自死事件を担当してみて感じたこと

大阪で弁護士をしております、別所 大樹と申します。

自死遺族支援弁護団に加入して数年が立ち、実際に自死事件を担当させていただいております。

事件処理をしていく中で特に感じたことは、ご遺族に代わってメールやLINE等の内容を把握し、なぜ自死をするに至ってしまったのか、その全貌を究明していくことの重要性です。

労災請求は、遺族として労災補償年金等を請求していくものではありますが、実際に請求するに当たっては、お仕事上のメールや上司等のLINEの履歴等を確認し、どのような心理的負荷を感じる出来事があったのかを確認していきます。

この作業を自死された方のご遺族がご自身で行うには負担が大きすぎるものの、代理人として代わりに確認をし、心理的負荷を感じる出来事を抽出してご遺族にご報告することで、ご遺族はなぜ故人が自死してしまったのか、その一端を知ることができます。

労災請求は、ご遺族だけでは行うことができない事件の全貌を究明していくためにも非常に重要です。

自死に関するお悩みをお持ちの方は、ご遠慮なく当弁護団までご連絡ください。

事実に始まり、事実に終わる

 弁護団では、生命保険・労働・賃貸・医療など、自死遺族の方が直面する様々な分野の相談を受け付けています。
 僕たち弁護士は、相談者の方から、どのような事実があったのかをうかがい、その事実を前提として、必要な手続や見通しについて、法律論・裁判例・経験等を踏まえた法的アドバイスをすることになります。

 それと並行して弁護士が次に考えるのは、相談者の方が言葉としてお話になった事実を、証拠をもって裏付けることができるかどうかということです。

 それは、最終的な紛争解決手段である裁判(訴訟)が、事実に法律を適用して結論を得る手続であり、裁判所に事実を適切に認定してもらうためは、証拠による裏付けが必要不可欠になるからです。

 どこかで聞いた気もしますが、真実はいつも一つ。でも、常に真実が解明されるとは限りません。「こういう証拠があれば事実が明らかになったのに…」と思うことは山ほどあります。

 また、事実を裏付ける証拠は、時間の経過とともに失われていくことが多く「もっと早く相談してもらえたら…」と思うこともよくあります。

 そういえば、先日開催された弁護団の勉強会でも、事実を裏付ける証拠をどうやって集めるべきか、意見交換していました。いくら理屈を勉強しても経験を蓄積しても「事実の壁」が立ちはだかりますが、臆することなく立ち向かっていきたいと思います。

通院歴がない場合の発病の立証

 厚生労働省が2021年10月26日に発表した「過労死等防止白書」によると、2012~2017年度に労災認定された自死のおよそ半数が、精神障害の発症から6日以内に起きていることが明らかになりました。

 過労死等防止白書の概要(上記報告は13頁に記載)

 2012年~2017年度に業務上のストレスによる精神障害で労災認定された過労自殺は497件でした。そのうち、約半数の235人がうつ病などの発症から6日以内に亡くなり、発症から7~29日は93人、30~89日は75人、360日以上は46人でした。

 また、亡くなる前に医療期間への「受診歴なし」が318件(64.0%)であり、半分以上の方が医療機関への通院がなかったことも明らかになっています。

 労災の要件として、うつ病や適応障害などの労災の対象となる精神障害を発病していることが一つの要件とされています。

 ご遺族からの相談をお聞きする中でも、亡くなる前に医療機関への受診歴がない方が多くおられます。また、過労死等防止白書の報告のように、精神障害発症から6日以内に自死に至るようなケースでは、医療機関への受診等を経ずに自死に至るケースがほとんどです。

 しかし、医療機関への受診歴がない場合でも、うつ病や適応障害などの精神障害の発病があったことを示す「本人の様子の変化」を基礎づけることができれば、発病していることも認められる可能性があります(実際に、上記のとおり通院歴のない半数以上のケースで、発病が認められて労災認定されています。)

