ご遺族からの相談を聞くに当たって

1 「こんなにしっかりと話を聞いてもらえたのは初めてです。」といった類いの言葉を法律相談の場で聞く度に複雑な気持ちになります。「ここに来るまでに○人断られました。」という話も同様です。

 確かに、相談の中には法律ではどうしようもない事案もあり、「対応出来ない」とはっきり伝えることが大切な場合もあります。しかし、上記のように仰って頂ける事案の中には、相談を聞いた弁護士が、可能な限り話を理解しようと努め、かつ、確かな知識を有している場合であれば、何らかの方針を示すことができた事案も少なくありません。また、相談を聞いたその場では馴染みのない法律関係に関する話であったとしても、話を整理する過程でとっかかりとなる法令や判例を調べてみることで、お伝え出来ることが出てくる場合も少なくありません。

 つまりは、法律相談に来られた方の抱えている問題の解決に向けて、対応した弁護士がどれだけ広い視野を持って「本気で」考えたかによって、その対応に大きな違いがあるということだと思います。

2 この点、自死に関するご遺族からの相談においては、できるだけ多角的に事案を検討する必要があることから、原則として、ご遺族の主訴にとらわれることなく、あらゆる可能性を考えて聴き取りに当たることが必要となります。

 例えば、賃貸マンションにおける自死のケースで、家主からの賠償請求の有無や金額を教えて欲しいといったご遺族の相談を想定した場合、その点だけを答えて終わってしまうと、後々取り返しのつかない場面が出てくる場合があり得ます。具体的には、自死者自身の預貯金もそれほど多くなく、ご遺族にも経済的な余裕がない場合に、家主からの損害賠償請求額が数百万円になることが見込まれるという理由だけで安易に相続放棄を勧めて終わってしまうような場合です。このとき、ご遺族自身も相談時に思い至っていなかった事情として、実は、働き過ぎや職場でのパワーハラスメントなどが原因で精神障害を発病し、結果として自死してしまったという事情が隠されていたらどうなるでしょうか。その可能性を考慮せずに安易に相続放棄を勧めて法律相談を終えてしまうと、後に勤務先に対して数千万円の損害賠償請求が可能となる事案であったとしても、早々に相続放棄をしたことにより、気付いた時にはその権利を失っていてどうにもならない、ということになります。

3 別の例として、自死者の遺品から、一見すると交際相手とうまくいかなくなったことが自死の原因であるかのように考えられ、ご遺族の主訴も、交際相手に何か請求出来ないか、というものであったというケースを想定してみます。このとき、遺品から伺える交際相手とのやり取りが、男女間の日常的ないさかいの域を出ない程度のやり取りであったと考えられる場合には、「交際相手への請求は法的には難しいですね。」などと助言して終わってしまう場合もありうるところです。しかし、生前の自死者の人柄や、自死前の様子の変化などに聞き取りの範囲を広げていくことで、実は、交際相手とうまくいかなくなっていたのは、仕事のストレスで本人も気付かないうちに精神障害を発病していたからであって、本当の原因は職場にあったという場合もあるかもしれないのです。

4  上記2つの例において、ご遺族の主訴だけにとらわれて相談を終えてしまうと、亡くなられた方が何に苦しんでいたのかという真実にたどり着くことは困難となりますし、ご遺族の重要な法的権利を失わせることにもなりかねません。しかし、対応する弁護士があらゆる可能性を視野に入れて事情を聴き取ることで、それを防ぐことができる場合もあるでしょう。

 他方で、ご遺族の中には、様々な事情から、多くのことを話したがらない方もおられます。そのため、常に詳細を聞き取ることができる訳ではありませんが、だからといって、相談に臨む弁護士が、詳細を聞き取らなくても良いということにはなりません。

5 自死遺族支援弁護団では、可能な限り広い視野にに立った上で様々な法的問題に対応出来るよう、所属する弁護士間での情報共有や勉強会などを通じて日々研鑽を重ねています。

 皆様から安心してご相談頂ける様、私自身も努力し続ける所存です。

自死にまつわる賃貸トラブルについて

 当弁護団には様々な自死にまつわるご相談が寄せられます。その中で、先日ご遺族より、「建物を借りていた子供が賃貸建物にて自死してしまった結果、当該自死により賃貸建物の価値が大幅に下落したとして、賃貸人より下落した価値に相当する損害賠償を請求されている。」とのご相談がありました。

 賃貸人からこのような請求をされると、多くの方は、「賃貸人から請求されているので払わなければならないのではないか。」と考えてしまうのではないでしょうか?

