自死遺族が直面する法律問題

-メディア・インターネット-

メディアによる実名報道について

多くのメディアでは、自死について、刑事事件となる可能性のある事案を除き、実名報道は原則行わないといった内容のガイドラインを策定しています。もっとも、このようなガイドラインがあるにもかかわらず、実名報道が行われた事案も少なくありません。

今日においても、自死や遺族に対する根強い偏見が残っています。そのため、実名報道が行われた結果、周囲からの好奇の目に晒され買い物ができなくなった事案、同じ学校に通う兄弟がいじめられた事案、引越しを余儀なくされた事案が当弁護団でも報告されています。特に実名報道がインターネットを通じて拡散されると、極めて長期間にわたり、情報を閲覧できる状態となります。そのため、自死報道においては、刑事事件としての事件性が認められ、かつ事件の重大性が認められない限り(つまり、その事件について社会全体で情報を共有しなければならないような公益性が認められる場合)、実名報道は行わない方針が一般的です。しかし、全ての報道機関がこのような方針に忠実であるとは限らず、故人の実名等プライバシー情報がインターネットなどを通じて広く拡散される危険性があります。

自殺対策基本法第九条及び同第二十一条は、遺族に対する偏見の除去と深刻な心理的影響の緩和を求めています。このような条文に照らしても、自死についての実名報道は慎重に行われるべきです。

刑事事件として事件性が認められるため実名報道される可能性がある例 無理心中
通常実名報道されない例 鉄道自殺

自死についての実名報道が行われる事案の多くは、公共交通機関における事故の事案です。これは、公共交通機関における事故が発生すると、警察がメディアに対して氏名等のプライバシー情報を伝達するためだと考えられています。

警察等から実名報道が行われる可能性があると告げられた場合には、理由を確認しましょう。刑事事件となる可能性が無いにも関わらず実名報道が行われる可能性があるときには、遺族のプライバシーが害される危険性を説明し、実名報道を行わないよう配慮を要求する必要があります。

インターネットによるプライバシー侵害

いじめ事件や賃貸物件での自死について、故人や遺族の情報が無断で掲載されることが少なくありません。これらの事件について、報道を引用しつつ、報道では明らかにされなかった氏名、住所、死亡日時などのプライバシー情報や、事実とは異なる虚偽の情報が、掲示板や事故物件サイトなどを通じて事件とは全く無関係な第三者に向けて発信されることがあります。いったんインターネットに掲載された情報は無限に拡散していくので対応は極めて困難である一方で、遺族の精神的なダメージは計り知れません。消費者保護を理由に上記情報の拡散を正当化する意見もありますが、売却の予定のない物件についても上記情報が無制限に掲載されているのが現実です。これは故人や遺族のプライバシー権、名誉権を侵害する行為といえます。

誰に対して請求するか?

プライバシー権、名誉権を侵害する投稿を発見した場合、そもそも誰を相手に何を請求するかが問題となります。インターネット事件では投稿に関与する主体が複数存在するので、ここではまず請求の相手方となることが想定される主体を整理します。

①投稿者

まず、プライバシー権、名誉権を侵害する投稿を行った投稿者本人に対して請求を行うことが考えられます。例えば、個人のブログ等であれば、投稿者自身に削除請求することは当然できます。もっとも、掲示板などでは投稿者に削除権限が無いこともあります。

②経由プロバイダ

投稿者とインターネットをつなぐのが経由プロバイダです。投稿者は、OCN、Yahoo!BB、So-netなどの経由プロバイダ(インターネット回線を提供する事業者)とプロバイダ契約をすることでインターネットに接続するのが一般的です。経由プロバイダは契約の際に、投稿者の氏名、住所、電話番号等の情報を入手しており、これらの情報が開示されれば、投稿者の特定が可能となります。

③サイト管理者、サーバー運営者

ホームページや掲示板などのインターネット上のサイトは、サイトの内容を統括・管理するサイト管理者によって運営がなされています。サイト管理者はプライバシー権、名誉権を侵害する投稿を行った本人ではありませんが、サイト上に記載された情報の管理権限を有しているので、条理上の削除義務が認められています。

また、サイトに掲載されている情報は、サーバーに保管されています。サーバーの運営者もサーバーの管理権限を有しているので、条理上の削除義務が認められています。

削除か、投稿者の特定か?