 発病が認められるためには、同居の家族、職場の関係者、友人等から聴き取り、SNS(LINE、Twitterなど)でのやりとりの記録、インターネットの検索履歴等で、発病を基礎づける事実を証明することが必要となります。

 例えば、もともと明るく活発な性格の方が暗く沈んだ表情をするようになったり、仕事や将来に対して愚痴を多くこぼし転職を検討するようになった場合、もともと穏やかな性格の方が怒りっぽく神経質になる場合、インターネットで「うつ病」、「心療内科」や「自死」、「自死の方法」などについて検索している場合などが発病を基礎づける事実の例として挙げられます。また、精神科・心療内科以外の病院に通院している場合もメンタルの不調が影響して身体の不調が生じている可能性もあります。

 このように、医療機関への通院歴がない場合でも、本人の様子の変化を詳細に証明していくことで発病が認められる可能性が高くなります。弁護団にご相談いただければ、そのような事実もご一緒に確認させていただきます。

>>過労自殺(自死)について

子どもの自死の実情と課題

 近年のコロナ禍は、子どもの心身に大きく影響を与えています。2020年の小中高生の自死は、過去最多の499人、2021年も473人と過去2番目に多くなっています。児童生徒の自殺予防に関する文部科学省の有識者会議は、自死した児童生徒が増加した背景について、コロナ禍による家庭・子どもの環境変化が影響した可能性があると報告しています。

 弁護団で活動をしていると、子どもを亡くされたご遺族からのご相談をお聞きすることが少なからずあります。その際に課題に感じるのが、自死の原因の特定です。

 子どもは、大人から見ると、何の前触れもなく、突然衝動的に自殺してしまうという例があります。年齢が低いほど、その傾向は強いようです。もちろん、子どもの自死にも動機はあるものですが、感情が高まりやすいこと、理性が十分に発達していないことから、大人には理解できない小さなきっかけで自殺してしまうことがあるように思います。大人にとっては小さなことでも子どもにとっては深刻なことなのです。

 それに加えて、近年の子どもたちを取り巻く環境は、ひと昔より一層複雑に変化しています。SNSの情報や芸能人の自殺報道に影響されたり、死を現実的なものとは考えられず美化してしまったりすることもあるようです。

 文部科学省は、新型コロナウィルス感染症に対応した小中高校等の教育活動の再開後の児童生徒に対する生徒指導上の留意点について通知を発しています。同通知では、学校における早期発見に向けた取り組み、保護者に対する家庭における見守りの促進、ネットパトロールの強化を中心として、自殺予防に向けた取り組みの積極的な実施を促しています。

 子どもの自死が深刻な状況であることを社会全体として自覚し、自殺対策とコロナ対策を一体的に取り組むことが求められています。

死と法律

1 死の定義

 死の定義(時期)については、医学、法学、哲学、文化学などによって様々な議論がされています。

 学説を俯瞰すれば、死は瞬間的なものではなく段階的なプロセスによって生じるものの、「身体の死」(身体機能(Body機能)の停止)か「認知機能の喪失や脳の死」(人格機能(Person機能)の停止)のいずれかを死の時期とする説に大別されるようです(シェリー・ケーガン「「死」とは何か」文響社 36頁、ナショナル・ジオグラフィック「生と死 その境界を科学する。」日経ナショナルジオグラフィック社)。

 それでは、法学的には死はどのように定義されているのでしょうか。

 実は、法律は「死」について積極的な定義をしておらず、心臓停止・呼吸停止・瞳孔反射の喪失で判断する三徴候説という学説が有力です。

 しかし、生命維持技術の発展に伴い、医学においては全脳死をもって死亡時期と考える見解が支配的になったため、現在では、法学においても、三徴候説に動揺が生じ、未だに決着を見ない論争が続いています(西田典之「刑法各論 第四版補訂版」弘文堂 9頁)。

