Googleのタイムラインからわかる労働時間

2月26日の岡村弁護士のコラムで、Google社の提供するGoogleマップ内のタイムラインという機能について紹介がされています。今回はその続編とさせていただきます。

1 タイムラインの「元データ表示」

 タイムラインを見ると、時刻、滞在場所、滞在場所までの移動距離、移動手段(車、自転車、徒歩等)が出てきます。移動経路は線でつながれます。このタイムラインの表示は、GPSで個人のその時刻にいた場所を特定した上で、AIが、点をつなぎ合わせ、滞在場所と思われる付近の場所を滞在場所と推測して表示し、移動については移動速度を元に車、自転車、徒歩かを推測して表示しているようです。

 ところで、タイムラインのツールアイコンをクリックすると、「元データを表示」という項目が出てきます。この項目をクリックすると、その時刻にまさにいた場所が赤丸の点で細かく表示されます。赤点は膨大な量に上るため、問題のある個所のみ、調べることが現実的ではありますが、この表示に切り換えると、GoogleのAIが滞在場所と推測して表示した場所名と赤丸の場所がずれていることがあります。たとえば、赤丸の場所がコンビニエンスストアの前の道路にしかなくても、タイムライン上の滞在場所はコンビニエンスストアと表示されることがあります。

2 労働時間の証拠としての使い方

 タイムラインは、労災の被災者の労働時間の一証拠として使うことができます。

 タイムラインの場所、時間帯、仕事内容、所定就業時刻等を考慮して、始業時刻、終業時刻の認定に使うことができます。

 しかし、たとえば営業などで外回りをする等仕事で移動することが多い被災者の場合は、単純にいかないことがあります。AIの推測によるタイムライン上の滞在場所が一見仕事と関係なさそうな場合、会社から、その間は労働していないでサボっていた、と主張されることもあります。その場合は、タイムラインの表示を「元データを表示」に切り換え、滞在時刻と滞在場所の点をより細かく表示させ、被災者のその他の事情等も併せて人の頭で考え、推測します。

 たとえば被災者がよく行く建物の中に飲食店があり、タイムライン上は頻繁に飲食店で滞在しているかのように表示されても、「元データを表示」に切り換えた後の赤点の位置や滞在時間、飲食店の営業時間、被災者の職場の取引先が同じ建物に入っていることからすれば、被災者の場合は、飲食店ではなく職場の取引先に仕事で必要があって行っていたと説明することができることがあります。非常に細かい作業になりますが、うまく説明をすることができた時はうれしいものです。

カスタマーハラスメント(カスハラ)について

 いわゆるカスハラ、労働者が顧客等からの不当悪質なクレーム等の迷惑行為によって強いストレスを受け、うつ病などになったり、ひいては自死に至ったりすることが社会問題化しています。
 日本では「お客様は大切にしなければいけない。」という考え方が一般的であるため、労働者がカスハラを受けても「自分の接客が悪いのではないか?」と思い込み、労災の請求や会社の責任を問うとの考えに思い至らない、ということもあるかもしれません。
 けれども、特に不特定多数の顧客・利用者の対応を要する業務においてカスハラ被害は業務に付随する、誰にでも起こりうるトラブルであって、個人の責任と捉えるのは誤りです。

 労災でもカスハラは重視されるようになり、2023年9月の労災の認定基準の改訂で、「顧客や取引先、施設利用者等から著しい迷惑行為を受けた」という出来事が業務による心理的負荷評価表に加えられました(同表の出来事の項目27になります)(※1※2)。この改訂により、カスハラ被害のストレスによりうつ病などを発病して自死に至った場合についても、労災と認められることが明記されました。
 カスハラの加害者は「顧客や取引先、施設利用者」とされていますが、職場外の業務に関連する人間関係を広く含みます。例えば医療従事者が患者やその家族からカスハラを受けた場合や、学校関係者が生徒や保護者からカスハラを受けた場合も含まれます。
 カスハラ行為は、暴行、脅迫、ひどい暴言、著しく不当な要求などの「著しい迷惑行為」をいいます。例えば、顧客から「ちゃんとやれや。」、「謝って済むか。上司と一緒に今から来いや。」などと大声で20~30分怒鳴られた事案で労災認定が出ています。
 セクハラやパワハラと同様に、労働者が会社にカスハラを相談しても適切な対応がなく改善がされない場合や、会社がカスハラを把握しても対応をせずに改善されなかったりした場合は、カスハラによるストレスを強める事情として重視されます。そして、セクハラやパワハラと同様に、カスハラの開始時から全ての行為がストレスの評価の対象となります(※3)。

