労災保険審査請求と個人情報開示請求について

 労働者が過労自殺(自死)で亡くなった場合、遺族が取りうる法的手続きとして、国に対する労災の請求と、企業などに対する損害賠償の請求があることは、「遺族が自死遺族が直面する法律問題-過労自殺(自死)-」で述べているとおりです。

 労災請求の結果、労働者に生じた死亡が業務に関係ない「業務外」のものと判断(「業務上の事由によるものとは認められません」という理由で不支給決定通知)を労働基準監督署長がした場合、遺族としては、労災保険による補償を受けられません。
 仕事のストレスなど業務上の心理的負荷が原因で自死したとしか考えられないにもかかわらず、このような判断が出された場合、遺族としては当然、納得できませんので、この決定に不服があるとして、その決定を行った労働基準監督署長を管轄する都道府県労働局の労働者災害補償保険審査官に審査請求をすることができます。
 この審査請求は、労災保険給付の決定があったことを知った日の翌日から起算して3か月以内に行う必要があります。
 審査請求書は、厚労省ホームページからダウンロードできます。

労災保険審査請求制度 (mhlw.go.jp)

 審査請求と併行して、遺族は、どうして労働基準監督署長が不支給決定をおこなったのかについて確認するため、保有個人情報開示請求(各労働局ホームページから保有個人情報開示請求書をダウンロード可)を、その決定を行った労働基準監督署長を管轄する都道府労働局総務部総務課に郵送します(あて先は、「○○労働局長」とします)。

 同請求書の「開示を請求する保有個人情報」欄には、例えば

「開示請求者(※遺族)が〇〇(〇年〇月〇日生)の自殺に関して〇〇労働基準監督署長に対してなした遺族補償給付等の請求(令和〇年〇月〇日不支給決定)に関して作成された業務上外の判断にかかる調査復命書並びにその添付書類一式
所轄労働基準監督署 〇〇労働基準監督署」

 この保有個人情報請求の結果、労働局から、調査復命書(精神障害の業務起因性判断のための調査復命書)や添付書類が開示されたら、そこに記載されている調査結果、専門医の意見、聴取書などが事実と食い違わないかを分析し、次の再審査請求や企業などに対する損害賠償の請求訴訟の証拠として戦う準備をします。
 保有個人情報請求手続きにより入手した開示書類のうち、聴取書及び聴取事項記録書は、請求人(遺族)のものを除き、墨塗りの状態で開示されることになりますが、労災請求の際、故人と親しかった同僚など遺族からの聞き取りに応じてくれた方について、遺族による開示請求について同意を得られるのであれば、労働者災害補償保険審査官に対し、労働保険審査会法第16条の3第1項に基づいて、聴取書及び聴取事項記録書についての閲覧及び写しの交付等を請求できます。審査官は、第三者の利益を害するおそれがあると認めるとき、その他正当な理由があるときでなければ、その閲覧又は交付を拒むことができないと法律で定められています。

>>遺族が自死遺族が直面する法律問題「過労自殺(自死)」

パパの育休取得とハラスメント

 出産・育児等による労働者の離職を防ぎ、希望に応じて男女ともに仕事と育児等を両立できるようにすることを目指して、2021年6月に育児・介護休業法が改正され、2022年から段階的に施行されています。改正内容の一つとして、2022年10月1日から、産後パパ育休(出生時育児休業)が創設されました。

 産後パパ育休制度とは、現行の育児休業制度とは別に、子の出生後8週間以内に4週間まで取得が可能となる制度です。育児休業では、原則として1か月前までに労働者が申し出を行う必要がありますが、今回新設された産後パパ育休では、一部例外を除き、2週間前までの申し出が認められます。また、産後パパ育休は、2回に分割して取得することができます。さらに、産後パパ育休では、労使協定を締結しており、労働者側から育児休業期間にも就労する旨の申し出が事業主側に対してなされた場合に限って、労働者と事業主の合意した範囲内で、事前に調整した上で休業中に就業することが可能となります。

 今回の育児介護休業法改正の背景には、男性の育児休暇取得率の低さがありました。

 厚生労働省の報告によると、女性の育児休暇取得率は、過去10年以上8割台で推移しているのに対し、男性の育児休暇取得率は、上昇傾向にあるものの1割前後にとどまっていました。

