労災認定基準・公務災害認定基準と民事上の損害賠償請求の関係について

1  はじめに

 労働者や常勤の地方公務員が長時間労働やパワーハラスメントなどによって過労自殺(自死)した場合、ご遺族が行える法的手続は、行政手続である労災請求・公務災害認定請求と、民事手続である損害賠償請求に分けることができます。

 労災請求・公務災害認定請求と損害賠償請求はそれぞれ別個独立した手続きですが、いずれも「業務・公務によって精神障害を発病して自殺(自死)が生じた」という法的なつながり(因果関係)を要件とする点では共通しています。

 もっとも、労災請求・公務災害認定請求の因果関係と、損害賠償請求の因果関係は、同じような事実の流れを見ているようであっても、「直ちに同視することには、問題がある」(※1)とされてきました。

 では、労災請求・公務災害認定請求の因果関係と、損害賠償請求の因果関係は、一体どのような関係にたつのでしょうか?

 静岡県警事件最高裁判決とその補足意見(最高裁令和7年3月7日判決・民集79巻3号1159頁)は、この議論に一定の解決を示したとされています。

 今回はこの最高裁判決を取り上げ、労災請求や公務災害認定請求の因果関係が、損害賠償請求の因果関係に与える影響について解説します。

2  なぜ「直ちに同視することには、問題がある」?

 ではなぜ労災請求・公務災害認定請求の因果関係と、損害賠償請求の因果関係を「直ちに同視することには、問題」があるのでしょうか?

 その理由はそれぞれの請求の目的が異なる点にあります。

 労災請求・公務災害認定請求は、使用者や地方自治体の落ち度(安全配慮義務違反)を要件とせずに、長時間労働やパワーハラスメントによる心理的負荷(職場に内在された危険)が現実化してうつ病や自殺(自死)が生じたならば、速やかに補償を行うという点に目的があります。仮に、使用者や地方自治体の落ち度(安全配慮義務違反)が要件になっていると、使用者や地方自治体が落ち度を否定することで紛争が長期化し、補償がなかなか行われないことになって、速やかに補償を行うという制度の目的が達成できなくなります。

 これに対して、損害賠償請求は、過労自殺(自死)という損害が発生した場合に、使用者や地方自治体に対して損害を負わせるのが公平なのか、それとも負わせないことが公平なのかという、損害の公平な分担が制度の目的になります。損害賠償請求は、使用者や地方自治体に損害を負わせることが前提となりますので、使用者や地方自治体の落ち度(安全配慮義務違反)が要件となります。

 このように、労災請求・公務災害認定請求は業務・公務に内在した危険が現実化した場合に補償することを目的とし、損害賠償請求は損害を公平に分担させることが制度の目的となっていますので、背景にある考え方が異なるのです。

 とはいえ、それぞれ「業務・公務によって精神障害を発病して自殺(自死)が生じた」という法的なつながりを問題とする以上、労災請求・公務災害認定請求の因果関係と損害賠償請求の因果関係がどのような関係に立つのか、訴訟の実務では問題とされてきたのです。

3  労災認定基準と公務災害認定基準における因果関係

 労災請求・公務災害認定請求における因果関係は、前記2のとおり、職場にあった危険が現実化したかという観点から判断されます。長時間労働やパワーハラスメントなどによる心理的負荷は職場における危険と評価されます。この危険が現実化することによって精神障害を発病して自殺した場合、「業務・公務によって精神障害を発病して自殺(自死)が生じた」という因果関係が認められることになるのです。

 そして、労災請求・公務災害認定請求における因果関係の認定基準は、前者では「心理的負荷による精神障害の認定基準」(基発0901第2号令和5年9月1日)(以下「労災認定基準」といいます。)が、後者では「精神疾患等の公務災害の認定について」(令和6年3月22日地基補第132号)(以下「公務災害認定基準」といいます。)が用いられています。

 労災認定基準と公務災害認定基準は、精神医学や心理学などの考え方をベースにしています。

 まず精神障害の発病は、その人が受けたストレスの強さと、その人個人が持つ精神的な弱さとの相関関係で決まるとされています。例えば、非常に強いストレスを受けた場合は、精神的な弱さが殆どない人でも精神障害を発病することがあります(例えばPTSDなど)。これに対して、精神的な弱さが非常に大きい人は、少しのストレスでも精神障害を発病することがあるのです。