 また、会社もカスハラを放置することは許されません。
 厚労省は、近時カスハラの認知件数が増えていることを踏まえ、会社に対してマニュアル等によってカスハラの周知を行い、従業員をカスハラから守るための対応を促しています(※4)。
 このような国の取り組みを踏まえますと、会社は、労働者がカスハラを受けているにもかかわらず、担当を変更したり、担当の人数を増やしたり、会社としてカスハラを許さないという毅然とした態度を顧客に伝えなかったりするなど適切な対応をしなかった場合、安全配慮義務に違反したと評価される可能性もあるといえるでしょう。

 ご家族がカスハラに苦慮する中で自死に至ったという事案についても、法的にお力になれるケースがありますので、お気軽にご相談ください。

※1 認定基準改正の概要
https://www.mhlw.go.jp/content/11201000/001140928.pdf

※2 心理的負荷による精神障害の認定基準について
https://www.mhlw.go.jp/content/11201000/001140929.pdf

※3 令和5年11月10日基補発1103号精神障害の労災認定実務要領について

※4 カスタマーハラスメント対策企業マニュアル
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/koyoukintou/seisaku06/index.html

職場のパワーハラスメントについて(②)

1 パワーハラスメントの6類型

 過労自殺(自死)や過労うつの労災の認定基準が令和5年9月1日に改訂されました(以下「令和5年認定基準」といいます。)(※1)。

    令和5年認定基準は、業務による心理的負荷表(以下「別表1」といいます。)に、以下のパワーハラスメント6類型を組み込んだ点に最大の特徴があります。

  • 身体的な攻撃(暴行・傷害)
  • 精神的な攻撃(脅迫・名誉棄損・侮辱・ひどい暴言)
  • 人間関係からの切り離し(隔離・仲間外し・無視)
  • 過大な要求(業務上明らかに不要なことや遂行不可能なことの強制・仕事の妨害)
  • 過小な要求(業務上の合理性なく能力や経験とかけ離れた程度の低い仕事を命じることや仕事を与えないこと)
  • 個の侵害(私的なことに過度に立ち入ること)

 労災実務上、パワーハラスメント6類型が別表1において例示された意義は大きいといえます。

 改定前の令和2年認定基準(※2)では、ご遺族が「パワーハラスメントを受けた」という出来事の存在を主張しても、労働基準監督署長は「業務指導の範囲内だからパワーハラスメントではありません。」などと判断し、労災を認めない事例が散見されました。

 特に無視等の「人間関係からの切り離し」は、令和2年認定基準に記載すらなかったため軽視される傾向がありました。しかし、無視などの人間関係からの切り離しはとても辛い行為です。例えば、指示を求めても舌打ちをしたりため息をついて無視をする、「こいつは使えない。」などといってメンバーから外す、別の部屋に押し込んでしまうなどの行為は、被害者から見るとこれだけで強いストレスを感じ、職場に行きたくないと思うでしょう。

 実際、令和2年に実施されたストレスの強度に関する医学研究でも「上司等から人間関係からの切り離しを受けた」というライフイベントのストレスはとても強かったのです(※3)。

 令和5年認定基準は、このような医学研究も踏まえ、無視などの「人間関係からの切り離し」を含む6類型を示しました。少しでも過労自殺(自死)のご遺族の救済が広まればと考えています。

2 労災になるパワーハラスメントの回数や頻度って?

 被害者からするとパワーハラスメントは1回でも嫌なものです。では、パワーハラスメントがどれくらいの回数や頻度で行われれば労災として認められるのでしょうか?

 令和5年認定基準は、労災として認定されるためにはパワーハラスメントが「反復・継続するなどして執拗」に行われなければならないとしています。

 しかし、「反復・継続するなどして執拗」とは具体的にどのような場合なのか分かりにくいですね。

 令和5年認定基準は「一般的にはある行動が何度も繰り返されている状況」を意味するとしていますが、「たとえ一度の言動であっても、これが比較的長時間に及ぶものであって、行為態様も強烈で悪質性を有する等の状況」も含むとしています。具体的には、パワーハラスメントが1日だけの場合であっても、その1日の中での回数や時間を考慮して、長時間になっている場合や、しつこく繰り返し行われていた場合はこれに当たるとされています。そして、長時間かどうかは、指導のために必要な時間をどれだけ超えているか、どれだけ就労環境が害されたかによって判断するとされています(※4)。

 また、「反復・継続」という記載は、反復または継続と解釈すべきでしょう。

 実は、令和5年認定基準はセクシュアルハラスメントの場合、「継続」すれば労災として認定します。つまり、セクシュアルハラスメントの場合は「継続」でOKなのに、パワーハラスメントは「反復・継続」じゃないとダメなのです。パワーハラスメントもセクシュアルハラスメントも同じだと思うのですが、皆さんはどう考えますか?

