団体信用生命保険のおおまかな説明

当弁護団において、生命保険の問題については、HPに記載がありますが、団体信用生命保険について特化して説明いたします。

1 団信とは

団体信用生命保険(以下「団信」といいます。)とは、生命保険の一種で、住宅ローンの契約者が死亡または所定の高度障害状態になった場合に、保険金によってローンの残りの債務が返済されるものです。

団信は、住宅ローンの融資の条件にされている場合が多く、住宅ローンを借り入れる際に、一緒に契約することが多いです。

団信の保険料は、住宅ローンの金融機関が負担しますが、その保険料相当額を含む形で金利を設定している場合が多いです。

2 団信の免責期間

団信は、規約に保障の開始日から1年以内に自死された場合には、残債が弁済されないと定められている契約が存在します。

(例)

住宅金融支援機構の団信

フラット35の団信

生命保険は、保障の開始日から3年以内に自死された場合には、保険給付を行わないとする自殺免責特約が定められていることが多いです。

団信も生命保険であるにもかかわらず、自殺免責特約の免責期間が短く設定されている契約があるのは、生命保険に比べて、団信の場合には、自分の抱えた債務を相殺する目的で団信に加入する行動はとられにくいことが理由かと考えられます。

ですので、団信の場合には、免責期間が1年と定められている場合がありますので、団信の規約をご確認ください。

3 告知義務

団信においても、一般的な生命保険と同様、持病や既往歴など健康状態に関する告知を行う義務があります。もし、告知した内容と事実が異なる場合には、団信の契約が解除され、残りの債務が返済されない場合がございます。

告知義務違反による解除権は、保険会社等が告知義務違反を知った時から1ヶ月又は保険契約を締結した時から5年を経過したときには、消滅します(保険法55条4項)。

住宅ローンの契約者が告知した内容と事実が異なる場合にも、上記期間が経過した場合には、団信によって残りの債務が返済されることもあります。

4 免責期間内の自死

団信の契約をして1年も経たず自死された場合には、免責期間内の自死であるため、団信がおりないと思われるかと思います。

しかし、免責期間内の自死であっても、自由な意思決定能力を喪失ないし著しく減弱させた状態で自死に及んだ場合には、保険会社等は免責されず、団信などの生命保険に基づく保険給付がなされます。

 以上のように、自死遺族の方で、団信で残債が支払われないかもしれないとお悩みの方は、当弁護団にご相談ください。

『虎に翼』考 ~「雨垂れ石を穿つ」~ 

 法曹界でも話題を席捲した朝の連続テレビ小説「虎に翼」が9月に最終回を迎え、2ケ月が経ちました。

 「日本史上初めて法曹の世界に飛び込んだ、一人の女性の実話に基づくオリジナルストーリー。困難な時代に立ち向かい、道なき道を切り開いてきた法曹たちの情熱あふれる姿を描く」(NHK公式より)というものです。

 先輩や自身と重ね合わせ、半年間、毎朝夢中になって怒り、泣き、登場した古い判例を読み返し、と、ここまでドラマにハマったのは初めてでした。

 最終回以降もロスを引きずり、シナリオ集などを読み返す日々です(なので、以下の話はドラマ版の正確なセリフではなく主にシナリオによっています)。

「虎に翼」の中で、重要な場面と最終回のキーワードになるのが「雨垂れ石を穿つ」という言葉です。

 道なき道を切り開く中で、社会の偏見の大岩に阻まれ、大勢の仲間が志半ばで去り、主人公もその瀬戸際に立たされました。その時、恩師から「雨垂れ石を穿つだよ、犠牲は決して無駄にならない」と撤退を勧められ、主人公は「私は今私の話をしているんです!」と激怒します。

 その後、主人公が法律の世界に戻った後も、その恩師に対し、報われなくとも一滴の雨垂れでいろと強いたことを決して許さないと言い放ちます。

 けれども最終回、主人公は、簡単には変わらない不平等でいびつな社会の中でも声を上げることに意味はある、人に雨垂れを強いられるのは絶対嫌だが、自ら未来の人たちのために雨垂れを選ぶことは至極光栄だ、といいます。

