1 症状固定=治ゆとは
うつ病などの精神障害にかかり、休職し、労災と認定された場合は、回復するまでの間、休業補償給付(給付基礎日額[※1]×80%×休業日数)や療養補償給付(治療費)の支給を受けることができます。
しかし、症状が回復しないまま数年が経過することがあります。この場合、症状固定=治ゆしたか否かが大きな問題となることがあります。
労災保険で、症状固定=治ゆとは、治療を受けても、症状に改善の見込みがないと判断された場合の状態で、一般的な「完治」とは異なり、症状が残る場合も含まれます。症状が残る場合には、後遺障害と認定することとされています。
症状固定=治ゆと認定されると、休業補償給付や療養補償給付は打ち切られ、後遺障害についての給付を受けることになります。
2 仕事が原因の精神障害の後遺障害の考え方
厚労省[※2]によると、仕事が原因の精神障害(非器質的精神障害)は、仕事によるストレスを取り除き、適切な治療を行うと、概ね半年から1年、長くても2~3年の治療により完治することが一般的とされています。
そして、症状が残る場合であっても、一定の就労が可能となる程度以上に症状がよくなるのが通常とされています。そのため、後遺障害等級は、一番重い等級が第9級とされており、通常は、第7級以上の者に支給される障害(補償)年金を受け取ることはできません。
例外的に、「持続的な人格変化」を認めるという重篤な症状が残る場合には、「本省にりん伺の上、障害等級を認定する必要がある」とされますが、あくまで「非常にまれ」な場合とされています。
3 問題点
厚労省の考え方は前項記載の通りですが、実際の研究によると、労災認定後、4年が経過しても「治ゆ」に至っていない例は4割あるようです[※3]。
このような場合、労働基準監督署から、症状固定=治ゆしたとして、医師の作成する後遺障害診断書を提出するよう求められることがあります。交通事故で相手方保険会社が治療費の支出を抑えるために、治療を打ち切ることと同様です。
症状固定したと認定されると、働くことができないような症状が続いていても、後遺障害と認定されて一時金が支給されるのみで、休業補償給付等は打ち切られることになってしまいます。
4 解決事例
労働基準監督署が症状固定の意味についてきちんとした説明をしないまま促したため、医師から後遺障害診断書を書いてもらい、症状固定の取り扱いを受けた方から、後遺障害等級の申請に関する依頼を受けました。
その方の症状はとても重かったので、高次脳機能障害における精神障害の後遺障害等級を参考に、後遺障害等級第2級として認定申請を行いました。
すると、労基署は、驚いたことに、まだ重い症状が続いていることを理由に、症状固定を撤回してきました。労働基準監督署が症状固定の撤回をしたのは、第9級よりも重い後遺障害等級を認定する判断を回避するためと思われます。
労基署が症状固定の診断を促したことだけでなく、仕事が原因の精神障害の後遺障害等級として重い等級が設定されていないことにも問題があると思います。
5 解決事例を踏まえて
労基署に症状固定を促されたとしても、医師に相談し、症状固定の診断書を作成するには慎重にする必要があります。
また、基準としては、後遺障害等級に第9級以下しかないとしても、症状が重い場合には、実際の症状について診断書をしっかり書いてもらい、第9級よりも上の等級の取得を目指すと良いと思います。
医師が協力的でない場合は、別の医師に相談してみることもお勧めします。
※1 疾病が確定した日の直前の3カ月間、労働者に対して支払われた賃金の総額を、日数によって割った金額。残業手当は含むが、ボーナスは含まない。
※2 平成15年8月8日付け基発第0808002号 神経系統の機能又は精神の障害の障害等級認定基準3頁
※3 労災疾病臨床研究事業費補助金「精神疾患により長期療養する労働者の病状の的確な把握方法及び治ゆに係る臨床研究」(平成28年度 統括・分担研究報告書)3頁