20代の国家公務員事務官(以下、「被災者」という。)が、業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積した結果、適応障害を発症し、自宅官舎で自死したことから、その両親が、国を被告として、亡くなった被災者に対する安全配慮義務違反を理由とする国家賠償請求訴訟を提起し、裁判上の和解が成立して解決した事例

法的手続の内容

 訴訟提起前の証拠保全手続きにおいて、国から大量の資料が開示されましたが、その大部分は、黒塗りされており、被災者の詳しい業務内容・残業時間や本件自死に対する調査内容などは不明なままでした。

 なお、訴訟提起前に、国は、人事院協議の結果、被災者の公務と本件自死との相当因果関係を認め、公務災害の認定を行っていました。

 公務災害の認定を受け、両親は、被災者を死に追いやった国に対し責任を追及したい、なぜ被災者が死に追い詰められたのか、上司はどのような対応を行っていたのか詳しく知りたいとのことで、私たち弁護士に訴訟提起を依頼し、国に国家賠償請求訴訟を提起しました。

 その訴訟の中で、国から開示された黒塗りの資料がほとんど黒塗りなしで開示され、被災者が死に追い詰められた事情について、ある程度明らかになりました。

 争いになった主な点は、予見可能性があったかどうか、すなわち、被災者がその心身の健康を損なう事態となり、精神疾患を発症して自死するに至る可能性があることを認識することができたかどうかという点でした。この予見可能性の議論は、損害賠償請求訴訟や国家賠償請求訴訟においては重要な論点です。

 実は、この予見可能性については、注目すべき最高裁判例(最高裁令和7年3月7日第二小法廷判決)が出たばかりでした。同最高裁判例は、予見可能性について、被災者の上司らは被災者の業務を把握する立場にあるのだから、一定の報告を受けていれば被災者の従事する業務の具体的な状況を把握し得なかったと解すべき事情は認められず、被災者が客観的にみて精神疾患の発症をもたらし得るような過重な業務に従事していることを認識することができたというべきであり、その認識可能性が認められれば安全配慮義務違反における予見可能性は認められると判断したものでした。

 この予見可能性については、被災者の死そのものを予見しないと認められないとなると、死ぬとは思わなかったなどという反論が認められ、予見可能性が認められず、原告が敗訴してしまうという可能性がある、非常に重要な論点になります。この点について、最高裁は、被災者が客観的にみて精神疾患の発症をもたらし得るような過重な業務に従事していることを認識することができたならば、予見可能性を認めるという判断を示してくれましたので、被災者側からすると、立証のハードルが下がる、画期的な判決といえるものでした。

 こうした最新の最高裁判例や訴訟の中で明らかになった事実等を踏まえ、裁判官は、国に責任があるとし、国側に高額な和解金の支払いを勧告し、和解が成立しました。

法的手続を終えて

本件訴訟の中で、国から資料が開示され、被災者が死に追い詰められていった状況がある程度明らかになり、原告側の主張も取り入れられ、和解という解決になりました。
最近、20代の若者の中には、いろんな仕事をさせられるものの、職場から適切な支援を受けられず、長時間労働が常態化するなど、過重な労働によって非常に苦しい状況に置かれている若者がいると聞きます。
また、若者は、社会経験が少ないため、上司からの叱責を受け流したり、これに柔軟に対処する術を身につけていないので、些細な出来事がきっかけで精神障害を発病して過労自殺(自死)に追い込まれてしまうこともあります。
若者の自死については、背景に仕事上のトラブルがある可能性は十分に考えられます。
何か気になることなどありましたら、遠慮なくご相談ください。

自死遺族が直面する
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