1 はじめに
遺族からの相談を受けていると、ときどき、雇用契約とは異なる働き方をしていたケースを目にすることがあります。とくに、最近はWebサイトなどのプラットフォームを通じて、一般の消費者がモノや場所、スキルなどを他の消費者に提供したり共有したりする、シェアリングエコノミーと呼ばれるビジネスモデルが急速に拡大しています。
このようなビジネスモデルに従事する労働者が、長時間労働等により過労死した場合、プラットフォーム提供者に責任追及を行うことができるかは、今後大きな問題となっていく可能性があります。
2 UberEatsの配達員は労働者?
業務委託や請負が増加している原因については,現代における就業形態の多様化が挙げられることも多いですが、実際には、人件費削減,生産変動への対応などが動機となり、実質的にはどう見ても雇用であるケースも少なくありません。ILOは,2006年の「雇用関係に関する勧告」(Recommendation concerning the employment rerationship)において,本来は雇用の関係にあるべき者が他の契約形態を押し付けられる状態について「偽装雇用」と評価していましたが、近時のシェアリングエコノミーの出現によって世界的にこのような働き方がかなり普及しつつあるのが現状のように思います。
シェアリングエコノミーの代表例としては、Uberの事例が挙げられます。Uberとは米国のUber Technologies Inc.が運営するオンライン配車サービスで、携帯のUberのアプリを通じて車の手配を依頼すると、携帯のGPS機能から位置情報が割り出され、付近を走行している提携車を呼び出せるようになっています。専業のタクシーがめったに通らない辺鄙な場所でも提携ドライバーがいれば手軽に交通手段を得ることができ、また、ドライバーにとっても空いた時間に副業として手軽に収入を得ることができることから世界中に一気に広がりました。他方で、これらドライバーは会社との雇用契約を前提としないので、労働者性が否定され、最低賃金や労災保険など、労働者保護を目的として規定された法の適用を受けないのではないかが以前から争点となっていました。
日本ではUberを起源とするUberEatsが都市部を中心に普及していますが、このような働き方について労基法や労災保険法上の労働者性を肯定するか否か明確な結論が出ていないようです(東京都労働委員会が2022年に労組法上の労働者性を肯定する命令を出したことはありますが、これはあくまで労働組合法上の労働者性に関する判断です。)。他方で、海外では、ドライバーの会社に対する経済的従属性を根拠に、労働者性を肯定する判決が複数出ています。イギリスでは、2021年にUberドライバーの労働者性を肯定し、最低賃金の適用を認める最高裁判決が出ています。アメリカでは、2019年にUberドライバーの労働者性を認め失業保険の受給資格を認めた判決が出されましたが、その後州法レベルでは様々な判断が拮抗している状況です。
3 指揮命令関係が形式的には希薄な場合、過重労働の責任は誰が追うのか?
もっとも、このような経済的依存関係・従属関係が認められる一方で、業務についてある程度の諾否の自由が認められているケースについて、企業にどの程度の労働時間把握義務が認められるのかという論点については、世界的にも結論が出ていないように思われます。
既に述べたとおり、雇用契約が存在しなくとも、使用者、被使用者の関係と同視できるような経済的、社会的関係が認められる場合には、労働時間把握義務は認められる余地があります。もっとも、例えばUberのような業務量を自分で選択できる勤務形態の労働者やその遺族が長時間労働を理由に企業補償を求めた場合、企業側からは、「業務量の把握が困難である以上労働時間の把握は不可能である、したがって、過重労働による健康悪化を予見することは困難である。」といった反論が出てくることが容易に想像できます。
これに対して労働者側がどのような法律構成で労働時間把握義務を主張可能かですが、現状では、過去の裁判例が定立した「使用者、被使用者の関係と同視できるような経済的、社会的関係」(鹿島建設・大石塗装事件)、「特別の社会的接触関係」(鳥取大学事件)といった規範に合致する事実を丁寧に拾って主張を組み立てるというのが現実的と思われます。海外でUberドライバーに労働者性が認められた根拠も、形式的には乗客の評価という形を取りつつもドライバーに対する接客態度等実質的な指揮命令関係が存在した点にあります。このような実質的指揮命令関係の中に、業務量に関するものがなんらかの形で含まれており、過重労働を回避する術が労働者側に実質的にみて存在しないと評価されれば、これを根拠に労働時間把握義務を構成することが可能となるでしょう。
また、企業は経済的依存関係・従属関係がある労働者を用いて利益を得ている以上、労働者の健康に対して何らかの責任を負うべきでしょう。このような価値判断は過去の裁判例に照らしても一定の正当性を含むものと考えます。こういった大きな視点から主張を組み立てることも必要なように思います。