労働時間規制の適用除外を拡大する動きについて

1 労働基準法制研究会の労働時間規制に関する検討

 厚生労働省は、テレワークや副業・兼業といった多様な働き方が広がる中、労働基準法等の見直しに向けて、2024年1月から、「労働基準法制研究会」を立ち上げ、現行の労働基準法の課題と対応について議論してきました。

 そして、2025年1月8日に、労働基準法制研究会は、「労働基準法制研究会報告書」(以下「報告書」といいます。)を公表しました。

 報告書では、労働時間規制に関して、企業による労働時間の情報開示や連続勤務の禁止、「つながらない権利」等に言及している点で、労働者の長時間労働を防止し、生命・健康の確保に寄与する部分も一定程度ありますが、具体的な検討はまだこれからです。 

 他方で、①テレワーク時にみなし労働時間制を導入することや、②副業・兼業を割増賃金に関して通算しない取扱いにすることについて、労働基準法による労働時間規制の適用を除外する方向で検討が進んでいる点には注意しなければなりません。

2 テレワークにみなし労働時間制を導入することの問題点

 報告書では、テレワークは一時的な家事や育児への対応等の中抜け時間が存在し、実労働時間の把握が困難であることを理由に、テレワークにみなし労働時間制(実際に働いた時間にかかわらず事前に定めた労働時間働いたとみなす制度)を導入することが提示されています。

 しかし、テレワークは一般的にパソコン等を利用する業務がほとんどであり、パソコンのログなどの客観的な記録により実労働時間を把握することは可能です。

 また、テレワークに関する調査(2020年6月30日 連合)によると、テレワークの場合「通常の勤務よりも長時間労働になることがあった」という回答が51.5%、「深夜の時間帯(午後10時~午前5時)に仕事をすることがあった」という回答が32.4%あり、テレワークの場合に長時間労働になる傾向があることも示されています。

 テレワークにみなし労働時間制を導入することで、ますます長時間労働に歯止めがきかなくなる危険性が高まります。

3 副業・兼業の労働時間を通算しないことの問題点

 また報告書では、副業・兼業に関して、割増賃金の負担や煩雑な手続きによって企業側が副業・兼業の導入に消極的になっていることを指摘し、副業・兼業の割増賃金に関して労働時間を通算しない取扱いに制度改正を進めるべきであると提示されています。

 しかしながら、労働基準法制研究会に先立つアンケート調査で企業が副業・兼業を認めない理由として、「本業での労務提供に支障が生ずる懸念があるから」が79.6%、「情報漏洩の懸念があるから」が25.0%であり、副業・兼業の導入が進まない理由としては割増賃金の負担や労働時間の計算等の煩雑さ等が主たる要因ではありませんでした。

 そもそも、労働基準法38条で異なる職場でも労働時間を通算することとされている趣旨は、複数の職場で働く労働者の長時間労働を防止する点にあります。また、割増賃金も法定労働時間を遵守させ、長時間労働を防止する目的があります。しかし、そのような制度趣旨に反して、副業・兼業の拡大を進めるために労働時間の通算しない取扱いを制度化しようとしており、報告書においても労働時間を通算しない場合の副業・兼業の労働者の健康確保措置について具体的な検討は記載されていません。

 このように、副業・兼業の労働者について労働時間を通算しない取扱いが法制化されてしまうと、副業・兼業の労働者の長時間労働による被害が広がることが予想されます。

4 おわりに

 経団連は、「労使自治を軸とした労働法制に関する提言」(令和6年1月16日付)において、裁量労働制や高度プロフェッショナル制度が複雑な手続きや厳格な要件があるために導入されていない実態があるため、労使のコミュニケーションをもとに労働基準法の労働時間規制の適用除外(いわゆる「デロゲーション」)の範囲を拡大することを提唱しています。

 このテレワーク時のみなし労働時間規制の導入や副業・兼業の労働時間を通算しない取扱いは、この経団連の提唱する労働時間規制の適用除外(デロゲーション)の範囲拡大に対応する動きとみることができます。

 しかしながら、このような動きは、労働基準法等による労働時間規制によって、労働者の生命及び健康を確保することの重要性を軽視していると言わざるを得ません。

 労働時間規制の適用除外が安易に拡大されないように今後も労働基準法改正の動きを注視していかなければなりません。

手元に証拠がないときはどうすればいい?