 なお、民法においては、同一事故で複数の人が死亡した場合についての同時死亡の推定(民法32条の2)、7年以上行方不明の者について法律上死亡したものとしてみなす失踪宣告(民法30条)が規定されています。

2 死の法的効果

 民法上の死亡の効果としては、相続が発生します(882条)。

 また、明文の規定はありませんが、死亡によって、人は権利能力(法律上の権利・義務を持つことができる資格)を失うといわれています。

3 死者に対する名誉毀損

 近似、SNSの普及により、死の事実が虚実織り交ぜた形で遺族の承諾なく拡散されるような事案を目にします。

 そのような場合、死者に対する名誉毀損が成立するか否かが、遺族による同記事の削除請求等の可否との関係で問題となります。

 まず、刑法上は、虚偽の事実によって、死者の名誉を毀損した場合には、名誉毀損罪が成立します(刑法230条2項)。

 しかし、民法上は、上記のとおり、人は死亡によって権利能力を失うため、死者は名誉権という権利を持たず、死者に対する名誉毀損は成立しないといわれています(斎藤博「故人に対する名誉毀損」判評228号33頁、東京地判平成23年4月25日ウエストロー2011WLJPCA04258004)。

 そこで、死に関する事実を拡散等された遺族は、死者の名誉権ではなく、遺族自身の「敬愛追慕の情」(死者を想う気持ち)という権利に基づいて、削除請求や損害賠償請求の余地があるという解釈が編み出されました(東京地判平成23年4月25日ウエストロー2011WLJPCA04258004、東京地判平成22年12月20日ウエストロー2010WLJPCA12208003)。

 これは、死者自身の名誉権を認めるドイツ法的な解釈ではなく、死者に対する近親者の愛情を権利として認めるフランス法的な解釈です。

 死者に関する名誉毀損は、非常に難しい法律問題ですが、遺族の方が少しでも平穏な日々を送れるよう我々も日々勉強を重ねておりますので、いつでもご相談ください。

大津市いじめ自死大阪高裁判決の問題点

 大阪高等裁判所は、令和2年2月27日、大津市立中学2年の男子生徒がいじめによって自死したことに関し、両親の加害少年らに対する損害賠償請求を一部認める判決を下しました。
 この高裁判決は、いじめと自死との間に相当因果関係を認めた点で評価されていますが、その一方で、損害額を4割減額した点については様々な批判があります。私が特に問題視しているのは、以下の3つの点です。

 まず、第1の問題点は、この高裁判決が「自殺は、基本的には行為者が自らの意思で選択した行為であり、そのような選択がなければ、起こり得ないものであって、自らの死という結果を直接招来したものとして、そのような結果により生じた損害の公平な分担を考える上では、過失相殺を基礎付ける事情として、上記の点を無視することはできないものといわざるを得ない。」と判示している点です。
 日本では、長らく自死は自己選択だという考え方が一般的であったといえます。しかし、自殺対策基本法が2006年に制定され、自殺総合対策大綱は、多くの自死が個人の自由な意思や選択の結果ではなく、様々な悩みにより心理的に「追い込まれた末の死」であることを明示しました。自死が「行為者が自らの意思で選択した行為」という考え方は、日本の自死対策の針を自殺対策基本法の前に逆戻りさせる古い考え方だといえます。
 また、生徒は自死当時中学校2年生であり、まだ人格的にも未成熟であったと考えられます。にもかかわらず、自死を「行為者が自らの意思で選択した行為」と断定することは、人格的に未成熟である未成年に対して過度に自己責任を強いるものと評価できます。個人的にはこのような考え方に対して強い違和感を覚えます。