 また、ストレスは人によって受け取り方が異なります。そこで、心理学の分野では、たくさんの人に対してアンケートをとり、職場での出来事(長時間労働やパワーハラスメントなど)のストレスの強さに点数をつけてもらうことで、ストレスの強さを客観化する研究が行われてきました。例えば、パワーハラスメントは多くの人がストレスを感じるので点数が高く、職場のOA化は少なくとも若い人達は働き始める前から日常的に使用していたのでストレスの点数が低くなります。そして、このような研究を踏まえて、これらの認定基準では、職場の出来事毎に、「この出来事についてこれくらいの事情があれば、精神障害を発病するくらいのストレス強度があるだろう。」という具体例を表にまとめています。

 実際の認定実務では、労働基準監督署や地方公務員災害補償基金が職場の働き方などについて調査を行い、その調査結果を労災認定基準と公務災害認定基準に当てはめて、「業務・公務によって精神障害を発病して自殺(自死)が生じた」という因果関係の有無を判断することになります。

4 労災認定基準と公務災害認定基準は静岡県警事件最高裁判決でどのように使われたか?

 静岡県警事件は、静岡県警で警部補の地位にあったAさんの妻子が静岡県に対して損害賠償を請求した訴訟(以下「妻子訴訟」といいます。)と、Aさんの父母が静岡県に対して損害賠償を請求した訴訟(以下「父母訴訟」といいます。)の二つの訴訟で争われました。

 そして、第一審(広島地裁福山支部)は、上記の事実を総合して、いずれの訴訟についても静岡県の責任を認めました。

 しかし、控訴審(広島高裁)は、妻子訴訟では第一審の判断を維持して静岡県の責任を肯定したものの、父母訴訟では静岡県の責任を否定しました。

 妻子訴訟では静岡県が、父母訴訟では父母が最高裁に対して上告・上告受理申立をしたのです。

 静岡県警事件最高裁判決は、判決の本文では明示していませんが、補足意見で重要なことを指摘しています。補足意見は、判決本文で示された結論に至る考え方の過程を明らかにしているので重要なのです。少し長いですが、引用します。

 「地方公務員の業務の関係で、地方公共団体が国家賠償法1条1項又は安全配慮義務違反に基づく損害賠償責任を負うか否かを判断するに当たっては、当該地方公務員が従事した業務に係る諸般の事情を総合的に考慮すべきであるが、その際には、認定基準とともに労災認定基準に示された知見をもしん酌し得るものと考えられる。もっとも、上記の各補償等は、無過失の危険責任に基づく制度であって、上記損害賠償責任とは趣旨を異にするものであり、上記の各基準も、法令が定めるものではないから、これらに示された知見をしん酌し得るといっても、形式的に当てはめるべきものではなく、あくまでも、経験則上の一つの知見としてしん酌するというべきものである。

 また、本件との関連でみると、認定基準において、『その他強度の精神的又は肉体的負荷を与える事象』があったものと判断できる場合の一つとして、『発症直前の1か月以上の長期間にわたって、質的に過重な業務を行ったこと等により、1月当たりおおむね100時間以上の時間外勤務を行ったと認められる場合』が示されているが、同時に、これ『に準ずるような業務負荷があったと認められる場合』が示されており、これらは、単に、業務の質的な過重性や時間外勤務の時間数だけではなく、関係する諸事情を考慮して、その負荷の程度を評価すべき趣旨を含むものと解される。

 また、労災認定基準においても、『業務による強い心理的負荷が認められること』の要件に関し、具体的出来事の心理的負荷の強度の具体例が示されており、その中には、仕事の量・質に関する具体例として本件に関連するものが含まれるが、そのような具体例も例示であるから、これらを踏まえ、関係する諸事情を考慮して、その負荷の程度を評価すべき趣旨を含むものと解される。上記の各基準に示された知見をしん酌する場合も、以上の趣旨を踏まえて行うのが相当である。」