 故人が早朝に自宅を出て仕事へ行き、深夜に帰ってくるという生活を長期間続けていたような場合、長時間労働が疑われます。しかし、自宅には仕事関係のパソコンや資料がなく、故人のスマートフォンのロックを解除できないようなときは、長時間労働を裏付けられるような客観的な証拠が何もない、ということになります。

 また、パワーハラスメントが疑われるような場合で、パワーハラスメントを裏付ける会社内部でのメール等のやり取りや、死後行われた従業員らに対する聴き取りの内容も、ご遺族自身が入手することは難しいといえます。

 このようなときにはどうすれば良いのでしょうか。

 このような場合に活用できる方法の1つとして、証拠保全があります。証拠保全とは、あらかじめ証拠調べをしておかなければその証拠を使用することが困難となる事情があるときに、その証拠を確保する手続きです(民事訴訟法第234条)。先の例で言えば、勤務先が保管している業務状況に関する記録を証拠保全手続きにより確保することが考えられます。

 証拠保全手続きの概要についてご説明します。

 民事訴訟法の立て付けでは、基本的に証拠調べは訴訟の手続きの中で行うこととされています。しかし、訴訟を提起してから証拠調べに入るまでには一定の期間を要するため、証拠となる資料が廃棄されたり改ざんされたりしてしまうリスクがあります。このようなリスクが認められるときは、訴訟手続き外で事前に証拠調べを行い、それを将来の訴訟で活用することができるようになっているのです。

 では、将来的に訴訟を提起するかどうか分からない状況では、証拠保全手続きを行うことはできないのでしょうか。そうではありません。証拠保全手続きで確保できた証拠を基に労災申請のみを行い、訴訟まではしない、というケースもよく見られます。

 証拠保全手続きで最も重要なのは、「あらかじめ証拠調べをしておかなければその証拠を使用することが困難となる事情」があると言えることです。この事情が認められなければ、証拠保全手続きは実施されません。

 「証拠を使用することが困難となる事情」としては、抽象的に改ざんや廃棄のおそれを指摘するだけでは足りず、具体的な事情を摘示する必要があります。

 もっとも、その事情が存在することについての証明までは必要とされず、疎明で足りるとされています。言い換えますと、この事情が一応存在するようだ、という推測ができれば良いとされています。

 証拠保全の手続きは、手元に証拠となるような資料が何もないときに活用できる有効な手段です。手元に証拠がなにもないというときも諦めずにまずは当弁護団までご相談ください。

Googleのタイムラインからわかる労働時間

2月26日の岡村弁護士のコラムで、Google社の提供するGoogleマップ内のタイムラインという機能について紹介がされています。今回はその続編とさせていただきます。

1 タイムラインの「元データ表示」

 タイムラインを見ると、時刻、滞在場所、滞在場所までの移動距離、移動手段(車、自転車、徒歩等)が出てきます。移動経路は線でつながれます。このタイムラインの表示は、GPSで個人のその時刻にいた場所を特定した上で、AIが、点をつなぎ合わせ、滞在場所と思われる付近の場所を滞在場所と推測して表示し、移動については移動速度を元に車、自転車、徒歩かを推測して表示しているようです。

 ところで、タイムラインのツールアイコンをクリックすると、「元データを表示」という項目が出てきます。この項目をクリックすると、その時刻にまさにいた場所が赤丸の点で細かく表示されます。赤点は膨大な量に上るため、問題のある個所のみ、調べることが現実的ではありますが、この表示に切り換えると、GoogleのAIが滞在場所と推測して表示した場所名と赤丸の場所がずれていることがあります。たとえば、赤丸の場所がコンビニエンスストアの前の道路にしかなくても、タイムライン上の滞在場所はコンビニエンスストアと表示されることがあります。

2 労働時間の証拠としての使い方

 タイムラインは、労災の被災者の労働時間の一証拠として使うことができます。

 タイムラインの場所、時間帯、仕事内容、所定就業時刻等を考慮して、始業時刻、終業時刻の認定に使うことができます。

 しかし、たとえば営業などで外回りをする等仕事で移動することが多い被災者の場合は、単純にいかないことがあります。AIの推測によるタイムライン上の滞在場所が一見仕事と関係なさそうな場合、会社から、その間は労働していないでサボっていた、と主張されることもあります。その場合は、タイムラインの表示を「元データを表示」に切り換え、滞在時刻と滞在場所の点をより細かく表示させ、被災者のその他の事情等も併せて人の頭で考え、推測します。

