事務所独立1年に思う

 昨年2月5日、約14年在籍していたオアシス法律事務所を独立して個人事務所を設立しました。

 弁護士になって数年は目の前のことに取り組むことで精一杯で、自分が独立する姿なんて全く想像していませんでした。

 弁護士10年目に差し掛かるあたりで、同世代の弁護士が独立する・独立したという話をたびたび耳にしました。そのころから、ぼんやりと、自分が独立する時のことを想像するようになりました。

 そのような時期に、高校の同級生(ただし弁護士ではなく違う業界の友人です。)と会う機会があり、都内で独立して仕事を始めるという話を聞いたのです。その時、自分の中で「独立してみたい」という思いが湧きあがり、そこからは昨年2月の独立まであっという間に過ぎていきました。

 事務員さんを雇用せず1年間過ごしましたが、宛名を手書きしたり、印紙・切手を購入したり、帳簿をつけたりするといったことにもようやく慣れてきました。いかに前の事務所で自分が甘えさせてもらっていたのか、実感しています。

 周囲への感謝の気持ちを忘れずに、もう少し、この仕事を頑張ってみたいと思っています。

 最後に、告知です。

 この弁護団では、24時間相談会を毎年1回実施しています。

 今年も、3月15日(土)昼12時から翌16日(日)までの24時間、自死遺族の方を対象に無料法律電話&LINE相談会を実施予定です。何かお困りごとがあれば、お気軽にご相談頂ければと思います。

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労働時間規制の適用除外を拡大する動きについて

1 労働基準法制研究会の労働時間規制に関する検討

 厚生労働省は、テレワークや副業・兼業といった多様な働き方が広がる中、労働基準法等の見直しに向けて、2024年1月から、「労働基準法制研究会」を立ち上げ、現行の労働基準法の課題と対応について議論してきました。

 そして、2025年1月8日に、労働基準法制研究会は、「労働基準法制研究会報告書」(以下「報告書」といいます。)を公表しました。

 報告書では、労働時間規制に関して、企業による労働時間の情報開示や連続勤務の禁止、「つながらない権利」等に言及している点で、労働者の長時間労働を防止し、生命・健康の確保に寄与する部分も一定程度ありますが、具体的な検討はまだこれからです。 

 他方で、①テレワーク時にみなし労働時間制を導入することや、②副業・兼業を割増賃金に関して通算しない取扱いにすることについて、労働基準法による労働時間規制の適用を除外する方向で検討が進んでいる点には注意しなければなりません。

2 テレワークにみなし労働時間制を導入することの問題点

 報告書では、テレワークは一時的な家事や育児への対応等の中抜け時間が存在し、実労働時間の把握が困難であることを理由に、テレワークにみなし労働時間制(実際に働いた時間にかかわらず事前に定めた労働時間働いたとみなす制度)を導入することが提示されています。

 しかし、テレワークは一般的にパソコン等を利用する業務がほとんどであり、パソコンのログなどの客観的な記録により実労働時間を把握することは可能です。

 また、テレワークに関する調査(2020年6月30日 連合)によると、テレワークの場合「通常の勤務よりも長時間労働になることがあった」という回答が51.5%、「深夜の時間帯(午後10時~午前5時)に仕事をすることがあった」という回答が32.4%あり、テレワークの場合に長時間労働になる傾向があることも示されています。

 テレワークにみなし労働時間制を導入することで、ますます長時間労働に歯止めがきかなくなる危険性が高まります。

3 副業・兼業の労働時間を通算しないことの問題点

 また報告書では、副業・兼業に関して、割増賃金の負担や煩雑な手続きによって企業側が副業・兼業の導入に消極的になっていることを指摘し、副業・兼業の割増賃金に関して労働時間を通算しない取扱いに制度改正を進めるべきであると提示されています。

 しかしながら、労働基準法制研究会に先立つアンケート調査で企業が副業・兼業を認めない理由として、「本業での労務提供に支障が生ずる懸念があるから」が79.6%、「情報漏洩の懸念があるから」が25.0%であり、副業・兼業の導入が進まない理由としては割増賃金の負担や労働時間の計算等の煩雑さ等が主たる要因ではありませんでした。