 このように、静岡県警事件最高裁判決の補足意見は、損害賠償請求において、「業務・公務によって精神障害を発病して自殺(自死)が生じた」という因果関係の有無を検討する際、労災認定基準と公務災害認定基準において示された精神医学や心理学の知見(考え方)を経験則上の物差しの一つとして使用できると明示したのです。

 また、この補足意見は、損害賠償請求の因果関係を判断する上で、労災認定基準と公務災害認定基準に示された精神医学や心理学の知見(考え方)を踏まえることができるとしても、これらの認定基準に示された具体例に形式的に当てはめることは許されず、事件に関係する様々な事情を考慮しつつ業務による心理的負荷の強度を判断しなければならないと明示した点も意義があります。父母訴訟の控訴審は、事件に関係する様々な事情を考慮せず、公務災害認定基準に示された具体例に形式的に当てはめて静岡県の責任を否定しました。この補足意見は、そのような控訴審の認定を非難していると考えられます。

5 ご遺族の方々へ

 労働者や常勤の地方公務員が長時間労働やパワーハラスメントなどによって過労自殺(自死)した場合、労災認定や公務災害認定が出ていれば、その認定の判断で用いられた証拠や事実認定が、そのまま民事上の損害賠償請求の場でも強力な武器になり得ます。

 一方で、労災請求または公務災害認定請求をしていない場合でも、労災・公務災害の認定基準の考え方を民事上の損害賠償請求における立証に活かすことができます。また、認定基準に形式的に該当しないと思われる場合であっても、民事上の損害賠償請求の場において、業務の内容・量・時間を総合的に検討した結果、会社・地方自治体に対する損害賠償請求が認められることもあります。 

 ただし、これらの手続きは互いに複雑に絡み合っており、どのような順序でどのような証拠を集めるかによって、結果が大きく左右されます。一人で抱え込まず、ぜひ早めに弁護士にご相談ください。

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※1 最高裁判所判例解説民事篇平成12年度(上)358頁

賃貸物件内での自殺と心理的瑕疵の変遷について

 賃貸物件内で自殺が行われたとき、遺族が、賃貸人から、損害賠償請求を受けることがあります。

 この損害賠償請求は、物件内部での自殺が、心理的な嫌悪感を生じさせる行為であるとして、賃借人の契約違反であるとか不法行為であるという理由でなされるものです。

 一昔前までは、大家さんからかなり高額な請求を受けるというケースがよくありました。たとえば、自殺が行われた部屋のあるアパート全体の価格が下がったとして、アパートまるごとの減価分の損害賠償を請求するなどです。高額な請求になりますので、ご遺族にとっては、相当な心理的なストレスになっていました。

 賃貸物件内での自殺については裁判例が積み重なり、実務的な取り扱いの方向性も固まってきています。大家が当該部屋を1年間は賃貸できず、その後2年は賃料の半額でしか賃貸できないものとして、賃料相当額の2年程度の損害賠償を認めるというものです。物件の価値自体が下がったという損害は特別な事情がない限り損害として認められません。
大家からむちゃくちゃな請求がきたという相談も減少傾向にあると感じます。

 むちゃくちゃな請求がされているという相談が減少していること自体は良いことだと思いますが、実務的な取り扱いに疑問もないわけではありません。

 色々ありますが本稿では一点、賃貸物件内での自殺が心理的瑕疵を生じさせるということが本当に不動の事実なのか、という根本的な疑問です。

 この点、国土交通省の「宅地建物取引業者による人の死の告知に関するガイドライン」において触れられていますが、心理的瑕疵に該当するかどうかは「時代や社会の変化に伴い変遷する可能性もある」という大前提は大事だと思います。

 今のところ当たり前のように語られている自殺の心理的瑕疵ですが、諸外国では決して当たり前ではありません。欧米では、賃貸物件内で過去に自殺があったか否かを気にしない傾向が強く、告知義務すらないようなことも珍しくないようです。
これに対して、韓国、中国など東アジア圏では、日本と同様に物件内部での自殺を心理的瑕疵と捉える傾向が強いようです。心理的瑕疵というのが、決して固定的な概念ではなく、国や文化によってずいぶんと捉え方に差があるということが分かります。

