職場のパワーハラスメントについて(②)

1 パワーハラスメントの6類型

 過労自殺(自死)や過労うつの労災の認定基準が令和5年9月1日に改訂されました(以下「令和5年認定基準」といいます。)(※1)。

    令和5年認定基準は、業務による心理的負荷表(以下「別表1」といいます。)に、以下のパワーハラスメント6類型を組み込んだ点に最大の特徴があります。

  • 身体的な攻撃(暴行・傷害)
  • 精神的な攻撃(脅迫・名誉棄損・侮辱・ひどい暴言)
  • 人間関係からの切り離し(隔離・仲間外し・無視)
  • 過大な要求(業務上明らかに不要なことや遂行不可能なことの強制・仕事の妨害)
  • 過小な要求(業務上の合理性なく能力や経験とかけ離れた程度の低い仕事を命じることや仕事を与えないこと)
  • 個の侵害(私的なことに過度に立ち入ること)

 労災実務上、パワーハラスメント6類型が別表1において例示された意義は大きいといえます。

 改定前の令和2年認定基準(※2)では、ご遺族が「パワーハラスメントを受けた」という出来事の存在を主張しても、労働基準監督署長は「業務指導の範囲内だからパワーハラスメントではありません。」などと判断し、労災を認めない事例が散見されました。

 特に無視等の「人間関係からの切り離し」は、令和2年認定基準に記載すらなかったため軽視される傾向がありました。しかし、無視などの人間関係からの切り離しはとても辛い行為です。例えば、指示を求めても舌打ちをしたりため息をついて無視をする、「こいつは使えない。」などといってメンバーから外す、別の部屋に押し込んでしまうなどの行為は、被害者から見るとこれだけで強いストレスを感じ、職場に行きたくないと思うでしょう。

 実際、令和2年に実施されたストレスの強度に関する医学研究でも「上司等から人間関係からの切り離しを受けた」というライフイベントのストレスはとても強かったのです(※3)。

 令和5年認定基準は、このような医学研究も踏まえ、無視などの「人間関係からの切り離し」を含む6類型を示しました。少しでも過労自殺(自死)のご遺族の救済が広まればと考えています。

2 労災になるパワーハラスメントの回数や頻度って?

 被害者からするとパワーハラスメントは1回でも嫌なものです。では、パワーハラスメントがどれくらいの回数や頻度で行われれば労災として認められるのでしょうか?

 令和5年認定基準は、労災として認定されるためにはパワーハラスメントが「反復・継続するなどして執拗」に行われなければならないとしています。

 しかし、「反復・継続するなどして執拗」とは具体的にどのような場合なのか分かりにくいですね。

 令和5年認定基準は「一般的にはある行動が何度も繰り返されている状況」を意味するとしていますが、「たとえ一度の言動であっても、これが比較的長時間に及ぶものであって、行為態様も強烈で悪質性を有する等の状況」も含むとしています。具体的には、パワーハラスメントが1日だけの場合であっても、その1日の中での回数や時間を考慮して、長時間になっている場合や、しつこく繰り返し行われていた場合はこれに当たるとされています。そして、長時間かどうかは、指導のために必要な時間をどれだけ超えているか、どれだけ就労環境が害されたかによって判断するとされています(※4)。

 また、「反復・継続」という記載は、反復または継続と解釈すべきでしょう。

 実は、令和5年認定基準はセクシュアルハラスメントの場合、「継続」すれば労災として認定します。つまり、セクシュアルハラスメントの場合は「継続」でOKなのに、パワーハラスメントは「反復・継続」じゃないとダメなのです。パワーハラスメントもセクシュアルハラスメントも同じだと思うのですが、皆さんはどう考えますか?

 ところで「継続」で足りるという考えは医学的にも裏付けることができます。パワーハラスメントによるストレスは、上司等による直接の言動による急性ストレスと、そのような上司等と職場で過ごさなければならないという慢性ストレスに区別することができます。そして、慢性ストレスが「身体に対して多岐にわたり影響を及ぼし」、「神経、精神疾患においても、うつ病、身体表現性障害や不安障害、てんかん、統合失調症がストレスによって誘発ないしは悪化することも周知の事実」となっています(※5)。つまり、パワーハラスメントを加えるような上司と一緒に職場に居るだけで体と精神を壊してしまうのです。そのことを考えれば、パワーハラスメントが「継続」すれば労災と認めるべきでしょう。

3  助けてもらえない状態は評価される

 上司からパワーハラスメントを受けているのに周りが無視したり、会社に対して改善を求めても何もせず逆に指導を受けたり、改善を求めることで「余計なことを言って輪を乱す。」などと言われて人間関係が悪化したら、皆さんはどう感じるでしょうか。私なら「もう嫌だ。ここに居られない。」と感じて会社を辞めるでしょう。

 このように、ストレスを受けた際、支援が不足するとストレスが強まることは、医学的にも知られています(※6)。

 そこで、令和5年認定基準では、パワーハラスメントだけでは「中」と評価されて労災にならない場合であっても、①「会社に相談しても適切な対応がなく、改善されなかった場合」、②「会社がパワーハラスメントがあると把握していても適切な対応がなく、改善がなされなかった場合」は労災として認定することになりました。