 そもそも、労働基準法38条で異なる職場でも労働時間を通算することとされている趣旨は、複数の職場で働く労働者の長時間労働を防止する点にあります。また、割増賃金も法定労働時間を遵守させ、長時間労働を防止する目的があります。しかし、そのような制度趣旨に反して、副業・兼業の拡大を進めるために労働時間の通算しない取扱いを制度化しようとしており、報告書においても労働時間を通算しない場合の副業・兼業の労働者の健康確保措置について具体的な検討は記載されていません。

 このように、副業・兼業の労働者について労働時間を通算しない取扱いが法制化されてしまうと、副業・兼業の労働者の長時間労働による被害が広がることが予想されます。

4 おわりに

 経団連は、「労使自治を軸とした労働法制に関する提言」(令和6年1月16日付)において、裁量労働制や高度プロフェッショナル制度が複雑な手続きや厳格な要件があるために導入されていない実態があるため、労使のコミュニケーションをもとに労働基準法の労働時間規制の適用除外(いわゆる「デロゲーション」)の範囲を拡大することを提唱しています。

 このテレワーク時のみなし労働時間規制の導入や副業・兼業の労働時間を通算しない取扱いは、この経団連の提唱する労働時間規制の適用除外(デロゲーション)の範囲拡大に対応する動きとみることができます。

 しかしながら、このような動きは、労働基準法等による労働時間規制によって、労働者の生命及び健康を確保することの重要性を軽視していると言わざるを得ません。

 労働時間規制の適用除外が安易に拡大されないように今後も労働基準法改正の動きを注視していかなければなりません。

SNSの影響と自死

 近年、インターネットやSNSの普及に伴い、SNSの未成年者に対する悪影響やネットいじめ等が深刻な社会問題となっています。その影響で自ら命を絶つ若者も増えており、この問題に対する対策と支援の必要性が高まっています。

1 ネットいじめに関する統計データ

 文部科学省が2024年10月31日に公表した2023年度の調査によれば、全国の小・中・高校などにおけるいじめの認知件数は73万2568件と過去最多を更新し、前年度比で7.4%増加しました。いじめが原因で自殺に至る「重大事態」の認知件数も、過去最多の1,306件となりました。

 特に、ネット上のいじめに関しては、「パソコンや携帯電話等で、ひぼう・中傷や嫌なことをされる」という回答が全体で2万4678件(同758件増)に上り、年々増加しています。また、ネット上という見えづらさから、いじめの解消についても確認しにくい事案が多いことが指摘されています。

2 海外に目を向けると

 昨年末、オーストラリアが世界に先駆ける形で、16歳未満のSNS利用を禁止する法案を可決したことが話題となりました。SNSの過度の使用が心身の健康に与える影響から子どもを保護することが目的で、保護者の同意があっても利用は認められません。国家レベルでSNSの利用に規制をかける初めての事例であり、大手IT企業を対象とした最も厳しい規制の1つといえます。

 その立法背景には、未成年者が、SNSでダイエットに関する情報を収集するようになった結果、摂食障害の末に14歳で自らの命を絶つという事件があったほか、SNSを介して悪質ないじめにあったり、性被害にあったりする事態が相次いだことにあるようです。保護者を中心に規制を求める声が強くなり、オーストラリアの世論調査の結果では、国民のおよそ77%がこの法案に賛成したということです。 

 その他、イギリスでも、ネットいじめを含むオンライン上の有害行為に対処するため、プラットフォームの責任を強化するための法律が成立しており、SNSの悪影響から未成年者を保護しようとする世界的な動きは、非常に大きくなりつつあるといえます。