 弁護士として法律問題に取り組む中、先人達が多くの犠牲を伴いながら穿ってくれた道筋に日々導かれ、助けられています。

 自死遺族をめぐる法律問題への取り組みも、旧弊からのいわれなき偏見を一つ一つ克服していく道の途中です。

 今なお残る、あってはならない偏見の石に躓き、「絶対におかしい」という怒りが「どうせ伝わらない」との諦めに圧し潰されそうになる時もあります。

 困難の渦中にある当事者に、すぐに報われる保証もないのにさらなる苦しみを負うことだけは確実な戦いで矢面に立て、などと勧めることは決してできません。

 それでも当事者が戦って前に進みたい、自らの受けた苦しみとその克服をこの社会、そして未来の人たちにとって意味のあるものとしたいと望むときに、伴走者として選んでもらえる弁護士でありたいとの思いをなお一層強くしました。

カスタマーハラスメントについて考える

 近年、カスタマーハラスメントの被害が増加傾向にあるとされ、マスコミでもカスタマーハラスメントに関する報道をよく目にするようになりました。そこで、カスタマーハラスメントを4つの類型に分けてその背景事情などについて考えたいと思います。

 第1の類型は公務員が被害者となる場合です。例えば、住民が役所の窓口業務を担当する公務員に対して大声で騒ぎ立てて謝罪を求めたり、保護者が教師に対して適切に行われた指導を体罰などと騒ぎ立てて学校に乗り込んだりするような事案が考えられます。

 この類型の難しさは、公務員が住民からカスタマーハラスメントを受けたとしても、行政サービスの提供を拒否するわけにはいかないし、住民に対して「引越して他の自治体に行って下さい。」と言えない点にあります。

 また、住民は、昔であれば地域社会の中で話し合いながら問題を解決して様々な便益を共有していたものの、現在はその大部分を行政によるサービスという形で享受するようになりました。その結果、住民から見ると、「自分は税金を支払っているのだから、行政サービスを享受して当然で、サービスの提供過程にミスがあることは許されない。」と考える傾向が強くなってきているのではないでしょうか。 

 第2の類型は加害者の匿名性が高い場合です。例えば、お客様窓口の担当者に消費者が電話で理不尽なクレームや罵詈雑言を浴びせたり、駅のホームで駅員に対して暴行を加えたりする事案が考えられます。

 匿名性はカスタマーハラスメントの一つの重要な背景事情です。加害者は、自分の氏名や住所が特定できないのであれば、後で被害者から法的な対応を受けることもないと考え、攻撃的な言動を行う傾向が強まります。

 もっとも、この類型は、電話対応の録音を予告するなどの対策(最近増えてきていますね)によりかなりの部分が防止できますし、最近では駅でも監視カメラなどで映像が残っていますので、加害者に対して「名前や住所は最終に特定できるぞ。」という警告の効果は一定程度あるといえます。 

 第3の類型は契約の対象が高価な場合です。例えば、住宅メーカーの営業マンが、施主から理不尽な要求を受けたり、罵詈雑言を浴びせられたりする事案が考えられます。

 この類型の難しさは、住宅メーカーが施主に対して「あなたのカスタマーハラスメントは限度を越えているので契約を解除します。家は半分しか出来ていませんが、他の住宅メーカーに行って下さい。」とはほぼ言えない点にあります。一方、施主としても、多額のお金を使って一生に一度の買い物をするため、神経質になりやすいですし、攻撃的にもなりやすいといえます。

 この類型のカスタマーハラスメントを防止するためには、契約書でカスタマーハラスメントを許さない旨の条文を入れた上で、施主に対して十分な説明を行うことで、施主の認識と住宅メーカーが提供するサービスとの間の齟齬をできるだけ生じさせないことが重要になるでしょう。

 第4の類型は医療現場など生命や健康がサービスの対象となってる場合です。例えば、小児救急の現場において、医師が治療の甲斐無く死亡した子供の保護者に対して説明をする際に、保護者から暴行や罵詈雑言を受けるような事案が考えられます。

 この類型の難しさは、生命や健康という重大な法益に関連したサービスを提供していることから、患者やその家族は医師や看護師に対して満足が行く結果を求める傾向にある一方で、残念ながら治療が功を奏しない場合も多いため、生命や健康が損なわれたという結果の重大性も相まって、感情的になったり、攻撃的になったりしやすい点にあります。

