不当に高額な請求に対しては弁済供託をするという手段もあります

借りていた部屋で自死された案件では、家主から、相続人や連帯保証人であるご遺族に対し、部屋の価値が下落したなどとして損害賠償請求されることがあります。

そのようなケースの裁判ではその部屋の賃料の1~3年分や自死行為により破損等した箇所の修理費等について支払い義務が生じると判断されることが多いです。
(詳しくは「自死遺族が直面する法律問題-賃貸トラブル-」のご説明をご覧ください。)

最近は減ってきたように思いますが、家主によっては裁判になればご遺族が支払わなければならないと判断されるであろう損害額をはるかに上回るような損害賠償請求をしてくることもあります。過去には大家から賃料10年分を請求してこられて当弁護団にご相談に来られたご遺族がいらっしゃいました。

大事な人を亡くした深い悲しみの中にいるご遺族が大家からの請求が正当なものなのかどうかなどを冷静に判断することなどできないと思います。
ですから当弁護団のホームページをご覧のご遺族は、大家から金銭の支払い請求が来るなどしたら、必ず当弁護団にご相談ください。

家主からの損害賠償請求の金額が不当に高額ではあるが、その一部については支払わなければならないため早急に支払いたいものの、大家が不当に高額な損害額全てについて支払わないのであれば、お金を受け取らないという場合もあります。
支払わなければ遅延損害金が年3%かかってきますので、支払えるのであれば早く支払ってしまいたいという方もいらっしゃるでしょう。

そのような場合は、弁済供託という手段をとることもできます。
支払うべき金額を法務局に納めることで、大家に支払ったことと同じ効果が生じます。
裁判上、遺族が支払うべきと認められることが見込まれる金額を弁済供託することで、大家がそれ以上の請求をすることをあきらめてくれることもあります。

弁済供託は法務局に問い合わせれば方法を教えてもらえますので、ご自身でも可能と思いますが、支払うべき金額がいくら程かについては弁護士にご相談ください。
また、供託手続自体を弁護士に委任することも可能です。

遺族支援とは何か ③賃貸事案による偏見の可視化

先に「①「遺族支援」が生まれるまで」で述べた自死に対する偏見について、遺族はぼんやりと感じてはいたものの、「これこそまさに偏見である。」という形で可視化することがなかなか難しい、という点が問題でした。
そのような中で、2011年の頃から徐々に社会問題化していったのが賃貸事案でした。

賃貸物件内で賃借人が自死した場合、「気味悪がって次の借り手がつかない」という理由で、賃貸人が遺族に損害賠償請求を行うことが急速に拡大していった時期でした。
裁判所は、「気味悪がって次の借り手がつかない」ことについて「心理的瑕疵」にあたると判断し、遺族に損害賠償を命じる判決を出していました。
他方で、孤独死や病死については、遺族への賠償義務は発生しないとされていました。

遺族に対する損害賠償義務を肯定する裁判所の判断に対しては、様々な視点から批判をすることが可能です。

  • WHOの報告によれば、自死した人の97%は何らかの精神障害の診断がつく状態であったとされています。精神障害により死以外の選択肢が見えない状態で亡くなった場合に、遺族に損害賠償責任を負担させるという価値判断は妥当と言えるか。
  • 「命を粗末にした。」等、自死者に対する倫理的非難が上記価値判断には含まれているように思われる。しかし、自死が精神障害の影響であるとして「命を粗末にした」という非難は成り立つのか。そもそも自死は自己決定により行われたものと言えるのか。
  • そもそも「気味が悪い」とは何なのか。化けて出るというのであれば、孤独死であろうが自死であろうが死因によって差が出るものなのか。これこそ偏見ではないか。
  • 過労自殺によってアパート内で自死した事案について、遺族のみに経済的負担が課せられるという結論に問題はないか。自死のリスクは遺族だけではなく過重労働をさせた社会全体が負担すべきものではないか。

このように、賃貸事案は、自死に対する医学的、倫理的、社会科学的な理解が問われる論点を含んでいました。当時は自死者が3万人を超えていた時期でもあり、メディアで取り上げられることも多かったように思います。
何より、裁判所の判断という形で、自殺に対する偏見(少なくとも他の死因とは異なった扱いが当然視されていること。)が可視化されたことが大きかったように思います。遺族が感じている違和感を当事者以外の人に説明することが容易となり、自死に対する偏見がようやく社会的に認知されるようになっていきました。

*賃貸事案への対応については、「自死遺族が直面する法律問題‐賃貸トラブル‐」をご参照ください。