Googleのタイムラインからわかる労働時間

2月26日の岡村弁護士のコラムで、Google社の提供するGoogleマップ内のタイムラインという機能について紹介がされています。今回はその続編とさせていただきます。

1 タイムラインの「元データ表示」

 タイムラインを見ると、時刻、滞在場所、滞在場所までの移動距離、移動手段(車、自転車、徒歩等)が出てきます。移動経路は線でつながれます。このタイムラインの表示は、GPSで個人のその時刻にいた場所を特定した上で、AIが、点をつなぎ合わせ、滞在場所と思われる付近の場所を滞在場所と推測して表示し、移動については移動速度を元に車、自転車、徒歩かを推測して表示しているようです。

 ところで、タイムラインのツールアイコンをクリックすると、「元データを表示」という項目が出てきます。この項目をクリックすると、その時刻にまさにいた場所が赤丸の点で細かく表示されます。赤点は膨大な量に上るため、問題のある個所のみ、調べることが現実的ではありますが、この表示に切り換えると、GoogleのAIが滞在場所と推測して表示した場所名と赤丸の場所がずれていることがあります。たとえば、赤丸の場所がコンビニエンスストアの前の道路にしかなくても、タイムライン上の滞在場所はコンビニエンスストアと表示されることがあります。

2 労働時間の証拠としての使い方

 タイムラインは、労災の被災者の労働時間の一証拠として使うことができます。

 タイムラインの場所、時間帯、仕事内容、所定就業時刻等を考慮して、始業時刻、終業時刻の認定に使うことができます。

 しかし、たとえば営業などで外回りをする等仕事で移動することが多い被災者の場合は、単純にいかないことがあります。AIの推測によるタイムライン上の滞在場所が一見仕事と関係なさそうな場合、会社から、その間は労働していないでサボっていた、と主張されることもあります。その場合は、タイムラインの表示を「元データを表示」に切り換え、滞在時刻と滞在場所の点をより細かく表示させ、被災者のその他の事情等も併せて人の頭で考え、推測します。

 たとえば被災者がよく行く建物の中に飲食店があり、タイムライン上は頻繁に飲食店で滞在しているかのように表示されても、「元データを表示」に切り換えた後の赤点の位置や滞在時間、飲食店の営業時間、被災者の職場の取引先が同じ建物に入っていることからすれば、被災者の場合は、飲食店ではなく職場の取引先に仕事で必要があって行っていたと説明することができることがあります。非常に細かい作業になりますが、うまく説明をすることができた時はうれしいものです。

Googleのタイムライン機能について

スマートフォンで地図アプリを利用されている方は多いでしょう。私自身も、初めて行く目的地を見つける際などにとても重宝しています。

地図アプリのなかでGoogle社が提供しているGoogleマップには、タイムラインという機能があるのをご存知でしょうか。この機能は、GPS機能によって何時から何時まで、スマホ(スマホの所持者)が、どこに所在したかという位置情報がスマホ内に記録されるという機能です。アプリ上で、カレンダーのように毎日のおおむねの行動履歴を振り返ることができるという、便利なような、恐ろしいような機能です(ただし、この機能がオンになっている必要があります)。

自死遺族に関する事件の中でも、例えば亡くなられた原因が働きすぎにあるような場合で、タイムカードなどの客観的資料が乏しいときや、タイムカードがあったとしても打刻時間が信頼できないような場合に、自死された方のスマホのタイムライン機能がオンになっていれば、会社内に所在していた時間が分かり、真実の労働時間を把握するための重要な手掛かりになることがあります。

かかるタイムラインの履歴は初期設定で無期限に保存されるものではないということに注意が必要です。Googleの仕様については確たる情報を把握しにくいのですが、一部ネットの情報によれば、タイムラインの自動削除機能のデフォルトの期間が、これまで18か月であったものが今年以後3か月になる(ただし、アップデート時にはユーザーに通知される)、とのことです。

そのため、自死の原因解明に位置情報が役立つかもしれないような案件では、これまでに比べて速やかにタイムラインを確認することが必要になると思います。なお、タイムラインは、パソコン上から見る場合、Googleマップにサインイン後、サイドバーから「タイムライン」をクリックすると確認することができます。

時間外労働規制の上限について

 働き方改革関連法では時間外労働の上限(臨時的な特別な事情がある場合でも年720時間以内、月100時間未満、2~6か月平均で80時間以内)が法定され、2019年4月から適用されてきました。

 しかし、建設業界・医師業界・運輸業界については、人材不足等の影響により長時間労働が常態化していたことから、労働時間の上限規制の適用が5年間猶予されましたが、2024年4月からは上限規制が適用されることとなります。

