遺族と向き合って感じたこと

 ご遺族からの話を伺っていると、「一緒に暮らしていたのにどうして気付いてあげられなかったんだろう?」と自分を責める方が少なくありません。

 そこには、もし亡くなった家族が生前発していたSOSや精神障害による変化に自分が気付けていたら、大切な人を自死で失うことはなかったかもしれない、という悔いのような想いがあるのかもしれません。

 遺族としては当然の想いだと思います。

 しかし、そもそも人は日常生活の中で気分が落ち込んだり、体調を崩したりすることがある生き物ですので、たとえ元気が無い様子に気付いたとしても、それが精神障害と結びついて理解されることは稀なことだと思います(病気の影響で仕事のパフォーマンスが低下する可能性があることや、意欲が低下する可能性があることに気づけるだけの知識を持った人は多くはないでしょう。)。

 また、精神障害の中には、軽症うつ病エピソードや適応障害のように、周囲の人が気付きにくいものもあります。

 例えば、軽症うつ病エピソードであれば、本人が仕事を行うことにいくぶん困難を感じるという程度で、完全に働けなくなるわけではありませんので、周囲の人は気付かないことが多いと思います。また、適応障害であれば、ストレスの原因が仕事にある場合、仕事と関係ない、例えばプライベートな時間はいつもと変わらず元気に過ごせたりしますので、家族が変化を感じ取ることはそもそも難しいのではないかと思います。

 この様に、精神障害の症状が出ていたとしても、日常よく見られる心身の変化と区別することが困難な場合が多いうえ、家族だからこそ気付きにくい病気もある以上、「気付いてあげられなかった」ということでご遺族が苦しむ必要はないのです。

 私自身は、ご遺族が自分を責めて苦しむということは理不尽なことだと考えています。そのような理不尽で苦しむご遺族が少しでも減って欲しいという願いから、日頃相談を受けていて感じたことを綴ってみました。

 誰かの一助になれば幸いです。

産後うつへの公的支援の必要性

 2015~16年に亡くなった妊産婦357人の死因について、自死が102人で、がんや他疾患を上回り、最も多かったことが国立成育医療研究センターの調査で分かりました。うち92人が出産後の自死で、35歳以上や初産の女性の割合が高かったとのことです。産後うつが原因のひとつとして考えられています。

国立成育医療研究センター
人口動態統計(死亡・出生・死産)から見る妊娠中・産後の死亡の現状

日経新聞
妊産婦死亡、自殺が1位 成育医療センター調査

 世界保健機関(WHO)などによると、産後うつは、妊産婦の約10%が経験するとされていますが、近年、この割合が増えてきているようです。たとえば、2020年10月に筑波大学の松島みどり准教授らが実施した調査では、回答が得られた出産後1年未満の母親2132人のうち、産後うつの可能性がある人はおよそ24%であったとされています。新型コロナウィルスの影響で人と触れ合う機会が減ったことや収入の落ち込みなどの経済的不安が関係しているとみられています。

NHKニュース
母親の「産後うつ」 コロナ影響で倍増のおそれ 研究者調査

 私も産後気持ちが落ち込みがちになることがありました。産後うつがあることは知っていたので、日記をつけて自分の気持ちを整理したり、楽しみな予定を入れたり、心身の状態に気を付けながら過ごしていました。

 twitterやブログでは、「しんどくて限界だ、と公的機関に電話したが、しんどいですね、家族の援助を得て頑張ってください、というだけで何の助けにもならなかった。」などという当事者の声も見られます。

 男性育休制度も未だ普及していない現状で、家庭内でできる対策には限界があると思います。

  国立成育医療研究センターは、2020年に産後の自死予防対策プログラムとして「長野モデル」の開発を発表しました。新生児訪問時に保健師が母親にアセスメントを行い、その結果に応じて保健師・精神科医・産科医・助産師・看護師・小児科医・医療ソーシャルワーカーなど、多職種のチームでフォローアップを行うということです。全国への波及も期待されています。

国立成育医療研究センター
世界初!産後の自殺予防対策プログラム「長野モデル」を開発 ~産後の母親への自殺予防効果が証明される~

 産後うつを個人や家庭の問題とせず、国、地方公共団体が充実した支援制度を整えていくことで、救われるお母さん、子ども、ご家族が増えることを願っています。


精神障害の後遺障害

1 症状固定=治ゆとは

 うつ病などの精神障害にかかり、休職し、労災と認定された場合は、回復するまでの間、休業補償給付(給付基礎日額[※1]×80%×休業日数)や療養補償給付(治療費)の支給を受けることができます。

 しかし、症状が回復しないまま数年が経過することがあります。この場合、症状固定=治ゆしたか否かが大きな問題となることがあります。

 労災保険で、症状固定=治ゆとは、治療を受けても、症状に改善の見込みがないと判断された場合の状態で、一般的な「完治」とは異なり、症状が残る場合も含まれます。症状が残る場合には、後遺障害と認定することとされています。

 症状固定=治ゆと認定されると、休業補償給付や療養補償給付は打ち切られ、後遺障害についての給付を受けることになります。

2 仕事が原因の精神障害の後遺障害の考え方

 厚労省[※2]によると、仕事が原因の精神障害(非器質的精神障害)は、仕事によるストレスを取り除き、適切な治療を行うと、概ね半年から1年、長くても2~3年の治療により完治することが一般的とされています。