 ところで「継続」で足りるという考えは医学的にも裏付けることができます。パワーハラスメントによるストレスは、上司等による直接の言動による急性ストレスと、そのような上司等と職場で過ごさなければならないという慢性ストレスに区別することができます。そして、慢性ストレスが「身体に対して多岐にわたり影響を及ぼし」、「神経、精神疾患においても、うつ病、身体表現性障害や不安障害、てんかん、統合失調症がストレスによって誘発ないしは悪化することも周知の事実」となっています(※5)。つまり、パワーハラスメントを加えるような上司と一緒に職場に居るだけで体と精神を壊してしまうのです。そのことを考えれば、パワーハラスメントが「継続」すれば労災と認めるべきでしょう。

3  助けてもらえない状態は評価される

 上司からパワーハラスメントを受けているのに周りが無視したり、会社に対して改善を求めても何もせず逆に指導を受けたり、改善を求めることで「余計なことを言って輪を乱す。」などと言われて人間関係が悪化したら、皆さんはどう感じるでしょうか。私なら「もう嫌だ。ここに居られない。」と感じて会社を辞めるでしょう。

 このように、ストレスを受けた際、支援が不足するとストレスが強まることは、医学的にも知られています(※6)。

 そこで、令和5年認定基準では、パワーハラスメントだけでは「中」と評価されて労災にならない場合であっても、①「会社に相談しても適切な対応がなく、改善されなかった場合」、②「会社がパワーハラスメントがあると把握していても適切な対応がなく、改善がなされなかった場合」は労災として認定することになりました。

 しかし、令和5年認定基準は、セクシュアルハラスメントについては、セクシュアルハラスメントだけでは「中」と評価されて労災にならない場合であっても、①と②に加えて、③「会社への相談等の後に職場の人間関係が悪化した場合」も労災として認定します。ここでも、パワーハラスメントとセクシュアルハラスメントで差違があるのです。

 そもそも、③の場合とは、コミュニケーションがとれなくなれば、パワーハラスメント6類型の「人間関係からの切り離し(隔離・仲間外し・無視)」に該当し得ますし、上司等からの支援の不足は明らかです。

 ですので、パワーはラメントも①と②だけではなく、③の場合も労災として認定すべきだと考えます。

※1  令和5年9月1日付「心理的負荷による精神障害の認定基準について」
https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_34888.html

※2  令和2年5月29日付「心理的負荷による精神障害の認定基準について」
https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_11494.html

※3  日本産業精神保健学会「令和2年度ストレス評価に関する調査研究報告書」
https://www.mhlw.go.jp/content/11201000/000863009.pdf

※4  厚生労働省労働局補償課「精神障害の労災認定実務要領【本編】」(令和5年11月)

※5  日本産業精神保健学会「精神疾患と業務関連性に関する検討委員会」「『過労自殺』を巡る精神医学上の問題に係る見解」
http://mhl.or.jp/kenkai.pdf

※6  精神障害の労災認定の基準に関する専門検討会「精神障害の労災認定の基準に関する専門検討会報告書」(令和5年7月)
https://www.mhlw.go.jp/content/11201000/001117056.pdf

Googleのタイムライン機能について

スマートフォンで地図アプリを利用されている方は多いでしょう。私自身も、初めて行く目的地を見つける際などにとても重宝しています。

地図アプリのなかでGoogle社が提供しているGoogleマップには、タイムラインという機能があるのをご存知でしょうか。この機能は、GPS機能によって何時から何時まで、スマホ(スマホの所持者)が、どこに所在したかという位置情報がスマホ内に記録されるという機能です。アプリ上で、カレンダーのように毎日のおおむねの行動履歴を振り返ることができるという、便利なような、恐ろしいような機能です(ただし、この機能がオンになっている必要があります)。

