-医療過誤-
病院や担当医師の自死防止義務
病院や担当医師は、診療契約に基づき、精神障害の患者が自死しないように防止する義務(以下「自死防止義務」といいます。)を負っています。
自死防止義務の内容は、患者の病状や診療経過のみならず、病院の大きさ、専門性、精神障害に関する医学研究の進み具合、そのような医学研究の社会への広まり具合を踏まえて判断されます。
精神医療の目的と自死防止義務違反
精神医療の目的は、患者の治療と自由を両立させることにあるとされています。
そして、患者の治療と自由の両立は自死防止義務を考える際に大切な視点となります。
例えば、少しでも希死念慮があれば持ち物を制限して保護室に入れることは、自死の危険性は小さくなりますが、自由を大きく制限することになります。
一方、患者の自由を優先させて、まだ強い希死念慮を有しているのに外出や退院を許可すれば、今度は自死の危険が大きくなります。
このように、精神科の医師は、患者の治療と自由という2つの要請をどのように調整するか、専門的な知識に基づき、患者の病状や診療経過を踏まえつつ、慎重に判断する必要があるのです。
そして、裁判の実務においては、このような医師の判断が適切だと法的に評価される傾向にあるため、医師の自死防止義務違反が認められるケースは限られているといえます。
病院側の責任を認めた判例
病院側の責任を肯定した裁判例としては、以下のような裁判例があります。
保護室隔離中に病院職員が保護室内に放置されたタオルを発見できなかった点について、病院側の自死防止義務違反を認めた例。
閉鎖病棟において、患者の氏名が病棟日誌の自死企図者欄や要注意者欄に記載されていたにもかかわらず、夜間の巡回を1回も行わなかった点について、病院側の自死防止義務違反を認めた例。
うつ病と診断すべきところをヒステリーないし神経症と誤診した結果、疾病の具体的状況に応じた適切な治療を施す機会を失わせた可能性があることを理由に、病院側の自死防止義務違反を認めた例。
病院側の責任を否定した判例
病院側の責任を否定した裁判例としては、以下のような裁判例があります。
開放病棟に自由入院中に無断離院し病院施設外で死亡した事案について病院側の自死防止義務を否定した例
閉鎖病棟に入院中の患者について行った外出許可について医師の裁量を根拠に自死防止義務違反を否定した例
閉鎖病棟内でのベルトを用いた自死について、他人の所持品を利用する可能性もあることを考慮すれば、閉鎖病棟内での患者の所持品制限には効果に限界があることを理由に病院側の自死防止義務を否定した例