 次に第2の問題点は、この高裁判決が「青少年の自殺の特徴としては、大人と比べ、精神障害との関連性は低いことが認められる。」と判示している点です。
 そもそも、この高裁判決が前提とする医学的知見は正確ではありません。海外の研究では、思春期の自死者の80~90%に精神障害を認め、特に気分障害(とくに大うつ病性障害)が最も多く、思春期の自死既遂者の50~60%を占めるとの研究や、思春期の自死既遂において100%に精神障害を認めたとの研究も存在します(※1)。
 しかし、このような医学的知見は日本では一般的ではなく、日本で青少年の自死と精神障害との関係を調べた論文も少ないようです。不思議に思って知人の精神科の医師らに聞くと、「日本では小児精神科医の数が少ない。」、「小児精神では大学で博士号が取りにくい。」、「小児科との切り分けが難しい。」という事情があると聞きました。日本は青少年の自死が非常に多いことで知られています。もし大学の医学部の事情や、医師の業界内部の事情が影響し、精神障害で苦しんでいる青少年が十分な治療を受けられず、その結果、救える命が救えていないとすれば、非常に問題が大きいと言わざるを得ません。

 最後に第3の点は、第1と第2の問題点とも関係しますが、大人の場合との均衡がとれていないという点です。
 そもそも、大人の自死の場合、その背後に精神障害が存在していることは医学的に十分知られています。例えば、WHOの調査によれば、自死した人達のうち98%の人達は、精神病院への入通院歴に関係なく、最低1つの精神障害を発病していたことが明らかになっています(※2)。
 また、労災制度では、故意の負傷、疾病、死亡は労災の対象となりません(労働者災害補償保険法第12条の2の2第1項)。しかし、「業務上の精神障害によって、正常の認識、行為選択能力が著しく阻害され、又は自殺行為を思いとどまる精神的な抑制力が著しく阻害されている状態で自殺が行われたと認められる場合には、結果の発生を意図した故意には該当しない。」(平成11年9月14日付け基発第545号)とされ、さらに「業務によりICD-10のF0からF4に分類される精神障害を発病したと認められる者が自殺を図った場合には、精神障害によって正常の認識、行為選択能力が著しく阻害され、あるいは自殺行為を思いとどまる精神的抑制力が著しく阻害されている状態に陥ったものと推定し、業務起因性を認める。」(令和2年8月21日基発0821第4号)とされています。つまり、労災制度では、うつ病などの精神障害を発病していた場合、自死は「故意」に基づき自ら選択したものではなく、希死念慮等の精神障害の症状によって自死に至ったと考えるのです。
 大人の場合はこのような考え方が採用されているにもかかわらず、青少年の場合はあたかも「故意」によって自死を自ら選択したかのような判断がなされることは、著しく均衡を欠いていると考えます。

 報道によれば、この高裁判決は、最高裁が両親の上告受理申立を認めなかったことから、確定したそうです。つまり、最高裁がこの高裁判決の内容に誤りがないと認めたことになりますので、この高裁判決は今度のいじめ自死の裁判に対して強い影響力を持つことになります。
 しかし、上記3つの問題点を見過ごすことはできません。当弁護団は、これらの問題点を判例において修正するため、弁護活動を続けて行きたいと考えています。

※1 飯田順三編.脳とこころのプライマリケア4 子どもの発達と行動、
株式会社シナジー.2010.

※2 Bertolote JM:各国の実情にあった自殺予防対策を.
精神医学49:547-552.2007.

教員の過酷な労働環境改善が急務

 文科省が、教員不足に関する調査結果を公表しました。同調査によると、予定どおりの教員配置ができなかった公立の小中高と特別支援学校は、2021年5月1日時点で全体の約5%にあたる1591校あり、計2065人の欠員があったとのことです。各教育委員会は、採用試験の年齢制限撤廃や人材バンクの活用などの対策を行っていますが、教員確保には、教員の労働環境を改善し、教員を魅力ある仕事にすることが不可欠であるとされています。
⇒2022年2月4日朝日新聞
 同じく文科省の調査では、2020年度に精神疾患にり患して休職した教職員が、5180人に上ることも明らかになっています。

