『虎に翼』考 ~「雨垂れ石を穿つ」~ 

 法曹界でも話題を席捲した朝の連続テレビ小説「虎に翼」が9月に最終回を迎え、2ケ月が経ちました。

 「日本史上初めて法曹の世界に飛び込んだ、一人の女性の実話に基づくオリジナルストーリー。困難な時代に立ち向かい、道なき道を切り開いてきた法曹たちの情熱あふれる姿を描く」(NHK公式より)というものです。

 先輩や自身と重ね合わせ、半年間、毎朝夢中になって怒り、泣き、登場した古い判例を読み返し、と、ここまでドラマにハマったのは初めてでした。

 最終回以降もロスを引きずり、シナリオ集などを読み返す日々です(なので、以下の話はドラマ版の正確なセリフではなく主にシナリオによっています)。

「虎に翼」の中で、重要な場面と最終回のキーワードになるのが「雨垂れ石を穿つ」という言葉です。

 道なき道を切り開く中で、社会の偏見の大岩に阻まれ、大勢の仲間が志半ばで去り、主人公もその瀬戸際に立たされました。その時、恩師から「雨垂れ石を穿つだよ、犠牲は決して無駄にならない」と撤退を勧められ、主人公は「私は今私の話をしているんです!」と激怒します。

 その後、主人公が法律の世界に戻った後も、その恩師に対し、報われなくとも一滴の雨垂れでいろと強いたことを決して許さないと言い放ちます。

 けれども最終回、主人公は、簡単には変わらない不平等でいびつな社会の中でも声を上げることに意味はある、人に雨垂れを強いられるのは絶対嫌だが、自ら未来の人たちのために雨垂れを選ぶことは至極光栄だ、といいます。

 弁護士として法律問題に取り組む中、先人達が多くの犠牲を伴いながら穿ってくれた道筋に日々導かれ、助けられています。

 自死遺族をめぐる法律問題への取り組みも、旧弊からのいわれなき偏見を一つ一つ克服していく道の途中です。

 今なお残る、あってはならない偏見の石に躓き、「絶対におかしい」という怒りが「どうせ伝わらない」との諦めに圧し潰されそうになる時もあります。

 困難の渦中にある当事者に、すぐに報われる保証もないのにさらなる苦しみを負うことだけは確実な戦いで矢面に立て、などと勧めることは決してできません。

 それでも当事者が戦って前に進みたい、自らの受けた苦しみとその克服をこの社会、そして未来の人たちにとって意味のあるものとしたいと望むときに、伴走者として選んでもらえる弁護士でありたいとの思いをなお一層強くしました。

時間外労働規制の上限について

 働き方改革関連法では時間外労働の上限(臨時的な特別な事情がある場合でも年720時間以内、月100時間未満、2~6か月平均で80時間以内)が法定され、2019年4月から適用されてきました。

 しかし、建設業界・医師業界・運輸業界については、人材不足等の影響により長時間労働が常態化していたことから、労働時間の上限規制の適用が5年間猶予されましたが、2024年4月からは上限規制が適用されることとなります。

時間外労働の上限規制の適用猶予事業・業務|厚生労働省 (mhlw.go.jp)

 この上限規制には様々な例外が設けられており、その実効性については大きな疑義があります。この点については今後も検証していかなければなりません。

 少し話は変わりますが、私が住んでいる大阪では、2025年に大阪万博の開催が予定されております。

 報道によれば、大阪・関西万博を主催する2025年日本国際博覧会協会(万博協会)が、パビリオンの建設が遅れ2025年の開催が間に合わないことを危惧し、政府に、建設業界の時間外労働の上限規制を万博に適用しないよう要望し、10月10日に開かれた大阪・関西万博推進本部においては、出席議員らから「人繰りが非常に厳しくなる。超法規的な取り扱いが出来ないのか。工期が短縮できる可能性もある」「災害だと思えばいい」といった意見が出たという報道もありました。

 どのように解釈すれば建築納期に間に合わないことを「災害」と同様に考えられるのか全く理解できません。2023年7月31日のコラムで甲斐田沙織先生がご指摘されたとおり、東京オリンピック・パラリンピックの主会場である新国立競技場の建設現場で働いていた男性が、「身も心も限界な私はこのような結果しか思い浮かびませんでした」とメモに遺して自死した痛ましい事件がありました。

 今回の大阪万博は「いのち輝く未来をデザインする」ということをテーマに掲げています。

 労働者のいのちを守るため、今後も自分にできることをやっていきたいと思います。

イベント納期を理由とする人命軽視は許されない

 2023年7月下旬、2025年開催予定の国際万国博覧会(大阪万博)の準備のため、主催者側が政府に対して、建設業の時間外労働の罰則付き上限規制を適用しないよう要請した、との報道がされています。

 けれども、このようなイベントの納期を口実とした残業規制逃れは、直接に人の命を軽視することにほかならず、決して許されないものと考えます。

 ごく最近、2020東京五輪においても、メイン競技場の建設準備に従事していた若者が過労自死に追い込まれています(京都新聞2020年1月9日「『身も心も限界』23歳男性が過労自殺 新国立競技場の急ピッチ建設で『残業190時間』」)。

 日程の決まったイベントのため納期がある、との理由は、大きな職場から小さな職場まで、多くの現場労働者に違法危険な長時間残業を強いることを正当化する口実とされがちです。近年においてもその犠牲で人命が奪われ続けています。  このような現状の中、範を示すべき立場にある官民の巨大イベントにおいて人命軽視の脱法が模索されていることは非常に残念で、許されないことだと思います。