労災支給決定に対する事業主の取消訴訟、最高裁「原告適格なし」の判断

1 労災支給決定に対する事業主の原告適格

労働者に労災認定がなされた場合、事業者側にその取消しを求め行政訴訟を提起する資格(原告適格)はあるのでしょうか。

事業主が負担する労働保険料の額は、基準となる労災保険率が厚生労働大臣によって定められる一方で、個々の事業主の下で生じた業務災害の多寡に応じ、それを増減させるという制度が設けられています(いわゆるメリット制)。そのため、雇用している労働者について労災が認定された場合、事業主には労災保険料の増額の処分がされる可能性があることから、事業主が労災支給決定処分を争う事ができるのか、が問題とされてきました。

2 東京高裁判決

この問題について、東京高裁2022年11月29日判決は、事業主は労災支給決定処分によって、労災保険料の増額という不利益を受ける可能性があるとして、事業主の原告適格を認めるとの判断をしました。

この判決については、①労災支給決定が取り消されると、被災者や遺族がいったん受けた労災支給を遡って返還しなければならず、被災者・遺族の生活が脅かされる、②後に事業者から取消訴訟が提起される可能性を懸念して、労基署の調査が慎重になったり、事実認定が控えめになったりし、その結果業務外と認定される可能性がある、③事業主が長期間訴訟で争うことで、再発防止策の施行・職場環境の改善が行われなくなる、④遺族としては現行の労災手続きだけでも大きな負担を抱えているにも関わらず、さらに大きな負担を課すこととなり、労災申請自体諦めてしまう可能性がある、などの問題点が指摘されていました。

その後、厚労省から事業主からは労働保険料増額認定処分の取り消しを求める行政訴訟の提起が可能であるとしつつ、仮に事業主勝訴の判決が確定した場合においても、既になされた労災支給処分を取り消すことはしないとする通達が発出され、①の問題については対処がなされていましたが、その他の問題点については残されていました。

3 最高裁判決

 この問題について、最高裁2024年7月4日判決は、メリット制の趣旨を「事業主間の公平を図るとともに、事業主による災害防止の努力を促進する趣旨のもの」と指摘し、その上で、労働保険料の額について「労災支給処分によってその基礎となる法律関係を確定しておくべき必要性は見いだし難い」として、東京高裁判決を破棄し、事業主の原告適格を認めないという判断をしました。

 東京高裁判決の上で述べたような問題点からすると、今回の最高裁判決は実務上大きな影響を与えるとともに被災者・遺族にとって大きな意味を持つものであったと思います。

時間外労働規制の上限について

 働き方改革関連法では時間外労働の上限(臨時的な特別な事情がある場合でも年720時間以内、月100時間未満、2~6か月平均で80時間以内)が法定され、2019年4月から適用されてきました。

 しかし、建設業界・医師業界・運輸業界については、人材不足等の影響により長時間労働が常態化していたことから、労働時間の上限規制の適用が5年間猶予されましたが、2024年4月からは上限規制が適用されることとなります。

時間外労働の上限規制の適用猶予事業・業務|厚生労働省 (mhlw.go.jp)

 この上限規制には様々な例外が設けられており、その実効性については大きな疑義があります。この点については今後も検証していかなければなりません。

 少し話は変わりますが、私が住んでいる大阪では、2025年に大阪万博の開催が予定されております。

 報道によれば、大阪・関西万博を主催する2025年日本国際博覧会協会(万博協会)が、パビリオンの建設が遅れ2025年の開催が間に合わないことを危惧し、政府に、建設業界の時間外労働の上限規制を万博に適用しないよう要望し、10月10日に開かれた大阪・関西万博推進本部においては、出席議員らから「人繰りが非常に厳しくなる。超法規的な取り扱いが出来ないのか。工期が短縮できる可能性もある」「災害だと思えばいい」といった意見が出たという報道もありました。

 どのように解釈すれば建築納期に間に合わないことを「災害」と同様に考えられるのか全く理解できません。2023年7月31日のコラムで甲斐田沙織先生がご指摘されたとおり、東京オリンピック・パラリンピックの主会場である新国立競技場の建設現場で働いていた男性が、「身も心も限界な私はこのような結果しか思い浮かびませんでした」とメモに遺して自死した痛ましい事件がありました。

 今回の大阪万博は「いのち輝く未来をデザインする」ということをテーマに掲げています。

 労働者のいのちを守るため、今後も自分にできることをやっていきたいと思います。

故人の足跡を探す

本年6月20日付けの晴披弁護士のコラムにおいても書かれておりましたが、我々弁護士の活動、特に訴訟においては「事実」とその事実を裏付ける「証拠」がとても重要となります。

相談者のお話をお聞きするたびに、「こういう証拠があれば・・・」と思うことがよくあります。自死遺族が故人の自死を予期しているということは稀であり、生前から証拠の収集をすることは不可能です。そのため、他の事件と比較しても証拠の収集が容易でないことが多いです。

このような問題を踏まえ、先日、当弁護団がお世話になっているSEの方を講師にお招きして「PCやサーバー上のデータを有効活用するための講座」を開催いたしました。

その講座において、PC等の中には故人の生前の様子を見て取れる手がかりがたくさん残されていることが分かりました。

例えば、PCのイベントビュアーにはイベントIDが保存されており、使用者がそのPCで行った作業内容や時間が看取することができますし、その他にも故人の行った場所等が分かることもあります。

このような証拠の一つ一つは点に過ぎませんが、それらを繋ぎ合わせて線にしていくと故人の足跡が一定読み取れることもあるのです。

自死遺族にとって、これらの証拠が勝訴に有用なことはもちろんですが、故人の足跡が分かることによって生前の故人のことを知ることが遺族の心を充たすこともあるのだと思います。

膨大な量の証拠を検討し、線にしていく作業はとても困難で、挫けそうになることもありますが、今後も遺族の方と共に立ち向かっていきたいと思います。

教員の長時間労働

 初めまして、大阪で弁護士をしております吉留慧(よしどめさとし)と申します。

 昨年この弁護団に加入して、現在2件の自死に関する案件を担当しておりますが、そのどちらもが若い教員の自死の事件です。

 教員の長時間労働が社会問題化して以降、2017年6月に文部科学大臣からの諮問を受け,中央教育審議会に設置された「学校における働き方改革特別部会」は,2019年1月25日に,「新しい時代の教育に向けた 持続可能な学校指導・運営体制の構築のための学校における働き方改革に関する総合的な方策について」との答申を公表し,その後、これを踏まえ,同年12月には,「勤務」時間の上限規制の指針を定めるとともに,1年単位の変形労働時間制の導入を可能とする法改正がなされるに至っています。

 しかしながら、この変形労働時間制は大きな問題を抱える制度であり(詳しくはまたどこかで書きたいと思います。)、教員の労働時間の短縮化は一向に先が見えません。

 私が担当している事件の先生は、子どもが好きで、子どもと関わることが好きで教員になられた方でした。そのような方が数か月、数年の内に自ら命を絶つという状況まで追い込まれ、自死に至ってしまう。そのような状況が常態化してしまっています。

 私は、担当している事件の被災者、ご遺族の為に全力で事件に取り組むことで、今後の教員の労度環境の改善に資することができるよう微力ながら尽力していきたいと思っています。