3 日本の現状と課題

 日本では、プロレスラーの木村花さんの自殺を契機に、オンラインでの中傷を厳しく取り締まるため、刑法における侮辱罪の厳罰化や、プロバイダ責任制限法の法改正などが行われてきました。ただし、日本の法的対策は、特に未成年者に対するSNSの悪影響を重視しこれを防止しようという観点においては不十分と言わざるを得ません。

 このような昨今の世界の状況・法的対策と日本との違いを知ることで、日本においても、社会全体として法的対策の強化やプラットフォームとの連携を進めることで、若い世代を守る実効的な仕組みづくりが急務であること、それと同時に、加害者にも被害者にもならないため、ネットリテラシーに関する教育も非常に重要になってくることを深く感じるに至り、今回の記事とさせていただきました。

相続登記の義務化

 令和6年4月1日から相続登記が義務化されました。不動産(土地・建物)について、自分のために相続が始まったことを知り、かつその所有権を取得したことを知った日から3年以内に相続登記をしなければならない、というものです。3年以内にしなかった場合、10万円以下の過料が科せられる可能性があります。

 この法律改正は、過去の相続登記未了不動産にも適用されることになります。過料が科されることになるのは2027年からになります。

 このような義務化がなされた背景は、所有者が亡くなったのに相続登記がされないことによって、登記簿を見ても所有者が分からない土地が全国で増え、周りの環境悪化や民間取引・公共事業への支障が社会問題化したためです。

 ご家族が亡くなったけれども手続きが進まない、という相談を受けることがあります。親族間で遺産についての話し合いがつかないという場合や、他の相続人と疎遠で連絡の取り方が分からない、等のことがあります。

 遺産分割協議が整わず、相続人のうち誰が相続するか決まらない場合は「相続人申告登記」という新制度ができました。こちらを使うとペナルティを回避することができます。

 不動産は相続登記をしておかないと売却や担保設定はできません。納税や管理する義務は相続人全員に課せられ続けます。お困りでしたら、ご相談をいただけたらと思います。

団体信用生命保険のおおまかな説明

当弁護団において、生命保険の問題については、HPに記載がありますが、団体信用生命保険について特化して説明いたします。

1 団信とは

団体信用生命保険(以下「団信」といいます。)とは、生命保険の一種で、住宅ローンの契約者が死亡または所定の高度障害状態になった場合に、保険金によってローンの残りの債務が返済されるものです。

団信は、住宅ローンの融資の条件にされている場合が多く、住宅ローンを借り入れる際に、一緒に契約することが多いです。

団信の保険料は、住宅ローンの金融機関が負担しますが、その保険料相当額を含む形で金利を設定している場合が多いです。

2 団信の免責期間

団信は、規約に保障の開始日から1年以内に自死された場合には、残債が弁済されないと定められている契約が存在します。

(例)

住宅金融支援機構の団信

フラット35の団信

生命保険は、保障の開始日から3年以内に自死された場合には、保険給付を行わないとする自殺免責特約が定められていることが多いです。

団信も生命保険であるにもかかわらず、自殺免責特約の免責期間が短く設定されている契約があるのは、生命保険に比べて、団信の場合には、自分の抱えた債務を相殺する目的で団信に加入する行動はとられにくいことが理由かと考えられます。

ですので、団信の場合には、免責期間が1年と定められている場合がありますので、団信の規約をご確認ください。

3 告知義務

団信においても、一般的な生命保険と同様、持病や既往歴など健康状態に関する告知を行う義務があります。もし、告知した内容と事実が異なる場合には、団信の契約が解除され、残りの債務が返済されない場合がございます。

告知義務違反による解除権は、保険会社等が告知義務違反を知った時から1ヶ月又は保険契約を締結した時から5年を経過したときには、消滅します(保険法55条4項)。

住宅ローンの契約者が告知した内容と事実が異なる場合にも、上記期間が経過した場合には、団信によって残りの債務が返済されることもあります。

4 免責期間内の自死

団信の契約をして1年も経たず自死された場合には、免責期間内の自死であるため、団信がおりないと思われるかと思います。

しかし、免責期間内の自死であっても、自由な意思決定能力を喪失ないし著しく減弱させた状態で自死に及んだ場合には、保険会社等は免責されず、団信などの生命保険に基づく保険給付がなされます。

