して伺います。ただ、被害者本人が亡くなっているため、そもそもどのような被害があったのかもよくわからないことも珍しくありません。

 私たちは、ご相談を受けた場合、まずは、遺書や本人の日記、ご遺族が自死された方から生前に聞いていたお話、加害者等とのメールのやり取り、友人や同僚とのメッセージのやり取りなどを確認し、本人の受けた被害について手掛かりとなる記載がないかを調べます。自死された方が精神科その他の病院に通院していた場合には、カルテを取り寄せて医師にパワハラの被害を説明していないかも確認することになります。また、パワハラを見聞きした同僚の方の協力を得られれば、事実の確認の観点からも証明の観点からも非常に意味があります。

 どのような事実があったのかが明らかになれば、次にその事実をどのようにして証明するかが問題となります。録音や加害者とのメールのやりとり、同僚の方の供述でパワハラ被害の証明が十分であればよいのですが、そのような事案ばかりではありません。証拠が不足する場合に、考えられる手立てとしては主に2通りあります。

 第1には、事業主に対してパワハラ被害を申し出て、調査を求める方法です。

 事業主は、パワハラによって労働者の就業環境が害されることのないよう、労働者からの相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備その他の雇用管理上必要な措置を講じる義務を負っています(労働施策総合推進法30条の2第1項)。具体的には、パワハラの相談の申出があった場合には、相談者と加害者からの事実確認を行い、必要があれば第三者からも聴取する等して、事実関係を迅速かつ正確に確認する義務があります(令和2年厚生労働省告示第5号)。

 事業主の側で、パワハラがあった事実を隠そうとするリスクはありますが、他の同僚の見ている場で苛烈なパワハラがあった場合や、他の同僚もその加害者から被害を受けているような場合などは、事業主による調査でもパワハラの事実を裏付けるような証言が得られる可能性があります。

 第2に、労働基準監督署長に労災保険給付を請求して、労基署の調査に委ねる方法です。

 労働基準監督署長には労災について必要な調査を行う権限が与えられており(労災保険法46条)、パワハラ等により精神障害を発病したとの訴えがあれば、職場の関係者から聴き取りをして、そのような事実があったか否かが調査されます。関係者からの聴取書は、手続が進めば開示を受けることができます。

 パワハラの事案は、当事者の間で密室的に行われることも多く、類型的に立証に困難を伴うものです。ただ、録音などの直接的な証拠がない場合でも、調査を通してパワハラの事実を証明できる可能性があります。あきらめず、まずは当弁護団までご相談いただければと思います。