時間外労働の上限規制の適用猶予事業・業務|厚生労働省 (mhlw.go.jp)

 この上限規制には様々な例外が設けられており、その実効性については大きな疑義があります。この点については今後も検証していかなければなりません。

 少し話は変わりますが、私が住んでいる大阪では、2025年に大阪万博の開催が予定されております。

 報道によれば、大阪・関西万博を主催する2025年日本国際博覧会協会(万博協会)が、パビリオンの建設が遅れ2025年の開催が間に合わないことを危惧し、政府に、建設業界の時間外労働の上限規制を万博に適用しないよう要望し、10月10日に開かれた大阪・関西万博推進本部においては、出席議員らから「人繰りが非常に厳しくなる。超法規的な取り扱いが出来ないのか。工期が短縮できる可能性もある」「災害だと思えばいい」といった意見が出たという報道もありました。

 どのように解釈すれば建築納期に間に合わないことを「災害」と同様に考えられるのか全く理解できません。2023年7月31日のコラムで甲斐田沙織先生がご指摘されたとおり、東京オリンピック・パラリンピックの主会場である新国立競技場の建設現場で働いていた男性が、「身も心も限界な私はこのような結果しか思い浮かびませんでした」とメモに遺して自死した痛ましい事件がありました。

 今回の大阪万博は「いのち輝く未来をデザインする」ということをテーマに掲げています。

 労働者のいのちを守るため、今後も自分にできることをやっていきたいと思います。

裁量労働制の濫用に要注意です

厚生労働省は、2022年7月15日に、「これからの労働時間制度に関する検討会」での議論をとりまとめた報告書を公表し、裁量労働制の適用対象を拡大に向けて現在、労働政策審議会において議論が続いています。

本来、労働時間は1週間40時間、1日8時間が原則であり(労働基準法32条)、例外的に一定の要件を満たすとその労働時間の枠を超えて働くことが許されますが、割増賃金(残業代)の支払が義務づけられています(労基法37条)。

これに対して、裁量労働制とは、業務遂行方法を労働者の裁量に委ねる必要がある業務について、実際に労働した時間数ではなく、労使協定または労使委員会の決議で定めた時間数だけ労働したものとみなす労働時間の算定制度であり、割増賃金も支払われません。

①システムエンジニア、デザイナー、記者、建築士など一定の専門業務を対象とする場合は「専門業務型裁量労働制」、②「事業の運営に関する事項についての企画、立案、調査及び分析の業務」につき「対象業務を適切に遂行するための知識、経験等を有する労働者」を対象とする場合である「企画業務型裁量労働制」があります。

厚生労働省は、2021年6月25日に「裁量労働制実態調査結果」を公表しましたが、特に注目すべきは、過労死ラインを確実に上回るといえる労働者の割合が、裁量労働制の非適用労働者が4.6%であるのに対して、適用労働者は8.4%ということです。裁量労働制の適用労働者の約1割が過労死ラインを超える長時間労働を行っていることが分かりました。

また、裁量労働制の適用労働者に対する調査において、専門業務型の40.1%、企画業務型の27.4%の労働者がみなし労働時間が何時間に設定されているのか「分からない」と回答しています。

そして「みなし労働時間」は1日平均7時間38分でしたが、実労働時間は平均9時間であったことも分かりました。つまり、実際の労働時間よりも短い「みなし労働時間」が定められ、それを認識していない労働者が少なくない実態が明らかとされました。

労働時間規制は、労働者の生命と健康を確保するために不可欠です。

労働時間規制の例外である裁量労働制の対象業務が安易に拡大され、裁量労働制が違法に悪用・濫用されれば、労働者はますます危険にさらされてしまいます。

今後も、労働者が違法な裁量労働制のもとで働かされていないかどうかを厳しく確認していく必要があります。

嘘の労働時間記録をつけさせられていても

使用者には労働時間を管理して記録する義務があり、また働き方改革に伴い残業時間の上限の遵守が従前よりさらに厳しく要請されるようになっています。

けれども、そのような状況でなお過労死・過労自死が疑われる違法な働き方をさせている職場では、本当の業務時間の通りの労働時間記録を行っている職場の方が珍しい、という実態にあります。

労働時間記録を全く怠って、何の記録もしないのももちろん問題です。そして、さらに悪質なケースとして、会社や上司があらかじめ計画的に労働者に指示して、事実と異なる短い労働時間の記録だけを残させる、という場合もあります。 