 たとえば被災者がよく行く建物の中に飲食店があり、タイムライン上は頻繁に飲食店で滞在しているかのように表示されても、「元データを表示」に切り換えた後の赤点の位置や滞在時間、飲食店の営業時間、被災者の職場の取引先が同じ建物に入っていることからすれば、被災者の場合は、飲食店ではなく職場の取引先に仕事で必要があって行っていたと説明することができることがあります。非常に細かい作業になりますが、うまく説明をすることができた時はうれしいものです。

Googleのタイムライン機能について

スマートフォンで地図アプリを利用されている方は多いでしょう。私自身も、初めて行く目的地を見つける際などにとても重宝しています。

地図アプリのなかでGoogle社が提供しているGoogleマップには、タイムラインという機能があるのをご存知でしょうか。この機能は、GPS機能によって何時から何時まで、スマホ(スマホの所持者)が、どこに所在したかという位置情報がスマホ内に記録されるという機能です。アプリ上で、カレンダーのように毎日のおおむねの行動履歴を振り返ることができるという、便利なような、恐ろしいような機能です(ただし、この機能がオンになっている必要があります)。

自死遺族に関する事件の中でも、例えば亡くなられた原因が働きすぎにあるような場合で、タイムカードなどの客観的資料が乏しいときや、タイムカードがあったとしても打刻時間が信頼できないような場合に、自死された方のスマホのタイムライン機能がオンになっていれば、会社内に所在していた時間が分かり、真実の労働時間を把握するための重要な手掛かりになることがあります。

かかるタイムラインの履歴は初期設定で無期限に保存されるものではないということに注意が必要です。Googleの仕様については確たる情報を把握しにくいのですが、一部ネットの情報によれば、タイムラインの自動削除機能のデフォルトの期間が、これまで18か月であったものが今年以後3か月になる(ただし、アップデート時にはユーザーに通知される)、とのことです。

そのため、自死の原因解明に位置情報が役立つかもしれないような案件では、これまでに比べて速やかにタイムラインを確認することが必要になると思います。なお、タイムラインは、パソコン上から見る場合、Googleマップにサインイン後、サイドバーから「タイムライン」をクリックすると確認することができます。

時間外労働規制の上限について

 働き方改革関連法では時間外労働の上限(臨時的な特別な事情がある場合でも年720時間以内、月100時間未満、2~6か月平均で80時間以内)が法定され、2019年4月から適用されてきました。

 しかし、建設業界・医師業界・運輸業界については、人材不足等の影響により長時間労働が常態化していたことから、労働時間の上限規制の適用が5年間猶予されましたが、2024年4月からは上限規制が適用されることとなります。

時間外労働の上限規制の適用猶予事業・業務|厚生労働省 (mhlw.go.jp)

 この上限規制には様々な例外が設けられており、その実効性については大きな疑義があります。この点については今後も検証していかなければなりません。

 少し話は変わりますが、私が住んでいる大阪では、2025年に大阪万博の開催が予定されております。

 報道によれば、大阪・関西万博を主催する2025年日本国際博覧会協会(万博協会)が、パビリオンの建設が遅れ2025年の開催が間に合わないことを危惧し、政府に、建設業界の時間外労働の上限規制を万博に適用しないよう要望し、10月10日に開かれた大阪・関西万博推進本部においては、出席議員らから「人繰りが非常に厳しくなる。超法規的な取り扱いが出来ないのか。工期が短縮できる可能性もある」「災害だと思えばいい」といった意見が出たという報道もありました。

 どのように解釈すれば建築納期に間に合わないことを「災害」と同様に考えられるのか全く理解できません。2023年7月31日のコラムで甲斐田沙織先生がご指摘されたとおり、東京オリンピック・パラリンピックの主会場である新国立競技場の建設現場で働いていた男性が、「身も心も限界な私はこのような結果しか思い浮かびませんでした」とメモに遺して自死した痛ましい事件がありました。

 今回の大阪万博は「いのち輝く未来をデザインする」ということをテーマに掲げています。

 労働者のいのちを守るため、今後も自分にできることをやっていきたいと思います。