いじめの定義と、その変遷

1 はじめに

 2024年6月、警察庁の自殺統計等に、いじめ自死の計上漏れがある旨報道されました(※1)

 また、2024年7月には、過去10年間において自死した横浜市立の児童生徒のうち、36名について点検を行い、そのうち4名について、点検の結果、いじめがあったと疑われると指摘された旨報道されました(※2)

 さらに、この数か月の間にも、いじめにより自死した児童生徒のご遺族が提訴したとの報道が複数なされています。

 このように、最近でも、いじめ自死についての報道がなされています。

 それでは、そもそも、いじめとは、どういう意味なのでしょうか?

2 いじめの定義

 いじめの定義について、いじめ防止対策推進法2条1項は、「この法律において「いじめ」とは、児童等に対して、当該児童等が在籍する学校に在籍している等当該児童等と一定の人的関係にある他の児童等が行う心理的又は物理的な影響を与える行為(インターネットを通じて行われるものを含む。)であって、当該行為の対象となった児童等が心身の苦痛を感じているものをいう。」と定めています。

 いじめ防止対策推進法は、いじめの被害者の主観面を要件としており、いじめの被害者の立場に立つことを鮮明に求めているといえます(※3)

3 いじめの定義の変遷 (※4)

 上記のいじめの定義がなされるまで、文部科学省のいじめの定義には、以下のとおり、変遷がありました。

⑴ 1986年度からのいじめの定義

 児童生徒の問題行動等生徒指導上の諸問題に関する調査(※5)において、1986年度からのいじめの定義は、以下のとおりでした。1985年度は、いじめの定義が明示されずに、調査が行われていました(※6)。1986年、東京都中野区の中学生が自死しました。

 この調査において、「いじめ」とは、「①自分より弱い者に対して一方的に、②身体的・心理的な攻撃を継続的に加え、③相手が深刻な苦痛を感じているものであって、学校としてその事実(関係児童生徒、いじめの内容等)を確認しているもの。なお、起こった場所は学校の内外を問わないもの」とする。

⑵ 1994年度からのいじめの定義

 1994年度からのいじめの定義は、以下のとおりでした。同年、愛知県西尾市で、中学生が自死しました。

 この調査において、「いじめ」とは、「①自分より弱い者に対して一方的に、②身体的・心理的な攻撃を継続的に加え、③相手が深刻な苦痛を感じているもの。なお、起こった場所は学校の内外を問わない。」とする。

 なお、個々の行為がいじめに当たるか否かの判断を表面的・形式的に行うことなく、いじめられた児童生徒の立場に立って行うこと。

 1986年度からのいじめの定義から、「学校としてその事実(関係児童生徒、いじめの内容等)を確認しているもの」が削除されました。

 また、「いじめに当たるか否かの判断を表面的・形式的に行うことなく、いじめられた児童生徒の立場に立って行うこと」が追加されました。

⑶ 2006年度からのいじめの定義

 2006年度からのいじめの定義は、以下のとおりでした。2005年、北海道滝川市で、小学生が自死しました。

 本調査において、個々の行為が「いじめ」に当たるか否かの判断は、表面的・形式的に行うことなく、いじめられた児童生徒の立場に立って行うものとする。

 「いじめ」とは、「当該児童生徒が、一定の人間関係のある者から、心理的、物理的な攻撃を受けたことにより、精神的な苦痛を感じているもの。」とする。

 なお、起こった場所は学校の内外を問わない。

 1994年度からのいじめの定義からは、「一方的に」、「継続的に」及び、「深刻な」といった文言が削除されました。

 また、「いじめられた児童生徒の立場に立って」、「一定の人間関係のある者」及び、「攻撃」等について、注釈が追加されました。

⑷ 2013年度からのいじめの定義(※7)

 2013年度からのいじめの定義は、以下のとおりです。2011年、滋賀県大津市で、中学生が自死しました(※8)

 社会総がかりでいじめの問題に対峙するため、基本的な理念や体制の整備が必要とされ、2013年にいじめ防止対策推進法が成立しました(※9)。そして、同法の施行に伴い、定義が変更されました。