 また、過去5年間に勤務先で育児に関わる制度を利用しようとした男性労働者の中で、企業における育児休業等に関するハラスメントを受けたと回答した者の割合は26.2%に上りました。

 このように、主に男性労働者が、育児のために育児休業、時短勤務などの制度利用を希望したこと、これらの制度を利用したことを理由として、同僚や上司等から嫌がらせなどを受け就業環境を害されることは、「パタニティハラスメント」ないし「パタハラ」という用語で社会的に注目されています。パタニティハラスメントは、女性に対するマタニティハラスメントと並んで、職場における育児介護休業等に関するハラスメントとされており、育児休業の取得を希望して解雇その他の不利益な取り扱いを示唆されたり、制度の利用を阻害されたり、制度を利用したことによる嫌がらせを受けるような場合には、これに該当し得るものといえます。

そして、決して無視することができないのが、パタニティハラスメントの心身への影響です。厚生労働省の報告によると、男性労働者がパタニティハラスメントを受けて心身にどのような影響があったかという問いに対し、「怒りや不満、不安などを感じた」が65.6%と最も多く、次いで「仕事に対する意欲が減退した」が53.4%と高かったのに加えて、「職場でのコミュニケーションが減った」(34.4%)、「会社を休むことが増えた」(16.0%)、「眠れなくなった」(15.3%)、「通院したり服薬をした」(6.9%)といったメンタルヘルスの不調も見逃すことができないものとなっています。

 産後パパ育休制度の創設もあって、パパの育児休暇取得に対する理解は深まりつつあるといえますが、子を持つママだけでなく、パパの仕事と育児にまつわるメンタルヘルスにも十分の配慮していく必要があるといえます。

公務員の過労自殺(自死)について

 公務員が過労自殺(自死)した場合、法的手続として公務災害が考えられます。しかし、具体的にどのように手続が進んで行くのか一般的には労災の手続ほど知られていません。そこで、公務員の過労自殺(自死)における手続について簡単に解説をしたいと思います。

第1 国家公務員の場合

1 職権主義による場合

 1つ目の手続は故人が所属していた各庁や各省等が、自主的に公務災害に該当するかどうか調査をして、公務災害を認定するという流れです。このように国が自主的に公務災害を認定する手続を職権主義といいます。職権主義は、ご遺族からの災害が公務上のものである旨の申出がなくとも補償を実施することで速やかに公務災害を認定し、ご遺族を早期に救済することが本来の目的となっています。

 このような目的を踏まえると、多くのご遺族は「職権主義はすばらしいな。」と思われるかも知れません。

 しかし、残念ながら職権主義は公務災害認定の障害として機能していると言わざるを得ません。例えば、当弁護団が過去に受任した事案では、実際には不十分な証拠に基づいて職権主義で公務災害ではないと認定し、その旨をご遺族に伝えていました。

 その結果、ご遺族は「公務災害はもう無理だ。」と思い込まれていました。もし当弁護団にご相談を頂けなければ、そのまま諦めてしまわれたかも知れません。

 しかしこの事案では、当弁護団の弁護士らが証拠保全を行って証拠を収集し、公務上認定の申出を行った結果、公務上であると認定されました。

 ですので、職権主義によって故人が所属していた各庁や各省等から「公務災害ではない。」と知らされても、公務上であると認定される可能性があることを是非知って頂きたいと思います。

2 ご遺族による申出の場合

 2つ目の手続はご遺族から故人が所属していた各庁や各省等に対して公務上認定の申出を行うという流れです。

 ご遺族から申出が行われると、故人が所属していた各庁や各省等の職員の中から公務災害の調査や認定を担当する補償事務主任者が指名されます。

 通常の労働者の場合は労働基準監督署が労災になるか否かを調査して認定するのですが、国家公務員の場合はいわば身内の人間がそのような調査や認定を行うことになるのです。

 常識的に考えると身内が調査や認定をするのですから、その調査の正確性や認定の公平性などが担保されているとは言い難いでしょう。

 そのため、ご遺族は補償事務主任者の調査や認定について厳しくチェックする必要がありますし、できるだけ独自に証拠を集めて提出することが必要になります。

第2  地方公務員の場合

 地方公務員が過労自殺(自死)した場合、常時勤務の場合と非常勤の場合で手続が異なります。

1 常時勤務に服することを要する地方公務員

 常時勤務に服することを要する地方公務員の公務災害手続は、各都道府県ごとに置かれている地方公務員災害補償基金(以下「地公災」といいます。)支部長に対し、任命権者を経由して、公務災害認定請求書を提出して行います。

