カスタマーハラスメントについて考える

 近年、カスタマーハラスメントの被害が増加傾向にあるとされ、マスコミでもカスタマーハラスメントに関する報道をよく目にするようになりました。そこで、カスタマーハラスメントを4つの類型に分けてその背景事情などについて考えたいと思います。

 第1の類型は公務員が被害者となる場合です。例えば、住民が役所の窓口業務を担当する公務員に対して大声で騒ぎ立てて謝罪を求めたり、保護者が教師に対して適切に行われた指導を体罰などと騒ぎ立てて学校に乗り込んだりするような事案が考えられます。

 この類型の難しさは、公務員が住民からカスタマーハラスメントを受けたとしても、行政サービスの提供を拒否するわけにはいかないし、住民に対して「引越して他の自治体に行って下さい。」と言えない点にあります。

 また、住民は、昔であれば地域社会の中で話し合いながら問題を解決して様々な便益を共有していたものの、現在はその大部分を行政によるサービスという形で享受するようになりました。その結果、住民から見ると、「自分は税金を支払っているのだから、行政サービスを享受して当然で、サービスの提供過程にミスがあることは許されない。」と考える傾向が強くなってきているのではないでしょうか。 

 第2の類型は加害者の匿名性が高い場合です。例えば、お客様窓口の担当者に消費者が電話で理不尽なクレームや罵詈雑言を浴びせたり、駅のホームで駅員に対して暴行を加えたりする事案が考えられます。

 匿名性はカスタマーハラスメントの一つの重要な背景事情です。加害者は、自分の氏名や住所が特定できないのであれば、後で被害者から法的な対応を受けることもないと考え、攻撃的な言動を行う傾向が強まります。

 もっとも、この類型は、電話対応の録音を予告するなどの対策(最近増えてきていますね)によりかなりの部分が防止できますし、最近では駅でも監視カメラなどで映像が残っていますので、加害者に対して「名前や住所は最終に特定できるぞ。」という警告の効果は一定程度あるといえます。 

 第3の類型は契約の対象が高価な場合です。例えば、住宅メーカーの営業マンが、施主から理不尽な要求を受けたり、罵詈雑言を浴びせられたりする事案が考えられます。

 この類型の難しさは、住宅メーカーが施主に対して「あなたのカスタマーハラスメントは限度を越えているので契約を解除します。家は半分しか出来ていませんが、他の住宅メーカーに行って下さい。」とはほぼ言えない点にあります。一方、施主としても、多額のお金を使って一生に一度の買い物をするため、神経質になりやすいですし、攻撃的にもなりやすいといえます。

 この類型のカスタマーハラスメントを防止するためには、契約書でカスタマーハラスメントを許さない旨の条文を入れた上で、施主に対して十分な説明を行うことで、施主の認識と住宅メーカーが提供するサービスとの間の齟齬をできるだけ生じさせないことが重要になるでしょう。

 第4の類型は医療現場など生命や健康がサービスの対象となってる場合です。例えば、小児救急の現場において、医師が治療の甲斐無く死亡した子供の保護者に対して説明をする際に、保護者から暴行や罵詈雑言を受けるような事案が考えられます。

 この類型の難しさは、生命や健康という重大な法益に関連したサービスを提供していることから、患者やその家族は医師や看護師に対して満足が行く結果を求める傾向にある一方で、残念ながら治療が功を奏しない場合も多いため、生命や健康が損なわれたという結果の重大性も相まって、感情的になったり、攻撃的になったりしやすい点にあります。

 医師や看護師は患者を治療するという役割を担いますが、クレームが限度を超えてカスタマーハラスメントと評価される場合には、治療を拒否することも考えるべきでしょう。

 4つの類型に共通する対策としては、カスタマーハラスメントは刑法上の犯罪にあたる可能性があるため、一定限度を超えた場合は警察に被害届を出すことが考えられます。また、カスタマーハラスメントが発生した場合に内部での対応方法をルール化すること、対応について研修すること、相談窓口を設置することなども重要です。企業は、短期的な利益を優先するよりも、カスタマーハラスメントから労働者を守る措置を優先していただきたいと思います。

カスタマーハラスメント(カスハラ)について

 いわゆるカスハラ、労働者が顧客等からの不当悪質なクレーム等の迷惑行為によって強いストレスを受け、うつ病などになったり、ひいては自死に至ったりすることが社会問題化しています。
 日本では「お客様は大切にしなければいけない。」という考え方が一般的であるため、労働者がカスハラを受けても「自分の接客が悪いのではないか?」と思い込み、労災の請求や会社の責任を問うとの考えに思い至らない、ということもあるかもしれません。
 けれども、特に不特定多数の顧客・利用者の対応を要する業務においてカスハラ被害は業務に付随する、誰にでも起こりうるトラブルであって、個人の責任と捉えるのは誤りです。

 労災でもカスハラは重視されるようになり、2023年9月の労災の認定基準の改訂で、「顧客や取引先、施設利用者等から著しい迷惑行為を受けた」という出来事が業務による心理的負荷評価表に加えられました(同表の出来事の項目27になります)(※1※2)。この改訂により、カスハラ被害のストレスによりうつ病などを発病して自死に至った場合についても、労災と認められることが明記されました。
 カスハラの加害者は「顧客や取引先、施設利用者」とされていますが、職場外の業務に関連する人間関係を広く含みます。例えば医療従事者が患者やその家族からカスハラを受けた場合や、学校関係者が生徒や保護者からカスハラを受けた場合も含まれます。
 カスハラ行為は、暴行、脅迫、ひどい暴言、著しく不当な要求などの「著しい迷惑行為」をいいます。例えば、顧客から「ちゃんとやれや。」、「謝って済むか。上司と一緒に今から来いや。」などと大声で20~30分怒鳴られた事案で労災認定が出ています。
 セクハラやパワハラと同様に、労働者が会社にカスハラを相談しても適切な対応がなく改善がされない場合や、会社がカスハラを把握しても対応をせずに改善されなかったりした場合は、カスハラによるストレスを強める事情として重視されます。そして、セクハラやパワハラと同様に、カスハラの開始時から全ての行為がストレスの評価の対象となります(※3)。

 また、会社もカスハラを放置することは許されません。
 厚労省は、近時カスハラの認知件数が増えていることを踏まえ、会社に対してマニュアル等によってカスハラの周知を行い、従業員をカスハラから守るための対応を促しています(※4)。
 このような国の取り組みを踏まえますと、会社は、労働者がカスハラを受けているにもかかわらず、担当を変更したり、担当の人数を増やしたり、会社としてカスハラを許さないという毅然とした態度を顧客に伝えなかったりするなど適切な対応をしなかった場合、安全配慮義務に違反したと評価される可能性もあるといえるでしょう。

 ご家族がカスハラに苦慮する中で自死に至ったという事案についても、法的にお力になれるケースがありますので、お気軽にご相談ください。

※1 認定基準改正の概要
https://www.mhlw.go.jp/content/11201000/001140928.pdf

※2 心理的負荷による精神障害の認定基準について
https://www.mhlw.go.jp/content/11201000/001140929.pdf

※3 令和5年11月10日基補発1103号精神障害の労災認定実務要領について

※4 カスタマーハラスメント対策企業マニュアル
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/koyoukintou/seisaku06/index.html