 しかし、令和5年認定基準は、セクシュアルハラスメントについては、セクシュアルハラスメントだけでは「中」と評価されて労災にならない場合であっても、①と②に加えて、③「会社への相談等の後に職場の人間関係が悪化した場合」も労災として認定します。ここでも、パワーハラスメントとセクシュアルハラスメントで差違があるのです。

 そもそも、③の場合とは、コミュニケーションがとれなくなれば、パワーハラスメント6類型の「人間関係からの切り離し(隔離・仲間外し・無視)」に該当し得ますし、上司等からの支援の不足は明らかです。

 ですので、パワーはラメントも①と②だけではなく、③の場合も労災として認定すべきだと考えます。

※1  令和5年9月1日付「心理的負荷による精神障害の認定基準について」
https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_34888.html

※2  令和2年5月29日付「心理的負荷による精神障害の認定基準について」
https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_11494.html

※3  日本産業精神保健学会「令和2年度ストレス評価に関する調査研究報告書」
https://www.mhlw.go.jp/content/11201000/000863009.pdf

※4  厚生労働省労働局補償課「精神障害の労災認定実務要領【本編】」(令和5年11月)

※5  日本産業精神保健学会「精神疾患と業務関連性に関する検討委員会」「『過労自殺』を巡る精神医学上の問題に係る見解」
http://mhl.or.jp/kenkai.pdf

※6  精神障害の労災認定の基準に関する専門検討会「精神障害の労災認定の基準に関する専門検討会報告書」(令和5年7月)
https://www.mhlw.go.jp/content/11201000/001117056.pdf

いじめ自殺を含めた子供の自殺を減らせるか?

 国が作成している自殺の統計によれば、2022年に自殺した小中学生と高校生は512人となり、初めて500人を超えました。統計のある1980年以来、過去最多となったそうです。

 しかし、国が作成している自殺の統計では、「いじめ」によって自殺する児童は極めて少ないという結果になっています。例えば、令和4年版自殺対策白書によると、「いじめ」で自殺した小学校の男子は0%、女子は5%、中学生の男子は1.9%、女子は2.7%、高校生の男子は0.4%、女子は0.9%となっています(※1)。このような統計を見ると、「いじめによる自殺はすごく稀なんじゃないか?」と感じてしまいます。

 ところが、民間ですが全く反対の調査結果が存在します。日本財団いのち支える自殺対策プロジェクト『日本財団第3回自殺意識調査』報告書によると、若年層の自殺念慮・未遂に関する最多原因は学校問題における「いじめ」であり、自殺念慮・未遂の原因の約4分の1を占めているのです(※2)。

 さて、どちらが実態を反映しているのでしょうか?個人的には国の統計は「いじめ」による自殺を見過ごしている可能性があると考えています。

 その理由としては、第1に、国が作成している統計は、警察官が自殺の直後にご遺族から聞き取った自殺統計原票に基づいて作成されています。特に子供が自殺した場合、その直後のご遺族の混乱は非常に大きいものといえるでしょう。その混乱の中で警察官から原因や動機を尋ねられても、ご遺族は正確に答えられていない可能性があります。また、子供がご遺族を心配させないために、自分がいじめられていることを告げていない可能性もあるでしょう。そうすると、そもそもご遺族が警察官に対して「いじめが原因だった。」と告げられない可能性があります。

 第2に、自殺の原因動機である「学友との不和」と「いじめ」の区別が曖昧な点です。令和4年版自殺対策白書によると、「学友との不和」で自殺した小学校の男子は7.8%、女子は8.3%、中学生の男子は4.0%、女子は12.3%、高校生の男子は3.9%、女子は6.6%となっています(※1)。このように「学友との不和」は「いじめ」と比較して子供達の自殺の大きな原因動機になっています。では、「学友との不和」と「いじめ」との違いは何でしょうか?警察庁の答弁によると、「自殺した児童等が心身の苦痛を感じていた場合」は「いじめ」と判断するそうです(※3)。でも、子供達が「心身の苦痛を感じていた」か否かを、本人が既に亡くなっているのにどうして正確に判断ができるのでしょうか?このように、「学友との不和」と「いじめ」の区別は曖昧ですから、相当数の「いじめ」による自殺が「学友との不和」による自殺の中に含まれている可能性があります。

 第3に、警察官が自殺統計原票を作成する際に、ご遺族のみならず学校関係者にも聴き取りを行った際、「いじめ」による自殺を否定する学校関係者の回答が影響している可能性もあります。残念なことですが学校関係者は一般的に「いじめ」によって自殺が生じたことを認めたがりません。警察官が「学校の先生はいじめがあったとは言ってませんでしたよ。」と伝えれば、ご遺族は「そうなのか。」と思い込んでしまう可能性もあるでしょう。さらに実務的にはご遺族らから聴き取りをする警察官と、自殺統計原票を作成する警察官が別の場合もあるそうです。そのような場合、ご遺族と学校関係者の話が食い違った場合、自殺の原因動機を「不明」として処理する場合もあるそうです。

