うつ病のなせる業

 ご相談くださるご遺族の方は、よく自責の感情を話されます。

 平成14年度の厚生労働科学特別研究事業地域として行われた、住民の心の健康問題についての調査[i]では、生涯有病率(調査時点までの経験率)で、うつ病は6.5-7.5%、いずれかの気分障害は9-11%、いずれかの精神障害は18-19%との結果が出ました。

 うつ病等の精神障害は、誰でも、いつでもかかる可能性のある病気です。罹患のきっかけは、人それぞれですが、私自身、高校生の頃、友人がいないことについてひどく悩み、生きていることが辛い時期がありました。

 そして、上記調査によると、精神障害の経験がある者には、精神障害の経験がない者と比較して、数倍から数百というきわめて高い頻度の自殺行動(真剣に考えた、計画し試みた)がみられました。

 弁護団で事件に取り組む際に、よく参考とする文献として、精神科医である張賢徳先生の「人はなぜ自殺するのか」[ii]があります。張先生が東京で実施した自死の実態の調査(監察医務院の記録やご遺族等からの協力を得ての調査)によると、93例中、自死時になんらかの精神障害の診断がつく状態にあった方が89%、情報量の限界もあり診断不明だった方が9%であり、精神障害なしと断定できた方はたったの2%だったとのことです[iii]

 張先生が実施した、自殺未遂者に心理状態を聞き取る調査によると、うつ病の方の回答者の多くは、そもそもうつ病になったきっかけについては覚えていたものの、死にたくなったきっかけについては、何かがあげられるのではなく、「強い気分の落ち込み」が第一の理由として挙げられました。すなわち、うつ病の場合の自死は、「うつ病のなせる業」といえるということです[iv]

 ご遺族の方からお預かりした遺書を読むと、死ぬことしか考えられない心情がつづられていることがあります。客観的な第三者から見れば、心配し、なんとかしようとしている家族がいる、にもかかわらず、死ぬことしか考えられない状態で、心が痛くなります。まさに、「うつ病のなせる業」と思います。 自死は「うつ病のなせる業」ということを、心に留めていただきたいと思います。


[i]中国・九州地方の3件4市町村の20歳以上住民からの無作為抽出サンプルに対する大規模面接調査、回答を得たのは1664名。

[ii] 平成18年12月20日初版発行 勉誠出版

[iii]113-118頁

[iv] 139-147頁