カスタマーハラスメント(カスハラ)について

 いわゆるカスハラ、労働者が顧客等からの不当悪質なクレーム等の迷惑行為によって強いストレスを受け、うつ病などになったり、ひいては自死に至ったりすることが社会問題化しています。
 日本では「お客様は大切にしなければいけない。」という考え方が一般的であるため、労働者がカスハラを受けても「自分の接客が悪いのではないか?」と思い込み、労災の請求や会社の責任を問うとの考えに思い至らない、ということもあるかもしれません。
 けれども、特に不特定多数の顧客・利用者の対応を要する業務においてカスハラ被害は業務に付随する、誰にでも起こりうるトラブルであって、個人の責任と捉えるのは誤りです。

 労災でもカスハラは重視されるようになり、2023年9月の労災の認定基準の改訂で、「顧客や取引先、施設利用者等から著しい迷惑行為を受けた」という出来事が業務による心理的負荷評価表に加えられました(同表の出来事の項目27になります)(※1※2)。この改訂により、カスハラ被害のストレスによりうつ病などを発病して自死に至った場合についても、労災と認められることが明記されました。
 カスハラの加害者は「顧客や取引先、施設利用者」とされていますが、職場外の業務に関連する人間関係を広く含みます。例えば医療従事者が患者やその家族からカスハラを受けた場合や、学校関係者が生徒や保護者からカスハラを受けた場合も含まれます。
 カスハラ行為は、暴行、脅迫、ひどい暴言、著しく不当な要求などの「著しい迷惑行為」をいいます。例えば、顧客から「ちゃんとやれや。」、「謝って済むか。上司と一緒に今から来いや。」などと大声で20~30分怒鳴られた事案で労災認定が出ています。
 セクハラやパワハラと同様に、労働者が会社にカスハラを相談しても適切な対応がなく改善がされない場合や、会社がカスハラを把握しても対応をせずに改善されなかったりした場合は、カスハラによるストレスを強める事情として重視されます。そして、セクハラやパワハラと同様に、カスハラの開始時から全ての行為がストレスの評価の対象となります(※3)。

 また、会社もカスハラを放置することは許されません。
 厚労省は、近時カスハラの認知件数が増えていることを踏まえ、会社に対してマニュアル等によってカスハラの周知を行い、従業員をカスハラから守るための対応を促しています(※4)。
 このような国の取り組みを踏まえますと、会社は、労働者がカスハラを受けているにもかかわらず、担当を変更したり、担当の人数を増やしたり、会社としてカスハラを許さないという毅然とした態度を顧客に伝えなかったりするなど適切な対応をしなかった場合、安全配慮義務に違反したと評価される可能性もあるといえるでしょう。

 ご家族がカスハラに苦慮する中で自死に至ったという事案についても、法的にお力になれるケースがありますので、お気軽にご相談ください。

※1 認定基準改正の概要
https://www.mhlw.go.jp/content/11201000/001140928.pdf

※2 心理的負荷による精神障害の認定基準について
https://www.mhlw.go.jp/content/11201000/001140929.pdf

※3 令和5年11月10日基補発1103号精神障害の労災認定実務要領について

※4 カスタマーハラスメント対策企業マニュアル
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/koyoukintou/seisaku06/index.html

労災保険審査請求と個人情報開示請求について

 労働者が過労自殺(自死)で亡くなった場合、遺族が取りうる法的手続きとして、国に対する労災の請求と、企業などに対する損害賠償の請求があることは、「遺族が自死遺族が直面する法律問題-過労自殺(自死)-」で述べているとおりです。

 労災請求の結果、労働者に生じた死亡が業務に関係ない「業務外」のものと判断(「業務上の事由によるものとは認められません」という理由で不支給決定通知)を労働基準監督署長がした場合、遺族としては、労災保険による補償を受けられません。
 仕事のストレスなど業務上の心理的負荷が原因で自死したとしか考えられないにもかかわらず、このような判断が出された場合、遺族としては当然、納得できませんので、この決定に不服があるとして、その決定を行った労働基準監督署長を管轄する都道府県労働局の労働者災害補償保険審査官に審査請求をすることができます。
 この審査請求は、労災保険給付の決定があったことを知った日の翌日から起算して3か月以内に行う必要があります。
 審査請求書は、厚労省ホームページからダウンロードできます。