 このように、国が作成している自殺の統計は子供の自殺の実態を反映していない可能性が高いのです。すると、子供の自殺を減らすための政策を行うのであれば、自殺統計原票による国の統計だけではなく、心理学的剖検を含めた子供の自殺に関する詳細な実態調査が実施されるべきだと考えます。もっとも、残念ながら政府はそのような実態調査を行わないようです(※4)。

 しかし、実態が正確に把握できていないのに、どうして有効な対策を講じることができるのでしょうか?「いじめ」による自殺も含め、今後も子供の自殺が増え続けるのではないかという強い危機感を抱かざるを得ません。

※1 厚生労働省『令和4年版自殺対策白書』83頁

※2 日本財団いのち支える自殺対策プロジェクト『日本財団第3回自殺意識調査報告書』19頁

※3  厚生労働省第10回自殺総合対策の推進に関する有識者会議(2023年3月30日開催)議事録・8頁

※4 同会議において、当職が「日本における児童・小児精神医療に関して、あまり研究が進んでいるという話は聞かないのですね。そこへちゃんと予算をつけて大規模な心理学的剖検をするなり、何か調査する予定はないのでしょうか。」と質問したところ、後日、厚生労働省から「児童生徒について心理学的剖検を行う予定はない。」との回答があった。

公務員の過労自殺(自死)について

 公務員が過労自殺(自死)した場合、法的手続として公務災害が考えられます。しかし、具体的にどのように手続が進んで行くのか一般的には労災の手続ほど知られていません。そこで、公務員の過労自殺(自死)における手続について簡単に解説をしたいと思います。

第1 国家公務員の場合

1 職権主義による場合

 1つ目の手続は故人が所属していた各庁や各省等が、自主的に公務災害に該当するかどうか調査をして、公務災害を認定するという流れです。このように国が自主的に公務災害を認定する手続を職権主義といいます。職権主義は、ご遺族からの災害が公務上のものである旨の申出がなくとも補償を実施することで速やかに公務災害を認定し、ご遺族を早期に救済することが本来の目的となっています。

 このような目的を踏まえると、多くのご遺族は「職権主義はすばらしいな。」と思われるかも知れません。

 しかし、残念ながら職権主義は公務災害認定の障害として機能していると言わざるを得ません。例えば、当弁護団が過去に受任した事案では、実際には不十分な証拠に基づいて職権主義で公務災害ではないと認定し、その旨をご遺族に伝えていました。

 その結果、ご遺族は「公務災害はもう無理だ。」と思い込まれていました。もし当弁護団にご相談を頂けなければ、そのまま諦めてしまわれたかも知れません。

 しかしこの事案では、当弁護団の弁護士らが証拠保全を行って証拠を収集し、公務上認定の申出を行った結果、公務上であると認定されました。

 ですので、職権主義によって故人が所属していた各庁や各省等から「公務災害ではない。」と知らされても、公務上であると認定される可能性があることを是非知って頂きたいと思います。

2 ご遺族による申出の場合

 2つ目の手続はご遺族から故人が所属していた各庁や各省等に対して公務上認定の申出を行うという流れです。

 ご遺族から申出が行われると、故人が所属していた各庁や各省等の職員の中から公務災害の調査や認定を担当する補償事務主任者が指名されます。

 通常の労働者の場合は労働基準監督署が労災になるか否かを調査して認定するのですが、国家公務員の場合はいわば身内の人間がそのような調査や認定を行うことになるのです。

 常識的に考えると身内が調査や認定をするのですから、その調査の正確性や認定の公平性などが担保されているとは言い難いでしょう。

 そのため、ご遺族は補償事務主任者の調査や認定について厳しくチェックする必要がありますし、できるだけ独自に証拠を集めて提出することが必要になります。

第2  地方公務員の場合

 地方公務員が過労自殺(自死)した場合、常時勤務の場合と非常勤の場合で手続が異なります。

1 常時勤務に服することを要する地方公務員

 常時勤務に服することを要する地方公務員の公務災害手続は、各都道府県ごとに置かれている地方公務員災害補償基金(以下「地公災」といいます。)支部長に対し、任命権者を経由して、公務災害認定請求書を提出して行います。

 過労自殺(自死)の場合、認定請求書の「災害発生状況」には、長時間労働、パワーハラスメント、住民に対するクレーム対応など、心理的負荷の原因となった事情を詳しく書くことになります。

 また、認定請求書の内容について所属部局の長の証明が必要になります。

 ここで問題となるのは所属部局の長の証明です。例えば公立学校の教員の過労自殺(自死)の事案であれば、所属部局の長は故人が所属していた校長となりますが、殆どの事例において、校長は、長時間労働、パワーハラスメント、父兄からのクレーム対応など、心理的負荷の原因となった事情を証明しないか、一部の心理的負荷が弱い事情(例えば自己申告の労働時間など)しか証明しません。つまり、校長が過労自殺(自死)の原因を事実として認めてくれないのが一般的なのです。

