大津市いじめ自死大阪高裁判決の問題点

 大阪高等裁判所は、令和2年2月27日、大津市立中学2年の男子生徒がいじめによって自死したことに関し、両親の加害少年らに対する損害賠償請求を一部認める判決を下しました。
 この高裁判決は、いじめと自死との間に相当因果関係を認めた点で評価されていますが、その一方で、損害額を4割減額した点については様々な批判があります。私が特に問題視しているのは、以下の3つの点です。

 まず、第1の問題点は、この高裁判決が「自殺は、基本的には行為者が自らの意思で選択した行為であり、そのような選択がなければ、起こり得ないものであって、自らの死という結果を直接招来したものとして、そのような結果により生じた損害の公平な分担を考える上では、過失相殺を基礎付ける事情として、上記の点を無視することはできないものといわざるを得ない。」と判示している点です。
 日本では、長らく自死は自己選択だという考え方が一般的であったといえます。しかし、自殺対策基本法が2006年に制定され、自殺総合対策大綱は、多くの自死が個人の自由な意思や選択の結果ではなく、様々な悩みにより心理的に「追い込まれた末の死」であることを明示しました。自死が「行為者が自らの意思で選択した行為」という考え方は、日本の自死対策の針を自殺対策基本法の前に逆戻りさせる古い考え方だといえます。
 また、生徒は自死当時中学校2年生であり、まだ人格的にも未成熟であったと考えられます。にもかかわらず、自死を「行為者が自らの意思で選択した行為」と断定することは、人格的に未成熟である未成年に対して過度に自己責任を強いるものと評価できます。個人的にはこのような考え方に対して強い違和感を覚えます。

 次に第2の問題点は、この高裁判決が「青少年の自殺の特徴としては、大人と比べ、精神障害との関連性は低いことが認められる。」と判示している点です。
 そもそも、この高裁判決が前提とする医学的知見は正確ではありません。海外の研究では、思春期の自死者の80~90%に精神障害を認め、特に気分障害(とくに大うつ病性障害)が最も多く、思春期の自死既遂者の50~60%を占めるとの研究や、思春期の自死既遂において100%に精神障害を認めたとの研究も存在します(※1)。
 しかし、このような医学的知見は日本では一般的ではなく、日本で青少年の自死と精神障害との関係を調べた論文も少ないようです。不思議に思って知人の精神科の医師らに聞くと、「日本では小児精神科医の数が少ない。」、「小児精神では大学で博士号が取りにくい。」、「小児科との切り分けが難しい。」という事情があると聞きました。日本は青少年の自死が非常に多いことで知られています。もし大学の医学部の事情や、医師の業界内部の事情が影響し、精神障害で苦しんでいる青少年が十分な治療を受けられず、その結果、救える命が救えていないとすれば、非常に問題が大きいと言わざるを得ません。

 最後に第3の点は、第1と第2の問題点とも関係しますが、大人の場合との均衡がとれていないという点です。
 そもそも、大人の自死の場合、その背後に精神障害が存在していることは医学的に十分知られています。例えば、WHOの調査によれば、自死した人達のうち98%の人達は、精神病院への入通院歴に関係なく、最低1つの精神障害を発病していたことが明らかになっています(※2)。
 また、労災制度では、故意の負傷、疾病、死亡は労災の対象となりません(労働者災害補償保険法第12条の2の2第1項)。しかし、「業務上の精神障害によって、正常の認識、行為選択能力が著しく阻害され、又は自殺行為を思いとどまる精神的な抑制力が著しく阻害されている状態で自殺が行われたと認められる場合には、結果の発生を意図した故意には該当しない。」(平成11年9月14日付け基発第545号)とされ、さらに「業務によりICD-10のF0からF4に分類される精神障害を発病したと認められる者が自殺を図った場合には、精神障害によって正常の認識、行為選択能力が著しく阻害され、あるいは自殺行為を思いとどまる精神的抑制力が著しく阻害されている状態に陥ったものと推定し、業務起因性を認める。」(令和2年8月21日基発0821第4号)とされています。つまり、労災制度では、うつ病などの精神障害を発病していた場合、自死は「故意」に基づき自ら選択したものではなく、希死念慮等の精神障害の症状によって自死に至ったと考えるのです。
 大人の場合はこのような考え方が採用されているにもかかわらず、青少年の場合はあたかも「故意」によって自死を自ら選択したかのような判断がなされることは、著しく均衡を欠いていると考えます。

 報道によれば、この高裁判決は、最高裁が両親の上告受理申立を認めなかったことから、確定したそうです。つまり、最高裁がこの高裁判決の内容に誤りがないと認めたことになりますので、この高裁判決は今度のいじめ自死の裁判に対して強い影響力を持つことになります。
 しかし、上記3つの問題点を見過ごすことはできません。当弁護団は、これらの問題点を判例において修正するため、弁護活動を続けて行きたいと考えています。

※1 飯田順三編.脳とこころのプライマリケア4 子どもの発達と行動、
株式会社シナジー.2010.

※2 Bertolote JM:各国の実情にあった自殺予防対策を.
精神医学49:547-552.2007.