「私は、これからもこの電車に乗っていいんでしょうか?」

鉄道自死された方のご遺族が、鉄道会社からの損害賠償請求についての法律相談の際、最後におっしゃった言葉です。

鉄道自死のあった路線は、そのご遺族が毎朝、通勤に使っている電車でした。

ご遺族は自分の家族が鉄道会社に迷惑をおかけしたにもかかわらず、これからも自分はこの電車に乗り続けてもいいのか?と心配になったそうです。

「もちろん乗っても構いません。誰にも文句など言われません」とお答えすると、安心されていました。

ご遺族は、法律問題のみならず、さまざまな複雑なお悩みを抱えているのだなと、改めて痛感した言葉でした。

私達はこれからもご遺族に寄り添い、あらゆる面で、少しでもご遺族のご負担を軽くできるよう、地道に活動を続けたいと思います。 これから法律相談をされる方も、法律に関する内容に関わらず、お気軽に、なんでも弁護士に聞いて、お悩みを少しでも解消していただければと思います。

生命保険問題に関する細かい議論

免責期間中の自死(自殺)に関する生命保険問題については、当弁護団のHPにも記載がありますが、ここでは少し細かい話を。

戦前の判例では、自死(自殺)について「精神病その他の原因に依り精神障碍中における動作に基因し被保険者が自己の生命を断たんとするの意思決定に出ざるを場合を包含せざるものとす」と言及されています(大審院大正5年2月12日判決。原文はカタカナ)。

免責期間中の自死(自殺)に関して、訴訟になると、諸々論点が出てきます。主張立証責任の問題もその一つです。

主張立証責任の問題とは、要するに、原告被告間で、どのような事実について、どちらが主張立証責任を負うのか(負っている方が主張立証できなければ敗訴する)という問題です。

自死に関する生命保険問題について、主張立証責任は、一般的に以下のようにいわれています。原告(保険金請求者=遺族)が被保険者(亡くなった人)の死亡の事実を、被告(保険会社等)が自死の事実を、さらに原告が被保険者が自由な意思決定能力を喪失ないし著しく減弱させた状態で自死に及んだことを、各々主張立証するというものです。

なお、遺書がない場合、自死(自殺)したかどうかについては、死亡状況等の客観的状況、自死(自殺)の動機、被保険者の死に至る経緯、保険契約に関する事情等から判断されます。

「被保険者が自由な意思決定能力を喪失ないし著しく減弱させた状態で自死に及んだこと」を原告が主張立証するとされている理由は、原告が免責事由の排除の利益を享受するから、要するに、本来ならば保険者(保険会社等)が免責されるのに例外的に免責されずに原告が利益を受けようとするのであるから原告が主張立証せよ、ということのようです。

しかし、そもそも、自死(自殺)には「精神病その他の原因に依り精神障碍中における動作に基因し被保険者が自己の生命を断たんとするの意思決定に出ざるを場合を包含せざる」のですから、その大審院判例の定義からすると、自死(自殺)の意味の中に、「精神障害中」でないということが含まれているはずです。すなわち、被告(保険会社等)が自死(自殺)であったことを主張立証するというのであれば、被告が亡くなった人について「精神障碍中」でなかったことも主張立証すべきであるとなるはずです。現に、そのようなことをいう学説も存在します。

やや細かい議論ですが、生命保険問題を担当する際には、この点も必ず意識して主張するようにしています。

>>自死遺族が直面する法律問題 -生命保険-

自死にまつわる賃貸トラブルについて

 当弁護団には様々な自死にまつわるご相談が寄せられます。その中で、先日ご遺族より、「建物を借りていた子供が賃貸建物にて自死してしまった結果、当該自死により賃貸建物の価値が大幅に下落したとして、賃貸人より下落した価値に相当する損害賠償を請求されている。」とのご相談がありました。

 賃貸人からこのような請求をされると、多くの方は、「賃貸人から請求されているので払わなければならないのではないか。」と考えてしまうのではないでしょうか?

