担当エリア内の顧客先を訪問し、商品の受発注及び納品等を行っていた営業職男性が自室にて自死した事案で、職場での労働時間の適切な管理・把握が一切なされていなかったにもかかわらず、GPSデータの記録等から長時間労働の立証に成功し労災が認定された事例

法的手続の内容

⑴ 労働時間について

 被災労働者は、親元から離れてひとり暮らしをしていたこともあり、ご遺族の手元に労働実態を裏付ける証拠はありませんでした。また、この勤務先には形だけのタイムカードは存在していましたが、従業員の労働時間が正しく打刻されておらず、被災労働者のような外回りの営業社員については、社内にいる他の社員が所定労働時間に適当に打刻するという仕組みが取られており、正確な労働時間は不明でした。

 そこで、まず、被災労働者の使用していた携帯電話の位置情報を調べたところ、詳細かつ膨大な位置情報が記録されていましたので、このデータをひとつひとつ分析して、労働実態の立証に努めました。また、勤務先から開示を受けた手書きの日報や報告書等を検討したところ、毎日たくさんの顧客を訪問していた事実や、1日の走行距離が280km前後に及んでいたことが明らかになりました。これらの日報等の記録は、のちに分析が終了した位置情報とも矛盾しないものでした。

 以上の証拠関係に基づいて労基署が最終的に認定した被災労働者の発病前6か月における時間外労働時間は、平均すると1か月当たり110時間を超えていました。

⑵ 精神障害の発病について

 被災労働者には精神科の通院歴がありませんでしたが、社会人になってからも年に数回会っていた親しい友人らからのヒアリングで、徐々に元気がなくなって、疲労が蓄積している様子が明らかになりました。これらの関係者からの聴取内容をまとめて、被災労働者が自殺(自死)直前に中等症うつ病エピソードを発病していたと主張したところ、労基署も弁護団の主張通りに中等症うつ病エピソードの発病を認定しました。

法的手続を終えて

従業員の労働時間が正しく記録化されていない職場は残念ながら少なくありません。
この事例では、幸運にも半年分で10万件を超える位置情報が取得できましたが、その反面、データの分析には絶望的に膨大な時間が見込まれました。試行錯誤を重ね、最終的には検討対象のデータを2万件程度に圧縮することができましたが、それでもかなりの時間が必要でした。
過労で人が亡くなるという人災を無くすためにも、職場が正確な労働時間の把握に努め、従業員の命と健康を守る義務を果たすことを切に願います。

自死遺族が直面する
様々な法律問題について、
下記でさらに詳しい解説をしています。