 医師や看護師は患者を治療するという役割を担いますが、クレームが限度を超えてカスタマーハラスメントと評価される場合には、治療を拒否することも考えるべきでしょう。

 4つの類型に共通する対策としては、カスタマーハラスメントは刑法上の犯罪にあたる可能性があるため、一定限度を超えた場合は警察に被害届を出すことが考えられます。また、カスタマーハラスメントが発生した場合に内部での対応方法をルール化すること、対応について研修すること、相談窓口を設置することなども重要です。企業は、短期的な利益を優先するよりも、カスタマーハラスメントから労働者を守る措置を優先していただきたいと思います。

相続放棄をする際に他の相続人や次順位の相続人に伝えるべきか

 自死により亡くなられた故人が、資産よりも負債が上回っているような場合には、相続人としては相続放棄を検討することとなります。

 相談をお伺いしているなかで、被相続人が亡くなったことを知らない関係性の薄い他の同順位の相続人や次順位の相続人に対して、相談者が相続放棄をした事実を伝える必要がありますか、という質問をしばしば受けます。

 特に自死遺族の場合には、話の流れ次第で故人が自死で亡くなったことに話が及ぶ可能性があることから、関係性の薄い同順位の相続人や次順位の相続人にその旨伝えることに心理的な抵抗感を覚えることは無理からぬことです。

 自身が相続放棄を行うことを同順位の他の相続人や、次順位の相続人に伝えなければならないというような決まりはありません。ですから、様々な事情で心理的な抵抗感がある場合に無理をして告げる必要はないと思います。

 他方で、困ったことになるケースもあります。相続放棄は同順位の者(子、父母、祖父母など)が全員行わなければ、次順位の者が相続人となることはありません。

 ですので、相続人の内ひとりが、被相続人が死亡した事実を知らないまま時間が経過すると、被相続人の債務の問題や損害賠償の問題などが未解決のまま法律関係が安定しない可能性があります(債権者が迅速に相続関係を調べて現在の相続人に請求してくれるとは限りません)。

 たとえば、子が亡くなった場合に、離婚した両親の一方が、子が亡くなった事実を知らない元配偶者にその旨を知らせないと、同じ両親の下に兄弟姉妹がいるような場合には、兄弟姉妹としては先順位の相続人が相続放棄するのか、自分がいつ相続の順番が回ってくるのか想定できず、法的に不安定な状況が継続することになりかねません。

 このような場合が典型例ですが、他の同順位の相続人や次順位の相続人に対して、被相続人が亡くなったことおよび自身が相続放棄をすることを伝え、そして伝えた相手が相続放棄を行う場合には知らせてほしいとお願いしておくほうがよいケースもあります。当弁護団にご相談いただけましたら、ご遺族の置かれた状況を踏まえて一緒に考えてアドバイスをさせて頂きます。お気軽にご相談して頂ければと思います。

遺族と向き合って感じたこと

 ご遺族からの話を伺っていると、「一緒に暮らしていたのにどうして気付いてあげられなかったんだろう?」と自分を責める方が少なくありません。

 そこには、もし亡くなった家族が生前発していたSOSや精神障害による変化に自分が気付けていたら、大切な人を自死で失うことはなかったかもしれない、という悔いのような想いがあるのかもしれません。

 遺族としては当然の想いだと思います。

 しかし、そもそも人は日常生活の中で気分が落ち込んだり、体調を崩したりすることがある生き物ですので、たとえ元気が無い様子に気付いたとしても、それが精神障害と結びついて理解されることは稀なことだと思います(病気の影響で仕事のパフォーマンスが低下する可能性があることや、意欲が低下する可能性があることに気づけるだけの知識を持った人は多くはないでしょう。)。

 また、精神障害の中には、軽症うつ病エピソードや適応障害のように、周囲の人が気付きにくいものもあります。

 例えば、軽症うつ病エピソードであれば、本人が仕事を行うことにいくぶん困難を感じるという程度で、完全に働けなくなるわけではありませんので、周囲の人は気付かないことが多いと思います。また、適応障害であれば、ストレスの原因が仕事にある場合、仕事と関係ない、例えばプライベートな時間はいつもと変わらず元気に過ごせたりしますので、家族が変化を感じ取ることはそもそも難しいのではないかと思います。

 この様に、精神障害の症状が出ていたとしても、日常よく見られる心身の変化と区別することが困難な場合が多いうえ、家族だからこそ気付きにくい病気もある以上、「気付いてあげられなかった」ということでご遺族が苦しむ必要はないのです。