 私の母も教員でした。子供のころ、母は、勤務先から帰宅後大急ぎで子どもたちに夕食を作り、自分は食べる時間もなく家庭訪問に出かけて行っていました。母が、朝4時頃に起きてプリントを作成して授業の予習をしていたこと、土日祝日にも部活動のためよく学校に出かけていたこと、母が家にいない間、祖母に面倒を見てもらっていたこともよく覚えています。
 また、教員になった友人からは、働く以外のことは何もできない、時間も気力もなくて家事も遊びもできない、という話を聞きます。

 当弁護団にも自死された教員の方のご遺族から多くの相談があります。
 夢や希望をもって教員になった方が、その熱意、まじめさで職務に真摯に取り組み、精神疾患にり患してしまう、というケースが多すぎると感じます。まさに、「やりがい搾取」な現状で、許されるものではありません。また、教員に時間的、精神的余力がないと、生徒に十分向き合うことができず、適切な教育ができない環境を導くおそれがあります。教員の過酷な労働環境は、生徒、その保護者の立場からしても、喫緊に解決すべき課題です。

 近年、教員の過酷な労働環境が問題視され、報道されるようになってきました。教員の働き方改革のため、下呂市の中学校では、部活動の終了時刻を切り上げ、生徒の最終下校時間を午後4時半に統一したとのことです。 
 ⇒2022年2月2日中日新聞
 教員が追い詰められず、心に余裕をもって勤務できるようになるためにも、生徒たちが充実した質の高い教育を受けられるようになるためにも、教員の労働環境改善が早急に実現されることを望みます。

うつ病などの精神疾患に特徴的な症状を知っておく

 何年か前、新聞記事で、自身がオーバーワークになっていたという弁護士の体験談を読みました。オーバーワークになる中、自分が担当している労災事件などで知った、うつ病などの精神疾患に特徴的な症状が自身に出ていることを自覚し病院を受診した、受診していなかったら大変なことになっていたと思う、といった内容だったと記憶しています。その弁護士は、著書で勉強させてもらうなど一方的にお世話になっている弁護士だったので、あの人がそんな風になっていたのか、大変なことにならなくて良かった、という感想を抱きました。

 それからしばらくしてから、これは私も同じ状況になりかけているのではないか、と思う時期がありました。深夜に目が覚め、寝ようと思うけれども仕事のことが頭にどんどん浮かんできて、眠れない。日中も、仕事のことをぐるぐると考えてばかりいる。これは良くないと思い、意識的に、周りに相談するなど助けを求めるようにしました。

 仕事が背景となって労働者が精神疾患を発症してしまうケースの多くは、事業主が負っている職場環境配慮義務が果たされていないことが原因となっているので、職場環境配慮義務が果たされる方向で解決されるのが本来で、労働者が自己防衛をする義務はないと考えます。ただ、職場環境配慮義務が果たされる方向には進みにくい、あるいは職場環境配慮義務が果たされるまでには時間がかかるのが現実なので、可能な範囲で自己防衛術を身に付けておくことは、有用ではないかと思います。そのような点から、保健体育の授業などで、うつ病などの精神疾患に特徴的な症状を習う機会があると良いのではないかと思います。

 厚労省のホームページに以下のようなページがありましたので、ご紹介します。 
厚生労働省 みんなのメンタルヘルス「うつ病」について

差押・仮差押の手続

 労災等で亡くなられた方のご遺族が、会社に対して損害賠償請求の裁判を起こし、裁判所が判決で損害賠償請求権を認めた場合であっても、会社が、判決で認められた金額を支払わないことがあります。とても悪質で、会社が、例えば土地・建物や銀行の預金口座等の財産があるにもかかわらず支払わない場合、会社の土地・建物の所在や銀行の預金口座を知っていれば、裁判所を通して「差押」という手続きをして、強制的に回収することができます。しかし、もし会社が財産はないと主張し、実際に会社の財産を発見することもできなかった場合は、判決で損害賠償請求権が認められたとしても、残念ながら回収をすることはできません。