 過労自殺(自死)の場合、認定請求書の「災害発生状況」には、長時間労働、パワーハラスメント、住民に対するクレーム対応など、心理的負荷の原因となった事情を詳しく書くことになります。

 また、認定請求書の内容について所属部局の長の証明が必要になります。

 ここで問題となるのは所属部局の長の証明です。例えば公立学校の教員の過労自殺(自死)の事案であれば、所属部局の長は故人が所属していた校長となりますが、殆どの事例において、校長は、長時間労働、パワーハラスメント、父兄からのクレーム対応など、心理的負荷の原因となった事情を証明しないか、一部の心理的負荷が弱い事情(例えば自己申告の労働時間など)しか証明しません。つまり、校長が過労自殺(自死)の原因を事実として認めてくれないのが一般的なのです。

 地方公務員の過労自殺(自死)事案ではここが最大のポイントとなります。認定請求を受けた地公災支部長は、任命権者に対して様々な調査を指示しますが、最終的に調査を行うのは過労自殺(自死)の原因を事実として認めていない所属部局の長(先ほどの例だと校長)となるのです。常識的に考えると、このような所属部局の長が調査をするのですから、その調査の正確性が担保されているとは言い難いでしょう。

 そのため、ご遺族は公務災害認定請求書を提出する前に、所属部局の長が過労自殺(自死)の原因を事実として認めてくれないことを前提に、できるだけ証拠を集める必要があるのです。

2 地方公務員(非常勤)の公務災害の手続

 非常勤の地方公務員の公務災害手続は、地公災ではなく、故人が勤務していた地方自治体に対して行います。具体的な手続は各地方自治体の条例によって定められていますが、法律によって、常時勤務に服することを要する地方公務員の場合や、一般の労働者の場合と比べて均衡を失したものであってはならないとされています。

 ところで、非常勤の地方公務員の場合、従前は多くの地方自治体において、ご遺族は公務災害の認定を求めることすらできず、公務災害ではないと判断されてもその理由も知ることができませんでした。

 しかし、当弁護団で受任したある事件をきっかけとして、「議会の議員その他非常勤の職員の公務災害補償等に関する条例施行規則(案)」(総行安第27号平成30年7月20日)という通達が出され、ご遺族からの公務災害の申出が認められると共に、公務災害でないと判断された場合はその理由などを記載した通知を受けることができるようになりました。

 非常勤の地方公務員の過労自殺(自死)事案の救済が少しでも広がることを願っています。

第3 おわりに

 このように、国家公務員の過労自殺(自死)や地方公務員の過労自殺(自死)の事案は、調査や認定の主体が第三者ではなく身内によって行われるため、早期に証拠を収集した上で、申出や認定請求を行う必要があるといえます。

労災が認定されたら、給付基礎日額が正しいか要確認です

長時間労働等によって精神障害を発病したため自死したと認められて、労災が認定されると、ご遺族は、遺族補償給付等の給付を受けることになります。

遺族補償給付等の金額は給付基礎日額によって定まります。給付基礎日額は労災発生日からさかのぼって3か月の賃金に基づいて定まりますが、現実に既に支払われている賃金だけではなく、実際に支払われていない未払いの残業代金なども含むと解されています。

厚生労働省は、労働基準監督署に対して何度も、「給付基礎日額を算定する時は、未払いの賃金もきちんと計算しなさいよ」と通達しています。それでもなお、労働基準監督署が未払いの残業代を真面目に算定した上で、給付基礎日額を決定する事例は少ないのが現状です。おそらく計算が非常に面倒くさいからだと思います。