 地方公務員の過労自殺(自死)事案ではここが最大のポイントとなります。認定請求を受けた地公災支部長は、任命権者に対して様々な調査を指示しますが、最終的に調査を行うのは過労自殺(自死)の原因を事実として認めていない所属部局の長(先ほどの例だと校長)となるのです。常識的に考えると、このような所属部局の長が調査をするのですから、その調査の正確性が担保されているとは言い難いでしょう。

 そのため、ご遺族は公務災害認定請求書を提出する前に、所属部局の長が過労自殺(自死)の原因を事実として認めてくれないことを前提に、できるだけ証拠を集める必要があるのです。

2 地方公務員(非常勤)の公務災害の手続

 非常勤の地方公務員の公務災害手続は、地公災ではなく、故人が勤務していた地方自治体に対して行います。具体的な手続は各地方自治体の条例によって定められていますが、法律によって、常時勤務に服することを要する地方公務員の場合や、一般の労働者の場合と比べて均衡を失したものであってはならないとされています。

 ところで、非常勤の地方公務員の場合、従前は多くの地方自治体において、ご遺族は公務災害の認定を求めることすらできず、公務災害ではないと判断されてもその理由も知ることができませんでした。

 しかし、当弁護団で受任したある事件をきっかけとして、「議会の議員その他非常勤の職員の公務災害補償等に関する条例施行規則(案)」(総行安第27号平成30年7月20日)という通達が出され、ご遺族からの公務災害の申出が認められると共に、公務災害でないと判断された場合はその理由などを記載した通知を受けることができるようになりました。

 非常勤の地方公務員の過労自殺(自死)事案の救済が少しでも広がることを願っています。

第3 おわりに

 このように、国家公務員の過労自殺(自死)や地方公務員の過労自殺(自死)の事案は、調査や認定の主体が第三者ではなく身内によって行われるため、早期に証拠を収集した上で、申出や認定請求を行う必要があるといえます。

裁判官について

皆さんは裁判官についてどのようなイメージをお持ちでしょうか。

 瀬木比呂志元裁判官は、「絶望の裁判所」(瀬木比呂志著/講談社現代新書)において、裁判官について以下の様に述べています。

「弁護士とともに苦労して判決をもらってみても、その内容は、木で鼻をくくったようなのっぺりした官僚の作文で、あなたが一番判断してほしかった重要な点については形式的でおざなりな記述しか行われていないということも、よくあるだろう。
 もちろん、裁判には原告と被告がいるのだから、あなたが勝つとは限らない。しかし、あなたとしては、たとえ敗訴する場合であっても、それなりに血の通った理屈や理由付けが判決の中に述べられているのなら、まだしも納得がいくのではないだろうか。しかし、そのような訴訟当事者(以下、本書では、この意味で、「当事者」という言葉を用いる)の気持ち、心情を汲んだ判決はあまり多くない。必要以上に長くて読みにくいが、訴訟の肝心な争点についてはそっけない形式論理だけで事務的に片付けてしまっているものが非常に多い。」

引用元「絶望の裁判所」(瀬木比呂志著/講談社現代新書)

 私は、自死問題に関して、長時間労働などの過労やパワハラ、学校のいじめ、賃貸借問題、生命保険、医療過誤など数多くの訴訟を行ってきましたが、残念ながら瀬木裁判官の意見は的確だと感じます。

 自死遺族が必死の思いで訴訟を行ってきたにもかかわらず、最近では単に自死遺族側を敗訴させるだけではなく、後ろ足で砂をかけるような判決を書く裁判官まで出てくる始末です。「一体あなたは何のために裁判官をやっているのですか?」と言いたくなることが日常的になってきました。

 私が弁護士登録を行ったのは2005年ですが、当時は裁判官も魅力的で人間臭い人が多かったと思います。また非常に優秀な裁判官が数多く居ました。

 現在でも魅力的で優秀な裁判官は数多く存在すると思います。しかし、残念ですが総体的に見れば、劣化した裁判官が急速に増えていると個人的には感じています。生活保護の訴訟で、福岡地裁、京都地裁、金沢地裁の各判決が誤字まで同じだったため、コピー&ペーストをしたのではないかとニュースになっていましたが、社会的な耳目を集める事件でさえこの体たらくです。

 そもそも、裁判官は国や企業を敗訴させることを嫌がる傾向があると個人的には感じています。すると、自死遺族側を負けさせるという結論をまず決めて、後はそのための理屈や証拠はどのような些細なものでも総動員するという判決をいくつも見てきました。

 ある職場の過労自死の事案では、職場の先輩後輩が何人も「あの経験ではあの仕事は無理だ。」という陳述書を作成してくれたのに、結論は敗訴でした。当然ながら、判決文では「あの経験ではあの仕事は無理だ。」とは一言も書いておらず、会社側の主張を丸呑みして、いかに仕事が楽だったかということが書かれていました。その判決文を見て、私は「この裁判官は文字が読めないのでは?」と思ったくらいです。

 せめて、自分の頭で考え、証拠をちゃんと読んで評価し、自分の手を動かして判決を書き、そして自死遺族側を敗訴させるにしても一定の配慮がある判決を書いてもらいたいものです。