自死遺族に関する事件の中でも、例えば亡くなられた原因が働きすぎにあるような場合で、タイムカードなどの客観的資料が乏しいときや、タイムカードがあったとしても打刻時間が信頼できないような場合に、自死された方のスマホのタイムライン機能がオンになっていれば、会社内に所在していた時間が分かり、真実の労働時間を把握するための重要な手掛かりになることがあります。

かかるタイムラインの履歴は初期設定で無期限に保存されるものではないということに注意が必要です。Googleの仕様については確たる情報を把握しにくいのですが、一部ネットの情報によれば、タイムラインの自動削除機能のデフォルトの期間が、これまで18か月であったものが今年以後3か月になる(ただし、アップデート時にはユーザーに通知される)、とのことです。

そのため、自死の原因解明に位置情報が役立つかもしれないような案件では、これまでに比べて速やかにタイムラインを確認することが必要になると思います。なお、タイムラインは、パソコン上から見る場合、Googleマップにサインイン後、サイドバーから「タイムライン」をクリックすると確認することができます。

65歳からの労災年金

先日、以前事件を担当した遺族の方から久しぶりに電話がありました。「年金額が突然下がった。理由が分からない。」とのことでした。

確認したところ、亡くなられたご主人(被災労働者)の年齢が今年で65歳を超える計算になるため、年金額が下がった模様でした。労基署の担当者が分かりやすく説明をしてくれなかったらしく、電話で担当者に再度確認してもらったところ、そのような理解で間違いないとのことでした。

労災遺族年金は、被災労働者の3カ月間の平均賃金をベースに1日分の賃金を算定し、これを基に家族の人数などを考慮して年金額を計算します。この被災労働者の一日の賃金を「給付基礎日額」といいます。
例えば、夫が死亡した場合、妻と18歳未満の子2人の家庭であれば給付基礎日額×223日分の遺族補償年金が支給されます。

そして、あまり知られていないことですが、この「給付基礎日額」には年齢階層ごとに最高限度額と最低限度額が定められていますが、以下のとおり65歳を過ぎるといずれの金額も大幅に下がります。

【最高限度額】
2万1111円(60~64歳)→1万5922円(65歳~69歳)

【最低限度額】
5804円(60~64歳)→4020円(65歳~69歳)

例えば、先に挙げた遺族3人の家庭でいうと、給付基礎日額が2万1111円だったものが65歳を境に1万5922円に減少します。年金額で言うと、470万7753円から355万0606円となり、年額115万円ほど減少する計算となります。 厚労省のHPに情報が出ていますので、詳細を知りたい方はご確認ください。「年金給付基礎日額の年齢階層別最低・最高限度額について」という部分に記載があります。

厚生労働省ホームページ
年金給付基礎日額の年齢階層別最低・最高限度額について

一般に65歳を超えて現役世代と同レベルの賃金を維持している方は少ないと思われるので、このような制度設計自体、やむを得ない点もあるようには思いますが、老後の将来設計が狂う可能性もあるので、労基署から事前に説明はしておいて欲しいと改めて感じました。私も65歳が近い方には予め説明するように心がけたいと思います。

子ども自殺対策 データ集約 省庁点在の資料 こども家庭庁が分析へ

昨年12月27日、朝日新聞朝刊に上記見出しの記事が掲載されました。

これまで、文部科学省は学校現場から「事件等報告書」「詳細調査報告書」を収集してきました。

子供の自殺が起きたときの背景調査の指針(改訂版) (mext.go.jp)」によれば、万が一、子供の自殺又は自殺が疑われる死亡事案が起きたときに,学校及び学校の設置者が、自殺に至る過程等を明らかにするため、「背景調査」を行う必要があり、背景調査は,「基本調査」と「詳細調査」に分かれます。

「詳細調査」は、基本調査などを踏まえ、必要な場合に心理の専門家など外部専門家を加えた調査組織が、アンケート調査・聴き取り調査等により、事実関係を確認し、自殺に至る過程を丁寧に探り,自殺に追い込まれた心理を解明し,再発防止策を立てます。

こうして作成される「詳細調査報告書」を文部科学省が収集管理し、他方、警察庁・厚生労働省は「自殺統計を、総務省・消防庁は「救急搬送データ」を管理するというように、各省庁で散らばる形で資料・データが管理されてきたため、子どもの自殺について学校などが把握する情報と一体化した分析ができていませんでした。

今回、2023年4月発足の「こども家庭庁」に省庁横断の資料・データを集約し、子どもが心理的に追いつめられていった背景、きっかけを分析し、科学的根拠に基づいて防止策を提言することにより、少しでも子どもの自殺が減少することを期待したいと思います。