 以上のように、自死遺族の方で、団信で残債が支払われないかもしれないとお悩みの方は、当弁護団にご相談ください。

『虎に翼』考 ~「雨垂れ石を穿つ」~ 

 法曹界でも話題を席捲した朝の連続テレビ小説「虎に翼」が9月に最終回を迎え、2ケ月が経ちました。

 「日本史上初めて法曹の世界に飛び込んだ、一人の女性の実話に基づくオリジナルストーリー。困難な時代に立ち向かい、道なき道を切り開いてきた法曹たちの情熱あふれる姿を描く」(NHK公式より)というものです。

 先輩や自身と重ね合わせ、半年間、毎朝夢中になって怒り、泣き、登場した古い判例を読み返し、と、ここまでドラマにハマったのは初めてでした。

 最終回以降もロスを引きずり、シナリオ集などを読み返す日々です(なので、以下の話はドラマ版の正確なセリフではなく主にシナリオによっています)。

「虎に翼」の中で、重要な場面と最終回のキーワードになるのが「雨垂れ石を穿つ」という言葉です。

 道なき道を切り開く中で、社会の偏見の大岩に阻まれ、大勢の仲間が志半ばで去り、主人公もその瀬戸際に立たされました。その時、恩師から「雨垂れ石を穿つだよ、犠牲は決して無駄にならない」と撤退を勧められ、主人公は「私は今私の話をしているんです!」と激怒します。

 その後、主人公が法律の世界に戻った後も、その恩師に対し、報われなくとも一滴の雨垂れでいろと強いたことを決して許さないと言い放ちます。

 けれども最終回、主人公は、簡単には変わらない不平等でいびつな社会の中でも声を上げることに意味はある、人に雨垂れを強いられるのは絶対嫌だが、自ら未来の人たちのために雨垂れを選ぶことは至極光栄だ、といいます。

 弁護士として法律問題に取り組む中、先人達が多くの犠牲を伴いながら穿ってくれた道筋に日々導かれ、助けられています。

 自死遺族をめぐる法律問題への取り組みも、旧弊からのいわれなき偏見を一つ一つ克服していく道の途中です。

 今なお残る、あってはならない偏見の石に躓き、「絶対におかしい」という怒りが「どうせ伝わらない」との諦めに圧し潰されそうになる時もあります。

 困難の渦中にある当事者に、すぐに報われる保証もないのにさらなる苦しみを負うことだけは確実な戦いで矢面に立て、などと勧めることは決してできません。

 それでも当事者が戦って前に進みたい、自らの受けた苦しみとその克服をこの社会、そして未来の人たちにとって意味のあるものとしたいと望むときに、伴走者として選んでもらえる弁護士でありたいとの思いをなお一層強くしました。

カスタマーハラスメントについて考える

 近年、カスタマーハラスメントの被害が増加傾向にあるとされ、マスコミでもカスタマーハラスメントに関する報道をよく目にするようになりました。そこで、カスタマーハラスメントを4つの類型に分けてその背景事情などについて考えたいと思います。

 第1の類型は公務員が被害者となる場合です。例えば、住民が役所の窓口業務を担当する公務員に対して大声で騒ぎ立てて謝罪を求めたり、保護者が教師に対して適切に行われた指導を体罰などと騒ぎ立てて学校に乗り込んだりするような事案が考えられます。

 この類型の難しさは、公務員が住民からカスタマーハラスメントを受けたとしても、行政サービスの提供を拒否するわけにはいかないし、住民に対して「引越して他の自治体に行って下さい。」と言えない点にあります。

 また、住民は、昔であれば地域社会の中で話し合いながら問題を解決して様々な便益を共有していたものの、現在はその大部分を行政によるサービスという形で享受するようになりました。その結果、住民から見ると、「自分は税金を支払っているのだから、行政サービスを享受して当然で、サービスの提供過程にミスがあることは許されない。」と考える傾向が強くなってきているのではないでしょうか。 