 日本において、自殺というものに対する偏見、忌避感は、一昔前に比べると減少傾向であるようにも感じるのですが、いかがでしょうか。個人的には、少子高齢化・多死社会の到来によって、賃貸物件内で死というものが珍しくない事態になっていることが影響しているように感じます。この傾向は今後ますます強くなることでしょう。 

 賃貸物件での自殺に関する相談自体が減少傾向であるものの、なくなっているわけではありません。時代や社会の変化に伴って「心理的瑕疵」の概念が変容することを頭に入れて、ご遺族の立場から言えることをこれからも考えていきたいと思います。

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遅延証明電子化が鉄道人身事故に与える影響について

最近、遅延証明を電子化する鉄道会社が増えてきました。2026年5月現在、以下の鉄道会社が完全電子化、もしくは将来に向けて段階的な電子化を進めているようです。

(完全電子化した鉄道会社)

  • JR西日本       2021年2月〜(近畿・京阪神エリア等)
  • 西武鉄道        2023年3月24日
  • 東京メトロ    2026年4月1日
  • 京王電鉄        2026年4月1日

(段階的な電子化を進めている鉄道会社)

  • 東急電鉄          2024年より順次(WEB発行を原則化)
  • 相模鉄道(相鉄)2024年より順次(WEB移行を推進)

人身事故が発生した場合、鉄道会社から遺族に対して損害賠償が請求されることがあります。この損害の内訳についてみなさんはご存じでしょうか。

特急列車の場合は、特急券の払い戻し費用が発生します。そのため、普通列車と異なり賠償額が高額となる傾向があります。

他方で、普通列車の場合はどうでしょうか。損害として振り替え輸送費が請求されることは比較的想像しやすいと思いますが、もう一つ損害額の中で重要な費目が、実は人件費です。

人身事故が発生すると、遅延証明の発行などで、現在出勤している職員だけではなく、休憩中の職員を呼び出して業務を行ってもらう必要が生じるものと思われます。これらは時間外労働になりますので、多くの場合残業代も発生することになります。実際、損害賠償請求の内訳を見ると、人件費がかなりの部分を占めていたということも少なくありません。

遅延証明が完全電子化されれば、遅延証明の発行業務について人件費が相当程度抑えることができるようになると思われます。結果として、これらの会社については、遺族に対する損害賠償請求の金額も減少することに繋がるのではないか。電子化による経費節減効果の詳細についてまでは鉄道会社のHPなどを見ても記載が無いこと、事故の態様など人件費以外の要素もあることからすると一概には言い切れませんが、電子化が遺族の負担を軽減する可能性に期待します。

労災民事訴訟における過失相殺・寄与度減額について

1  はじめに

 労働者が過重労働により精神障害を発病し、あるいは著しく増悪して、自死するに至ったという事案では、労災保険給付の請求とは別に、会社に対して直接損害賠償の支払を求める場合もあります。

 労災手続では、精神障害の発病が、業務に内在する危険が現実化した結果であると認められれば、業務上の災害と認定されるため、原則として労働者側の落ち度は問題となりません。これに対し、労災民事訴訟では、会社側から、損害発生の助長・拡大には、労働者側の落ち度や性格、精神障害の既往歴なども影響したのではないかという主張がされることがあります。「過失相殺」や「寄与度減額」といわれるものです。

 たとえば、労働者の性格がまじめで責任感が強く、几帳面かつ完ぺき主義で、能力以上に仕事を自分で抱え込み、しばしば徹夜で仕事をするなど、業務遂行の方法に問題があったとか、もともと精神障害を患っていて、そのことを会社に申告しなかったために心身の健康への配慮ができず、精神障害の増悪を防げなかった、等の主張です。

 会社側の過失相殺・寄与度減額の主張が認められて、たとえば30%減額されるとすると、損害額全体からまず30%が控除され、そこからさらに、労災保険金等が差し引かれることになり、認容額は小さなものとなってしまいます。なので、過失相殺・寄与度減額が認められるか否かは、実務上は重要な争点の一つとなっています。

2 民法の規定

 民法では、「被害者に過失があったときは、裁判所は、これを考慮して、損害賠償の額を定めることができる」とされています(民法722条2項)。これは、被害者に発生した損害を被害者と加害者との間で公平に分担するための制度です。

