テレワークのリスク

 世間では、新型コロナウイルス感染症の蔓延や緊急事態宣言の発令により、急速にテレワークが広まりました。

 それとともに、自死遺族支援弁護団のホットラインや寄せられた相談にも亡くなられた方がテレワークをしていたという相談を多く聞くようになりました。

 実際に、昨年5月の緊急事態宣言前のテレワークの実施率が26.0%だったのに対して、緊急事態宣言後には67.3%と約2.6倍に増加しています。また、これまで大企業での実施がほとんどだったものが、中小企業や小規模企業など従業員規模にかかわらず実施している企業が増加しました(東京商工会議所「テレワークの実施状況に関する緊急アンケート」参照)。

 テレワークは、通勤時間をなくし、特に都市部の激しい通勤ラッシュを回避することができ、ストレスの軽減とともに、通勤時の新型コロナウイルスへの感染の恐れもなくなります。削減した移動時間を自分の時間に有効に活用できるものとして、良い側面もあります。

 しかし、テレワークの場合に注意すべきこととして次のことが挙げられます。

 まず、テレワークによって、使用者が適切に労働時間や業務量を管理することができず、適切な労働時間内に終了することが到底不可能な業務量の指示が行われ、長時間労働を強いられる危険性が高まることです。

 そして、使用者は労働時間の管理が困難であるため、労働者を労働時間の規制が及ばない個人事業主にしたり、あるいは裁量労働制を導入するという動きがあり、本来労働者のいのちと健康を守るための労働時間規制を潜脱するものであり、許されません。 

 詳細は、「テレワークにおける適切な労務管理のためのガイドライン」(厚生労働省)を参照してください。

 また、テレワークによって上司や部下との間でコミュニケーションをとる機会が減少することが挙げられます。

 これまでは近くにいる社員との雑談で会社の現状や状況などの話をしたり、仕事の進め方で出てくる疑問を気軽に相談することができていたものが、テレワークでは最低限のオンライン会議でしか同僚や上司とコミュニケーションをとることができない可能性が高まります。

 特に、新入社員やその業務について経験の浅い社員などは、仕事の進め方が分からないまま上司から業務を指示され、気軽に同僚や上司に相談することができない状況を強いられます。また、そのような状況で仕事が進められないことに対して上司からメールにより叱責を受けるなどすれば、強い孤立感とストレスを感じることになり、メンタルヘルスの面では非常に危険な状態に置かれます。

 このようにテレワークの課題は様々あり、テレワークを導入するとしても企業にはテレワークによって生じるリスクを軽減するための措置が求められます。

 さらに、テレワークは周囲からどのような働き方をしていたのか見えづらい、分かりにくいという側面があり、事案の解明に苦労することも多くあります。

 亡くなられた方がテレワークをしていた場合には、自宅に残されたパソコンやスマホ、携帯電話等の電子機器には、例えばパソコンのログを取ることで何時から何時までパソコンを操作していたのか、メールで上司や同僚とどのようなやりとりをしていたかなど、生前の働き方を明らかとする重要な情報が残されている可能性が高いです。

 したがって、これらの重要な情報が残されたパソコンやスマホ等のデータを保存しておくことが極めて重要となります。

息苦しさを感じる時代

 仕事が原因で精神障害に罹患し、その結果自死される方は本当にたくさんいらっしゃいます。令和元年に自死された方2万169人のうち勤務問題が原因・動機のひとつと考えられる方は1,949人だったそうです(厚生労働省『令和2年版過労死等防止対策白書』より)。

 私が自死の問題を心に留めるようになったのは、身近な方が自死されたことがきっかけです。その方は、明るく、趣味も楽しんでおられ、まったく悩んでいる様子は見えませんでした。亡くなられた状況からは、仕事が原因ではないか、と思われましたが、なぜなのか、なぜこのようなことが起こるのだろうか、と衝撃を受け、納得できない気持ちでいっぱいになりました。

 仕事が原因で心身の健康を失ってしまうのは弁護士も例外ではありません。弁護士仲間から、「仕事が心配で寝られない日が続いている。」、「仕事の悩みから精神科に通院し、服薬しながらなんとか働いている。」、「仕事量が多く休みなく働いており、仕事をしようとすると涙が止まらなくなる。」という悩みを聞くことも珍しくありません。

 SNSで、「コロナ禍で多くの人が苦しんでいるのに申し訳ないが、自分の夫は、いつも仕事に追われ続けていた。コロナ対策で在宅勤務となったことで、はじめて家族の時間を持ち、人間らしく暮らすことができた。」との書き込みを目にしました。人間らしく生きる、ということが非常に困難な時代に息苦しさを感じます。

 自死された方のなかには、日記やSNSなどにお気持ちを残されている方もおられ、それを読むと、周りの環境に追い詰められる様子に心が痛くなると同時に、これは、誰にでも起こりうる出来事なのだと感じます。自死された方やご遺族に原因があるのではなく、異常な周りの環境に原因があり、自死された方は、とても良心的な、ごく普通の感性をお持ちの方が多いように思います。もちろん、私が知っている限りあるケースについてではありますが…。

 私にできることは少なく、世の中が変わるのには時間がかかるかもしれませんが、微力ながらご遺族の方のお力になれるように、また仕事のせいで精神の健康を崩し自死されるというケースがなくなるように、活動していきたいと考えております。

自死者数の増加について

1998年に自死者数が3万人を超えました。2006年に自殺対策基本法が施行され、様々な対策がとられてきました。その後、近年は自死者数は減少してきました。

しかし、コロナショックのためか、2020年8月の自死者数は前年同月と比べて増加傾向に転じました。当弁護団でも、例年であれば1月から8月の間の相談数はおおむね40件から50件でしたが、今年は60件を超えていました。9月に入っても、相談数は減りません。9月の自死者数を聞くのが恐くなります。

私がこのコラムを書いている間にも、死にたいくらい辛い気持ちを抱えて自死しようか迷っている方々がいて、大切な人が亡くなったことで悲しみにくれている方々がいます。

私は弁護士ですから、法的な問題には対処できるかも知れませんが、死にたいくらい辛い気持ちは、法的な問題だけでは解決できません。また、そのような方々に単純に「こうすれば良い。」と言うこともできません。

ただ、1998年と2020年が異なるのは、様々な生きるための支援が整備され、死にたいくらいに辛い気持ちを抱えた方々に寄り添おうとする取り組みが存在するという点です。このような支援や枠組みが、自死しようか迷っている方々にとって、少しでも意味があることを心から祈りたいですし、信じたいと思います。