 第2の類型は加害者の匿名性が高い場合です。例えば、お客様窓口の担当者に消費者が電話で理不尽なクレームや罵詈雑言を浴びせたり、駅のホームで駅員に対して暴行を加えたりする事案が考えられます。

 匿名性はカスタマーハラスメントの一つの重要な背景事情です。加害者は、自分の氏名や住所が特定できないのであれば、後で被害者から法的な対応を受けることもないと考え、攻撃的な言動を行う傾向が強まります。

 もっとも、この類型は、電話対応の録音を予告するなどの対策(最近増えてきていますね)によりかなりの部分が防止できますし、最近では駅でも監視カメラなどで映像が残っていますので、加害者に対して「名前や住所は最終に特定できるぞ。」という警告の効果は一定程度あるといえます。 

 第3の類型は契約の対象が高価な場合です。例えば、住宅メーカーの営業マンが、施主から理不尽な要求を受けたり、罵詈雑言を浴びせられたりする事案が考えられます。

 この類型の難しさは、住宅メーカーが施主に対して「あなたのカスタマーハラスメントは限度を越えているので契約を解除します。家は半分しか出来ていませんが、他の住宅メーカーに行って下さい。」とはほぼ言えない点にあります。一方、施主としても、多額のお金を使って一生に一度の買い物をするため、神経質になりやすいですし、攻撃的にもなりやすいといえます。

 この類型のカスタマーハラスメントを防止するためには、契約書でカスタマーハラスメントを許さない旨の条文を入れた上で、施主に対して十分な説明を行うことで、施主の認識と住宅メーカーが提供するサービスとの間の齟齬をできるだけ生じさせないことが重要になるでしょう。

 第4の類型は医療現場など生命や健康がサービスの対象となってる場合です。例えば、小児救急の現場において、医師が治療の甲斐無く死亡した子供の保護者に対して説明をする際に、保護者から暴行や罵詈雑言を受けるような事案が考えられます。

 この類型の難しさは、生命や健康という重大な法益に関連したサービスを提供していることから、患者やその家族は医師や看護師に対して満足が行く結果を求める傾向にある一方で、残念ながら治療が功を奏しない場合も多いため、生命や健康が損なわれたという結果の重大性も相まって、感情的になったり、攻撃的になったりしやすい点にあります。

 医師や看護師は患者を治療するという役割を担いますが、クレームが限度を超えてカスタマーハラスメントと評価される場合には、治療を拒否することも考えるべきでしょう。

 4つの類型に共通する対策としては、カスタマーハラスメントは刑法上の犯罪にあたる可能性があるため、一定限度を超えた場合は警察に被害届を出すことが考えられます。また、カスタマーハラスメントが発生した場合に内部での対応方法をルール化すること、対応について研修すること、相談窓口を設置することなども重要です。企業は、短期的な利益を優先するよりも、カスタマーハラスメントから労働者を守る措置を優先していただきたいと思います。

相続放棄をする際に他の相続人や次順位の相続人に伝えるべきか

 自死により亡くなられた故人が、資産よりも負債が上回っているような場合には、相続人としては相続放棄を検討することとなります。

 相談をお伺いしているなかで、被相続人が亡くなったことを知らない関係性の薄い他の同順位の相続人や次順位の相続人に対して、相談者が相続放棄をした事実を伝える必要がありますか、という質問をしばしば受けます。

 特に自死遺族の場合には、話の流れ次第で故人が自死で亡くなったことに話が及ぶ可能性があることから、関係性の薄い同順位の相続人や次順位の相続人にその旨伝えることに心理的な抵抗感を覚えることは無理からぬことです。

 自身が相続放棄を行うことを同順位の他の相続人や、次順位の相続人に伝えなければならないというような決まりはありません。ですから、様々な事情で心理的な抵抗感がある場合に無理をして告げる必要はないと思います。