 本調査において、個々の行為が「いじめ」に当たるか否かの判断は、表面的・形式的に行うことなく、いじめられた児童生徒の立場に立って行うものとする。

 「いじめ」とは、「児童生徒に対して、当該児童生徒が在籍する学校に在籍している等当該児童生徒と一定の人的関係のある他の児童生徒が行う心理的又は物理的な影響を与える行為(インターネットを通じて行われるものも含む。)であって、当該行為の対象となった児童生徒が心身の苦痛を感じているもの。」とする。なお、起こった場所は学校の内外を問わない。

 「いじめ」の中には、犯罪行為として取り扱われるべきと認められ、早期に警察に相談することが重要なものや、児童生徒の生命、身体又は財産に重大な被害が生じるような、直ちに警察に通報することが必要なものが含まれる。これらについては、教育的な配慮や被害者の意向への配慮のうえで、早期に警察に相談・通報の上、警察と連携した対応を取ることが必要である。

⑸ 反省の上に作られてきたいじめの定義

 いじめの定義は、以上のとおり、変遷してきました。

 1986年に自死した東京都中野区の中学生のご遺族は、意を汲んでくれるような判決がなされたことから、「もうこれでいじめやいじめによる自殺は、もうおきないだろうと、そういうふうに感じていたんです。そうしたところが1994年11月、・・・事件が起こって世間をにぎわせた。」等と述べられています(※10)

 その後も、悲劇は、繰り返されています。

 いじめの定義は、繰り返された悲劇が、いじめを見過ごし、見逃してきた結果であることの反省の上に作られたものであるといわれています。

4 さいごに

 しかし、冒頭でも述べたように、この数か月の間にも、いじめにより自死した児童生徒のご遺族が提訴したとの報道が複数なされております。

 いじめは、いじめによる自死は、繰り返されています。

 見過ごさず、見逃さず、悲劇が繰り返されないようにするためには、私たちには何ができるのでしょうか?

※1 長田健吾.”【独自】いじめ自殺、国の統計に漏れ 翌年以降の 認定分を反映せず 2013年から10年間、実数の半分”.西日本新聞.2024‐6,https://www.nishinippon.co.jp/item/n/1218579/,(参照2024‐8‐9) 長田健吾.”「息子の死がなかったことに」 長崎市のいじめ自殺遺族、こみ上げる悔しさ”.西日本新聞.2024‐6,https://www.nishinippon.co.jp/item/n/1218580/,(参照2024‐8‐9)
 ※有料記事です。
 なお、計上漏れとは別に、統計が実態を適切に反映したものではない可能性が高いことは、当弁護団の生越弁護士や西川弁護士が述べられています(2023年7月17日の生越弁護士のコラム「いじめ自殺を含めた子供の自殺を減らせるか?」、2024年5月6日の西川弁護士のコラム「「いじめ」であることを否定された場合の遺族の対応として考えられること」参照)

※2 ”横浜市立学校の児童生徒の自殺 4件“いじめ疑われる”と指摘”.NHK.2024‐7,https://www3.nhk.or.jp/lnews/yokohama/20240725/1050021544.html,(参照2024‐8‐9)

※3 大阪弁護士会子どもの権利委員会いじめ問題研究会編著.事例と対話で学ぶ「いじめ」の法的対応.エイデル研究所,2017,p.11

※4 ”いじめの定義の変遷“.文部科学省,https://www.mext.go.jp/component/a_menu/education/detail/__icsFiles/afieldfile/2019/06/26/1400030_003.pdf,(参照2024‐8‐9)
 日本弁護士連合会子どもの権利委員会編著.子どものいじめ問題ハンドブック.明石書店,2015,p.13‐16

※5 2016年度からは、児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸課題に関する調査になっています。
 当該調査の目的については、「生徒指導上の諸課題の現状を把握することにより、今後の施策の推進に資するものとする。」とされ、当該調査の沿革については、「児童生徒の問題行動等は、教育関係者のみならず、広く国民一般の憂慮するところであり、その解決を図ることは教育の緊急の課題となっていることに鑑み、児童生徒の問題行動等について、事態をより正確に把握し、これらの問題に対する指導の一層の充実を図るため、毎年度、暴力行為、いじめ、不登校、自殺等の状況等について調査を行っている。」とされています(文部科学省初等中等教育局児童生徒課.“児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸課題に関する調査‐調査の概要”文部科学省,https://www.mext.go.jp/b_menu/toukei/chousa01/shidou/gaiyou/chousa/1267368.htm,(参照2024‐8‐9))。

