故人には心療内科や精神科への通院歴がありませんでした。そこで、労災請求において、ご遺族が見た様子の変化、複数回退職を希望していたこと、業務日報などに店長として勤務する自信のなさを記載していたこと、会社やご遺族と音信不通になっていたこと、賃貸物件の中で何度も自死を試みたため内部の破損が大きかったことなどを踏まえ、うつ病の発病を主張しました。しかし、労基署、審査官、労働保険審査会においても、うつ病の発病は否定されて、労災は不支給となりました。労災においてうつ病の発病はICD-10という診断基準に基づいて判断されますが、1つ1つの診断基準に厳密に当てはめた場合、どうしても当てはまらない要件が出てくることがあります。労災が不支給となったのは、労基署等がICD-10の診断基準を厳密に当てはめようとしたことに起因すると思われます。
行政訴訟においては、うつ病だけではなく適応障害という精神障害も追加して主張を展開しました。しかし、東京地裁は、業務によって適応障害を発病したことは認めたものの、発病後の事情を考慮して、業務と自殺との相当因果関係を否定しました。
そこで、東京高裁に控訴したところ、東京高裁は、適応障害を発病した後にうつ病となったこと、故人がノルマに苦しめられていたこと、長時間労働に従事していたことなどを認定して、業務と自殺との相当因果関係を肯定し、労災と認めました。
賃貸物件の問題は、内部の損傷が大きかった上に、賃貸人が心理的瑕疵を理由に損傷がない部分の原状回復費用を請求したため、請求額が多額になりました。そこで、原状回復費用は物理的な損傷に限定されること、現場の様子から希死念慮が強く責任無能力の可能性もあることを主張したところ、物理的な損傷部分と適正な将来賃料を支払うことで和解することができました。