労災保険審査請求制度 (mhlw.go.jp)

 審査請求と併行して、遺族は、どうして労働基準監督署長が不支給決定をおこなったのかについて確認するため、保有個人情報開示請求(各労働局ホームページから保有個人情報開示請求書をダウンロード可)を、その決定を行った労働基準監督署長を管轄する都道府労働局総務部総務課に郵送します(あて先は、「○○労働局長」とします)。

 同請求書の「開示を請求する保有個人情報」欄には、例えば

「開示請求者(※遺族)が〇〇(〇年〇月〇日生)の自殺に関して〇〇労働基準監督署長に対してなした遺族補償給付等の請求(令和〇年〇月〇日不支給決定)に関して作成された業務上外の判断にかかる調査復命書並びにその添付書類一式
所轄労働基準監督署 〇〇労働基準監督署」

 この保有個人情報請求の結果、労働局から、調査復命書(精神障害の業務起因性判断のための調査復命書)や添付書類が開示されたら、そこに記載されている調査結果、専門医の意見、聴取書などが事実と食い違わないかを分析し、次の再審査請求や企業などに対する損害賠償の請求訴訟の証拠として戦う準備をします。
 保有個人情報請求手続きにより入手した開示書類のうち、聴取書及び聴取事項記録書は、請求人(遺族)のものを除き、墨塗りの状態で開示されることになりますが、労災請求の際、故人と親しかった同僚など遺族からの聞き取りに応じてくれた方について、遺族による開示請求について同意を得られるのであれば、労働者災害補償保険審査官に対し、労働保険審査会法第16条の3第1項に基づいて、聴取書及び聴取事項記録書についての閲覧及び写しの交付等を請求できます。審査官は、第三者の利益を害するおそれがあると認めるとき、その他正当な理由があるときでなければ、その閲覧又は交付を拒むことができないと法律で定められています。

>>遺族が自死遺族が直面する法律問題「過労自殺(自死)」

労災認定と民事上の損害賠償

私が当弁護団で担当している自死事件について、先日無事労災認定がなされました。

もっとも、我々弁護団の仕事は労災認定により終了するわけではありません。

多くの方々は、労災認定がなされるとそれにより遺族補償給付等として十分な補償が得られたものと考えてしまいます。

しかし、2022年8月1日付の当弁護団ブログ(作成者:松森美穂弁護士)にも記載のあるとおり、本来、遺族補償給付等の金額は、現実に既に支払われている賃金だけではなく実際に支払われていない未払いの残業代金等を含めた給付基礎日額より算出すべきであるところ、実際には、現実に既に支払われている賃金しか考慮されずに給付基礎日額が決定されていることも少なくありません。

また、労災は、あくまでも国の基準に基づき支払われる保険給付であり、いわば最低限の補償にすぎないため、しっかりと損害を賠償してもらう場合には、会社に対して民事上の損害賠償請求を行う必要があります。

遺族補償給付等と民事上の損害賠償のもっとも大きな違いは、死亡慰謝料が支払われるか否かという点にあります。

遺族補償給付等の場合、死亡慰謝料は含まれておりません。もっとも、民事上の損害賠償請求を行った場合、死亡慰謝料が支払われることが通常であり、その金額の相場は、一家の支柱の方であれば2800万円、それ以外の方々であっても2000万円〜2500万円にものぼります(但し、過失相殺等がなされる可能性もありますので、必ず当該金額が支払われるというわけではありません。)。

民事上の損害賠償請求をご自身で行うことは難しいと思います。

民事上の損害賠償請求をしたいがどうしたら良いか分からない等お困りの方がいらっしゃれば、お気軽に当弁護団にご相談ください。

>>自死遺族が直面する法律問題 -過労自殺(自死)-
>>解決までの流れ 過労自殺(自死)の場合 -損害賠償-

嘘の労働時間記録をつけさせられていても

使用者には労働時間を管理して記録する義務があり、また働き方改革に伴い残業時間の上限の遵守が従前よりさらに厳しく要請されるようになっています。

けれども、そのような状況でなお過労死・過労自死が疑われる違法な働き方をさせている職場では、本当の業務時間の通りの労働時間記録を行っている職場の方が珍しい、という実態にあります。