※6 “表19 いじめの発生件数(小・中・高)”文部科学省,https://www.mext.go.jp/b_menu/hakusho/nc/t19960719001/img/t19960719001_y0000019.pdf,(参照2024‐8‐10)

※7 文部科学省初等中等教育局児童生徒課.平成25年度「児童生徒の問題行動等生徒指導上の諸問題に関する調査」について.2014,p.22

※8 訴訟の結果については、生越弁護士がコラムを書かれています(2022年4月25日の生越弁護士のコラム「大津市いじめ自死大阪高裁判決の問題点」参照)。

※9 文部大臣,”いじめの防止等のための基本的な方針”,2013(最終改定2017年),p.2

※10 鎌田慧.いじめ自殺 12人の親の証言.岩波書店,2007,p.13

大切な人の自死によるご遺族への影響と、(法的)支援

 どれほど自死予防に努力しても、大切な人が自死してしまうことがあります。

 そして、大切な人の自死により、ご遺族は、影響を受ける場合があります。自死による影響は、病死や事故死よりも、はるかに深刻であるといわれています(※1)

 大切な人の自死による影響として、ご遺族には、次のような反応が生じることがあるといわれています。すなわち、ひどく驚き、どうしたらよいかわからないという感情に圧倒される。自死が起きたという現実をすぐに受け入れられずに、現実を否認しようという心の動きが起きる。自分を責め、その結果、抑うつや不安が強まる。周囲からの非難をひしひしと感じる。何故愛する人が自死したのかという疑問が生じる。善意からの言葉だとしても、周囲の人からの言葉から心の傷が深まる等、様々な反応が生じることがあるといわれています(※2)

 大切な人の自死による影響を受け、ご遺族自身がうつ病、不安障害、PTSD(心的外傷後ストレス障害)等の精神疾患に罹患し、さらには、自死の危険が生じることもあるといわれています(※3)

 このブログでは、当弁護団の弁護士が、大切な人の自死によるご遺族への影響や、自死遺族の支援についても述べてきましたが、私自身も、自死してしまった大切な人に会いたい(※4)等の様々な想いを抱き、深刻な影響を受けている(可能性がある)ご遺族に対して、弁護士としてどのような支援が出来るのか、出来ているのかと考えることがあります。ご遺族に接するなかで、言葉が見つからず、お話をお聞きすることしかできないこともあります。

しかし、少なくとも、法的支援によって、法律問題(※5)によるご遺族の重荷を軽減したり、取り除いたりすることは、出来ると考えています。

 当弁護団は、自死遺族に対して法的支援を行う弁護団です。お話しできる時で、大丈夫です。もしよろしければ、当弁護団に、お悩みをご相談ください。

※1 高橋祥友「自殺の危険」第4版269頁。なお、私が申し上げるまでもないことですが、例えば大西秀樹「遺族外来‐大切な人を失っても」で述べられているように、大切な人との死別自体が、ご遺族に大きな影響を及ぼすことがあります。

※2 高橋祥友「中高年自殺」176頁以下。高橋祥友「自殺の危険」第4版270頁以下。なお、ご遺族の反応は、自死の直後に生ずることもあれば、何年も経ってから生ずることもあるといわれています(同276頁)。

※3 高橋祥友「自殺の危険」第4版276頁

※4 例えば一般社団法人全国自死遺族連絡会「会いたい」1頁には、「遺族はいつも亡くなった家族に会いたいと思っている。遺族の気持ちはこの一言がすべてだといっても過言ではありません。」と記されています。自死遺族の想いが記された書物としては、他にも、自死遺児編集委員会・あしなが育英会編「自殺って言えなかった。」、全国自死遺族総合支援センター編「自殺で家族を亡くして 私たち遺族の物語」等があります。

※5 法律問題としては、故人が抱えていた法律問題(負債、過労、事業不振、自死によって発生した損害賠償義務など)と、ご遺族固有の法律問題(相続、保証、労災、生命保険の不払いなど)が考えられます。「自死遺族が直面する法律問題」でも解説しています。