職場のパワーハラスメントについて(①)

1 はじめに

 2020年6月1日以降、事業主に職場のパワーハラスメント防止措置が法的に義務づけられました(※1) 。中小企業も2022年4月1日から義務づけが始まります。

 自死遺族支援弁護団でも、 パワーハラスメント(以下「パワハラ」といいます。) による過労自殺の事案を多数受任してきました。

 今回の私のコラムでは、自死遺族の方にも分かりやすいように、何回かに分けて、パワハラについて解説をしてみたいと思います。

2 パワハラを防止する目的とは

 パワハラというと、皆さんはどのような行為をイメージされるでしょうか。ブラック企業で軍隊の上官みたいな上司が暴力や暴言を加え続けるというイメージでしょうか。

 パワハラが議論される際、どの行為はダメで、どの行為がOKなど、表面上の行為だけに着目したマニュアル主義に陥りがちです。

 しかし、どのような行為がパワハラになるかということを考える上で大切なのは、そもそもなぜパワハラ防止しなければならないか、その目的を確認することだと思います。

 パワハラの防止措置を規定した法律を見ますと、法律の目的として、少子高齢化で働く人が減るので、労働者にその能力を発揮して貰うことが必要だ、ということが書かれています (※2)。

 たしかにパワハラを防止することは、労働者が能力を発揮することにつながるので、広い意味でこの法律の目的に適うことです。しかし、個人的にはかなり間接的なイメージです。少子高齢化とは関係なくパワハラは防止されるべきでしょう。

 では、パワハラを防止する目的について参照できるものがないかといいますと、職場のパワーハラスメント防止対策についての検討会「職場のパワーハラスメント防止対策についての検討会報告書」(2018年3月30日)があります。この報告書は、パワハラの問題を放置すれば、「メンタルヘルス不調につながり得るほか、当該労働者が休職や退職に至ることもあり、最悪の場合、人命に関わることもある重大な問題である。また、パワーハラスメントを受けた労働者の生産性や意欲の低下を招くなど職場環境の悪化をもたらす。また、企業にとっても、職場全体の生産性や意欲の低下、企業イメージの悪化、人材確保の阻害要因となり得ることや、訴訟によって損害賠償責任を追及されることも考えられ、経営的にも大きな損失となる。職場のパワーハラスメント対策を講ずることは、コミュニケーションの円滑化や管理職のマネジメント能力の向上による職場環境の改善、労働者の生産性や意欲の向上、グローバル化への対応等に資するものである。」と述べています。

 つまり、パワハラを防止する目的とは、労働者側から見れば、メンタル不調の防止、過労うつ病などによる休職や退職、過労自殺の防止にあります。また、会社側から見れば、労働者の生産性や意欲の向上、企業イメージの向上、人材の確保などにあります。

3 6つの典型例が典型例とされる理由

3 ところで、パワハラには以下の6つの典型例があるとされています(※3)。

  • ㋐身体的な攻撃(例:殴打、足蹴りなどを行うこと。)
  • ㋑精神的な攻撃(例:人格を否定するような言動を行うこと。)
  • ㋒人間関係からの切り離し(例:自分の意に沿わない労働者に対し、仕事を外し、期間にわたり、別室に隔離したり、自宅研修を受けさせること。)
  • ㋓過大な要求(例:新卒採用者に対し、必要な教育を行わないまま到底対応できないレベルの業務目標を課し、達成できなかったことに対し厳しく叱責すること。)
  • ㋔過小な要求(例:管理職職である労働者を退職させるため、誰でも遂行可能な業務を行わせること。)
  • ㋕個の侵害(例:労働者の性的指向・性自認や病歴、不妊治療等の機微な個人情報について、当該労働者の了解を得ずに曝露すること。)

 当たり前ですが、このようなパワハラがわれると、酷い場合、労働者はメンタル不調に陥り、過労うつにより休職や退職に追い込まれ、最悪の場合は過労自殺してしまうこともあります。一方、このような職場では、労働者は自分の能力を発揮しようと思わないでしょうから生産性の低下が生じますし、次々と人が辞めて行くので人材の確保は難しくなります。パワハラに関連して訴訟を起こされたり、SNSで拡散されたりすれば、企業イメージも悪くなります。

 こうしてみると、パワハラの6つの典型例は、パワーハラスメントを防止する目的に照らして、当然防止すべき行為を示したものと考えることができます。

4 実際に判断するときは

実際の事例では、全て6つの典型例に当てはまるとは限りませんし、むしろ当てはまらない事例の方が多いといえます。6つの典型例の要素が少しずつ合わさっている事例が殆どといえるでしょう。

 そのため、ある行為がパワハラに該当するか否かを判断する際には、表面上の行為だけに着目したマニュアル主義ではなく、常に、パワハラを防止する目的に照らして慎重に判断することが重要となるのです。

以上

※1 労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律第30条の2第1項において、「事業主は、職場において行われる優越的な関係を背景とした言動であつて、業務上必要かつ相当な範囲を超えたものによりその雇用する労働者の就業環境が害されることのないよう、当該労働者からの相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備その他の雇用管理上必要な措置を講じなければならない。」と規定されました。

※2 同法第1条は「この法律は、国が、少子高齢化による人口構造の変化等の経済社会情勢の変化に対応して、労働に関し、その政策全般にわたり、必要な施策を総合的に講ずることにより、労働市場の機能が適切に発揮され、労働者の多様な事情に応じた雇用の安定及び職業生活の充実並びに労働生産性の向上を促進して、労働者がその有する能力を有効に発揮することができるようにし、これを通じて、労働者の職業の安定と経済的社会的地位の向上とを図るとともに、経済及び社会の発展並びに完全雇用の達成に資することを目的とする。」と規定しています。
同法に基づくパワハラの防止は、少子高齢化を背景としていかに労働力を確保するかという観点から創設された制度と考えることもできます。

※3「事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」(令和2年1月15日厚生労働省告示第5号)。