遺族が警察から得られる情報について

 自死が発生した場合、自死の態様によっては、自死なのか、事故死なのか、犯罪による死亡なのか、警察によってその死因を究明すべき場合があります。

 死因究明に関して従来の日本では、犯罪による死亡ではない死体(犯罪死体及び変死体を除く死体)は、(ⅰ)監察医のいる都市でしか解剖することができないため死因究明に地域格差が生じたり、(ⅱ)遺族の承諾がなければ解剖することができないため遺族の意向によって犯罪死を見逃す可能性があったりするなど、必ずしも十分に死因を究明することができませんでした。
 そのため、犯罪死を見逃さないため積極的に死因を究明するために解剖を初めとした調査を行うべきであるという声が広がりました。
 また、平成23(2011)年の東日本大震災の発生により、多数の遺体の身元確認作業が困難を極め、平素から身元確認のための体制を整備しておく重要性が再認識されました。

 このような情勢の中で、平成24(2012)年に、死因究明に関する2つの法律が国会で可決成立しました。
 一つは、①「死因究明等を推進する法律」(以下、「死因究明等推進法」といいます。)いい、もう一つは②「警察等が取り扱う死体の死因又は身元の調査等に関する法律」(以下、「死因・身元調査法」といいます)といいます。
 ①「死因究明推進法」は2年間の時限で失効し、その後死因究明等に関する施策の総合的かつ計画的な推進を図るための検討会を設けた上で、死因究明等に関する施策を進めるために、令和元年6月に「死因究明等推進基本法」が改めて成立しています(令和2年4月施行)。
 また、②「死因・身元調査法」は、犯罪捜査の手続が行われていない場合であっても警察及び海上保安庁が法医等の意見を踏まえて死因を明らかにする必要があると判断した場合、遺族への事前説明のみで解剖(調査法解剖)を実施することが可能となりました。 

 特に「死因・身元調査法」は、「遺族等の不安の緩和又は解消」という目的(死因身元調査法第1条)のもと、「取扱い死体の引渡し時に、遺族等に対して、当該取扱い死体の死因その他参考となるべき事項について説明しなければならない」旨が規定されています(死因身元調査法第10条第1項)。
 そして、詳しい取扱いについては、「遺族等に対する死因その他参考となるべき事項の説明について(通達)」(警察庁丁捜一発第55号。平成31年3月29日から5年間有効)に記載されています。

 この通達によると、「死因」として、「その死が犯罪に起因するものではないと判断した理由及び死亡者が死に至った経緯を含む死因」(同通達2⑸)や、「その他参考事項」として「遺族等の不安の緩和又は解消に資すると考えられる事項等」(同通達2⑹)を説明するべきであるとされています。
 また、「遺族等の心情に配慮した説明」として、「遺族等の不安や疑問をできる限り解消することができるように、資料を提示の上説明を行うなど遺族等の心情に配慮した適切な説明に努めること」(同通達4⑵)と記載されています。
 加えて、「遺族等から⑵の説明にかかる調査、検査等の結果の提供を求められた場合にはできるだけ速やかに、・・・調査の実施結果(外表の調査及び死体の発見場所の調査の結果)、検査の実施結果(実施した検査項目及びその結果)に関する客観的事実を簡潔に取りまとめた書面を交付の上、再説明を行うこと」(同通達4⑶)とされているので、警察から書面の交付を受けることも可能です。

 実際に、「自死してしまったけれど、遺書もなく、病院への通院歴もないためカルテも確認できない。職場の人からも話を聞くことができず、なぜ亡くなったのかが分からない」、といったケースは少なくありません。
 このような制度を利用することで、警察が聞き取った職場の人の話や、亡くなる直前の故人の様子などが明らかになることもあります。
 あまり知られていない制度ですが、限られた情報しか残されていないご遺族からすればこのような制度を活用して、一つでも多くの情報を入手することは極めて重要です。

裁量労働制の濫用に要注意です

厚生労働省は、2022年7月15日に、「これからの労働時間制度に関する検討会」での議論をとりまとめた報告書を公表し、裁量労働制の適用対象を拡大に向けて現在、労働政策審議会において議論が続いています。

本来、労働時間は1週間40時間、1日8時間が原則であり(労働基準法32条)、例外的に一定の要件を満たすとその労働時間の枠を超えて働くことが許されますが、割増賃金(残業代)の支払が義務づけられています(労基法37条)。