 そして、被害者の側に「過失」があった場合にとどまらず、被害者の性格等の心因的要因が損害の発生または拡大に寄与した場合についても、民法722条2項を類推適用して考慮することができるとされています。これは、労災民事訴訟においても、同様とされています。

3  参考となる最高裁判例

 では、裁判では、労働者側の性格や落ち度はどのように考慮されているのでしょうか。事案ごとに様々な判断が示されているのですが、ここでは2つの最高裁判決を引用したいと思います。

 第1に、いわゆる電通過労自殺事件の最高裁判決(最判平成12年3月24日・判タ1028号80頁)です。この事件では、労働者が、まじめで責任感が強く、几帳面かつ完ぺき主義であり、うつ病に親和的な性格であったことを、損害額の減額要因と評価すべきか等が問題となりました。

 電通事件最判は、「企業等に雇用される労働者の性格が多様のものであることはいうまでもないところ、ある業務に従事する特定の労働者の性格が同種の業務に従事する労働者の個性の多様さとして通常想定される範囲を外れるものでない限り、その性格及びこれに基づく業務遂行の態様等が業務の過重負担に起因して当該労働者に生じた損害の発生又は拡大に寄与したとしても、そのような事態は使用者として予想すべきものということができる。しかも、使用者又はこれに代わって労働者に対し業務上の指揮監督を行う者は、各労働者がその従事すべき業務に適するか否かを判断して、その配置先、遂行すべき業務の内容等を定めるのであり、その際に、各労働者の性格をも考慮することができるのである。したがって、労働者の性格が前記の範囲を外れるものでない場合には、裁判所は、業務の負担が過重であることを原因とする損害賠償請求において使用者の賠償すべき額を決定するに当たり、その性格及びこれに基づく業務遂行の態様等を、心因的要因としてしんしゃくすることはできないというべきである。」としています。

 第2に、いわゆる東芝うつ病事件の最高裁判決(最判平成26年3月24日・労判1094号22頁)です。この事件は、労働者が、既往の精神疾患等自らの精神的健康(いわゆるメンタルヘルス)に関する情報を使用者に申告しなかったことを理由として、過失相殺をすることができるか否か、及び、個体側の脆弱性を理由に素因減額をすることができるか否かが争われた事件です。

 東芝事件最判は、精神疾患の既往歴の不告知については、①メンタルヘルスに関する情報は、労働者にとって、自己のプライバシーに属する情報であり、人事考課等にも影響し得る事柄として通常は職場において知られることなく就労を継続しようとすることが想定される性質の情報であること、②使用者は、必ずしも労働者からの申告がなくても、その健康に関わる労働環境等に十分な注意を払うべき安全配慮義務を負っているところ、労働者にとって過重な業務が続く中でその体調の悪化が看取される場合には、上記のような情報については労働者本人からの積極的な申告が期待し難いことを前提とした上で、必要に応じてその業務を軽減するなど労働者の心身の健康への配慮に努める必要があるものというべきこと、③本件においては、過重な業務が続く中で、労働者は、体調が不良であることを使用者に伝えて相当の日数の欠勤を繰り返し、業務の軽減の申出をするなどしていたものであるから、使用者としては、そのような状態が過重な業務によって生じていることを認識し得る状況にあり、その状態の悪化を防ぐために労働者の業務の軽減をするなどの措置を執ることは可能であったことなどの点を考慮して、使用者が労働者に対し上記の措置を執らずにうつ病が発症し増悪したことについて、労働者が使用者に対して上記の情報を申告しなかったことを重視するのは相当でないとして、過失相殺を否定しました。

 また、個体側の脆弱性については、上記の電通事件最判の規範が労働者の脆弱性の判断にも適用のある規範であることを前提として、「同種の業務に従事する労働者の個性の多様さとして通常想定される範囲を外れる脆弱性などの特性等を有していたことをうかがわせるに足りる事情があるということはできない」として、素因減額も否定しました。

4 まとめ

 以上の最高裁判例からすれば、業務とうつ病等の精神障害の発病(さらに自殺)との間に因果関係が認められ、会社側の安全配慮義務違反もある場合に、労働者側の体質や心的要因を理由として過失相殺や寄与度減額することには、抑制的であるということができるかと思います。