 そして、症状が残る場合であっても、一定の就労が可能となる程度以上に症状がよくなるのが通常とされています。そのため、後遺障害等級は、一番重い等級が第9級とされており、通常は、第7級以上の者に支給される障害(補償)年金を受け取ることはできません。

 例外的に、「持続的な人格変化」を認めるという重篤な症状が残る場合には、「本省にりん伺の上、障害等級を認定する必要がある」とされますが、あくまで「非常にまれ」な場合とされています。

3 問題点

 厚労省の考え方は前項記載の通りですが、実際の研究によると、労災認定後、4年が経過しても「治ゆ」に至っていない例は4割あるようです[※3]

 このような場合、労働基準監督署から、症状固定=治ゆしたとして、医師の作成する後遺障害診断書を提出するよう求められることがあります。交通事故で相手方保険会社が治療費の支出を抑えるために、治療を打ち切ることと同様です。

 症状固定したと認定されると、働くことができないような症状が続いていても、後遺障害と認定されて一時金が支給されるのみで、休業補償給付等は打ち切られることになってしまいます。

4 解決事例

 労働基準監督署が症状固定の意味についてきちんとした説明をしないまま促したため、医師から後遺障害診断書を書いてもらい、症状固定の取り扱いを受けた方から、後遺障害等級の申請に関する依頼を受けました。

 その方の症状はとても重かったので、高次脳機能障害における精神障害の後遺障害等級を参考に、後遺障害等級第2級として認定申請を行いました。

 すると、労基署は、驚いたことに、まだ重い症状が続いていることを理由に、症状固定を撤回してきました。労働基準監督署が症状固定の撤回をしたのは、第9級よりも重い後遺障害等級を認定する判断を回避するためと思われます。

 労基署が症状固定の診断を促したことだけでなく、仕事が原因の精神障害の後遺障害等級として重い等級が設定されていないことにも問題があると思います。

5 解決事例を踏まえて

 労基署に症状固定を促されたとしても、医師に相談し、症状固定の診断書を作成するには慎重にする必要があります。

 また、基準としては、後遺障害等級に第9級以下しかないとしても、症状が重い場合には、実際の症状について診断書をしっかり書いてもらい、第9級よりも上の等級の取得を目指すと良いと思います。

 医師が協力的でない場合は、別の医師に相談してみることもお勧めします。

※1 疾病が確定した日の直前の3カ月間、労働者に対して支払われた賃金の総額を、日数によって割った金額。残業手当は含むが、ボーナスは含まない。

※2 平成15年8月8日付け基発第0808002号 神経系統の機能又は精神の障害の障害等級認定基準3頁

※3 労災疾病臨床研究事業費補助金「精神疾患により長期療養する労働者の病状の的確な把握方法及び治ゆに係る臨床研究」(平成28年度 統括・分担研究報告書)3頁

うつ病のなせる業

 ご相談くださるご遺族の方は、よく自責の感情を話されます。

 平成14年度の厚生労働科学特別研究事業地域として行われた、住民の心の健康問題についての調査[i]では、生涯有病率(調査時点までの経験率)で、うつ病は6.5-7.5%、いずれかの気分障害は9-11%、いずれかの精神障害は18-19%との結果が出ました。

 うつ病等の精神障害は、誰でも、いつでもかかる可能性のある病気です。罹患のきっかけは、人それぞれですが、私自身、高校生の頃、友人がいないことについてひどく悩み、生きていることが辛い時期がありました。

 そして、上記調査によると、精神障害の経験がある者には、精神障害の経験がない者と比較して、数倍から数百というきわめて高い頻度の自殺行動(真剣に考えた、計画し試みた)がみられました。

 弁護団で事件に取り組む際に、よく参考とする文献として、精神科医である張賢徳先生の「人はなぜ自殺するのか」[ii]があります。張先生が東京で実施した自死の実態の調査(監察医務院の記録やご遺族等からの協力を得ての調査)によると、93例中、自死時になんらかの精神障害の診断がつく状態にあった方が89%、情報量の限界もあり診断不明だった方が9%であり、精神障害なしと断定できた方はたったの2%だったとのことです[iii]

 張先生が実施した、自殺未遂者に心理状態を聞き取る調査によると、うつ病の方の回答者の多くは、そもそもうつ病になったきっかけについては覚えていたものの、死にたくなったきっかけについては、何かがあげられるのではなく、「強い気分の落ち込み」が第一の理由として挙げられました。すなわち、うつ病の場合の自死は、「うつ病のなせる業」といえるということです[iv]

 ご遺族の方からお預かりした遺書を読むと、死ぬことしか考えられない心情がつづられていることがあります。客観的な第三者から見れば、心配し、なんとかしようとしている家族がいる、にもかかわらず、死ぬことしか考えられない状態で、心が痛くなります。まさに、「うつ病のなせる業」と思います。 自死は「うつ病のなせる業」ということを、心に留めていただきたいと思います。


[i]中国・九州地方の3件4市町村の20歳以上住民からの無作為抽出サンプルに対する大規模面接調査、回答を得たのは1664名。

[ii] 平成18年12月20日初版発行 勉誠出版

[iii]113-118頁

[iv] 139-147頁