これに対して、裁量労働制とは、業務遂行方法を労働者の裁量に委ねる必要がある業務について、実際に労働した時間数ではなく、労使協定または労使委員会の決議で定めた時間数だけ労働したものとみなす労働時間の算定制度であり、割増賃金も支払われません。

①システムエンジニア、デザイナー、記者、建築士など一定の専門業務を対象とする場合は「専門業務型裁量労働制」、②「事業の運営に関する事項についての企画、立案、調査及び分析の業務」につき「対象業務を適切に遂行するための知識、経験等を有する労働者」を対象とする場合である「企画業務型裁量労働制」があります。

厚生労働省は、2021年6月25日に「裁量労働制実態調査結果」を公表しましたが、特に注目すべきは、過労死ラインを確実に上回るといえる労働者の割合が、裁量労働制の非適用労働者が4.6%であるのに対して、適用労働者は8.4%ということです。裁量労働制の適用労働者の約1割が過労死ラインを超える長時間労働を行っていることが分かりました。

また、裁量労働制の適用労働者に対する調査において、専門業務型の40.1%、企画業務型の27.4%の労働者がみなし労働時間が何時間に設定されているのか「分からない」と回答しています。

そして「みなし労働時間」は1日平均7時間38分でしたが、実労働時間は平均9時間であったことも分かりました。つまり、実際の労働時間よりも短い「みなし労働時間」が定められ、それを認識していない労働者が少なくない実態が明らかとされました。

労働時間規制は、労働者の生命と健康を確保するために不可欠です。

労働時間規制の例外である裁量労働制の対象業務が安易に拡大され、裁量労働制が違法に悪用・濫用されれば、労働者はますます危険にさらされてしまいます。

今後も、労働者が違法な裁量労働制のもとで働かされていないかどうかを厳しく確認していく必要があります。

通院歴がない場合の発病の立証

 厚生労働省が2021年10月26日に発表した「過労死等防止白書」によると、2012~2017年度に労災認定された自死のおよそ半数が、精神障害の発症から6日以内に起きていることが明らかになりました。

 過労死等防止白書の概要(上記報告は13頁に記載)

 2012年~2017年度に業務上のストレスによる精神障害で労災認定された過労自殺は497件でした。そのうち、約半数の235人がうつ病などの発症から6日以内に亡くなり、発症から7~29日は93人、30~89日は75人、360日以上は46人でした。

 また、亡くなる前に医療期間への「受診歴なし」が318件(64.0%)であり、半分以上の方が医療機関への通院がなかったことも明らかになっています。

 労災の要件として、うつ病や適応障害などの労災の対象となる精神障害を発病していることが一つの要件とされています。

 ご遺族からの相談をお聞きする中でも、亡くなる前に医療機関への受診歴がない方が多くおられます。また、過労死等防止白書の報告のように、精神障害発症から6日以内に自死に至るようなケースでは、医療機関への受診等を経ずに自死に至るケースがほとんどです。

 しかし、医療機関への受診歴がない場合でも、うつ病や適応障害などの精神障害の発病があったことを示す「本人の様子の変化」を基礎づけることができれば、発病していることも認められる可能性があります(実際に、上記のとおり通院歴のない半数以上のケースで、発病が認められて労災認定されています。)

 発病が認められるためには、同居の家族、職場の関係者、友人等から聴き取り、SNS(LINE、Twitterなど)でのやりとりの記録、インターネットの検索履歴等で、発病を基礎づける事実を証明することが必要となります。

 例えば、もともと明るく活発な性格の方が暗く沈んだ表情をするようになったり、仕事や将来に対して愚痴を多くこぼし転職を検討するようになった場合、もともと穏やかな性格の方が怒りっぽく神経質になる場合、インターネットで「うつ病」、「心療内科」や「自死」、「自死の方法」などについて検索している場合などが発病を基礎づける事実の例として挙げられます。また、精神科・心療内科以外の病院に通院している場合もメンタルの不調が影響して身体の不調が生じている可能性もあります。

 このように、医療機関への通院歴がない場合でも、本人の様子の変化を詳細に証明していくことで発病が認められる可能性が高くなります。弁護団にご相談いただければ、そのような事実もご一緒に確認させていただきます。

>>過労自殺(自死)について

テレワークのリスク

 世間では、新型コロナウイルス感染症の蔓延や緊急事態宣言の発令により、急速にテレワークが広まりました。

 それとともに、自死遺族支援弁護団のホットラインや寄せられた相談にも亡くなられた方がテレワークをしていたという相談を多く聞くようになりました。

 実際に、昨年5月の緊急事態宣言前のテレワークの実施率が26.0%だったのに対して、緊急事態宣言後には67.3%と約2.6倍に増加しています。また、これまで大企業での実施がほとんどだったものが、中小企業や小規模企業など従業員規模にかかわらず実施している企業が増加しました(東京商工会議所「テレワークの実施状況に関する緊急アンケート」参照)。