労働時間記録を全く怠って、何の記録もしないのももちろん問題です。そして、さらに悪質なケースとして、会社や上司があらかじめ計画的に労働者に指示して、事実と異なる短い労働時間の記録だけを残させる、という場合もあります。 

過労死した家族から生前、そのような嘘の短い労働時間記録をつけさせられていた内情を伝られていたご遺族の中には、長時間残業の証明などできないと思って、最初から過労死の労災認定や会社の責任追求など無理だと諦めてしまわれる方もいらっしゃいます。 

けれども、本当の残業時間を証明する方法は会社の労働時間記録だけではありません。通勤に関連するもの、業務内容に関連するもの、本人の日記や手帳、SNS投稿、家族や友達への連絡など様々な方法で証明することができます。

このような資料による残業時間の証明は労基署にも裁判所にも認められています。

会社の労働時間記録が全くなくても、残業の少ない嘘の労働時間記録をつけさせられていても、別の証拠で長時間労働が証明され、労災も会社の責任も認められた例はたくさんあります。

会社が労働時間記録をしてくれていない場合や、嘘の短い労働時間記録しかないような場合でも、諦めずにご相談いただきたいと思います。

>>過労自殺(自死)について 「早期の証拠の収集が大切

カルテを取り寄せる目的について

労災を疑っておられる自死遺族からご相談いただいく際、亡くなられた方(本人)に通院歴があることも多く、そのような場合には本人のカルテの取り寄せをお願いすることがあります。

また、相談いただいた時点ですでに遺族がカルテを取り寄せている、というケースもしばしばあります。

しかし、カルテを取り寄せる目的が必ずしも周知されていないように思われます。

相談を聞く弁護士がカルテの取り寄せをお願いする第一の目的は、自死された方にいつ精神的な不調が始まり(発病時期)、その不調がどのような傷病名に該当するのかを確認するためです。

労災認定の要件として、労災の認定基準の対象となる精神障害を発病していること( 国際疾病分類IC D-10第5章「精神および行動の 障害」に分類される精神障害で あって、認知症や頭部外傷などに よる障害(F0)およびアルコール や薬物による障害(F1)は除く)というものがあり、かかる要件を満たしているかを確認するのです。

医師によっては、カルテに診断名、症状、処方薬の簡単な記載しかしない方もおられます。また、本人が、メンタルの不調に陥っている原因を医師に告げられていなかったり、原因を分かってないこともありうるでしょう。ですから、カルテの中にお仕事についての悩み事の記載がない場合もあります。

もっとも、先に述べたような視点から弁護士はカルテを見ますから、カルテの中にお仕事の悩みが触れられていないとしても、労災の要件を満たすことはあり得るわけです。

ご遺族においてカルテを取り寄せたものの、役に立つ記載がないと早合点して労災の申請を諦めてしまう、そのようなことがないようにしてもらいたいです。労災の申請には他にも検討すべき要件はありますので、まずは当弁護団にご連絡頂ければと思います。

>>解決までの流れ「過労自殺(自死)の場合 -労災-」

>>過労自殺(自死)について

労災が認定されたら、給付基礎日額が正しいか要確認です

長時間労働等によって精神障害を発病したため自死したと認められて、労災が認定されると、ご遺族は、遺族補償給付等の給付を受けることになります。

遺族補償給付等の金額は給付基礎日額によって定まります。給付基礎日額は労災発生日からさかのぼって3か月の賃金に基づいて定まりますが、現実に既に支払われている賃金だけではなく、実際に支払われていない未払いの残業代金なども含むと解されています。

厚生労働省は、労働基準監督署に対して何度も、「給付基礎日額を算定する時は、未払いの賃金もきちんと計算しなさいよ」と通達しています。それでもなお、労働基準監督署が未払いの残業代を真面目に算定した上で、給付基礎日額を決定する事例は少ないのが現状です。おそらく計算が非常に面倒くさいからだと思います。

給付基礎日額の誤りは、審査請求をすることや、給付基礎日額の決定が無効であると主張して職権取消しを求めること等によって、是正できる場合があります。

ですから労災認定がされた場合は、給付基礎日額の計算が未払いの残業代、休日手当等も考慮して算出されているかは、必ず確認しましょう。

難しくて分からないという時はお気軽に当弁護団にご相談下さい。