 他方で、困ったことになるケースもあります。相続放棄は同順位の者(子、父母、祖父母など)が全員行わなければ、次順位の者が相続人となることはありません。

 ですので、相続人の内ひとりが、被相続人が死亡した事実を知らないまま時間が経過すると、被相続人の債務の問題や損害賠償の問題などが未解決のまま法律関係が安定しない可能性があります(債権者が迅速に相続関係を調べて現在の相続人に請求してくれるとは限りません)。

 たとえば、子が亡くなった場合に、離婚した両親の一方が、子が亡くなった事実を知らない元配偶者にその旨を知らせないと、同じ両親の下に兄弟姉妹がいるような場合には、兄弟姉妹としては先順位の相続人が相続放棄するのか、自分がいつ相続の順番が回ってくるのか想定できず、法的に不安定な状況が継続することになりかねません。

 このような場合が典型例ですが、他の同順位の相続人や次順位の相続人に対して、被相続人が亡くなったことおよび自身が相続放棄をすることを伝え、そして伝えた相手が相続放棄を行う場合には知らせてほしいとお願いしておくほうがよいケースもあります。当弁護団にご相談いただけましたら、ご遺族の置かれた状況を踏まえて一緒に考えてアドバイスをさせて頂きます。お気軽にご相談して頂ければと思います。

遺族と向き合って感じたこと

 ご遺族からの話を伺っていると、「一緒に暮らしていたのにどうして気付いてあげられなかったんだろう?」と自分を責める方が少なくありません。

 そこには、もし亡くなった家族が生前発していたSOSや精神障害による変化に自分が気付けていたら、大切な人を自死で失うことはなかったかもしれない、という悔いのような想いがあるのかもしれません。

 遺族としては当然の想いだと思います。

 しかし、そもそも人は日常生活の中で気分が落ち込んだり、体調を崩したりすることがある生き物ですので、たとえ元気が無い様子に気付いたとしても、それが精神障害と結びついて理解されることは稀なことだと思います(病気の影響で仕事のパフォーマンスが低下する可能性があることや、意欲が低下する可能性があることに気づけるだけの知識を持った人は多くはないでしょう。)。

 また、精神障害の中には、軽症うつ病エピソードや適応障害のように、周囲の人が気付きにくいものもあります。

 例えば、軽症うつ病エピソードであれば、本人が仕事を行うことにいくぶん困難を感じるという程度で、完全に働けなくなるわけではありませんので、周囲の人は気付かないことが多いと思います。また、適応障害であれば、ストレスの原因が仕事にある場合、仕事と関係ない、例えばプライベートな時間はいつもと変わらず元気に過ごせたりしますので、家族が変化を感じ取ることはそもそも難しいのではないかと思います。

 この様に、精神障害の症状が出ていたとしても、日常よく見られる心身の変化と区別することが困難な場合が多いうえ、家族だからこそ気付きにくい病気もある以上、「気付いてあげられなかった」ということでご遺族が苦しむ必要はないのです。

 私自身は、ご遺族が自分を責めて苦しむということは理不尽なことだと考えています。そのような理不尽で苦しむご遺族が少しでも減って欲しいという願いから、日頃相談を受けていて感じたことを綴ってみました。

 誰かの一助になれば幸いです。

シェアリングエコノミーと労働者性

1 はじめに

 遺族からの相談を受けていると、ときどき、雇用契約とは異なる働き方をしていたケースを目にすることがあります。とくに、最近はWebサイトなどのプラットフォームを通じて、一般の消費者がモノや場所、スキルなどを他の消費者に提供したり共有したりする、シェアリングエコノミーと呼ばれるビジネスモデルが急速に拡大しています。

 このようなビジネスモデルに従事する労働者が、長時間労働等により過労死した場合、プラットフォーム提供者に責任追及を行うことができるかは、今後大きな問題となっていく可能性があります。