 しかし、実際には多くの場合、賃貸建物の減価分全額の損害賠償を行う必要はございません。

 大阪高裁平成30年6月1日判決は、「結局、本件建物が賃貸を目的とした収益物件であることを考えると、特段の事情のない限り、賃借人の自殺により本件土地建物の減価があるとしても、賃借人の債務不履行と相当因果関係のある損害は、本件建物の内、本件居室の賃料収入に係る逸失利益が発生することに基づく減価というべきである。」と判示しております。

 この判例は、賃貸人が賃貸建物を売却しようとしていたことを賃借人が知っていた等の特段の事情がない限り、自死による賃貸建物の価値減価分全額まで賠償する必要はないと判示しています。

 このように、裁判例を知らないことにより、本来支払わなくても良い損害賠償を請求され、これを支払ってしまうケースも多くあります。

 賃貸人等から何らかの請求をされた場合でも、安易に支払わず、本当に支払わなければならないものなのか、まずはお気軽に当弁護団にご相談ください。

>>自死遺族が直面する法律問題「賃貸トラブル」

12時間無料法律相談会を終えて

 2023(令和5)年9月16日(土)、12時間無料法律相談会が実施されました。

 電話とLINEを使用しての相談会でしたが、僕も電話相談を担当して複数の相談を受けました。

 弁護団は、年2回(9月は12時間、3月は24時間)、土日を含めた法律相談会を実施していますが、このような形態での法律相談会を実施する場合、かつては東京都内の法律事務所と大阪府内の法律事務所の2拠点に電話を設定し、各地から弁護士がそこに集合し、交替しながら受話器の前に座って待機して相談を受けるというものでした。

 しかし、最近は、各弁護士が事務所等でパソコンやスマートフォンを通じて電話を受けることが多くなりました。形態が変わったことにより、全国各地の弁護士が移動時間を気にせず法律相談会に参加できるようになり、その意味で電話相談体制は充実したものと思います。

 また、僕がこの弁護団に入った頃は電話相談のみで、LINEでの相談受付はしていませんでした。LINEでの相談受付も、毎回一定数あると聞いていますので、電話ができない・難しい方にとっての有用なツールになっているのではないでしょうか。

 弁護団では、ホームページでの相談を受け付けていますし、毎週水曜日(祝日等を除きます。)には12時から15時までホットラインを常設しています。 今回の12時間相談会で相談したかったけど相談できなかったという方は、ぜひこれらの方法で、お気軽にお問い合せ頂ければと思います。

遺族が警察から得られる情報について

 自死が発生した場合、自死の態様によっては、自死なのか、事故死なのか、犯罪による死亡なのか、警察によってその死因を究明すべき場合があります。

 死因究明に関して従来の日本では、犯罪による死亡ではない死体(犯罪死体及び変死体を除く死体)は、(ⅰ)監察医のいる都市でしか解剖することができないため死因究明に地域格差が生じたり、(ⅱ)遺族の承諾がなければ解剖することができないため遺族の意向によって犯罪死を見逃す可能性があったりするなど、必ずしも十分に死因を究明することができませんでした。
 そのため、犯罪死を見逃さないため積極的に死因を究明するために解剖を初めとした調査を行うべきであるという声が広がりました。
 また、平成23(2011)年の東日本大震災の発生により、多数の遺体の身元確認作業が困難を極め、平素から身元確認のための体制を整備しておく重要性が再認識されました。

 このような情勢の中で、平成24(2012)年に、死因究明に関する2つの法律が国会で可決成立しました。
 一つは、①「死因究明等を推進する法律」(以下、「死因究明等推進法」といいます。)いい、もう一つは②「警察等が取り扱う死体の死因又は身元の調査等に関する法律」(以下、「死因・身元調査法」といいます)といいます。
 ①「死因究明推進法」は2年間の時限で失効し、その後死因究明等に関する施策の総合的かつ計画的な推進を図るための検討会を設けた上で、死因究明等に関する施策を進めるために、令和元年6月に「死因究明等推進基本法」が改めて成立しています(令和2年4月施行)。
 また、②「死因・身元調査法」は、犯罪捜査の手続が行われていない場合であっても警察及び海上保安庁が法医等の意見を踏まえて死因を明らかにする必要があると判断した場合、遺族への事前説明のみで解剖(調査法解剖)を実施することが可能となりました。 

 特に「死因・身元調査法」は、「遺族等の不安の緩和又は解消」という目的(死因身元調査法第1条)のもと、「取扱い死体の引渡し時に、遺族等に対して、当該取扱い死体の死因その他参考となるべき事項について説明しなければならない」旨が規定されています(死因身元調査法第10条第1項)。
 そして、詳しい取扱いについては、「遺族等に対する死因その他参考となるべき事項の説明について(通達)」(警察庁丁捜一発第55号。平成31年3月29日から5年間有効)に記載されています。