 私自身は、ご遺族が自分を責めて苦しむということは理不尽なことだと考えています。そのような理不尽で苦しむご遺族が少しでも減って欲しいという願いから、日頃相談を受けていて感じたことを綴ってみました。

 誰かの一助になれば幸いです。

シェアリングエコノミーと労働者性

1 はじめに

 遺族からの相談を受けていると、ときどき、雇用契約とは異なる働き方をしていたケースを目にすることがあります。とくに、最近はWebサイトなどのプラットフォームを通じて、一般の消費者がモノや場所、スキルなどを他の消費者に提供したり共有したりする、シェアリングエコノミーと呼ばれるビジネスモデルが急速に拡大しています。

 このようなビジネスモデルに従事する労働者が、長時間労働等により過労死した場合、プラットフォーム提供者に責任追及を行うことができるかは、今後大きな問題となっていく可能性があります。

2 UberEatsの配達員は労働者?

 業務委託や請負が増加している原因については,現代における就業形態の多様化が挙げられることも多いですが、実際には、人件費削減,生産変動への対応などが動機となり、実質的にはどう見ても雇用であるケースも少なくありません。ILOは,2006年の「雇用関係に関する勧告」(Recommendation concerning the employment rerationship)において,本来は雇用の関係にあるべき者が他の契約形態を押し付けられる状態について「偽装雇用」と評価していましたが、近時のシェアリングエコノミーの出現によって世界的にこのような働き方がかなり普及しつつあるのが現状のように思います。

 シェアリングエコノミーの代表例としては、Uberの事例が挙げられます。Uberとは米国のUber Technologies Inc.が運営するオンライン配車サービスで、携帯のUberのアプリを通じて車の手配を依頼すると、携帯のGPS機能から位置情報が割り出され、付近を走行している提携車を呼び出せるようになっています。専業のタクシーがめったに通らない辺鄙な場所でも提携ドライバーがいれば手軽に交通手段を得ることができ、また、ドライバーにとっても空いた時間に副業として手軽に収入を得ることができることから世界中に一気に広がりました。他方で、これらドライバーは会社との雇用契約を前提としないので、労働者性が否定され、最低賃金や労災保険など、労働者保護を目的として規定された法の適用を受けないのではないかが以前から争点となっていました。

 日本ではUberを起源とするUberEatsが都市部を中心に普及していますが、このような働き方について労基法や労災保険法上の労働者性を肯定するか否か明確な結論が出ていないようです(東京都労働委員会が2022年に労組法上の労働者性を肯定する命令を出したことはありますが、これはあくまで労働組合法上の労働者性に関する判断です。)。他方で、海外では、ドライバーの会社に対する経済的従属性を根拠に、労働者性を肯定する判決が複数出ています。イギリスでは、2021年にUberドライバーの労働者性を肯定し、最低賃金の適用を認める最高裁判決が出ています。アメリカでは、2019年にUberドライバーの労働者性を認め失業保険の受給資格を認めた判決が出されましたが、その後州法レベルでは様々な判断が拮抗している状況です。

3 指揮命令関係が形式的には希薄な場合、過重労働の責任は誰が追うのか?

 もっとも、このような経済的依存関係・従属関係が認められる一方で、業務についてある程度の諾否の自由が認められているケースについて、企業にどの程度の労働時間把握義務が認められるのかという論点については、世界的にも結論が出ていないように思われます。

 既に述べたとおり、雇用契約が存在しなくとも、使用者、被使用者の関係と同視できるような経済的、社会的関係が認められる場合には、労働時間把握義務は認められる余地があります。もっとも、例えばUberのような業務量を自分で選択できる勤務形態の労働者やその遺族が長時間労働を理由に企業補償を求めた場合、企業側からは、「業務量の把握が困難である以上労働時間の把握は不可能である、したがって、過重労働による健康悪化を予見することは困難である。」といった反論が出てくることが容易に想像できます。