給付基礎日額の誤りは、審査請求をすることや、給付基礎日額の決定が無効であると主張して職権取消しを求めること等によって、是正できる場合があります。

ですから労災認定がされた場合は、給付基礎日額の計算が未払いの残業代、休日手当等も考慮して算出されているかは、必ず確認しましょう。

難しくて分からないという時はお気軽に当弁護団にご相談下さい。

死と法律

1 死の定義

 死の定義(時期)については、医学、法学、哲学、文化学などによって様々な議論がされています。

 学説を俯瞰すれば、死は瞬間的なものではなく段階的なプロセスによって生じるものの、「身体の死」(身体機能(Body機能)の停止)か「認知機能の喪失や脳の死」(人格機能(Person機能)の停止)のいずれかを死の時期とする説に大別されるようです(シェリー・ケーガン「「死」とは何か」文響社 36頁、ナショナル・ジオグラフィック「生と死 その境界を科学する。」日経ナショナルジオグラフィック社)。

 それでは、法学的には死はどのように定義されているのでしょうか。

 実は、法律は「死」について積極的な定義をしておらず、心臓停止・呼吸停止・瞳孔反射の喪失で判断する三徴候説という学説が有力です。

 しかし、生命維持技術の発展に伴い、医学においては全脳死をもって死亡時期と考える見解が支配的になったため、現在では、法学においても、三徴候説に動揺が生じ、未だに決着を見ない論争が続いています(西田典之「刑法各論 第四版補訂版」弘文堂 9頁)。

 なお、民法においては、同一事故で複数の人が死亡した場合についての同時死亡の推定(民法32条の2)、7年以上行方不明の者について法律上死亡したものとしてみなす失踪宣告(民法30条)が規定されています。

2 死の法的効果

 民法上の死亡の効果としては、相続が発生します(882条)。

 また、明文の規定はありませんが、死亡によって、人は権利能力(法律上の権利・義務を持つことができる資格)を失うといわれています。

3 死者に対する名誉毀損

 近似、SNSの普及により、死の事実が虚実織り交ぜた形で遺族の承諾なく拡散されるような事案を目にします。

 そのような場合、死者に対する名誉毀損が成立するか否かが、遺族による同記事の削除請求等の可否との関係で問題となります。

 まず、刑法上は、虚偽の事実によって、死者の名誉を毀損した場合には、名誉毀損罪が成立します(刑法230条2項)。

 しかし、民法上は、上記のとおり、人は死亡によって権利能力を失うため、死者は名誉権という権利を持たず、死者に対する名誉毀損は成立しないといわれています(斎藤博「故人に対する名誉毀損」判評228号33頁、東京地判平成23年4月25日ウエストロー2011WLJPCA04258004)。

 そこで、死に関する事実を拡散等された遺族は、死者の名誉権ではなく、遺族自身の「敬愛追慕の情」(死者を想う気持ち)という権利に基づいて、削除請求や損害賠償請求の余地があるという解釈が編み出されました(東京地判平成23年4月25日ウエストロー2011WLJPCA04258004、東京地判平成22年12月20日ウエストロー2010WLJPCA12208003)。

 これは、死者自身の名誉権を認めるドイツ法的な解釈ではなく、死者に対する近親者の愛情を権利として認めるフランス法的な解釈です。

 死者に関する名誉毀損は、非常に難しい法律問題ですが、遺族の方が少しでも平穏な日々を送れるよう我々も日々勉強を重ねておりますので、いつでもご相談ください。

相続人について

 ご兄弟の方から、兄弟が自死されたとの相談を受けることも度々あります。

 亡くなられた方に奥さんやお子さんがいらっしゃる場合もあれば、以前、結婚していたがその後、離婚され、配偶者の方がお子さんを引き取って育てておられ、離婚以後、親戚つきあいなど全くないという場合もあります。

 そうした場合、亡くなられた方の事情を一番知っておられるご兄弟が葬儀や親戚への連絡などおこなわれることになり、鉄道事故の場合は鉄道会社と、マンションでの自死の場合は家主や不動産業者、警察などとの応対もされることになります。

 亡くなられた方の預金や保険といったプラスの財産や、ローン、携帯本体の分割金などマイナスの会社も、郵便物や通帳の入出金履歴から手がかりを探し、マイナスの方が多ければ相続放棄を、調査に時間がかかりそうという場合には相続の承認又は放棄の期間の伸長申し立てを、故人の最後の住所地の家庭裁判所に申し立てる必要があります。

 金融機関の負債の調査には、KSC(一般社団法人全国銀行協会(JBA)の全国銀行個人信用情報センター)JICC(株式会社日本信用情報機構)CIC(株式会社シー・アイ・シー)に照会することもできます。