 この通達によると、「死因」として、「その死が犯罪に起因するものではないと判断した理由及び死亡者が死に至った経緯を含む死因」(同通達2⑸)や、「その他参考事項」として「遺族等の不安の緩和又は解消に資すると考えられる事項等」(同通達2⑹)を説明するべきであるとされています。
 また、「遺族等の心情に配慮した説明」として、「遺族等の不安や疑問をできる限り解消することができるように、資料を提示の上説明を行うなど遺族等の心情に配慮した適切な説明に努めること」(同通達4⑵)と記載されています。
 加えて、「遺族等から⑵の説明にかかる調査、検査等の結果の提供を求められた場合にはできるだけ速やかに、・・・調査の実施結果(外表の調査及び死体の発見場所の調査の結果)、検査の実施結果(実施した検査項目及びその結果)に関する客観的事実を簡潔に取りまとめた書面を交付の上、再説明を行うこと」(同通達4⑶)とされているので、警察から書面の交付を受けることも可能です。

 実際に、「自死してしまったけれど、遺書もなく、病院への通院歴もないためカルテも確認できない。職場の人からも話を聞くことができず、なぜ亡くなったのかが分からない」、といったケースは少なくありません。
 このような制度を利用することで、警察が聞き取った職場の人の話や、亡くなる直前の故人の様子などが明らかになることもあります。
 あまり知られていない制度ですが、限られた情報しか残されていないご遺族からすればこのような制度を活用して、一つでも多くの情報を入手することは極めて重要です。

インターネット上の誹謗中傷~加害者の特定と責任~

 近年、著名人の自死に関する報道を目にする機会が増えました。その背景に、インターネット上での誹謗中傷が影響したとみられるケースが後を絶ちません。

 主に学校に関連するネット上のいじめやプロバイダ責任制限法の改正については、2023年1月30日付の田中健太郎弁護士のブログ記事(「学校でのネットいじめへの対応」)でも触れているところですが、インターネット上での誹謗中傷がなされた場合の相手方の特定方法と加害者の責任について、あらためて整理したいと思います。

1 加害者の特定方法

(1) 誹謗中傷の加害者(発信者)を特定するためには、①コンテンツプロバイダ(サイトやSNSの運営会社)に対して投稿時のIPアドレス等の開示請求を行い、②開示されたIPアドレス等から利用されたアクセスプロバイダ(NTTなどの通信事業者)を特定し、さらに、③同アクセスプロバイダに対して契約情報の開示請求を行うというプロセスを経る必要があります。

①③について、各プロバイダが裁判外で任意に開示をしない限り、加害者を特定するために2回の裁判手続を経る必要があります。そのため、被害者にとっては多くの時間とコストがかかり負担が大きく、また、開示に時間がかかっているうちにログの消去などで発信者の特定が困難になってしまう場合がある、という課題がありました。

(2) そこで、令和2年及び令和3年に、発信者情報の開示手続を簡易かつ迅速に行うことができるように、プロバイダ責任制限法についていくつかの法改正がなされました。

 その一つが、2023年1月30日付の田中健太郎弁護士のブログ記事(「学校でのネットいじめへの対応」)でも触れていた新たな開示手続の運用です。1つの裁判手続で発信者情報を開示できるよう、発信者情報開示命令という非訟手続が新設されたものです。この手続では、基本となる発信者情報開示命令に加え、提供命令(コンテンツプロバイダが有するアクセスプロバイダの名称の提供を命令すること)、消去禁止命令(発信者情報を削除することを禁止すること)という合計3つの命令が組み合わさって進行し、発信者情報の開示を一つの手続で行うことが可能となります。プロバイダ側の協力が前提になりますが、争訟性の低い事案については簡易迅速な情報開示が狙いとされています。

(3) その他の改正のポイントについてもご紹介します。

 まず、プロバイダ責任制限法の委任を受けた省令が改正され、「発信者の電話番号」が開示対象となることが明記されました。これにより、手続①でコンテンツプロバイダから投稿者の電話番号の開示を受けた場合、電話会社を特定したうえで弁護士会照会により電話番号の契約者を照会することで投稿者が特定できるようになりました。電話番号の開示を受けることができた場合には、③の手続を省略することができるため、従来よりも時間と費用の負担が軽減され得るものといえます。