 これに対して労働者側がどのような法律構成で労働時間把握義務を主張可能かですが、現状では、過去の裁判例が定立した「使用者、被使用者の関係と同視できるような経済的、社会的関係」(鹿島建設・大石塗装事件)、「特別の社会的接触関係」(鳥取大学事件)といった規範に合致する事実を丁寧に拾って主張を組み立てるというのが現実的と思われます。海外でUberドライバーに労働者性が認められた根拠も、形式的には乗客の評価という形を取りつつもドライバーに対する接客態度等実質的な指揮命令関係が存在した点にあります。このような実質的指揮命令関係の中に、業務量に関するものがなんらかの形で含まれており、過重労働を回避する術が労働者側に実質的にみて存在しないと評価されれば、これを根拠に労働時間把握義務を構成することが可能となるでしょう。

 また、企業は経済的依存関係・従属関係がある労働者を用いて利益を得ている以上、労働者の健康に対して何らかの責任を負うべきでしょう。このような価値判断は過去の裁判例に照らしても一定の正当性を含むものと考えます。こういった大きな視点から主張を組み立てることも必要なように思います。

裁判したら裁判していることが世間にばれてしまうの?

 子どもがいじめ等で自殺して自治体や私立学校法人に損害賠償請求をしたい、長時間労働やパワハラなどの過労自殺で勤務先を訴えたい。でも、裁判のことが世間にばれてしまうのではと心配して裁判を躊躇される方もおられると思います。

裁判公開の原則

 裁判は原則として公開の法廷で行われ(憲法82条)、誰でも裁判傍聴でき、裁判所の期日簿にも当事者の名前が掲載されます。ニュース報道されるような事案は、傍聴希望者も多く、傍聴券が交付されたりします。

 公開法廷で、原告や故人の名前などが口頭で述べられると、傍聴している人にこれらの個人情報が明らかになってしまい、私生活上、支障をきたすことにもなりかねません。

訴訟記録の閲覧制度

 また、訴訟記録は原則として誰でも見ることができます(民事訴訟法第91条第1項)。しかし、それでは原告や故人の名前などの個人情報が一般に公開されてしまい、私生活上、支障をきたすことにもなりかねません。

個人情報やプライバシーを保護するための閲覧制限制度

 そのため、原告は、訴訟記録中に、原告や故人の名前、住所、学校名、勤務先など「私生活についての重大な秘密」が記載されていて、それが見られてしまうと「社会生活を送るのに著しい支障を生じるおそれがある」場合、その部分を見られないようにしてほしいという申し立てを裁判所に対して行うことができます(民事訴訟法92条1項)。

 裁判所が申し立てを認めてくれれば、公開法廷で行われる弁論や証拠調べにおいても、原告や故人の名前などを仮名で呼ぶといった配慮が行われ、裁判所の期日簿にも原告名は記載されませんので、傍聴する人や報道機関から、原告や故人の個人情報やプライバシーを守ることができます。

 いじめの件で学校や自治体を訴えたい、長時間労働やパワハラなどの過労自殺で勤務先を訴えたい。でも、世間にばれたくないので裁判は躊躇していると心配される方は当弁護団にご相談ください。これまでの裁判経験にもとづき、アドバイスいたします。

手元に証拠がないときはどうすればいい?

 故人が早朝に自宅を出て仕事へ行き、深夜に帰ってくるという生活を長期間続けていたような場合、長時間労働が疑われます。しかし、自宅には仕事関係のパソコンや資料がなく、故人のスマートフォンのロックを解除できないようなときは、長時間労働を裏付けられるような客観的な証拠が何もない、ということになります。

 また、パワーハラスメントが疑われるような場合で、パワーハラスメントを裏付ける会社内部でのメール等のやり取りや、死後行われた従業員らに対する聴き取りの内容も、ご遺族自身が入手することは難しいといえます。

 このようなときにはどうすれば良いのでしょうか。

 このような場合に活用できる方法の1つとして、証拠保全があります。証拠保全とは、あらかじめ証拠調べをしておかなければその証拠を使用することが困難となる事情があるときに、その証拠を確保する手続きです(民事訴訟法第234条)。先の例で言えば、勤務先が保管している業務状況に関する記録を証拠保全手続きにより確保することが考えられます。

 証拠保全手続きの概要についてご説明します。

 民事訴訟法の立て付けでは、基本的に証拠調べは訴訟の手続きの中で行うこととされています。しかし、訴訟を提起してから証拠調べに入るまでには一定の期間を要するため、証拠となる資料が廃棄されたり改ざんされたりしてしまうリスクがあります。このようなリスクが認められるときは、訴訟手続き外で事前に証拠調べを行い、それを将来の訴訟で活用することができるようになっているのです。

