故人の通院歴を調べる方法

 自死された事案では、お亡くなりになる直前の故人の精神状態を詳細に知りたい、ということがしばしばあります。例えば、鉄道に飛び込んだ場合などであれば、損害賠償義務が発生するか否かの判断にあたり故人の精神状態が重要な判断要素となります。また、生命保険の免責期間内の自死について保険金が支払われるか否かの判断にあたって重要な要素となります。さらに、過労による自死の場合であれば、発病時期を特定する重要な情報となります。

 もっとも、単身赴任などの事情により、故人が遠方で一人暮らしをしていたような場合だと、故人の精神状態を十分に把握できていないことがあります。このような場合に、故人の通院歴を調査し、通院先からカルテを取得することで、故人の精神状態を詳細に把握できることがあります。

 故人の通院歴を調べる方法はいくつかありますが、もっとも効果的な方法は診療報酬明細書等の開示を求めることです。

 一般に医療費は、患者が3割を医療機関に支払い、残りの7割は医療機関が健康保険組合から支払いを受けています。診療報酬明細書等は、医療機関が健康保険組合に医療費を請求するために作成・提出する書類です。健康保険組合ではこの書類を保存していますので、その開示を求めることで、故人が通院していた病院を把握することができます。

 開示を求める先は、故人が加入していた健康保険組合です。故人の保険証が残っていれば、保険証の「保険者名称」を見れば健康保険組合を把握できます。保険証が残っていない場合は健康保険組合を直ちに特定できないこともありますが、勤務先や居住地などの情報を基に特定することは可能です。

 診療報酬明細書は医療費を請求するための書類であるため、どのような治療をしたのか、どのような薬を処方したのか、といった情報は記載されていますが、なぜそのような治療を選択したのか、患者がどのような訴えをしていたのか、といった情報は記載されていません。故人の精神状態を詳細に把握するためには、故人が医師にどのような訴えをしていたかという点が重要になります。そのため、カルテを取得し、詳細な情報の収集を図っていくことになります(もっとも、カルテに詳細な情報が記載されていないケースもあるので、カルテがあれば必ず情報収集ができるとは限りません)。

 ご遺族のお手元に情報がない場合でも、様々な手段を駆使することで情報を収集できることがあります。手元に情報が無くて困ってしまったというときも、ぜひ当弁護団へご相談ください。

自死の場合の健康保険適用の可否

1 自死された方が、病院で各種治療を受けた末にお亡くなりになった場合、ご家族を亡くされたご遺族が、後に高額な医療費の請求を受けるに至り困っているというご相談を多くお聞きします。自死にまつわる健康保険適用に関して整理したいと思います。

2 健康保険法第116条では「故意に給付事由を生じさせたときは、当該給付事由に係る給付は、行なわない。」と規定しており、自死についてもこの規定が適用されますので、自死が「故意」だと評価されると、健康保険が使えないということになります。この理由は、自殺未遂を含め、故意に給付事由を生じさせる行為は、「制度の秩序を乱し、適正な運営を阻害するとともに、偶然的に発生する給付事由に対し、相互に救済しようとする健康保険制度の本質からしても許されない」ものであるからとされています。(「健康保険法の解釈と運用」)

 もっとも、自死の場合でも健康保険が使える例外が2つあるとされています。

3 第1に、自死が「精神疾患等に起因するもの」と評価される場合です。

 平成22年5月21日付けの厚生労働省保険局の通達「自殺未遂による傷病に係る保険給付等について」では、「自殺未遂による傷病について、その傷病の発生が精神疾患等に起因するものと認められる場合は、『故意』に給付事由を生じさせたことに当たらず、保険給付等の対象としております。」とされています。

 しかし、この取り扱いについては何度も通達等が発出されているにもかかわらず、医療現場での取扱いはまちまちであるようで、命をとり止めたご本人や亡くなられた場合のご家族に対して、重い医療費負担が強いられるのが実情です。特に、精神疾患等での受診歴や通院歴がない場合には、「精神疾患等に起因するもの」との認定が難しく、ご本人やご家族に10割の医療費負担を求められる場合が多くあります。

4 第2に、自死という行為に対する認識能力がない場合です。

 かなり古い通達ですが、昭和2年11月12日付けの社会局保険部長の通知では、「行為(結果を含む)に対する認識能力なき者については「故意」の問題を生ぜずかかる者の自殺の場合は故意に事故を生ぜしめたるものと謂うを得ざるものとす」とされています。厚生労働省に確認をしたところ、現在でも同通知に示された指針で運用をしているとのことでした。

 この通達を踏まえると、第1の「精神疾患等に起因するもの」でない場合でも、第2の「認識能力」の有無によって「故意」には該当しないとする場合があるという理解になるようです。

5 以上のように、健康保険法の「故意に給付事由を生じさせたとき」に該当するかどうかについては、通達や通知による指針が示されていますが、自死直前の症状や自死に至った経緯はさまざまであるため、特に精神疾患等による受診歴や通院歴がない場合には「故意」の問題を生じますし、受診歴や通院歴があっても10割の請求が来てしまうこともあるようです。

 「精神障害等に起因する」といえるかや、認識能力がなかったことの最終的な判断は、健康保険組合の医師の判断によるところが大きいといえますが、たとえ精神疾患等による受診歴や通院履歴がなくとも、亡くなられた方の自死直前の状況、たとえば、普段と違った様子、不眠、食事量や体重の変化等のご家族から見た症状のほか、遺書の内容、本人のインターネット検索履歴等から、精神疾患の発病の有無、認識能力の有無を説明することにより、健康保険適用が認められる余地はないとはいえません。

 決してあきらめず、一度弁護士にご相談をいただくのが良いかと思います。