安全配慮義務とはなにか(職場の健康診断との関係を中心に)

 過労が原因で自死に至った場合などに、勤務先が安全配慮義務を怠っていたといえるかが問題となることがあります。

 では、そもそも安全配慮義務とはどういうものなのでしょうか。

 まず、安全配慮義務の法令上の定めとしては労働契約法5条があり、「使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする」とされています。

 また、最高裁判所の判例においては、「使用者は…労働者が労務提供のため設置する場所、設備もしくは器具等を使用し又は使用者の指示のもとに労務を提供する過程において、労働者の生命及び身体等を危険から保護するよう配慮すべき義務(以下「安全配慮義務」という。)を負っているものと解するのが相当である」と判示されています(昭和59年4月10日判決)。

 これらを見ますと、安全配慮義務は、労働者の身体的な安全が保護対象の中心であるように考えられます。実際に、上記の最高裁判例では、職場で宿直業務中の従業員が殺害された事案であり、まさに労働者の身体的な安全が問題とされていました。

 その後の裁判例などの積み重ねもあり、現在では、安全配慮義務が労働者の精神的な安全にも及ぶことは当たり前のこととなっています。

 さて、労働安全衛生法55条において、事業者は労働者に対し、医師による健康診断を行わなければならないとされています(同条1項)。また、労働者はこの健康診断を受けなければならない、とされています(同条5項)。

 では、労働者が自らの意思で健康診断を受けなかった場合、事業者は安全配慮義務を免れるのでしょうか。

 この点についての最高裁判所の判断は出されておらず、議論があるところです。労働者の自己責任を重視し、自ら健康診断を受けなかった場合は、(少なくともその範囲で)事業者は安全配慮義務を免れるという見解もあります。一方、労働者の安全に配慮する一次的な責任は使用者が負うとして、事業者の安全配慮義務の免責を制限的に考える見解もあります。

 私見としては、単に労働者が自らの意思で健康診断を受けなかったとの一事をもって事業者が安全配慮義務を免れることは許されず、健康診断を受けるように使用者が十分に説得するなど労働者の安全確保に尽力するべきだと考えます。

大切な人の自死によるご遺族への影響と、(法的)支援

 どれほど自死予防に努力しても、大切な人が自死してしまうことがあります。

 そして、大切な人の自死により、ご遺族は、影響を受ける場合があります。自死による影響は、病死や事故死よりも、はるかに深刻であるといわれています(※1)

 大切な人の自死による影響として、ご遺族には、次のような反応が生じることがあるといわれています。すなわち、ひどく驚き、どうしたらよいかわからないという感情に圧倒される。自死が起きたという現実をすぐに受け入れられずに、現実を否認しようという心の動きが起きる。自分を責め、その結果、抑うつや不安が強まる。周囲からの非難をひしひしと感じる。何故愛する人が自死したのかという疑問が生じる。善意からの言葉だとしても、周囲の人からの言葉から心の傷が深まる等、様々な反応が生じることがあるといわれています(※2)

 大切な人の自死による影響を受け、ご遺族自身がうつ病、不安障害、PTSD(心的外傷後ストレス障害)等の精神疾患に罹患し、さらには、自死の危険が生じることもあるといわれています(※3)

 このブログでは、当弁護団の弁護士が、大切な人の自死によるご遺族への影響や、自死遺族の支援についても述べてきましたが、私自身も、自死してしまった大切な人に会いたい(※4)等の様々な想いを抱き、深刻な影響を受けている(可能性がある)ご遺族に対して、弁護士としてどのような支援が出来るのか、出来ているのかと考えることがあります。ご遺族に接するなかで、言葉が見つからず、お話をお聞きすることしかできないこともあります。

しかし、少なくとも、法的支援によって、法律問題(※5)によるご遺族の重荷を軽減したり、取り除いたりすることは、出来ると考えています。

 当弁護団は、自死遺族に対して法的支援を行う弁護団です。お話しできる時で、大丈夫です。もしよろしければ、当弁護団に、お悩みをご相談ください。

※1 高橋祥友「自殺の危険」第4版269頁。なお、私が申し上げるまでもないことですが、例えば大西秀樹「遺族外来‐大切な人を失っても」で述べられているように、大切な人との死別自体が、ご遺族に大きな影響を及ぼすことがあります。