 では、将来的に訴訟を提起するかどうか分からない状況では、証拠保全手続きを行うことはできないのでしょうか。そうではありません。証拠保全手続きで確保できた証拠を基に労災申請のみを行い、訴訟まではしない、というケースもよく見られます。

 証拠保全手続きで最も重要なのは、「あらかじめ証拠調べをしておかなければその証拠を使用することが困難となる事情」があると言えることです。この事情が認められなければ、証拠保全手続きは実施されません。

 「証拠を使用することが困難となる事情」としては、抽象的に改ざんや廃棄のおそれを指摘するだけでは足りず、具体的な事情を摘示する必要があります。

 もっとも、その事情が存在することについての証明までは必要とされず、疎明で足りるとされています。言い換えますと、この事情が一応存在するようだ、という推測ができれば良いとされています。

 証拠保全の手続きは、手元に証拠となるような資料が何もないときに活用できる有効な手段です。手元に証拠がなにもないというときも諦めずにまずは当弁護団までご相談ください。

いじめの定義と、その変遷

1 はじめに

 2024年6月、警察庁の自殺統計等に、いじめ自死の計上漏れがある旨報道されました(※1)

 また、2024年7月には、過去10年間において自死した横浜市立の児童生徒のうち、36名について点検を行い、そのうち4名について、点検の結果、いじめがあったと疑われると指摘された旨報道されました(※2)

 さらに、この数か月の間にも、いじめにより自死した児童生徒のご遺族が提訴したとの報道が複数なされています。

 このように、最近でも、いじめ自死についての報道がなされています。

 それでは、そもそも、いじめとは、どういう意味なのでしょうか?

2 いじめの定義

 いじめの定義について、いじめ防止対策推進法2条1項は、「この法律において「いじめ」とは、児童等に対して、当該児童等が在籍する学校に在籍している等当該児童等と一定の人的関係にある他の児童等が行う心理的又は物理的な影響を与える行為(インターネットを通じて行われるものを含む。)であって、当該行為の対象となった児童等が心身の苦痛を感じているものをいう。」と定めています。

 いじめ防止対策推進法は、いじめの被害者の主観面を要件としており、いじめの被害者の立場に立つことを鮮明に求めているといえます(※3)

3 いじめの定義の変遷 (※4)

 上記のいじめの定義がなされるまで、文部科学省のいじめの定義には、以下のとおり、変遷がありました。

⑴ 1986年度からのいじめの定義

 児童生徒の問題行動等生徒指導上の諸問題に関する調査(※5)において、1986年度からのいじめの定義は、以下のとおりでした。1985年度は、いじめの定義が明示されずに、調査が行われていました(※6)。1986年、東京都中野区の中学生が自死しました。

 この調査において、「いじめ」とは、「①自分より弱い者に対して一方的に、②身体的・心理的な攻撃を継続的に加え、③相手が深刻な苦痛を感じているものであって、学校としてその事実(関係児童生徒、いじめの内容等)を確認しているもの。なお、起こった場所は学校の内外を問わないもの」とする。

⑵ 1994年度からのいじめの定義

 1994年度からのいじめの定義は、以下のとおりでした。同年、愛知県西尾市で、中学生が自死しました。

 この調査において、「いじめ」とは、「①自分より弱い者に対して一方的に、②身体的・心理的な攻撃を継続的に加え、③相手が深刻な苦痛を感じているもの。なお、起こった場所は学校の内外を問わない。」とする。

 なお、個々の行為がいじめに当たるか否かの判断を表面的・形式的に行うことなく、いじめられた児童生徒の立場に立って行うこと。

 1986年度からのいじめの定義から、「学校としてその事実(関係児童生徒、いじめの内容等)を確認しているもの」が削除されました。

 また、「いじめに当たるか否かの判断を表面的・形式的に行うことなく、いじめられた児童生徒の立場に立って行うこと」が追加されました。

⑶ 2006年度からのいじめの定義

 2006年度からのいじめの定義は、以下のとおりでした。2005年、北海道滝川市で、小学生が自死しました。

 本調査において、個々の行為が「いじめ」に当たるか否かの判断は、表面的・形式的に行うことなく、いじめられた児童生徒の立場に立って行うものとする。

 「いじめ」とは、「当該児童生徒が、一定の人間関係のある者から、心理的、物理的な攻撃を受けたことにより、精神的な苦痛を感じているもの。」とする。

 なお、起こった場所は学校の内外を問わない。

 1994年度からのいじめの定義からは、「一方的に」、「継続的に」及び、「深刻な」といった文言が削除されました。

 また、「いじめられた児童生徒の立場に立って」、「一定の人間関係のある者」及び、「攻撃」等について、注釈が追加されました。

⑷ 2013年度からのいじめの定義(※7)