 過失相殺は、損害の公平な分担を目的とした制度ですが、使用者は、労働契約に基づき労働者の心身の安全を確保する第1次的な責任を負っており、個性のある労働者の心身の健康状態、意欲等を勘案しつつ人事権を行使する権限をもち、現実にコントロール可能なのも使用者です。使用者が労働者に対して過重な業務を課す一方で、使用者として必要な労務管理(労働時間・仕事量の適正化、人員配置・調整等)をしないという安全配慮義務違反が存する事案において、労働者側の体質や心的要因を理由に過失相殺の適用又は類推適用により減額するのは、かえって公平とはいえないといいうるでしょう。

宇都宮地裁に葬儀社を被告として提起した訴訟で勝訴

当弁護団の弁護士生越照幸、弁護士和泉貴士、弁護士松森美穂がご遺族らの代理人として宇都宮地方裁判所に提起した裁判が、先月ほぼ全面的に勝訴し、地元のニュースでも取り上げられました。

Yahooニュース「無実の罪で解雇、賠償命令 男性死亡、栃木の葬儀社」

本件は以下のような事案です。
葬儀社においてある従業員が、「葬家に返金するから」と事務員から金員を騙し取っていたという事案が発覚したところ、社長が、別の従業員のUさんも共犯に違いないと決めつけて、Uさんに対し、業務上必要であるかのように説明して、伝票に詐欺への関与を窺わせる内容を記載させて、警察に突き出しました。Uさんは犯行への関与を完全否定しましたが、社長はUさんに懲戒解雇を通知し、懲戒解雇後もUさんを犯人扱いし続けました。Uさんは、詐欺の容疑者にされたことで、再就職もできない、孫にまで迷惑がかかると思い悩み、うつ病を発症して自死しました。

判決では、Uさんが犯行に関与していなかったと認められました。
そして、Uさんが一方的に解雇されたことによって極めて強い心理的負荷を受けてうつ病を発症して自死したことが認められ、葬儀社に賠償金の支払いが命じられました。

このように大変痛ましい事件ですが、ご遺族が地元の弁護士に相談するも上手く進めてもらえないということが2回続いたそうです。
その後、ご遺族が当弁護団にご相談してくださり、葬儀社を被告として損害賠償請求訴訟を提起し、勝訴判決を得ることができました。

自死が関わる事件は専門性が高いです。たとえば自死に至るまでの精神障害の発病については医学的な議論がありますし、精神障害を発病する原因が何かという点についても、多角的な検討が必要になります。そのため、自死に関する事件を取り扱った経験のある弁護士でなければ、どのように進めてよいかわからず、右往左往するということがあると思います。

ですから、別の弁護士に既に頼んでいる方でも、セカンドオピニオンを聞く目的等で当弁護団にご連絡くださっても結構です。 まずはお気軽にお問い合わせくださればと思います。

ご遺族からの相談を聞くに当たって

1 「こんなにしっかりと話を聞いてもらえたのは初めてです。」といった類いの言葉を法律相談の場で聞く度に複雑な気持ちになります。「ここに来るまでに○人断られました。」という話も同様です。

 確かに、相談の中には法律ではどうしようもない事案もあり、「対応出来ない」とはっきり伝えることが大切な場合もあります。しかし、上記のように仰って頂ける事案の中には、相談を聞いた弁護士が、可能な限り話を理解しようと努め、かつ、確かな知識を有している場合であれば、何らかの方針を示すことができた事案も少なくありません。また、相談を聞いたその場では馴染みのない法律関係に関する話であったとしても、話を整理する過程でとっかかりとなる法令や判例を調べてみることで、お伝え出来ることが出てくる場合も少なくありません。

 つまりは、法律相談に来られた方の抱えている問題の解決に向けて、対応した弁護士がどれだけ広い視野を持って「本気で」考えたかによって、その対応に大きな違いがあるということだと思います。

2 この点、自死に関するご遺族からの相談においては、できるだけ多角的に事案を検討する必要があることから、原則として、ご遺族の主訴にとらわれることなく、あらゆる可能性を考えて聴き取りに当たることが必要となります。