大津市いじめ自死大阪高裁判決の問題点

 大阪高等裁判所は、令和2年2月27日、大津市立中学2年の男子生徒がいじめによって自死したことに関し、両親の加害少年らに対する損害賠償請求を一部認める判決を下しました。
 この高裁判決は、いじめと自死との間に相当因果関係を認めた点で評価されていますが、その一方で、損害額を4割減額した点については様々な批判があります。私が特に問題視しているのは、以下の3つの点です。

 まず、第1の問題点は、この高裁判決が「自殺は、基本的には行為者が自らの意思で選択した行為であり、そのような選択がなければ、起こり得ないものであって、自らの死という結果を直接招来したものとして、そのような結果により生じた損害の公平な分担を考える上では、過失相殺を基礎付ける事情として、上記の点を無視することはできないものといわざるを得ない。」と判示している点です。
 日本では、長らく自死は自己選択だという考え方が一般的であったといえます。しかし、自殺対策基本法が2006年に制定され、自殺総合対策大綱は、多くの自死が個人の自由な意思や選択の結果ではなく、様々な悩みにより心理的に「追い込まれた末の死」であることを明示しました。自死が「行為者が自らの意思で選択した行為」という考え方は、日本の自死対策の針を自殺対策基本法の前に逆戻りさせる古い考え方だといえます。
 また、生徒は自死当時中学校2年生であり、まだ人格的にも未成熟であったと考えられます。にもかかわらず、自死を「行為者が自らの意思で選択した行為」と断定することは、人格的に未成熟である未成年に対して過度に自己責任を強いるものと評価できます。個人的にはこのような考え方に対して強い違和感を覚えます。

 次に第2の問題点は、この高裁判決が「青少年の自殺の特徴としては、大人と比べ、精神障害との関連性は低いことが認められる。」と判示している点です。
 そもそも、この高裁判決が前提とする医学的知見は正確ではありません。海外の研究では、思春期の自死者の80~90%に精神障害を認め、特に気分障害(とくに大うつ病性障害)が最も多く、思春期の自死既遂者の50~60%を占めるとの研究や、思春期の自死既遂において100%に精神障害を認めたとの研究も存在します(※1)。
 しかし、このような医学的知見は日本では一般的ではなく、日本で青少年の自死と精神障害との関係を調べた論文も少ないようです。不思議に思って知人の精神科の医師らに聞くと、「日本では小児精神科医の数が少ない。」、「小児精神では大学で博士号が取りにくい。」、「小児科との切り分けが難しい。」という事情があると聞きました。日本は青少年の自死が非常に多いことで知られています。もし大学の医学部の事情や、医師の業界内部の事情が影響し、精神障害で苦しんでいる青少年が十分な治療を受けられず、その結果、救える命が救えていないとすれば、非常に問題が大きいと言わざるを得ません。

 最後に第3の点は、第1と第2の問題点とも関係しますが、大人の場合との均衡がとれていないという点です。
 そもそも、大人の自死の場合、その背後に精神障害が存在していることは医学的に十分知られています。例えば、WHOの調査によれば、自死した人達のうち98%の人達は、精神病院への入通院歴に関係なく、最低1つの精神障害を発病していたことが明らかになっています(※2)。
 また、労災制度では、故意の負傷、疾病、死亡は労災の対象となりません(労働者災害補償保険法第12条の2の2第1項)。しかし、「業務上の精神障害によって、正常の認識、行為選択能力が著しく阻害され、又は自殺行為を思いとどまる精神的な抑制力が著しく阻害されている状態で自殺が行われたと認められる場合には、結果の発生を意図した故意には該当しない。」(平成11年9月14日付け基発第545号)とされ、さらに「業務によりICD-10のF0からF4に分類される精神障害を発病したと認められる者が自殺を図った場合には、精神障害によって正常の認識、行為選択能力が著しく阻害され、あるいは自殺行為を思いとどまる精神的抑制力が著しく阻害されている状態に陥ったものと推定し、業務起因性を認める。」(令和2年8月21日基発0821第4号)とされています。つまり、労災制度では、うつ病などの精神障害を発病していた場合、自死は「故意」に基づき自ら選択したものではなく、希死念慮等の精神障害の症状によって自死に至ったと考えるのです。
 大人の場合はこのような考え方が採用されているにもかかわらず、青少年の場合はあたかも「故意」によって自死を自ら選択したかのような判断がなされることは、著しく均衡を欠いていると考えます。

 報道によれば、この高裁判決は、最高裁が両親の上告受理申立を認めなかったことから、確定したそうです。つまり、最高裁がこの高裁判決の内容に誤りがないと認めたことになりますので、この高裁判決は今度のいじめ自死の裁判に対して強い影響力を持つことになります。
 しかし、上記3つの問題点を見過ごすことはできません。当弁護団は、これらの問題点を判例において修正するため、弁護活動を続けて行きたいと考えています。

※1 飯田順三編.脳とこころのプライマリケア4 子どもの発達と行動、
株式会社シナジー.2010.

※2 Bertolote JM:各国の実情にあった自殺予防対策を.
精神医学49:547-552.2007.

