1 はじめに
労働者や常勤の地方公務員が長時間労働やパワーハラスメントなどによって過労自殺(自死)した場合、ご遺族が行える法的手続は、行政手続である労災請求・公務災害認定請求と、民事手続である損害賠償請求に分けることができます。
労災請求・公務災害認定請求と損害賠償請求はそれぞれ別個独立した手続きですが、いずれも「業務・公務によって精神障害を発病して自殺(自死)が生じた」という法的なつながり(因果関係)を要件とする点では共通しています。
もっとも、労災請求・公務災害認定請求の因果関係と、損害賠償請求の因果関係は、同じような事実の流れを見ているようであっても、「直ちに同視することには、問題がある」(※1)とされてきました。
では、労災請求・公務災害認定請求の因果関係と、損害賠償請求の因果関係は、一体どのような関係にたつのでしょうか?
静岡県警事件最高裁判決とその補足意見(最高裁令和7年3月7日判決・民集79巻3号1159頁)は、この議論に一定の解決を示したとされています。
今回はこの最高裁判決を取り上げ、労災請求や公務災害認定請求の因果関係が、損害賠償請求の因果関係に与える影響について解説します。
2 なぜ「直ちに同視することには、問題がある」?
ではなぜ労災請求・公務災害認定請求の因果関係と、損害賠償請求の因果関係を「直ちに同視することには、問題」があるのでしょうか?
その理由はそれぞれの請求の目的が異なる点にあります。
労災請求・公務災害認定請求は、使用者や地方自治体の落ち度(安全配慮義務違反)を要件とせずに、長時間労働やパワーハラスメントによる心理的負荷(職場に内在された危険)が現実化してうつ病や自殺(自死)が生じたならば、速やかに補償を行うという点に目的があります。仮に、使用者や地方自治体の落ち度(安全配慮義務違反)が要件になっていると、使用者や地方自治体が落ち度を否定することで紛争が長期化し、補償がなかなか行われないことになって、速やかに補償を行うという制度の目的が達成できなくなります。
これに対して、損害賠償請求は、過労自殺(自死)という損害が発生した場合に、使用者や地方自治体に対して損害を負わせるのが公平なのか、それとも負わせないことが公平なのかという、損害の公平な分担が制度の目的になります。損害賠償請求は、使用者や地方自治体に損害を負わせることが前提となりますので、使用者や地方自治体の落ち度(安全配慮義務違反)が要件となります。
このように、労災請求・公務災害認定請求は業務・公務に内在した危険が現実化した場合に補償することを目的とし、損害賠償請求は損害を公平に分担させることが制度の目的となっていますので、背景にある考え方が異なるのです。
とはいえ、それぞれ「業務・公務によって精神障害を発病して自殺(自死)が生じた」という法的なつながりを問題とする以上、労災請求・公務災害認定請求の因果関係と損害賠償請求の因果関係がどのような関係に立つのか、訴訟の実務では問題とされてきたのです。
3 労災認定基準と公務災害認定基準における因果関係
労災請求・公務災害認定請求における因果関係は、前記2のとおり、職場にあった危険が現実化したかという観点から判断されます。長時間労働やパワーハラスメントなどによる心理的負荷は職場における危険と評価されます。この危険が現実化することによって精神障害を発病して自殺した場合、「業務・公務によって精神障害を発病して自殺(自死)が生じた」という因果関係が認められることになるのです。
そして、労災請求・公務災害認定請求における因果関係の認定基準は、前者では「心理的負荷による精神障害の認定基準」(基発0901第2号令和5年9月1日)(以下「労災認定基準」といいます。)が、後者では「精神疾患等の公務災害の認定について」(令和6年3月22日地基補第132号)(以下「公務災害認定基準」といいます。)が用いられています。
労災認定基準と公務災害認定基準は、精神医学や心理学などの考え方をベースにしています。
まず精神障害の発病は、その人が受けたストレスの強さと、その人個人が持つ精神的な弱さとの相関関係で決まるとされています。例えば、非常に強いストレスを受けた場合は、精神的な弱さが殆どない人でも精神障害を発病することがあります(例えばPTSDなど)。これに対して、精神的な弱さが非常に大きい人は、少しのストレスでも精神障害を発病することがあるのです。
また、ストレスは人によって受け取り方が異なります。そこで、心理学の分野では、たくさんの人に対してアンケートをとり、職場での出来事(長時間労働やパワーハラスメントなど)のストレスの強さに点数をつけてもらうことで、ストレスの強さを客観化する研究が行われてきました。例えば、パワーハラスメントは多くの人がストレスを感じるので点数が高く、職場のOA化は少なくとも若い人達は働き始める前から日常的に使用していたのでストレスの点数が低くなります。そして、このような研究を踏まえて、これらの認定基準では、職場の出来事毎に、「この出来事についてこれくらいの事情があれば、精神障害を発病するくらいのストレス強度があるだろう。」という具体例を表にまとめています。
実際の認定実務では、労働基準監督署や地方公務員災害補償基金が職場の働き方などについて調査を行い、その調査結果を労災認定基準と公務災害認定基準に当てはめて、「業務・公務によって精神障害を発病して自殺(自死)が生じた」という因果関係の有無を判断することになります。
4 労災認定基準と公務災害認定基準は静岡県警事件最高裁判決でどのように使われたか?