「投稿を削除できれば十分」と考えるか、「投稿者を特定して責任追及まで行いたい」と考えるかによって、法的手段が異なってきます。

仮に削除に成功したとしても、悪意のある投稿者が存在し続ける限り、同内容の投稿が繰り返されるケースも十分考えられます。その場合には、プライバシー権、名誉権を侵害する投稿を行った投稿者本人をきちんと特定して、損害賠償請求まで行わなければ問題が解決しない可能性もあります。

どの法的手段を取るべきかについては、投稿者との関係や、投稿者が今後どのような行動をとるか等について、遺族と弁護士とで慎重に検討して判断した方が良いでしょう。

「投稿を削除できれば十分」 削除請求
「投稿者を特定して責任追及したい」 発信者情報開示請求+損害賠償

3つの削除請求方法

サイト管理者、サーバー運営者など、該当記事の削除権限がある者に対して削除請求を行います。具体的には以下の3つの方法が考えられます。遺族のプライバシー情報は前科などと異なり、情報掲載自体の公益性が極めて低いため、削除要請が認められる可能性は高い情報といえます

― いずれかを選択 ―

また、検索サイトなどに情報が掲載されている場合には、検索サイトに掲載を取りやめるよう請求を行う必要があります。ただし、検索サイトを海外の会社が運営している場合には、海外の会社を相手に仮処分等を行うことになるため専門家に相談することが必要となるでしょう。

発信者の特定と損害賠償

虚偽の情報や知られたくない情報など、プライバシー権、名誉権を侵害する投稿が行われた場合、投稿者に対して損害賠償請求を行うことが考えられます。ただし、当該投稿を誰が行ったのか、投稿内容のみから証明できることは少ないため、発信者が誰であるのか特定を行う必要があります。特定の方法としては、後述するようにプロバイダー責任制限法が改正されたため、従来通り、①仮処分+訴訟を用いる方法と、②改正法による非訟手続を用いる方法という2種類の方法が考えられます。

①仮処分+訴訟

以下のような2段階の法的手続を用いて発信者の特定を行います。

第1段階(サイト管理者に対する発信者のIPアドレス等の発信者開示請求仮処分)

ウェブサイトのサーバーに保存された発信者のIPアドレス等の開示を求めます。IPアドレスがわかれば、当該IPアドレスから経由プロバイダ(KDDI、ドコモ、ソフトバンク等)を特定することができます。経由プロバイダのログの保存期間が約3ヶ月なので、上記IPアドレス等の開示は裁判所に仮処分申立てて行うことになります。

第2段階(経由プロバイダに対する発信者の住所・氏名等の発信者情報開示請求訴訟)

経由プロバイダのサーバーに保存されたIPアドレス等から、発信者の氏名・住所等を特定してもらい、その開示を求めることになります。

第3段階(投稿者に対する損害賠償請求)

特定した投稿者に対して損害賠償請求を行います。

②改正法による非訟手続

令和3年4月21日、改正プロバイダ責任制限法(改正プロ責法)が成立し、令和4年10月1日から施行されることとなりました(同法附則1条)。

改正プロ責法では、従前の仮処分+訴訟手続に加えて、新たに、一体の非訟手続の中で、開示命令→提供命令→消去禁止命令を順次発令することで発信者を特定する制度を設けました。

現在の発信者情報開示請求では、発信者の特定に6ヶ月以上要することも少なくないですが、新たな制度のもとでは「数か月から六か月程度で開示が可能となることを期待している」(第204回国会 総務委員会 第13号 竹内芳明政府参考人の答弁)とのことであるので、所要時間の短縮につながる可能性があります。法改正されたばかりですので、従来の仮処分+訴訟と比べて実際にどの程度メリットがあるかは、今後の事例の蓄積を待つ必要があります。