 また、SNS等の中には、個別の投稿に関する通信記録を保存せず、アカウントへのログイン情報のみを保存する「ログイン型」と呼ばれるものがあります。X(旧Twitter)やFacebook等がこれに当たります。改正前の法では、このようなログイン型が想定されておらず、開示対象となるのは「当該権利の侵害に係る発信者情報」に限られ、ログイン情報が開示の対象となるのか不明確でした。改正法は、ログイン情報の通信に関しても「侵害関連通信」とし、侵害関連情報に係る発信者情報を「特定発信者情報」として、開示対象となることを明確にしました。

 ただし、あくまで、権利侵害を伴う通信に関する情報開示が原則であり、ログイン情報の通信からの情報開示については補充的なものとして位置づけられています。そのため、補充的要件が加重され、開示請求できる場合が限定されている点に注意が必要です。このような手続きによって判明した投稿者に対し、損害賠償請求や刑事告訴をしていくことになります。

2 加害者の責任

 (1) 刑事責任

 インターネット上で誹謗中傷を行った加害者生じる刑事責任には、主に名誉毀損罪、侮辱罪による責任があります。

 名誉毀損罪は、不特定多数の第三者に対して、事実を摘示して、人の社会的評価を低下させる行為をしたことで成立する犯罪です。刑法230条により「3年以下の懲役若しくは禁錮または50万円以下の罰金」に処せられます。

 他方、侮辱罪とは、事実を摘示することなく、他人おとしめるような言動をしたことで成立する犯罪です。名誉毀損罪との違いは、事実を摘示しているかどうかという点にあります。

 侮辱罪は、従来の法定刑は拘留又は科料でしたが、2022年7月の改正以降は、「1年以下の懲役若しくは禁錮若しくは30万円以下の罰金又は拘留若しくは科料」の法定刑となりました。

 侮辱罪の厳罰化には、2020年5月、テレビ番組に出演していた女子プロレスラーがSNS上で誹謗中傷を受け命を絶つ事件が発生した経緯がありました。同事件では、投稿者である2名が侮辱罪で略式手続で起訴されましたが、科された刑罰はいずれも科料9000円にとどまりました。これを受け、侮辱罪の罰則が低すぎるとの指摘がなされ、また、名誉毀損罪の場合と法定刑に差がありすぎたことも踏まえて厳罰化に至りました。

(2) 民事責任

 誹謗中傷が民事上の不法行為(民法709条)に当たる場合には、被害者は加害者である投稿者に対して損害賠償請求をすることができます。

 誹謗中傷が影響して自死に至ったと思われるケースであっても、裁判で認められ得る慰謝料金額については注意が必要です。誹謗中傷により傷ついたという意味での精神的苦痛に対する慰謝料は、数十万程度となってしまいます。誹謗中傷により自死に追いやられたという死亡慰謝料が認められるためには、加害行為と死亡の結果について法的な因果関係が認められる必要がありますが、誹謗中傷の被害者が必ずしも自殺するわけではなく、自殺することまで予見できたとは限らないことを踏まえると、この因果関係を認めることは難しいのが通常です。

3 まとめ

 以上のように、インターネット上の誹謗中傷に関しては、近年社会問題化していることから、加害者の特定手続が整備され、また、従来は見過ごされていたような侮辱罪に当たる書き込みも厳罰化に伴い問題視されやすくなることで、悪質な書き込みを抑止する効果も期待できる方向に向かっているものといえます。とはいえ、今なおインターネット上での誹謗中傷が絶えないことや、民事責任の追及が必ずしも容易ではない現状も踏まえて、今後もこの問題については注視していく必要があるものといえます。

相続放棄後の管理義務の改正等

 相続放棄をした場合、被相続人のプラスの財産(不動産、現金、預金、損害賠償請求権など)もマイナスの財産(借金、損害賠償請求債務)の両方とも引き継ぎません。

 もっとも、改正前民法では、相続放棄をしたとしても、その放棄によって相続人となった者が相続財産の管理を始めることができるまで、相続人がいない場合は相続財産管理人が選任されて職務を始めるまでは、自分の財産と同じ注意をして財産を管理しなければなりませんでした。たとえば、老朽化した建物や塀を修繕しないまま放置した結果、倒壊して損害が発生した場合、管理不行き届きとして損害賠償責任を負う可能性がありました。この管理義務を免れるためには、費用をかけ、裁判所に対し、相続財産管理人選任申立をする必要がありました。

 令和5(2023)年4月から適用されるようになった改正後の民法940条1項では、相続放棄をした者は、「その放棄の時に相続財産に属する財産を現に占有しているとき」にのみ、自分の財産と同じ注意をして財産を管理すれば足りることが明らかになりました。つまり、管理義務を負う者は、亡くなった方が所有する建物に一緒に住んでいた場合などに限られ、亡くなった方と関りがなかった場合は、管理義務を負わないことが明らかになりましたので、ご安心ください。