漫画『がんばりょんかぁ、マサコちゃん』の「切なる想い」と「祈り」

 『がんばりょんかぁ、マサコちゃん』 という漫画が、ビッグコミックスピリッツで連載されています。『がんばりょんかぁ、マサコちゃん』は岡山弁だそうで、「頑張ってるかい?マサコちゃん」くらいの意味だそうです。
 作品はフィクションですが、森友学園問題によって人生を大きく狂わされた赤木俊夫さんと雅子さん夫婦を題材にしています。
 俊夫さんは近畿財務局の職員でした。決裁文書等の改ざんの指示に強く抵抗したものの、やむを得ず指示に従って改ざんを行いました。その後、改ざんに手を染めたことによる良心の呵責に苦しんで自死に追い詰められました。
 雅子さんは俊夫さんの自死後、俊夫さんの身に何があったのか、真実を知るために今も裁判を続けています。

 ビッグコミックスピリッツは1980年創刊だそうです。創刊当時記憶があるのは『めぞん一刻』です。その他の作品では、『14歳』、『ギャラリーフェイク』、『鉄コン筋クリート』、『F』が好きでした。大学生くらいまで毎週読んでいた記憶です。どの青年向けの漫画雑誌もそうですが、恋愛やスポーツを題材にした作品が多かったのではないでしょうか。
 しかし、私も完全に中年のおっさんとなり、ここ数年、ビッグコミックスピリッツなどの漫画雑誌を読むことは殆どなくなりました。『がんばりょんかぁ、マサコちゃん』を読むために、 本当に久々に漫画雑誌を手に取りました。

 漫画も商売です。作り手にどれだけ思い入れがあっても受け手に伝わらず、エンターテイメントとして売れなければ、連載が途中で終わってしまうこともあるそうです。
 特に日本の場合、映画やドラマを見ているとよく分かるのですが、実際に起きた社会問題や人々の苦悩をエンターテイメントにすることが非常に苦手なように見えます。
  作り手にも受け手にも問題があると思いますが、主に作り手の覚悟や信念の欠如が大きいと感じます。私見ですが、日本の作品は陳腐に矮小化された作品が多く、感銘を受けた作品はごくごく少数しかありません。 

 その意味で、『がんばりょんかぁ、マサコちゃん』 は、森友学園問題という現実の社会問題を題材にしているという点において、しかも、自死をした俊夫さんと自死遺族である雅子さんの物語を正面から題材としているという点において、作り手である原作家、漫画家、編集の強い覚悟と信念が伝わってきます。メジャーな漫画雑誌では今まで連載されたことのない挑戦的な作品ではないでしょうか。

 ビッグコミックスピリッツのホームページ上の作品紹介には、「この漫画作品はフィクションであり、実在の人物や団体などとは関係ありませんが、実在する人々の切なる想い、祈りには大きく関係しています。」とあります。
 この漫画の結末は、おそらくハッピーエンドではないでしょう。そして、若い女性の水着姿が表紙を飾っているところを踏まえると、読者層は10代後半から30代の男性だと思われます。 
 しかし、自死に追い込まれた俊夫さんと自死遺族である雅子さんの「切なる想い」と「祈り」が、老若男女を問わず多くの読者に届くことを切に願ってやみません。

10年目を迎えることについて(信頼される弁護団として)

 自死遺族支援弁護団は2020年12月で10年目を迎えます。

 自死遺族支援弁護団は弁護士の集まりですが、弁護士というと皆さんはどのようなイメージをお持ちでしょうか。

 バリッとしたスーツを着て、金ぴかの弁護士バッジをつけて、かっこよく証拠を発見し、法廷でも裁判官や相手方弁護士や証人を論破するというイメージをお持ちの方もいらっしゃると思います。

 また、弁護士といえば仏頂面で、融通が利かず、何言うと怒られそうなイメージをお持ちの方もいらっしゃるでしょう。

 最近だとテレビコマーシャルを思い出す方もいらっしゃるかも知れません。

 我々は、自死遺族の方々から、温かで頼れるイメージを持って頂きたいと考えています。 

 自死遺族の方々にとっての法的問題は、家族を亡くした悲しみや自責の念、ご自身の体調の問題、自死に対する偏見などが存在するため、普通の法的問題と比較して精神的な負担が重いといえます。

 自死遺族の方々にとって法的問題を解決することは、高く険しい山を登るようなものです。そして、弁護士の役割は、一緒にその高く険しい山を登るガイドやパートナーであるべきだと考えます。

 登山の途中では様々なことが起こります。引き返したくなることもありますし、雨や風に打たれることもあります。登っていた道が行き止まりのこともあります。

 そのような苦しい状況でも信頼して頂くためには、弁護士は、高い技術を身につけることは当然として、自死遺族の方の人格や尊厳を尊重し、その一環として可能な限りの説明とコミュニケーションをとることが必要です。そして、このような弁護士の姿勢が、温かで頼れるイメージにつながって欲しいと考えています。