 例えば、賃貸マンションにおける自死のケースで、家主からの賠償請求の有無や金額を教えて欲しいといったご遺族の相談を想定した場合、その点だけを答えて終わってしまうと、後々取り返しのつかない場面が出てくる場合があり得ます。具体的には、自死者自身の預貯金もそれほど多くなく、ご遺族にも経済的な余裕がない場合に、家主からの損害賠償請求額が数百万円になることが見込まれるという理由だけで安易に相続放棄を勧めて終わってしまうような場合です。このとき、ご遺族自身も相談時に思い至っていなかった事情として、実は、働き過ぎや職場でのパワーハラスメントなどが原因で精神障害を発病し、結果として自死してしまったという事情が隠されていたらどうなるでしょうか。その可能性を考慮せずに安易に相続放棄を勧めて法律相談を終えてしまうと、後に勤務先に対して数千万円の損害賠償請求が可能となる事案であったとしても、早々に相続放棄をしたことにより、気付いた時にはその権利を失っていてどうにもならない、ということになります。

3 別の例として、自死者の遺品から、一見すると交際相手とうまくいかなくなったことが自死の原因であるかのように考えられ、ご遺族の主訴も、交際相手に何か請求出来ないか、というものであったというケースを想定してみます。このとき、遺品から伺える交際相手とのやり取りが、男女間の日常的ないさかいの域を出ない程度のやり取りであったと考えられる場合には、「交際相手への請求は法的には難しいですね。」などと助言して終わってしまう場合もありうるところです。しかし、生前の自死者の人柄や、自死前の様子の変化などに聞き取りの範囲を広げていくことで、実は、交際相手とうまくいかなくなっていたのは、仕事のストレスで本人も気付かないうちに精神障害を発病していたからであって、本当の原因は職場にあったという場合もあるかもしれないのです。

4  上記2つの例において、ご遺族の主訴だけにとらわれて相談を終えてしまうと、亡くなられた方が何に苦しんでいたのかという真実にたどり着くことは困難となりますし、ご遺族の重要な法的権利を失わせることにもなりかねません。しかし、対応する弁護士があらゆる可能性を視野に入れて事情を聴き取ることで、それを防ぐことができる場合もあるでしょう。

 他方で、ご遺族の中には、様々な事情から、多くのことを話したがらない方もおられます。そのため、常に詳細を聞き取ることができる訳ではありませんが、だからといって、相談に臨む弁護士が、詳細を聞き取らなくても良いということにはなりません。

5 自死遺族支援弁護団では、可能な限り広い視野にに立った上で様々な法的問題に対応出来るよう、所属する弁護士間での情報共有や勉強会などを通じて日々研鑽を重ねています。

 皆様から安心してご相談頂ける様、私自身も努力し続ける所存です。

労災認定と民事上の損害賠償

私が当弁護団で担当している自死事件について、先日無事労災認定がなされました。

もっとも、我々弁護団の仕事は労災認定により終了するわけではありません。

多くの方々は、労災認定がなされるとそれにより遺族補償給付等として十分な補償が得られたものと考えてしまいます。

しかし、2022年8月1日付の当弁護団ブログ(作成者:松森美穂弁護士)にも記載のあるとおり、本来、遺族補償給付等の金額は、現実に既に支払われている賃金だけではなく実際に支払われていない未払いの残業代金等を含めた給付基礎日額より算出すべきであるところ、実際には、現実に既に支払われている賃金しか考慮されずに給付基礎日額が決定されていることも少なくありません。

また、労災は、あくまでも国の基準に基づき支払われる保険給付であり、いわば最低限の補償にすぎないため、しっかりと損害を賠償してもらう場合には、会社に対して民事上の損害賠償請求を行う必要があります。

遺族補償給付等と民事上の損害賠償のもっとも大きな違いは、死亡慰謝料が支払われるか否かという点にあります。

遺族補償給付等の場合、死亡慰謝料は含まれておりません。もっとも、民事上の損害賠償請求を行った場合、死亡慰謝料が支払われることが通常であり、その金額の相場は、一家の支柱の方であれば2800万円、それ以外の方々であっても2000万円〜2500万円にものぼります(但し、過失相殺等がなされる可能性もありますので、必ず当該金額が支払われるというわけではありません。)。

