-不動産問題-
自死の事実を告げずに不動産を売ったらどうなる?
不動産の中で自死が行われた場合、残念ながら今の日本社会においては、「抵抗がある。」、「気になる。」と感じる人が少なくありません。
そして、普通の人から見て、住み心地の良さを欠き、居住の用に適さないと感ずることに合理性があると判断される場合、心理的な瑕疵(かし)(契約に適合しない)がある物件と評価されます。
このように、心理的な瑕疵(かし)(契約に適合しない)と判断されると、売買契約の解除、代金の返金、代金の減額、買主が不動産を購入するにあたって支出した費用の負担(登記の費用や引っ越し代など)などの法的責任を負う可能性があります。
したがって、遺族が自死の事実を告げずに不動産を売却することは慎重になる必要があります。
いつになれば自死の事実を告げる必要がなくなるの?
いつになれば自死の事実を告げる必要がなくなるのかということについては、裁判例の蓄積がまだまだ少ない状況です。東京地判平成21年6月26日(判例秘書登載)は、裁判から約5年前に発生した自死について、「新たな借り受け希望者に対して当然に告知しなければならないような重要な事項ではない。」と述べており、参考になります。
裁判例は、自死が住み心地の良さに与える影響は時間の経過とともに希釈化される(時間希釈)という考え方を採用しています。時間希釈を考慮要素とした裁判例は多数存在しており、たとえば、先述した東京地判平成21年6月26日は、マンションの売買の事案について、売買の1年11か月前に自死があった事実について、「一般的には時間の経過とともに忘れ去られたり、心理的な抵抗感は薄れるものである。」と述べ、時間希釈を根拠に買主側の解除請求を否定しています。
一般に、自死の裁判例では、自死から売却までの期間に加え、自死の場所(建物の内部か外部か)、建物の現状(取り壊しの有無など)、地域性ないし周辺住民の噂、自死の方法、売却に至る経緯など、様々な事情が考慮要素とされています。
自死が7年前の出来事であること、自死があった建物は取り壊されていること、自死の事情を知る近隣者の中にも数名の買受希望者がいたこと、当時適正価格であったことを理由に、「住み心地のよさ」を欠くと感ずることに合理性を認め得る程度ではなかったことを理由に、心理的瑕疵の存在を否定しました。
自死が購入の2年前に行われたとしても、購入目的は居住目的では無く転売目的であったこと、自死があった建物は既に取り壊されていること、嫌悪すべき心理的欠陥の対象は具体的な建物の中の一部の空間という特定を離れて、もはや特定できない一空間内におけるものに変容していることなどを理由に、心理的瑕疵の存在を否定しました。
自死が購入の1年11か月前に行われたとしても、縊死ではなく睡眠薬の服用によるものであることや、病院に搬送された後に約2週間程度生存していたことなどから、心理的瑕疵の存在を肯定したものの、その程度は極めて軽微であるとしました。
マンションでの自死特有の問題
故人が自宅として居住しているマンションで自死するケースと、故人が飛び降り等自死の手段として自宅以外のマンションを利用するケースが考えられます。また、死亡した場所が居室内のケースと、玄関など共用部分のケースが考えられます。
①自宅として居住している分譲マンションにおける、居室内での自死
自自宅など本人所有の物件内での自死については持ち家の場合と同様で、自宅を売却する際、次の買い手に自死の事実を告げる必要があるか否かが問題となります。これについては、いつになれば自死の事実を告げる必要がなくなるの?の記載をご確認ください。
②自宅として居住している分譲マンションにおける、共用部分での自死
分譲マンションの場合、住んでいる人達はそれぞれ区分所有権を有していますが、マンション管理組合も存在します。そのため、共用スペースに落下した場合などは、マンション管理組合から清掃費、修理費、お祓い代などの請求を受けることがあります。また、例えば、1階の特定の部屋の玄関を開けたすぐ前のスペースに落下した場合、その部屋の住人から心理的瑕疵を理由に慰謝料などの損害賠償の請求を受ける可能性があります。マンション管理組合からの請求では、マンション全体の合意形成が難しいためか、実際に請求がなされる事案はさほど多くはありませんが、請求があった場合には法的にどの範囲まで請求が認められる可能性があるかは慎重な判断が必要です。
国土交通省が作成した「建物取引業者による人に死の告知に関するガイドライン」では、「借主が日常生活において通常使用する必要があり、借主の住み心地の良さに影響を与えると考えられる集合住宅の共用部分は賃貸借取引の対象不動産と同様に扱う。」とあり、共用部分での自死についても損害賠償請求が認められる可能性があることを前提に、建物取引業者は買主に対して自死について告知すべき義務があるとしています。
③自宅以外のマンションにおける、共用部分での自死
まず、自死したマンションが分譲マンションであった場合については、基本的には先の②と同様となります。ただし、居住していない分、②と比較して損害賠償を請求されるリスクは相対的に高いと思われます。
次に、賃貸マンションの場合、マンションを所有する賃貸人から清掃費、修理費、お祓い代などの損害賠償請求を受ける可能性があります。また、落下した場所によっては賃借人がマンションから出て行くことも考えられます。自死とマンションを出て行くことの法的関係性は問題となりますが、先ほどと同じように、1階の特定の部屋の玄関を開けたすぐ前のスペースに落下した場合で、心理的瑕疵を理由として住民が出ていった場合などは、将来得られたであろう賃料の損害を請求されることも考えられます。賃貸マンションについてはアパートなど賃貸物件と同様ですので、自死遺族が直面する法律問題-賃貸トラブル-をご確認ください。