 これからも、またこれからも、自死遺族の方々から温かで頼れると感じで頂ける弁護団であり続けるため努力をして行きたいと思います。

自死者数の増加について

1998年に自死者数が3万人を超えました。2006年に自殺対策基本法が施行され、様々な対策がとられてきました。その後、近年は自死者数は減少してきました。

しかし、コロナショックのためか、2020年8月の自死者数は前年同月と比べて増加傾向に転じました。当弁護団でも、例年であれば1月から8月の間の相談数はおおむね40件から50件でしたが、今年は60件を超えていました。9月に入っても、相談数は減りません。9月の自死者数を聞くのが恐くなります。

私がこのコラムを書いている間にも、死にたいくらい辛い気持ちを抱えて自死しようか迷っている方々がいて、大切な人が亡くなったことで悲しみにくれている方々がいます。

私は弁護士ですから、法的な問題には対処できるかも知れませんが、死にたいくらい辛い気持ちは、法的な問題だけでは解決できません。また、そのような方々に単純に「こうすれば良い。」と言うこともできません。

ただ、1998年と2020年が異なるのは、様々な生きるための支援が整備され、死にたいくらいに辛い気持ちを抱えた方々に寄り添おうとする取り組みが存在するという点です。このような支援や枠組みが、自死しようか迷っている方々にとって、少しでも意味があることを心から祈りたいですし、信じたいと思います。

職場のパワーハラスメントについて(①)

1 はじめに

 2020年6月1日以降、事業主に職場のパワーハラスメント防止措置が法的に義務づけられました(※1) 。中小企業も2022年4月1日から義務づけが始まります。

 自死遺族支援弁護団でも、 パワーハラスメント(以下「パワハラ」といいます。) による過労自殺の事案を多数受任してきました。

 今回の私のコラムでは、自死遺族の方にも分かりやすいように、何回かに分けて、パワハラについて解説をしてみたいと思います。

2 パワハラを防止する目的とは

 パワハラというと、皆さんはどのような行為をイメージされるでしょうか。ブラック企業で軍隊の上官みたいな上司が暴力や暴言を加え続けるというイメージでしょうか。

 パワハラが議論される際、どの行為はダメで、どの行為がOKなど、表面上の行為だけに着目したマニュアル主義に陥りがちです。

 しかし、どのような行為がパワハラになるかということを考える上で大切なのは、そもそもなぜパワハラ防止しなければならないか、その目的を確認することだと思います。

 パワハラの防止措置を規定した法律を見ますと、法律の目的として、少子高齢化で働く人が減るので、労働者にその能力を発揮して貰うことが必要だ、ということが書かれています (※2)。

 たしかにパワハラを防止することは、労働者が能力を発揮することにつながるので、広い意味でこの法律の目的に適うことです。しかし、個人的にはかなり間接的なイメージです。少子高齢化とは関係なくパワハラは防止されるべきでしょう。

 では、パワハラを防止する目的について参照できるものがないかといいますと、職場のパワーハラスメント防止対策についての検討会「職場のパワーハラスメント防止対策についての検討会報告書」(2018年3月30日)があります。この報告書は、パワハラの問題を放置すれば、「メンタルヘルス不調につながり得るほか、当該労働者が休職や退職に至ることもあり、最悪の場合、人命に関わることもある重大な問題である。また、パワーハラスメントを受けた労働者の生産性や意欲の低下を招くなど職場環境の悪化をもたらす。また、企業にとっても、職場全体の生産性や意欲の低下、企業イメージの悪化、人材確保の阻害要因となり得ることや、訴訟によって損害賠償責任を追及されることも考えられ、経営的にも大きな損失となる。職場のパワーハラスメント対策を講ずることは、コミュニケーションの円滑化や管理職のマネジメント能力の向上による職場環境の改善、労働者の生産性や意欲の向上、グローバル化への対応等に資するものである。」と述べています。

 つまり、パワハラを防止する目的とは、労働者側から見れば、メンタル不調の防止、過労うつ病などによる休職や退職、過労自殺の防止にあります。また、会社側から見れば、労働者の生産性や意欲の向上、企業イメージの向上、人材の確保などにあります。

3 6つの典型例が典型例とされる理由

3 ところで、パワハラには以下の6つの典型例があるとされています(※3)。

  • ㋐身体的な攻撃(例:殴打、足蹴りなどを行うこと。)
  • ㋑精神的な攻撃(例:人格を否定するような言動を行うこと。)
  • ㋒人間関係からの切り離し(例:自分の意に沿わない労働者に対し、仕事を外し、期間にわたり、別室に隔離したり、自宅研修を受けさせること。)
  • ㋓過大な要求(例:新卒採用者に対し、必要な教育を行わないまま到底対応できないレベルの業務目標を課し、達成できなかったことに対し厳しく叱責すること。)
  • ㋔過小な要求(例:管理職職である労働者を退職させるため、誰でも遂行可能な業務を行わせること。)
  • ㋕個の侵害(例:労働者の性的指向・性自認や病歴、不妊治療等の機微な個人情報について、当該労働者の了解を得ずに曝露すること。)