 2013年度からのいじめの定義は、以下のとおりです。2011年、滋賀県大津市で、中学生が自死しました(※8)

 社会総がかりでいじめの問題に対峙するため、基本的な理念や体制の整備が必要とされ、2013年にいじめ防止対策推進法が成立しました(※9)。そして、同法の施行に伴い、定義が変更されました。

 本調査において、個々の行為が「いじめ」に当たるか否かの判断は、表面的・形式的に行うことなく、いじめられた児童生徒の立場に立って行うものとする。

 「いじめ」とは、「児童生徒に対して、当該児童生徒が在籍する学校に在籍している等当該児童生徒と一定の人的関係のある他の児童生徒が行う心理的又は物理的な影響を与える行為(インターネットを通じて行われるものも含む。)であって、当該行為の対象となった児童生徒が心身の苦痛を感じているもの。」とする。なお、起こった場所は学校の内外を問わない。

 「いじめ」の中には、犯罪行為として取り扱われるべきと認められ、早期に警察に相談することが重要なものや、児童生徒の生命、身体又は財産に重大な被害が生じるような、直ちに警察に通報することが必要なものが含まれる。これらについては、教育的な配慮や被害者の意向への配慮のうえで、早期に警察に相談・通報の上、警察と連携した対応を取ることが必要である。

⑸ 反省の上に作られてきたいじめの定義

 いじめの定義は、以上のとおり、変遷してきました。

 1986年に自死した東京都中野区の中学生のご遺族は、意を汲んでくれるような判決がなされたことから、「もうこれでいじめやいじめによる自殺は、もうおきないだろうと、そういうふうに感じていたんです。そうしたところが1994年11月、・・・事件が起こって世間をにぎわせた。」等と述べられています(※10)

 その後も、悲劇は、繰り返されています。

 いじめの定義は、繰り返された悲劇が、いじめを見過ごし、見逃してきた結果であることの反省の上に作られたものであるといわれています。

4 さいごに

 しかし、冒頭でも述べたように、この数か月の間にも、いじめにより自死した児童生徒のご遺族が提訴したとの報道が複数なされております。

 いじめは、いじめによる自死は、繰り返されています。

 見過ごさず、見逃さず、悲劇が繰り返されないようにするためには、私たちには何ができるのでしょうか?

※1 長田健吾.”【独自】いじめ自殺、国の統計に漏れ 翌年以降の 認定分を反映せず 2013年から10年間、実数の半分”.西日本新聞.2024‐6,https://www.nishinippon.co.jp/item/n/1218579/,(参照2024‐8‐9) 長田健吾.”「息子の死がなかったことに」 長崎市のいじめ自殺遺族、こみ上げる悔しさ”.西日本新聞.2024‐6,https://www.nishinippon.co.jp/item/n/1218580/,(参照2024‐8‐9)
 ※有料記事です。
 なお、計上漏れとは別に、統計が実態を適切に反映したものではない可能性が高いことは、当弁護団の生越弁護士や西川弁護士が述べられています(2023年7月17日の生越弁護士のコラム「いじめ自殺を含めた子供の自殺を減らせるか?」、2024年5月6日の西川弁護士のコラム「「いじめ」であることを否定された場合の遺族の対応として考えられること」参照)

※2 ”横浜市立学校の児童生徒の自殺 4件“いじめ疑われる”と指摘”.NHK.2024‐7,https://www3.nhk.or.jp/lnews/yokohama/20240725/1050021544.html,(参照2024‐8‐9)

※3 大阪弁護士会子どもの権利委員会いじめ問題研究会編著.事例と対話で学ぶ「いじめ」の法的対応.エイデル研究所,2017,p.11

※4 ”いじめの定義の変遷“.文部科学省,https://www.mext.go.jp/component/a_menu/education/detail/__icsFiles/afieldfile/2019/06/26/1400030_003.pdf,(参照2024‐8‐9)
 日本弁護士連合会子どもの権利委員会編著.子どものいじめ問題ハンドブック.明石書店,2015,p.13‐16