2 UberEatsの配達員は労働者?

 業務委託や請負が増加している原因については,現代における就業形態の多様化が挙げられることも多いですが、実際には、人件費削減,生産変動への対応などが動機となり、実質的にはどう見ても雇用であるケースも少なくありません。ILOは,2006年の「雇用関係に関する勧告」(Recommendation concerning the employment rerationship)において,本来は雇用の関係にあるべき者が他の契約形態を押し付けられる状態について「偽装雇用」と評価していましたが、近時のシェアリングエコノミーの出現によって世界的にこのような働き方がかなり普及しつつあるのが現状のように思います。

 シェアリングエコノミーの代表例としては、Uberの事例が挙げられます。Uberとは米国のUber Technologies Inc.が運営するオンライン配車サービスで、携帯のUberのアプリを通じて車の手配を依頼すると、携帯のGPS機能から位置情報が割り出され、付近を走行している提携車を呼び出せるようになっています。専業のタクシーがめったに通らない辺鄙な場所でも提携ドライバーがいれば手軽に交通手段を得ることができ、また、ドライバーにとっても空いた時間に副業として手軽に収入を得ることができることから世界中に一気に広がりました。他方で、これらドライバーは会社との雇用契約を前提としないので、労働者性が否定され、最低賃金や労災保険など、労働者保護を目的として規定された法の適用を受けないのではないかが以前から争点となっていました。

 日本ではUberを起源とするUberEatsが都市部を中心に普及していますが、このような働き方について労基法や労災保険法上の労働者性を肯定するか否か明確な結論が出ていないようです(東京都労働委員会が2022年に労組法上の労働者性を肯定する命令を出したことはありますが、これはあくまで労働組合法上の労働者性に関する判断です。)。他方で、海外では、ドライバーの会社に対する経済的従属性を根拠に、労働者性を肯定する判決が複数出ています。イギリスでは、2021年にUberドライバーの労働者性を肯定し、最低賃金の適用を認める最高裁判決が出ています。アメリカでは、2019年にUberドライバーの労働者性を認め失業保険の受給資格を認めた判決が出されましたが、その後州法レベルでは様々な判断が拮抗している状況です。

3 指揮命令関係が形式的には希薄な場合、過重労働の責任は誰が追うのか?

 もっとも、このような経済的依存関係・従属関係が認められる一方で、業務についてある程度の諾否の自由が認められているケースについて、企業にどの程度の労働時間把握義務が認められるのかという論点については、世界的にも結論が出ていないように思われます。

 既に述べたとおり、雇用契約が存在しなくとも、使用者、被使用者の関係と同視できるような経済的、社会的関係が認められる場合には、労働時間把握義務は認められる余地があります。もっとも、例えばUberのような業務量を自分で選択できる勤務形態の労働者やその遺族が長時間労働を理由に企業補償を求めた場合、企業側からは、「業務量の把握が困難である以上労働時間の把握は不可能である、したがって、過重労働による健康悪化を予見することは困難である。」といった反論が出てくることが容易に想像できます。

 これに対して労働者側がどのような法律構成で労働時間把握義務を主張可能かですが、現状では、過去の裁判例が定立した「使用者、被使用者の関係と同視できるような経済的、社会的関係」(鹿島建設・大石塗装事件)、「特別の社会的接触関係」(鳥取大学事件)といった規範に合致する事実を丁寧に拾って主張を組み立てるというのが現実的と思われます。海外でUberドライバーに労働者性が認められた根拠も、形式的には乗客の評価という形を取りつつもドライバーに対する接客態度等実質的な指揮命令関係が存在した点にあります。このような実質的指揮命令関係の中に、業務量に関するものがなんらかの形で含まれており、過重労働を回避する術が労働者側に実質的にみて存在しないと評価されれば、これを根拠に労働時間把握義務を構成することが可能となるでしょう。

 また、企業は経済的依存関係・従属関係がある労働者を用いて利益を得ている以上、労働者の健康に対して何らかの責任を負うべきでしょう。このような価値判断は過去の裁判例に照らしても一定の正当性を含むものと考えます。こういった大きな視点から主張を組み立てることも必要なように思います。