過労死した家族から生前、そのような嘘の短い労働時間記録をつけさせられていた内情を伝られていたご遺族の中には、長時間残業の証明などできないと思って、最初から過労死の労災認定や会社の責任追求など無理だと諦めてしまわれる方もいらっしゃいます。 

けれども、本当の残業時間を証明する方法は会社の労働時間記録だけではありません。通勤に関連するもの、業務内容に関連するもの、本人の日記や手帳、SNS投稿、家族や友達への連絡など様々な方法で証明することができます。

このような資料による残業時間の証明は労基署にも裁判所にも認められています。

会社の労働時間記録が全くなくても、残業の少ない嘘の労働時間記録をつけさせられていても、別の証拠で長時間労働が証明され、労災も会社の責任も認められた例はたくさんあります。

会社が労働時間記録をしてくれていない場合や、嘘の短い労働時間記録しかないような場合でも、諦めずにご相談いただきたいと思います。

>>過労自殺(自死)について 「早期の証拠の収集が大切

教員の過酷な労働環境改善が急務

 文科省が、教員不足に関する調査結果を公表しました。同調査によると、予定どおりの教員配置ができなかった公立の小中高と特別支援学校は、2021年5月1日時点で全体の約5%にあたる1591校あり、計2065人の欠員があったとのことです。各教育委員会は、採用試験の年齢制限撤廃や人材バンクの活用などの対策を行っていますが、教員確保には、教員の労働環境を改善し、教員を魅力ある仕事にすることが不可欠であるとされています。
⇒2022年2月4日朝日新聞
 同じく文科省の調査では、2020年度に精神疾患にり患して休職した教職員が、5180人に上ることも明らかになっています。

 私の母も教員でした。子供のころ、母は、勤務先から帰宅後大急ぎで子どもたちに夕食を作り、自分は食べる時間もなく家庭訪問に出かけて行っていました。母が、朝4時頃に起きてプリントを作成して授業の予習をしていたこと、土日祝日にも部活動のためよく学校に出かけていたこと、母が家にいない間、祖母に面倒を見てもらっていたこともよく覚えています。
 また、教員になった友人からは、働く以外のことは何もできない、時間も気力もなくて家事も遊びもできない、という話を聞きます。

 当弁護団にも自死された教員の方のご遺族から多くの相談があります。
 夢や希望をもって教員になった方が、その熱意、まじめさで職務に真摯に取り組み、精神疾患にり患してしまう、というケースが多すぎると感じます。まさに、「やりがい搾取」な現状で、許されるものではありません。また、教員に時間的、精神的余力がないと、生徒に十分向き合うことができず、適切な教育ができない環境を導くおそれがあります。教員の過酷な労働環境は、生徒、その保護者の立場からしても、喫緊に解決すべき課題です。

 近年、教員の過酷な労働環境が問題視され、報道されるようになってきました。教員の働き方改革のため、下呂市の中学校では、部活動の終了時刻を切り上げ、生徒の最終下校時間を午後4時半に統一したとのことです。 
 ⇒2022年2月2日中日新聞
 教員が追い詰められず、心に余裕をもって勤務できるようになるためにも、生徒たちが充実した質の高い教育を受けられるようになるためにも、教員の労働環境改善が早急に実現されることを望みます。

教員の長時間労働

 初めまして、大阪で弁護士をしております吉留慧(よしどめさとし)と申します。

 昨年この弁護団に加入して、現在2件の自死に関する案件を担当しておりますが、そのどちらもが若い教員の自死の事件です。

 教員の長時間労働が社会問題化して以降、2017年6月に文部科学大臣からの諮問を受け,中央教育審議会に設置された「学校における働き方改革特別部会」は,2019年1月25日に,「新しい時代の教育に向けた 持続可能な学校指導・運営体制の構築のための学校における働き方改革に関する総合的な方策について」との答申を公表し,その後、これを踏まえ,同年12月には,「勤務」時間の上限規制の指針を定めるとともに,1年単位の変形労働時間制の導入を可能とする法改正がなされるに至っています。

 しかしながら、この変形労働時間制は大きな問題を抱える制度であり(詳しくはまたどこかで書きたいと思います。)、教員の労働時間の短縮化は一向に先が見えません。

 私が担当している事件の先生は、子どもが好きで、子どもと関わることが好きで教員になられた方でした。そのような方が数か月、数年の内に自ら命を絶つという状況まで追い込まれ、自死に至ってしまう。そのような状況が常態化してしまっています。

 私は、担当している事件の被災者、ご遺族の為に全力で事件に取り組むことで、今後の教員の労度環境の改善に資することができるよう微力ながら尽力していきたいと思っています。