 亡くなられた方に奥さんやお子さんがいらっしゃれば、奥さんやお子さんが相続人となりますし、奥さんと離婚されてお子さんを引き取っておられる場合は、お子さんが相続人となります。

 第一順位の法定相続人がいる場合、ご兄弟の方は相続人ではありませんので、この段階でご兄弟の方は相続することも相続放棄をすることもできません。

 こうした場合、まずは第一順位の法定相続人に連絡をとって、相続するのか、相続放棄するのか、あるいは相続の承認又は放棄の期間の伸長申し立てをするのかを第一順位の法定相続人に検討いただく必要があります。

 何年も連絡をとっていないため、第一順位の法定相続人に連絡先がわからないという場合は、弁護士がご兄弟から相続手続きの委任を受け、相続人調査をおこなうこともできますので、こうした場合は、遠慮なく弁護団までご相談ください。

>>相続についてはこちら

精神障害の後遺障害

1 症状固定=治ゆとは

 うつ病などの精神障害にかかり、休職し、労災と認定された場合は、回復するまでの間、休業補償給付(給付基礎日額[※1]×80%×休業日数)や療養補償給付(治療費)の支給を受けることができます。

 しかし、症状が回復しないまま数年が経過することがあります。この場合、症状固定=治ゆしたか否かが大きな問題となることがあります。

 労災保険で、症状固定=治ゆとは、治療を受けても、症状に改善の見込みがないと判断された場合の状態で、一般的な「完治」とは異なり、症状が残る場合も含まれます。症状が残る場合には、後遺障害と認定することとされています。

 症状固定=治ゆと認定されると、休業補償給付や療養補償給付は打ち切られ、後遺障害についての給付を受けることになります。

2 仕事が原因の精神障害の後遺障害の考え方

 厚労省[※2]によると、仕事が原因の精神障害(非器質的精神障害)は、仕事によるストレスを取り除き、適切な治療を行うと、概ね半年から1年、長くても2~3年の治療により完治することが一般的とされています。

 そして、症状が残る場合であっても、一定の就労が可能となる程度以上に症状がよくなるのが通常とされています。そのため、後遺障害等級は、一番重い等級が第9級とされており、通常は、第7級以上の者に支給される障害(補償)年金を受け取ることはできません。

 例外的に、「持続的な人格変化」を認めるという重篤な症状が残る場合には、「本省にりん伺の上、障害等級を認定する必要がある」とされますが、あくまで「非常にまれ」な場合とされています。

3 問題点

 厚労省の考え方は前項記載の通りですが、実際の研究によると、労災認定後、4年が経過しても「治ゆ」に至っていない例は4割あるようです[※3]

 このような場合、労働基準監督署から、症状固定=治ゆしたとして、医師の作成する後遺障害診断書を提出するよう求められることがあります。交通事故で相手方保険会社が治療費の支出を抑えるために、治療を打ち切ることと同様です。

 症状固定したと認定されると、働くことができないような症状が続いていても、後遺障害と認定されて一時金が支給されるのみで、休業補償給付等は打ち切られることになってしまいます。

4 解決事例

 労働基準監督署が症状固定の意味についてきちんとした説明をしないまま促したため、医師から後遺障害診断書を書いてもらい、症状固定の取り扱いを受けた方から、後遺障害等級の申請に関する依頼を受けました。

 その方の症状はとても重かったので、高次脳機能障害における精神障害の後遺障害等級を参考に、後遺障害等級第2級として認定申請を行いました。

 すると、労基署は、驚いたことに、まだ重い症状が続いていることを理由に、症状固定を撤回してきました。労働基準監督署が症状固定の撤回をしたのは、第9級よりも重い後遺障害等級を認定する判断を回避するためと思われます。

 労基署が症状固定の診断を促したことだけでなく、仕事が原因の精神障害の後遺障害等級として重い等級が設定されていないことにも問題があると思います。

5 解決事例を踏まえて

 労基署に症状固定を促されたとしても、医師に相談し、症状固定の診断書を作成するには慎重にする必要があります。

 また、基準としては、後遺障害等級に第9級以下しかないとしても、症状が重い場合には、実際の症状について診断書をしっかり書いてもらい、第9級よりも上の等級の取得を目指すと良いと思います。

