自死の場合の健康保険適用の可否

1 自死された方が、病院で各種治療を受けた末にお亡くなりになった場合、ご家族を亡くされたご遺族が、後に高額な医療費の請求を受けるに至り困っているというご相談を多くお聞きします。自死にまつわる健康保険適用に関して整理したいと思います。

2 健康保険法第116条では「故意に給付事由を生じさせたときは、当該給付事由に係る給付は、行なわない。」と規定しており、自死についてもこの規定が適用されますので、自死が「故意」だと評価されると、健康保険が使えないということになります。この理由は、自殺未遂を含め、故意に給付事由を生じさせる行為は、「制度の秩序を乱し、適正な運営を阻害するとともに、偶然的に発生する給付事由に対し、相互に救済しようとする健康保険制度の本質からしても許されない」ものであるからとされています。(「健康保険法の解釈と運用」)

 もっとも、自死の場合でも健康保険が使える例外が2つあるとされています。

3 第1に、自死が「精神疾患等に起因するもの」と評価される場合です。

 平成22年5月21日付けの厚生労働省保険局の通達「自殺未遂による傷病に係る保険給付等について」では、「自殺未遂による傷病について、その傷病の発生が精神疾患等に起因するものと認められる場合は、『故意』に給付事由を生じさせたことに当たらず、保険給付等の対象としております。」とされています。

 しかし、この取り扱いについては何度も通達等が発出されているにもかかわらず、医療現場での取扱いはまちまちであるようで、命をとり止めたご本人や亡くなられた場合のご家族に対して、重い医療費負担が強いられるのが実情です。特に、精神疾患等での受診歴や通院歴がない場合には、「精神疾患等に起因するもの」との認定が難しく、ご本人やご家族に10割の医療費負担を求められる場合が多くあります。

4 第2に、自死という行為に対する認識能力がない場合です。

 かなり古い通達ですが、昭和2年11月12日付けの社会局保険部長の通知では、「行為(結果を含む)に対する認識能力なき者については「故意」の問題を生ぜずかかる者の自殺の場合は故意に事故を生ぜしめたるものと謂うを得ざるものとす」とされています。厚生労働省に確認をしたところ、現在でも同通知に示された指針で運用をしているとのことでした。

 この通達を踏まえると、第1の「精神疾患等に起因するもの」でない場合でも、第2の「認識能力」の有無によって「故意」には該当しないとする場合があるという理解になるようです。

5 以上のように、健康保険法の「故意に給付事由を生じさせたとき」に該当するかどうかについては、通達や通知による指針が示されていますが、自死直前の症状や自死に至った経緯はさまざまであるため、特に精神疾患等による受診歴や通院歴がない場合には「故意」の問題を生じますし、受診歴や通院歴があっても10割の請求が来てしまうこともあるようです。

 「精神障害等に起因する」といえるかや、認識能力がなかったことの最終的な判断は、健康保険組合の医師の判断によるところが大きいといえますが、たとえ精神疾患等による受診歴や通院履歴がなくとも、亡くなられた方の自死直前の状況、たとえば、普段と違った様子、不眠、食事量や体重の変化等のご家族から見た症状のほか、遺書の内容、本人のインターネット検索履歴等から、精神疾患の発病の有無、認識能力の有無を説明することにより、健康保険適用が認められる余地はないとはいえません。

 決してあきらめず、一度弁護士にご相談をいただくのが良いかと思います。