静岡県警事件は、静岡県警で警部補の地位にあったAさんの妻子が静岡県に対して損害賠償を請求した訴訟(以下「妻子訴訟」といいます。)と、Aさんの父母が静岡県に対して損害賠償を請求した訴訟(以下「父母訴訟」といいます。)の二つの訴訟で争われました。
そして、第一審(広島地裁福山支部)は、上記の事実を総合して、いずれの訴訟についても静岡県の責任を認めました。
しかし、控訴審(広島高裁)は、妻子訴訟では第一審の判断を維持して静岡県の責任を肯定したものの、父母訴訟では静岡県の責任を否定しました。
妻子訴訟では静岡県が、父母訴訟では父母が最高裁に対して上告・上告受理申立をしたのです。
静岡県警事件最高裁判決は、判決の本文では明示していませんが、補足意見で重要なことを指摘しています。補足意見は、判決本文で示された結論に至る考え方の過程を明らかにしているので重要なのです。少し長いですが、引用します。
「地方公務員の業務の関係で、地方公共団体が国家賠償法1条1項又は安全配慮義務違反に基づく損害賠償責任を負うか否かを判断するに当たっては、当該地方公務員が従事した業務に係る諸般の事情を総合的に考慮すべきであるが、その際には、認定基準とともに労災認定基準に示された知見をもしん酌し得るものと考えられる。もっとも、上記の各補償等は、無過失の危険責任に基づく制度であって、上記損害賠償責任とは趣旨を異にするものであり、上記の各基準も、法令が定めるものではないから、これらに示された知見をしん酌し得るといっても、形式的に当てはめるべきものではなく、あくまでも、経験則上の一つの知見としてしん酌するというべきものである。
また、本件との関連でみると、認定基準において、『その他強度の精神的又は肉体的負荷を与える事象』があったものと判断できる場合の一つとして、『発症直前の1か月以上の長期間にわたって、質的に過重な業務を行ったこと等により、1月当たりおおむね100時間以上の時間外勤務を行ったと認められる場合』が示されているが、同時に、これ『に準ずるような業務負荷があったと認められる場合』が示されており、これらは、単に、業務の質的な過重性や時間外勤務の時間数だけではなく、関係する諸事情を考慮して、その負荷の程度を評価すべき趣旨を含むものと解される。
また、労災認定基準においても、『業務による強い心理的負荷が認められること』の要件に関し、具体的出来事の心理的負荷の強度の具体例が示されており、その中には、仕事の量・質に関する具体例として本件に関連するものが含まれるが、そのような具体例も例示であるから、これらを踏まえ、関係する諸事情を考慮して、その負荷の程度を評価すべき趣旨を含むものと解される。上記の各基準に示された知見をしん酌する場合も、以上の趣旨を踏まえて行うのが相当である。」
このように、静岡県警事件最高裁判決の補足意見は、損害賠償請求において、「業務・公務によって精神障害を発病して自殺(自死)が生じた」という因果関係の有無を検討する際、労災認定基準と公務災害認定基準において示された精神医学や心理学の知見(考え方)を経験則上の物差しの一つとして使用できると明示したのです。
また、この補足意見は、損害賠償請求の因果関係を判断する上で、労災認定基準と公務災害認定基準に示された精神医学や心理学の知見(考え方)を踏まえることができるとしても、これらの認定基準に示された具体例に形式的に当てはめることは許されず、事件に関係する様々な事情を考慮しつつ業務による心理的負荷の強度を判断しなければならないと明示した点も意義があります。父母訴訟の控訴審は、事件に関係する様々な事情を考慮せず、公務災害認定基準に示された具体例に形式的に当てはめて静岡県の責任を否定しました。この補足意見は、そのような控訴審の認定を非難していると考えられます。
5 ご遺族の方々へ
労働者や常勤の地方公務員が長時間労働やパワーハラスメントなどによって過労自殺(自死)した場合、労災認定や公務災害認定が出ていれば、その認定の判断で用いられた証拠や事実認定が、そのまま民事上の損害賠償請求の場でも強力な武器になり得ます。
一方で、労災請求または公務災害認定請求をしていない場合でも、労災・公務災害の認定基準の考え方を民事上の損害賠償請求における立証に活かすことができます。また、認定基準に形式的に該当しないと思われる場合であっても、民事上の損害賠償請求の場において、業務の内容・量・時間を総合的に検討した結果、会社・地方自治体に対する損害賠償請求が認められることもあります。
ただし、これらの手続きは互いに複雑に絡み合っており、どのような順序でどのような証拠を集めるかによって、結果が大きく左右されます。一人で抱え込まず、ぜひ早めに弁護士にご相談ください。
※1 最高裁判所判例解説民事篇平成12年度(上)358頁