 なお、相続放棄等せず、土地を相続したとしても、土地を手放したいと考えた場合、土地所有権を国庫に帰属させる制度も新しく始まりましたので、この制度の利用も選択肢の一つです。もっとも、通常の管理または処分に過分の費用や労力が必要な土地は利用できないこと、審査手数料・一定の負担金の支払いが必要であることについて、ご注意ください。 

>>遺族が自死遺族が直面する法律問題「相続」

イベント納期を理由とする人命軽視は許されない

 2023年7月下旬、2025年開催予定の国際万国博覧会(大阪万博)の準備のため、主催者側が政府に対して、建設業の時間外労働の罰則付き上限規制を適用しないよう要請した、との報道がされています。

 けれども、このようなイベントの納期を口実とした残業規制逃れは、直接に人の命を軽視することにほかならず、決して許されないものと考えます。

 ごく最近、2020東京五輪においても、メイン競技場の建設準備に従事していた若者が過労自死に追い込まれています(京都新聞2020年1月9日「『身も心も限界』23歳男性が過労自殺 新国立競技場の急ピッチ建設で『残業190時間』」)。

 日程の決まったイベントのため納期がある、との理由は、大きな職場から小さな職場まで、多くの現場労働者に違法危険な長時間残業を強いることを正当化する口実とされがちです。近年においてもその犠牲で人命が奪われ続けています。  このような現状の中、範を示すべき立場にある官民の巨大イベントにおいて人命軽視の脱法が模索されていることは非常に残念で、許されないことだと思います。

いじめ自殺を含めた子供の自殺を減らせるか?

 国が作成している自殺の統計によれば、2022年に自殺した小中学生と高校生は512人となり、初めて500人を超えました。統計のある1980年以来、過去最多となったそうです。

 しかし、国が作成している自殺の統計では、「いじめ」によって自殺する児童は極めて少ないという結果になっています。例えば、令和4年版自殺対策白書によると、「いじめ」で自殺した小学校の男子は0%、女子は5%、中学生の男子は1.9%、女子は2.7%、高校生の男子は0.4%、女子は0.9%となっています(※1)。このような統計を見ると、「いじめによる自殺はすごく稀なんじゃないか?」と感じてしまいます。

 ところが、民間ですが全く反対の調査結果が存在します。日本財団いのち支える自殺対策プロジェクト『日本財団第3回自殺意識調査』報告書によると、若年層の自殺念慮・未遂に関する最多原因は学校問題における「いじめ」であり、自殺念慮・未遂の原因の約4分の1を占めているのです(※2)。

 さて、どちらが実態を反映しているのでしょうか?個人的には国の統計は「いじめ」による自殺を見過ごしている可能性があると考えています。

 その理由としては、第1に、国が作成している統計は、警察官が自殺の直後にご遺族から聞き取った自殺統計原票に基づいて作成されています。特に子供が自殺した場合、その直後のご遺族の混乱は非常に大きいものといえるでしょう。その混乱の中で警察官から原因や動機を尋ねられても、ご遺族は正確に答えられていない可能性があります。また、子供がご遺族を心配させないために、自分がいじめられていることを告げていない可能性もあるでしょう。そうすると、そもそもご遺族が警察官に対して「いじめが原因だった。」と告げられない可能性があります。

 第2に、自殺の原因動機である「学友との不和」と「いじめ」の区別が曖昧な点です。令和4年版自殺対策白書によると、「学友との不和」で自殺した小学校の男子は7.8%、女子は8.3%、中学生の男子は4.0%、女子は12.3%、高校生の男子は3.9%、女子は6.6%となっています(※1)。このように「学友との不和」は「いじめ」と比較して子供達の自殺の大きな原因動機になっています。では、「学友との不和」と「いじめ」との違いは何でしょうか?警察庁の答弁によると、「自殺した児童等が心身の苦痛を感じていた場合」は「いじめ」と判断するそうです(※3)。でも、子供達が「心身の苦痛を感じていた」か否かを、本人が既に亡くなっているのにどうして正確に判断ができるのでしょうか?このように、「学友との不和」と「いじめ」の区別は曖昧ですから、相当数の「いじめ」による自殺が「学友との不和」による自殺の中に含まれている可能性があります。