 当たり前ですが、このようなパワハラがわれると、酷い場合、労働者はメンタル不調に陥り、過労うつにより休職や退職に追い込まれ、最悪の場合は過労自殺してしまうこともあります。一方、このような職場では、労働者は自分の能力を発揮しようと思わないでしょうから生産性の低下が生じますし、次々と人が辞めて行くので人材の確保は難しくなります。パワハラに関連して訴訟を起こされたり、SNSで拡散されたりすれば、企業イメージも悪くなります。

 こうしてみると、パワハラの6つの典型例は、パワーハラスメントを防止する目的に照らして、当然防止すべき行為を示したものと考えることができます。

4 実際に判断するときは

実際の事例では、全て6つの典型例に当てはまるとは限りませんし、むしろ当てはまらない事例の方が多いといえます。6つの典型例の要素が少しずつ合わさっている事例が殆どといえるでしょう。

 そのため、ある行為がパワハラに該当するか否かを判断する際には、表面上の行為だけに着目したマニュアル主義ではなく、常に、パワハラを防止する目的に照らして慎重に判断することが重要となるのです。

以上

※1 労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律第30条の2第1項において、「事業主は、職場において行われる優越的な関係を背景とした言動であつて、業務上必要かつ相当な範囲を超えたものによりその雇用する労働者の就業環境が害されることのないよう、当該労働者からの相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備その他の雇用管理上必要な措置を講じなければならない。」と規定されました。

※2 同法第1条は「この法律は、国が、少子高齢化による人口構造の変化等の経済社会情勢の変化に対応して、労働に関し、その政策全般にわたり、必要な施策を総合的に講ずることにより、労働市場の機能が適切に発揮され、労働者の多様な事情に応じた雇用の安定及び職業生活の充実並びに労働生産性の向上を促進して、労働者がその有する能力を有効に発揮することができるようにし、これを通じて、労働者の職業の安定と経済的社会的地位の向上とを図るとともに、経済及び社会の発展並びに完全雇用の達成に資することを目的とする。」と規定しています。
同法に基づくパワハラの防止は、少子高齢化を背景としていかに労働力を確保するかという観点から創設された制度と考えることもできます。

※3「事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」(令和2年1月15日厚生労働省告示第5号)。

弁護士選びについて

 自死遺族の方が弁護士に事件を依頼することは人生で一度かも知れません。様々な思いや葛藤を抱えて依頼をされるのですから、自死遺族の事件について専門的な知識があり、経験も十分あって、心情にも配慮してくれる弁護士に依頼をしたいと考えるのは当然のことでしょう。

しかし、自死遺族の方が弁護士を選ぶことはとても難しいと思います。

 理由はいくつかあると思いますが、もっとも大きい理由は、医師のように専門化がなされていないため、自死遺族の方から見て依頼をしようとする弁護士が自死遺族の問題に強いのか分からないという点にあるのではないでしょうか。

 医師の場合、少なくとも内科、整形外科、産婦人科などの診療科で区別がされているので、腰痛で苦しんでいる人が眼科へ行ってしまうということはありませんし、花粉症で苦しんでいる人が心臓外科へ行くことはありません。

 もっとも、弁護士は医師の様に専門化が進んでいません。自死遺族の事件は、例えば、過労自殺(自死)、生命保険の自殺免責、学校でのいじめ自死など、それぞれに専門性と経験が必要となりますが、これらの問題についての専門性と経験を弁護士が持っているか、外から見ても分からない場合が殆どでしょう。弁護士会によっては分野毎に弁護士を検索することもできるようですが、「重点取扱分野」についてわざわざ「取扱う意思のある業務のことを意味し、必ずしも、専門業務、得意業務、あるいは取り扱ったことがある業務を意味するものではありません。」と注意書きを付けている弁護士会もあります。

 では、どうすれば安心して依頼できる弁護士を見つけることができるのでしょうか。私は弁護士に以下の3点について聞くことをお勧めしています。

まず第1に、自死遺族のどのような事件をどれだけ受任してきたかという点です。受任してきた件数が多いほど専門性が高く経験があるといえるでしょう。

第2に、事件の方針や今後の手続の流れがどのように進んで行くのかという点です。専門性が高く経験があれば、個別の事案毎に方針や今後の手続の流れを具体的かつ丁寧に説明することができるはずです。

第3に、セカンドオピニオンを自由にとって良いのかという点です。どれだけ専門性が高く経験を積んでいても完璧ということはあり得ません。他の弁護士のセカンドオピニオンが適切であれば、そのセカンドオピニオンを取り入れる柔軟性と謙虚さが、信頼関係の構築と維持につながるのだと個人的には考えています。

 もし、過去に自死遺族の事件を受任した経験がなく、手続や方針について具体的かつ丁寧な説明もなく、セカンドオピニオンをとることについて渋い顔をする場合は、他の弁護士に相談した方が良いかも知れません。

 なお、弁護士との契約は委任契約と呼ばれますが、委任契約はいつでも自由に解除することができますし、解除によって弁護士から金銭的な損害賠償を請求されることもありません。私は委任契約の際に「私に依頼することが嫌になったら、いつでも自由に委任契約を解除して他の弁護士に依頼することができますよ。」と説明しています。そのような説明を行うことが自死遺族の方にとって利益になると信じているからです。