※2 高橋祥友「中高年自殺」176頁以下。高橋祥友「自殺の危険」第4版270頁以下。なお、ご遺族の反応は、自死の直後に生ずることもあれば、何年も経ってから生ずることもあるといわれています(同276頁)。

※3 高橋祥友「自殺の危険」第4版276頁

※4 例えば一般社団法人全国自死遺族連絡会「会いたい」1頁には、「遺族はいつも亡くなった家族に会いたいと思っている。遺族の気持ちはこの一言がすべてだといっても過言ではありません。」と記されています。自死遺族の想いが記された書物としては、他にも、自死遺児編集委員会・あしなが育英会編「自殺って言えなかった。」、全国自死遺族総合支援センター編「自殺で家族を亡くして 私たち遺族の物語」等があります。

※5 法律問題としては、故人が抱えていた法律問題(負債、過労、事業不振、自死によって発生した損害賠償義務など)と、ご遺族固有の法律問題(相続、保証、労災、生命保険の不払いなど)が考えられます。「自死遺族が直面する法律問題」でも解説しています。

フリーランスをめぐる法整備

 コロナ禍を経て、フリーランスという働き方が注目されています。いまや、フリーランス人口は1577万人(新・フリーランス実態調査 2021-2022年版 – Speaker Deck)とも言われており、これから益々フリーランス人口が増えていくものと予想されます。

 フリーランスというと、時間や場所を拘束されない、組織に属さずに自由に働くことができる…といったイメージが先行しますが、必ずしも良い側面ばかりとはいえません。報酬未払いや発注者による買い叩きなど、様々なトラブルが発生するリスクがあり、また、法整備が十分になされていないという課題もありました。

 このような中で、2023年4月28日、国会で「特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律」(いわゆる「フリーランス新法」)が成立しました。フリーランス新法では、取引条件の明示義務や報酬支払遅延の禁止、義務違反の場合の公的機関への申出などについて定められ、フリーランスをとりまく取引の適正化や就業環境の整備が目指されています。

 また、最近では、厚生労働省が、労災保険の対象を原則としてすべての業種のフリーランスへと拡大する方針を示しています。従来、一部の業種を除き、フリーランスは労災に加入することが出来ませんでした。そのため、フリーランスが労災認定を受けるためには、労働者性を認められなければならず(語弊はありますが、わかりやすくいえば、働き方が雇用と同じと認められることです)、フリーランスと労災認定の間には、常にハードルがありました。フリーランスの労災保険加入が認められれば、フリーランスが自死された場合にとるべき選択肢も増えるものと思われます。

 フリーランスをめぐる法的対応については、ここ数年で大きく変わるのではないでしょうか。

時間外労働規制の上限について

 働き方改革関連法では時間外労働の上限(臨時的な特別な事情がある場合でも年720時間以内、月100時間未満、2~6か月平均で80時間以内)が法定され、2019年4月から適用されてきました。

 しかし、建設業界・医師業界・運輸業界については、人材不足等の影響により長時間労働が常態化していたことから、労働時間の上限規制の適用が5年間猶予されましたが、2024年4月からは上限規制が適用されることとなります。

時間外労働の上限規制の適用猶予事業・業務|厚生労働省 (mhlw.go.jp)

 この上限規制には様々な例外が設けられており、その実効性については大きな疑義があります。この点については今後も検証していかなければなりません。

 少し話は変わりますが、私が住んでいる大阪では、2025年に大阪万博の開催が予定されております。

 報道によれば、大阪・関西万博を主催する2025年日本国際博覧会協会(万博協会)が、パビリオンの建設が遅れ2025年の開催が間に合わないことを危惧し、政府に、建設業界の時間外労働の上限規制を万博に適用しないよう要望し、10月10日に開かれた大阪・関西万博推進本部においては、出席議員らから「人繰りが非常に厳しくなる。超法規的な取り扱いが出来ないのか。工期が短縮できる可能性もある」「災害だと思えばいい」といった意見が出たという報道もありました。

 どのように解釈すれば建築納期に間に合わないことを「災害」と同様に考えられるのか全く理解できません。2023年7月31日のコラムで甲斐田沙織先生がご指摘されたとおり、東京オリンピック・パラリンピックの主会場である新国立競技場の建設現場で働いていた男性が、「身も心も限界な私はこのような結果しか思い浮かびませんでした」とメモに遺して自死した痛ましい事件がありました。

 今回の大阪万博は「いのち輝く未来をデザインする」ということをテーマに掲げています。

 労働者のいのちを守るため、今後も自分にできることをやっていきたいと思います。