 テレワークは、通勤時間をなくし、特に都市部の激しい通勤ラッシュを回避することができ、ストレスの軽減とともに、通勤時の新型コロナウイルスへの感染の恐れもなくなります。削減した移動時間を自分の時間に有効に活用できるものとして、良い側面もあります。

 しかし、テレワークの場合に注意すべきこととして次のことが挙げられます。

 まず、テレワークによって、使用者が適切に労働時間や業務量を管理することができず、適切な労働時間内に終了することが到底不可能な業務量の指示が行われ、長時間労働を強いられる危険性が高まることです。

 そして、使用者は労働時間の管理が困難であるため、労働者を労働時間の規制が及ばない個人事業主にしたり、あるいは裁量労働制を導入するという動きがあり、本来労働者のいのちと健康を守るための労働時間規制を潜脱するものであり、許されません。 

 詳細は、「テレワークにおける適切な労務管理のためのガイドライン」(厚生労働省)を参照してください。

 また、テレワークによって上司や部下との間でコミュニケーションをとる機会が減少することが挙げられます。

 これまでは近くにいる社員との雑談で会社の現状や状況などの話をしたり、仕事の進め方で出てくる疑問を気軽に相談することができていたものが、テレワークでは最低限のオンライン会議でしか同僚や上司とコミュニケーションをとることができない可能性が高まります。

 特に、新入社員やその業務について経験の浅い社員などは、仕事の進め方が分からないまま上司から業務を指示され、気軽に同僚や上司に相談することができない状況を強いられます。また、そのような状況で仕事が進められないことに対して上司からメールにより叱責を受けるなどすれば、強い孤立感とストレスを感じることになり、メンタルヘルスの面では非常に危険な状態に置かれます。

 このようにテレワークの課題は様々あり、テレワークを導入するとしても企業にはテレワークによって生じるリスクを軽減するための措置が求められます。

 さらに、テレワークは周囲からどのような働き方をしていたのか見えづらい、分かりにくいという側面があり、事案の解明に苦労することも多くあります。

 亡くなられた方がテレワークをしていた場合には、自宅に残されたパソコンやスマホ、携帯電話等の電子機器には、例えばパソコンのログを取ることで何時から何時までパソコンを操作していたのか、メールで上司や同僚とどのようなやりとりをしていたかなど、生前の働き方を明らかとする重要な情報が残されている可能性が高いです。

 したがって、これらの重要な情報が残されたパソコンやスマホ等のデータを保存しておくことが極めて重要となります。

今の私にできること

 大阪で弁護士をしている、西川翔大(にしかわしょうた)と申します。

 私は、弁護士になった頃から自死遺族支援弁護団の活動に参加しています。

 大学生の頃に、仲の良い友人が身内を自死で亡くした事実を打ち明けてくれ、自死遺族の置かれた状況や辛さに初めて触れました。

 そのときは、落ち込む友人に対して、どう声をかけたらいいのか分からず、強い無力感を味わいました。

 私は、その頃から自死の問題に関心を寄せ、弁護団に参加するに至りましたが、弁護士として自死遺族のご相談を受けるようになった今も、その出来事は忘れられません。

 しかし、微力ながら今は弁護士としてできることがあります。

 まず、①ご遺族の不安や悩みにじっくりと耳を傾けて、ご遺族の気持ちに寄り添うこと。

 そして、②ご遺族の不安や悩みをひも解き、法的問題を整理していくこと。

 最後に、③可能な法的手段を用いて、ご遺族の希望を実現するために尽力すること。

 当弁護団では、毎週相談担当者が決まっており、その週の担当者が水曜日12時~15時のホットラインとその週のホームページへの問合せに対するご相談に対応していきます。

 辛く苦しい状況にあるご遺族が、ホットラインやこのホームページを見つけて、弁護士に連絡をすることだけでも、とてつもないエネルギー要することだと思います。

 ご遺族がようやくたどりついた相談先で、私が相談担当者となることも何かのご縁といえます。

 私が担当者となったからには、ご遺族が少しでも不安や悩みを解消し、ほっと一息つけるように、今の私にできることを全力で行い、少しでも力になれるように尽力したいと思います。