 医師が協力的でない場合は、別の医師に相談してみることもお勧めします。

※1 疾病が確定した日の直前の3カ月間、労働者に対して支払われた賃金の総額を、日数によって割った金額。残業手当は含むが、ボーナスは含まない。

※2 平成15年8月8日付け基発第0808002号 神経系統の機能又は精神の障害の障害等級認定基準3頁

※3 労災疾病臨床研究事業費補助金「精神疾患により長期療養する労働者の病状の的確な把握方法及び治ゆに係る臨床研究」(平成28年度 統括・分担研究報告書)3頁

不当に高額な請求に対しては弁済供託をするという手段もあります

借りていた部屋で自死された案件では、家主から、相続人や連帯保証人であるご遺族に対し、部屋の価値が下落したなどとして損害賠償請求されることがあります。

そのようなケースの裁判ではその部屋の賃料の1~3年分や自死行為により破損等した箇所の修理費等について支払い義務が生じると判断されることが多いです。
(詳しくは「自死遺族が直面する法律問題-賃貸トラブル-」のご説明をご覧ください。)

最近は減ってきたように思いますが、家主によっては裁判になればご遺族が支払わなければならないと判断されるであろう損害額をはるかに上回るような損害賠償請求をしてくることもあります。過去には大家から賃料10年分を請求してこられて当弁護団にご相談に来られたご遺族がいらっしゃいました。

大事な人を亡くした深い悲しみの中にいるご遺族が大家からの請求が正当なものなのかどうかなどを冷静に判断することなどできないと思います。
ですから当弁護団のホームページをご覧のご遺族は、大家から金銭の支払い請求が来るなどしたら、必ず当弁護団にご相談ください。

家主からの損害賠償請求の金額が不当に高額ではあるが、その一部については支払わなければならないため早急に支払いたいものの、大家が不当に高額な損害額全てについて支払わないのであれば、お金を受け取らないという場合もあります。
支払わなければ遅延損害金が年3%かかってきますので、支払えるのであれば早く支払ってしまいたいという方もいらっしゃるでしょう。

そのような場合は、弁済供託という手段をとることもできます。
支払うべき金額を法務局に納めることで、大家に支払ったことと同じ効果が生じます。
裁判上、遺族が支払うべきと認められることが見込まれる金額を弁済供託することで、大家がそれ以上の請求をすることをあきらめてくれることもあります。

弁済供託は法務局に問い合わせれば方法を教えてもらえますので、ご自身でも可能と思いますが、支払うべき金額がいくら程かについては弁護士にご相談ください。
また、供託手続自体を弁護士に委任することも可能です。

職場のパワーハラスメントについて(①)

1 はじめに

 2020年6月1日以降、事業主に職場のパワーハラスメント防止措置が法的に義務づけられました(※1) 。中小企業も2022年4月1日から義務づけが始まります。

 自死遺族支援弁護団でも、 パワーハラスメント(以下「パワハラ」といいます。) による過労自殺の事案を多数受任してきました。

 今回の私のコラムでは、自死遺族の方にも分かりやすいように、何回かに分けて、パワハラについて解説をしてみたいと思います。

2 パワハラを防止する目的とは

 パワハラというと、皆さんはどのような行為をイメージされるでしょうか。ブラック企業で軍隊の上官みたいな上司が暴力や暴言を加え続けるというイメージでしょうか。

 パワハラが議論される際、どの行為はダメで、どの行為がOKなど、表面上の行為だけに着目したマニュアル主義に陥りがちです。

 しかし、どのような行為がパワハラになるかということを考える上で大切なのは、そもそもなぜパワハラ防止しなければならないか、その目的を確認することだと思います。

 パワハラの防止措置を規定した法律を見ますと、法律の目的として、少子高齢化で働く人が減るので、労働者にその能力を発揮して貰うことが必要だ、ということが書かれています (※2)。

 たしかにパワハラを防止することは、労働者が能力を発揮することにつながるので、広い意味でこの法律の目的に適うことです。しかし、個人的にはかなり間接的なイメージです。少子高齢化とは関係なくパワハラは防止されるべきでしょう。