 会社に対して裁判を起こした後、判決が出るまでの間は、時間が数年単位でかかることも少なくありません。中には、損害賠償を支払いたくない会社が、裁判所が判決を出すまでの間に、会社の財産を隠してしまうこともあります。そのような場合に備えて、有効な方法が「仮差押」という手続です。判決が出るまでの間に財産を隠してしまわないよう、裁判所を通して仮に会社の財産を差し押さえておく手続です。会社の財産を仮に差し押さえておくと、仮差押後、会社が土地・建物を第三者に売却をしたとしても、将来勝訴判決を得たら、仮差押をした部分から強制的に回収することができますし、銀行の預金口座は仮差押えが入った金額は払い戻しをすることができなくなります。この「仮差押」手続きは、裁判所に対して、「仮」に差し押さえる必要性を説明する必要がありますし、判決が出た後に行う場合と異なり、「仮」の手続のため、相当額の担保金を裁判所に納める必要があります。

 会社に対して起こした裁判の中で、会社への請求自体は認められる方向で進んでいたとしても、会社が、経営状態の悪さを理由に、高額な金額は支払えないと言い、低い金額での和解を提案することがあります。このような場合は、事前に仮差押を入れておくと、仮差押が入った部分の財産は少なくとも会社にあることが分かるため、和解する場合の金額を上げる手段としても有効です。

 このような手続も活用して、しっかり会社から支払いを受けるよう、工夫をしています。

>>損害賠償請求の解決までの流れはこちら

追い詰められる若者と徒弟の弊害排除

 一人前になりたい、何者かになって夢をかなえたいと目標に向かってひたむきに頑張る若者の姿は眩しく、応援したくなるものです。

 けれども若者が被害に遭った過労の事件、長時間労働やハラスメント被害の事件を受けるにつけ感じるのが、そのような若者の意欲や志、そして夢がかなわなかったらどうしようと不安に感じる心に付け込んで利用する大人が少なからず存在する、ということです。

 目指す世界で実績と権威のある、師匠にあたるような上司に「一人前になりたかったらこれくらい(長時間残業、休日なし)なんて当たり前、自分の若いころに比べればまだまだ甘い」、力関係を利用してパワハラやセクハラをしておいて「特別目をかけて鍛えてやっているんだ、感謝しろ」などといわれ、逆らいようもないという被害です。

 呆れたことに、裁判になってすら「仕込んでやっていた」「修業中の身」などという弁解を続ける使用者もいます。

 若者自身も、過労やハラスメント被害で健康な判断力や自己評価を損ねてしまい、期待に応えられない自分が情けないなどと間違った自責の念に苦しみ続け、ひいては取り返しのつかない事態に至ることもあります。

 労働基準法69条に「徒弟の弊害排除」との条文があります。「使用者は、徒弟、見習、養成工その他名称の如何を問わず、技能の取得を目的とするものであることを理由として、労働者を酷使してはならない」というものです。

 戦後すぐに同条が公布、施行されるにあたり「本条の趣旨は、我が国における従来の徒弟制度にまつわる悪弊を是正」「その監督取締りを厳格に行い、特に今なお封建的色彩の強い中小規模の事業の使用者に対し本条の趣旨を周知徹底させるよう努めるべき」と通達されています(昭22.12.9基発53号、労働局労働基準法(下)759頁)。

 しかしながら、そこから70余年経った現代の職場においてもこの封建的な悪弊がしぶとく残存し、若者を苦しめています。

 社会全体で、尊厳をもって健やかに働くのはどんな立場にあっても当然の権利だということを再確認する必要があります。 そして我々弁護士としても、使用者の修行中・勉強中・本人が望んでいた等の弁解に対し、加害の悪質性を減ずる事情ではなく逆に著しい違法性悪質性を示すものであることを、徒弟の弊害排除の精神を引いて、慰謝料請求や付加金・賃確法利息(賃金不払のペナルティ)請求の場面で示さなければなりません。