 しかし、実際には多くの場合、賃貸建物の減価分全額の損害賠償を行う必要はございません。

 大阪高裁平成30年6月1日判決は、「結局、本件建物が賃貸を目的とした収益物件であることを考えると、特段の事情のない限り、賃借人の自殺により本件土地建物の減価があるとしても、賃借人の債務不履行と相当因果関係のある損害は、本件建物の内、本件居室の賃料収入に係る逸失利益が発生することに基づく減価というべきである。」と判示しております。

 この判例は、賃貸人が賃貸建物を売却しようとしていたことを賃借人が知っていた等の特段の事情がない限り、自死による賃貸建物の価値減価分全額まで賠償する必要はないと判示しています。

 このように、裁判例を知らないことにより、本来支払わなくても良い損害賠償を請求され、これを支払ってしまうケースも多くあります。

 賃貸人等から何らかの請求をされた場合でも、安易に支払わず、本当に支払わなければならないものなのか、まずはお気軽に当弁護団にご相談ください。

>>自死遺族が直面する法律問題「賃貸トラブル」

不当に高額な請求に対しては弁済供託をするという手段もあります

借りていた部屋で自死された案件では、家主から、相続人や連帯保証人であるご遺族に対し、部屋の価値が下落したなどとして損害賠償請求されることがあります。

そのようなケースの裁判ではその部屋の賃料の1~3年分や自死行為により破損等した箇所の修理費等について支払い義務が生じると判断されることが多いです。
(詳しくは「自死遺族が直面する法律問題-賃貸トラブル-」のご説明をご覧ください。)

最近は減ってきたように思いますが、家主によっては裁判になればご遺族が支払わなければならないと判断されるであろう損害額をはるかに上回るような損害賠償請求をしてくることもあります。過去には大家から賃料10年分を請求してこられて当弁護団にご相談に来られたご遺族がいらっしゃいました。

大事な人を亡くした深い悲しみの中にいるご遺族が大家からの請求が正当なものなのかどうかなどを冷静に判断することなどできないと思います。
ですから当弁護団のホームページをご覧のご遺族は、大家から金銭の支払い請求が来るなどしたら、必ず当弁護団にご相談ください。

家主からの損害賠償請求の金額が不当に高額ではあるが、その一部については支払わなければならないため早急に支払いたいものの、大家が不当に高額な損害額全てについて支払わないのであれば、お金を受け取らないという場合もあります。
支払わなければ遅延損害金が年3%かかってきますので、支払えるのであれば早く支払ってしまいたいという方もいらっしゃるでしょう。

そのような場合は、弁済供託という手段をとることもできます。
支払うべき金額を法務局に納めることで、大家に支払ったことと同じ効果が生じます。
裁判上、遺族が支払うべきと認められることが見込まれる金額を弁済供託することで、大家がそれ以上の請求をすることをあきらめてくれることもあります。

弁済供託は法務局に問い合わせれば方法を教えてもらえますので、ご自身でも可能と思いますが、支払うべき金額がいくら程かについては弁護士にご相談ください。
また、供託手続自体を弁護士に委任することも可能です。

遺族支援とは何か ③賃貸事案による偏見の可視化

先に「①「遺族支援」が生まれるまで」で述べた自死に対する偏見について、遺族はぼんやりと感じてはいたものの、「これこそまさに偏見である。」という形で可視化することがなかなか難しい、という点が問題でした。
そのような中で、2011年の頃から徐々に社会問題化していったのが賃貸事案でした。

賃貸物件内で賃借人が自死した場合、「気味悪がって次の借り手がつかない」という理由で、賃貸人が遺族に損害賠償請求を行うことが急速に拡大していった時期でした。
裁判所は、「気味悪がって次の借り手がつかない」ことについて「心理的瑕疵」にあたると判断し、遺族に損害賠償を命じる判決を出していました。
他方で、孤独死や病死については、遺族への賠償義務は発生しないとされていました。

遺族に対する損害賠償義務を肯定する裁判所の判断に対しては、様々な視点から批判をすることが可能です。

  • WHOの報告によれば、自死した人の97%は何らかの精神障害の診断がつく状態であったとされています。精神障害により死以外の選択肢が見えない状態で亡くなった場合に、遺族に損害賠償責任を負担させるという価値判断は妥当と言えるか。
  • 「命を粗末にした。」等、自死者に対する倫理的非難が上記価値判断には含まれているように思われる。しかし、自死が精神障害の影響であるとして「命を粗末にした」という非難は成り立つのか。そもそも自死は自己決定により行われたものと言えるのか。
  • そもそも「気味が悪い」とは何なのか。化けて出るというのであれば、孤独死であろうが自死であろうが死因によって差が出るものなのか。これこそ偏見ではないか。
  • 過労自殺によってアパート内で自死した事案について、遺族のみに経済的負担が課せられるという結論に問題はないか。自死のリスクは遺族だけではなく過重労働をさせた社会全体が負担すべきものではないか。

このように、賃貸事案は、自死に対する医学的、倫理的、社会科学的な理解が問われる論点を含んでいました。当時は自死者が3万人を超えていた時期でもあり、メディアで取り上げられることも多かったように思います。
何より、裁判所の判断という形で、自殺に対する偏見(少なくとも他の死因とは異なった扱いが当然視されていること。)が可視化されたことが大きかったように思います。遺族が感じている違和感を当事者以外の人に説明することが容易となり、自死に対する偏見がようやく社会的に認知されるようになっていきました。

*賃貸事案への対応については、「自死遺族が直面する法律問題‐賃貸トラブル‐」をご参照ください。