 第3に、警察官が自殺統計原票を作成する際に、ご遺族のみならず学校関係者にも聴き取りを行った際、「いじめ」による自殺を否定する学校関係者の回答が影響している可能性もあります。残念なことですが学校関係者は一般的に「いじめ」によって自殺が生じたことを認めたがりません。警察官が「学校の先生はいじめがあったとは言ってませんでしたよ。」と伝えれば、ご遺族は「そうなのか。」と思い込んでしまう可能性もあるでしょう。さらに実務的にはご遺族らから聴き取りをする警察官と、自殺統計原票を作成する警察官が別の場合もあるそうです。そのような場合、ご遺族と学校関係者の話が食い違った場合、自殺の原因動機を「不明」として処理する場合もあるそうです。

 このように、国が作成している自殺の統計は子供の自殺の実態を反映していない可能性が高いのです。すると、子供の自殺を減らすための政策を行うのであれば、自殺統計原票による国の統計だけではなく、心理学的剖検を含めた子供の自殺に関する詳細な実態調査が実施されるべきだと考えます。もっとも、残念ながら政府はそのような実態調査を行わないようです(※4)。

 しかし、実態が正確に把握できていないのに、どうして有効な対策を講じることができるのでしょうか?「いじめ」による自殺も含め、今後も子供の自殺が増え続けるのではないかという強い危機感を抱かざるを得ません。

※1 厚生労働省『令和4年版自殺対策白書』83頁

※2 日本財団いのち支える自殺対策プロジェクト『日本財団第3回自殺意識調査報告書』19頁

※3  厚生労働省第10回自殺総合対策の推進に関する有識者会議(2023年3月30日開催)議事録・8頁

※4 同会議において、当職が「日本における児童・小児精神医療に関して、あまり研究が進んでいるという話は聞かないのですね。そこへちゃんと予算をつけて大規模な心理学的剖検をするなり、何か調査する予定はないのでしょうか。」と質問したところ、後日、厚生労働省から「児童生徒について心理学的剖検を行う予定はない。」との回答があった。

裁判のIT化と自死遺族支援弁護団

これまで、IT化とは程遠いイメージであった裁判実務ですが、ここ数年で急速にIT化が進んでいるということは、2022年12月5日付の川合弁護士のブログ記事でも取り上げたところです。

自死遺族弁護団では従来からSkypeやZoomなどのWEBツールを使用してご相談を伺ってきましたが、昨今の裁判のIT化により自死遺族支援弁護団としての仕事の進め方も変わってきたなという印象です。当弁護団は毎週水曜日にホットラインを設けて全国の弁護士が持ち回りで相談をお受けしておりますが、全国各地からお電話やメールがありますので、どうしてもご遺族と弁護士との間に距離があるということもしばしばあります(筆者は滋賀弁護士会所属ですので、なおさらです)。

これまで裁判期日のために裁判所に出頭する必要があることも多く、ご遺族と弁護士との間に距離がある場合、出頭するための交通費や移動の時間などが問題となり、ご遺族も依頼がしにくいし、弁護士も事件をお請けしにくい場合がありました。しかし、ここ数年でWEB期日が一般化し、双方の代理人が出頭することなくWEB上で期日が行われることも多くなったため、実際に裁判所に出頭する回数は大きく減りました(一度も出頭しないで裁判が終わることもあります。)。

そのためご遺族も弁護士も両者の遠近を意識する必要が少なくなってきましたように感じます。当弁護団では、従来から遠方であっても自死案件に詳しい弁護士が担当することを希望されるご遺族のご依頼を多数頂いておりましたが、さらに距離を気にせずに依頼されるご遺族が増えて行くのではないでしょうか。また、弁護士もご遺族との距離を気にせずに自死遺族支援に関する専門性を発揮しやすくなると思います。

とはいえ、ご遺族と弁護士との信頼関係を構築するためには対面でお話をお伺いすることも必要なことが多いと言えます。また、証拠や証人の都合上、近くの弁護士が対応したほうが良いケースもあります。そのようなケースでは、ご遺族と距離的に近い弁護士と遠い弁護士が弁護団を組んで、距離的に近い弁護士の事務所でご相談をお伺いすることもありますし、お近くに弁護士が居ない場合は弁護士が実際にご自宅に赴いてお話を伺うことも積極的に行っています(当弁護団では必要に応じて出張相談を無料で行っております)。

IT化のメリットと、対面の良さをうまく使い分けて、ご遺族の抱えておられる問題のより良い解決につなげていければと思います。