民事上の損害賠償請求をご自身で行うことは難しいと思います。

民事上の損害賠償請求をしたいがどうしたら良いか分からない等お困りの方がいらっしゃれば、お気軽に当弁護団にご相談ください。

>>自死遺族が直面する法律問題 -過労自殺(自死)-
>>解決までの流れ 過労自殺(自死)の場合 -損害賠償-

精神医療に関する最高裁判決

 2023年1月27日、最高裁判所は、精神科病院に入院中の患者が無断離院して自死した事案につき、遺族の損害賠償請求を棄却する旨の判断を示しました。
 この事案の原審(高松高等裁判所)は、病院側に説明義務違反があったとする遺族の主張を認め、損害賠償請求を一部認容する旨の判断をしていました。
 判断が分かれたのは、この事案において「無断離院の防止策を講じている他の病院と比較した上で入院する病院を選択する機会を保障する必要性」があったか否かという点です。最高裁判所はこれを否定し、高松高等裁判所はこれを肯定しました。

 また、2019年3月12日、最高裁判所は、精神科に通院中の患者が自死した事案につき、遺族の損害賠償請求を一部認容した東京高等裁判所の判決を破棄して、遺族の損害賠償請求を全て棄却する旨の判断をしています。
 判断が分かれたのは、この事案において「本件患者が自死することについての予見可能性」があったか否かという点です。最高裁判所はこれを否定し、東京高等裁判所はこれを肯定しました。

 ところで、令和3年度の司法統計によれば、医療行為による損害賠償請求訴訟の認容率(訴訟提起後、判決に至った事案のうち患者側の請求が認められる割合)は約20.1%とのことです。これは、医療行為による損害賠償請求訴訟を含む金銭を目的とする訴え全体の認容率が約77.1%であることと比較して著しく低い数字であることは一目瞭然です。

 そのため、精神科医療に関連する事案については、これら最高裁判例で示されたような考え方も念頭に置きながら、慎重に検討する必要があると考えています。

>>遺族が直面する法律問題「医療過誤」

差押・仮差押の手続

 労災等で亡くなられた方のご遺族が、会社に対して損害賠償請求の裁判を起こし、裁判所が判決で損害賠償請求権を認めた場合であっても、会社が、判決で認められた金額を支払わないことがあります。とても悪質で、会社が、例えば土地・建物や銀行の預金口座等の財産があるにもかかわらず支払わない場合、会社の土地・建物の所在や銀行の預金口座を知っていれば、裁判所を通して「差押」という手続きをして、強制的に回収することができます。しかし、もし会社が財産はないと主張し、実際に会社の財産を発見することもできなかった場合は、判決で損害賠償請求権が認められたとしても、残念ながら回収をすることはできません。

 会社に対して裁判を起こした後、判決が出るまでの間は、時間が数年単位でかかることも少なくありません。中には、損害賠償を支払いたくない会社が、裁判所が判決を出すまでの間に、会社の財産を隠してしまうこともあります。そのような場合に備えて、有効な方法が「仮差押」という手続です。判決が出るまでの間に財産を隠してしまわないよう、裁判所を通して仮に会社の財産を差し押さえておく手続です。会社の財産を仮に差し押さえておくと、仮差押後、会社が土地・建物を第三者に売却をしたとしても、将来勝訴判決を得たら、仮差押をした部分から強制的に回収することができますし、銀行の預金口座は仮差押えが入った金額は払い戻しをすることができなくなります。この「仮差押」手続きは、裁判所に対して、「仮」に差し押さえる必要性を説明する必要がありますし、判決が出た後に行う場合と異なり、「仮」の手続のため、相当額の担保金を裁判所に納める必要があります。

 会社に対して起こした裁判の中で、会社への請求自体は認められる方向で進んでいたとしても、会社が、経営状態の悪さを理由に、高額な金額は支払えないと言い、低い金額での和解を提案することがあります。このような場合は、事前に仮差押を入れておくと、仮差押が入った部分の財産は少なくとも会社にあることが分かるため、和解する場合の金額を上げる手段としても有効です。

 このような手続も活用して、しっかり会社から支払いを受けるよう、工夫をしています。

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