※5 2016年度からは、児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸課題に関する調査になっています。
 当該調査の目的については、「生徒指導上の諸課題の現状を把握することにより、今後の施策の推進に資するものとする。」とされ、当該調査の沿革については、「児童生徒の問題行動等は、教育関係者のみならず、広く国民一般の憂慮するところであり、その解決を図ることは教育の緊急の課題となっていることに鑑み、児童生徒の問題行動等について、事態をより正確に把握し、これらの問題に対する指導の一層の充実を図るため、毎年度、暴力行為、いじめ、不登校、自殺等の状況等について調査を行っている。」とされています(文部科学省初等中等教育局児童生徒課.“児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸課題に関する調査‐調査の概要”文部科学省,https://www.mext.go.jp/b_menu/toukei/chousa01/shidou/gaiyou/chousa/1267368.htm,(参照2024‐8‐9))。

※6 “表19 いじめの発生件数(小・中・高)”文部科学省,https://www.mext.go.jp/b_menu/hakusho/nc/t19960719001/img/t19960719001_y0000019.pdf,(参照2024‐8‐10)

※7 文部科学省初等中等教育局児童生徒課.平成25年度「児童生徒の問題行動等生徒指導上の諸問題に関する調査」について.2014,p.22

※8 訴訟の結果については、生越弁護士がコラムを書かれています(2022年4月25日の生越弁護士のコラム「大津市いじめ自死大阪高裁判決の問題点」参照)。

※9 文部大臣,”いじめの防止等のための基本的な方針”,2013(最終改定2017年),p.2

※10 鎌田慧.いじめ自殺 12人の親の証言.岩波書店,2007,p.13

ご遺族への警察からの説明

 「警察から十分な説明を受けられなかった」というご相談をご遺族から受けることがあります。

 そもそも、ご遺族は警察から、いつ、どのように説明を受けられるのでしょうか。「警察等が取り扱う死体の死因又は身元の調査等に関する法律」や令和6年3月1日付通達をもとに説明したいと思います。

※根拠となる「警察等が取り扱う死体の死因又は身元の調査等に関する法律」や通達については、2023年9月11日の西川翔大弁護士のコラム「遺族が警察から得られる情報について」に詳しい説明がございます。

1 どのような説明が受けられるのか

 警察がご遺族に遺体を引き渡す際には、下記のような「死因その他参考となるべき事項」を説明すべきとされています。

①遺体の発見日時
②調査の実施結果

 ここでの調査の内容としては、遺体の様子や発見場所の調査、関係者に対する発見時の状況の聞き取りなどが想定されています。

③解剖の実施結果

 警察は、解剖前に、ご遺族に解剖の必要性を説明しなければならないとされ、また、解剖後には結果を説明すべきとされます。

 なお、場合によっては、ご遺族の承諾がなくても解剖を実施することができてしまいます(警察等が取り扱う死体の死因又は身元の調査等に関する法律6条2項)。

④死因

 死因とは、犯罪によって亡くなったわけではないと判断した理由とその経緯のことをいいます。

⑤その他参考事項

2 説明の時期

 原則として、遺体の引渡し時です。ご遺族の都合によって引渡し時に説明することが難しい場合には、ご遺族の都合がつき次第すみやかに説明することとされています。

 とはいうものの、遺体の引渡し時には、ご遺族の動揺も大きく、説明を十分に理解することは難しいでしょう。そのため、通達では、遺体の引き渡しから時間が経過してから改めて説明を受けたいと感じるご遺族にも適切に対応できるよう、担当者の連絡先を伝えておくように記載されています。

 また、ご遺族から検査結果の提供を求めた場合には、検査結果を簡潔にとりまとめた書面を交付し、再説明を行うこととされています。

3 説明方法

 原則として口頭となりますが、ご遺族の不安や疑問をできる限り解消することができるように資料を提示するなど、適切な説明に努めることとされています。

 また、2のとおり、警察に要望をすると、書面を交付してもらうことができます。

 警察から連絡があると、突然のことで、ご遺族が動揺されてしまうのは当然のことです。警察もご遺族の心情に配慮すべきとされていますので、落ち着いてから、あらためて警察に説明を求めることも可能なのです。