 では、パワハラを防止する目的について参照できるものがないかといいますと、職場のパワーハラスメント防止対策についての検討会「職場のパワーハラスメント防止対策についての検討会報告書」(2018年3月30日)があります。この報告書は、パワハラの問題を放置すれば、「メンタルヘルス不調につながり得るほか、当該労働者が休職や退職に至ることもあり、最悪の場合、人命に関わることもある重大な問題である。また、パワーハラスメントを受けた労働者の生産性や意欲の低下を招くなど職場環境の悪化をもたらす。また、企業にとっても、職場全体の生産性や意欲の低下、企業イメージの悪化、人材確保の阻害要因となり得ることや、訴訟によって損害賠償責任を追及されることも考えられ、経営的にも大きな損失となる。職場のパワーハラスメント対策を講ずることは、コミュニケーションの円滑化や管理職のマネジメント能力の向上による職場環境の改善、労働者の生産性や意欲の向上、グローバル化への対応等に資するものである。」と述べています。

 つまり、パワハラを防止する目的とは、労働者側から見れば、メンタル不調の防止、過労うつ病などによる休職や退職、過労自殺の防止にあります。また、会社側から見れば、労働者の生産性や意欲の向上、企業イメージの向上、人材の確保などにあります。

3 6つの典型例が典型例とされる理由

3 ところで、パワハラには以下の6つの典型例があるとされています(※3)。

  • ㋐身体的な攻撃(例:殴打、足蹴りなどを行うこと。)
  • ㋑精神的な攻撃(例:人格を否定するような言動を行うこと。)
  • ㋒人間関係からの切り離し(例:自分の意に沿わない労働者に対し、仕事を外し、期間にわたり、別室に隔離したり、自宅研修を受けさせること。)
  • ㋓過大な要求(例:新卒採用者に対し、必要な教育を行わないまま到底対応できないレベルの業務目標を課し、達成できなかったことに対し厳しく叱責すること。)
  • ㋔過小な要求(例:管理職職である労働者を退職させるため、誰でも遂行可能な業務を行わせること。)
  • ㋕個の侵害(例:労働者の性的指向・性自認や病歴、不妊治療等の機微な個人情報について、当該労働者の了解を得ずに曝露すること。)

 当たり前ですが、このようなパワハラがわれると、酷い場合、労働者はメンタル不調に陥り、過労うつにより休職や退職に追い込まれ、最悪の場合は過労自殺してしまうこともあります。一方、このような職場では、労働者は自分の能力を発揮しようと思わないでしょうから生産性の低下が生じますし、次々と人が辞めて行くので人材の確保は難しくなります。パワハラに関連して訴訟を起こされたり、SNSで拡散されたりすれば、企業イメージも悪くなります。

 こうしてみると、パワハラの6つの典型例は、パワーハラスメントを防止する目的に照らして、当然防止すべき行為を示したものと考えることができます。

4 実際に判断するときは

実際の事例では、全て6つの典型例に当てはまるとは限りませんし、むしろ当てはまらない事例の方が多いといえます。6つの典型例の要素が少しずつ合わさっている事例が殆どといえるでしょう。

 そのため、ある行為がパワハラに該当するか否かを判断する際には、表面上の行為だけに着目したマニュアル主義ではなく、常に、パワハラを防止する目的に照らして慎重に判断することが重要となるのです。

以上

※1 労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律第30条の2第1項において、「事業主は、職場において行われる優越的な関係を背景とした言動であつて、業務上必要かつ相当な範囲を超えたものによりその雇用する労働者の就業環境が害されることのないよう、当該労働者からの相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備その他の雇用管理上必要な措置を講じなければならない。」と規定されました。

※2 同法第1条は「この法律は、国が、少子高齢化による人口構造の変化等の経済社会情勢の変化に対応して、労働に関し、その政策全般にわたり、必要な施策を総合的に講ずることにより、労働市場の機能が適切に発揮され、労働者の多様な事情に応じた雇用の安定及び職業生活の充実並びに労働生産性の向上を促進して、労働者がその有する能力を有効に発揮することができるようにし、これを通じて、労働者の職業の安定と経済的社会的地位の向上とを図るとともに、経済及び社会の発展並びに完全雇用の達成に資することを目的とする。」と規定しています。
同法に基づくパワハラの防止は、少子高齢化を背景としていかに労働力を確保するかという観点から創設された制度と考えることもできます。

※3「事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」(令和2年1月15日厚生労働省告示第5号)。