管理職の労災認定

店長や工場長など、管理職の労働者は給与明細を見ても残業代の支給を受けていないことがあります。
このような労働者が過労死した場合、遺族補償給付の算定においても残業代が加味されていないケースが少なくありません。私自身、部下が2~3名であるにもかかわらず、労基署から「管理監督者」に該当しないことを理由に遺族補償給付の金額を大幅に少なく認定されたケースを複数回経験しています。

私たちの弁護団では、労災認定された際、必ず給付基礎日額を確認するようにしています。特に長時間労働によって発病したケースについては、ノルマ等に追われて長時間労働を強いられたにもかかわらず、そのことが遺族補償給付の支給額に反映されないとすれば疑問であると考えています。実際、厚労省も、現実に既に支払われている賃金だけをもとに給付額を算定するのではなく、管理監督者に該当しない場合には、本来支払われるべきであった残業代を給付額に反映させるのが正しいという解釈を採用しています※1。

裁判例によると、管理監督者は以下の3点を基準に判断されるとされています。

  1. 経営者と一体的な立場で仕事をしている(業務内容、権限、責任)
    労務管理方針の決定に参画し、あるいは労務管理上の指揮監督権を有し経営者と一体的な立場にあること(労働時間規制の枠を超えて活動せざるを得ない重要な職務と責任を有しているか)。
  2. 出社、退社や勤務時間について厳格な制限を受けていない(勤務形態)
    自己の勤務について自由裁量の余地があり、出勤・退社について一般労働者と同様の厳格な規制を加えることが適当でないような地位にあること。
  3. その地位にふさわしい待遇がなされている(給与、手当)
    その地位に対して何らかの特別給与が支払われていること。

Ⅰについては、当該労働者について、部下の人数、採用や人事評価について最終決定権限があるか、実際に担当している業務内容、経営会議など会社の経営方針を決める会議に参加しているか等を基準に判断されます。

Ⅱについては、労働者が自身の労働時間を自分でコントロールできているかが重要です。残業に次ぐ残業という状態であれば自分の労働時間を自分でコントロールできている状態とは言えないと思われます。

Ⅲについては、ケースバイケースですが、全労働者の中の上位何パーセントかといった資料をもとに判断していくことになります。

不服申立の方法としては、まずは審査請求、難しければ再審査請求、行政訴訟といった形で段階的に手続を進めていくのが基本ですが、審査請求をした日から3ヶ月を経過しても決定がない場合は、時間短縮のため再審査請求を経ずに行政訴訟を提起することも可能です。 労基署段階では、会社の言い分をうのみにして安易に管理監督者に該当すると判断されてしまうケースが少なくありません。おかしいなと思ったら、当弁護団にご相談ください。

※1 労災補償業務の運営に当たって留意すべき事項について」(H22.2.25,H25.2.26,H26.2.4,H27.2.13,H30.2.22)

『労働者』ではないから、労災・過労死・過労自死ではない?

 長時間労働や職場の過重なストレスによってメンタルヘルスを害し、自死に至ったにもかかわらず、「労働者ではないから労災ではない」「過労死や過労自死には当たらない」と使用者から説明されたり、労災手続の段階でそのような判断が問題となったりするケースがあります。

 近年では、ウーバーイーツなどのプラットフォームワーカーをはじめとする新しい働き方において、労働者性が争われる場面も増えています。

 一方で、残業代の支払いや労働法に基づく労務管理を免れることを目的として、一般的な労働者としての働き方をしている人を「労働者ではない」と扱う、古典的で乱暴な手法も依然として見られます。

 その名目はさまざまです。請負、委任、外注、業務委託、フリーランスとの契約形式にしたり、役員・経営者や、研修生、弟子、有償ボランティアなどとされたりすることがあります。

 しかし、「労働者」に当たるかどうかは、契約書の文言や呼ばれ方によって決まるものではありません。実際の働き方に基づいて判断されます。

 具体的には、使用者の指揮命令の下で働いているか、労務の対価として賃金(名称が「報酬」であっても「賃金」であっても変わりません)が支払われているかなどの事情を総合的に見て判断されます。

例えば、

  • 上司や会社の指示に従わなければならず、実質的に断ることができない
  • 勤務時間が自由に決められなかったり、遅刻や欠勤にペナルティがある
  • 成果報酬ではなく、働いた時間・日数単位や月の固定報酬で支払われている
  • 社員と共に、同じ業務を行っている

などの事情が含まれていれば、契約の形式や呼称にかかわらず労働者と認められる可能性があります。

このように、本来は労働者となる働かせ方をしながら、残業代などの支払義務を免れるために非労働者扱いをしている職場では、健康被害を顧みない長時間・過重労働が強いられることも少なくありません。

 そのような働き方の結果、労災事故に遭った場合はもちろん、長時間労働や過重な心理的負荷によって精神障害を発症したり、自死に至ったりした場合でも、労働者性が認められれば労災補償の対象となる可能性があります。使用者が労災保険の加入手続を怠っていたとしても、事後の手続きで労災受給は可能です。

 家族が、会社や上司に逆らえない状況で長時間働いて、心身の健康を損ねたという事情がある場合には、「労働者ではないから労災にならない」「過労死・過労自死には当たらない」と説明されても、その説明をうのみにする必要はありません。契約の形式だけではなく、実際の働き方を踏まえ、実態として労働者にあたるのではないか、専門家と相談・検討することをお勧めします。

労災認定基準・公務災害認定基準と民事上の損害賠償請求の関係について

1  はじめに

 労働者や常勤の地方公務員が長時間労働やパワーハラスメントなどによって過労自殺(自死)した場合、ご遺族が行える法的手続は、行政手続である労災請求・公務災害認定請求と、民事手続である損害賠償請求に分けることができます。

 労災請求・公務災害認定請求と損害賠償請求はそれぞれ別個独立した手続きですが、いずれも「業務・公務によって精神障害を発病して自殺(自死)が生じた」という法的なつながり(因果関係)を要件とする点では共通しています。

 もっとも、労災請求・公務災害認定請求の因果関係と、損害賠償請求の因果関係は、同じような事実の流れを見ているようであっても、「直ちに同視することには、問題がある」(※1)とされてきました。

 では、労災請求・公務災害認定請求の因果関係と、損害賠償請求の因果関係は、一体どのような関係にたつのでしょうか?

 静岡県警事件最高裁判決とその補足意見(最高裁令和7年3月7日判決・民集79巻3号1159頁)は、この議論に一定の解決を示したとされています。

 今回はこの最高裁判決を取り上げ、労災請求や公務災害認定請求の因果関係が、損害賠償請求の因果関係に与える影響について解説します。

2  なぜ「直ちに同視することには、問題がある」?

 ではなぜ労災請求・公務災害認定請求の因果関係と、損害賠償請求の因果関係を「直ちに同視することには、問題」があるのでしょうか?

 その理由はそれぞれの請求の目的が異なる点にあります。

 労災請求・公務災害認定請求は、使用者や地方自治体の落ち度(安全配慮義務違反)を要件とせずに、長時間労働やパワーハラスメントによる心理的負荷(職場に内在された危険)が現実化してうつ病や自殺(自死)が生じたならば、速やかに補償を行うという点に目的があります。仮に、使用者や地方自治体の落ち度(安全配慮義務違反)が要件になっていると、使用者や地方自治体が落ち度を否定することで紛争が長期化し、補償がなかなか行われないことになって、速やかに補償を行うという制度の目的が達成できなくなります。

 これに対して、損害賠償請求は、過労自殺(自死)という損害が発生した場合に、使用者や地方自治体に対して損害を負わせるのが公平なのか、それとも負わせないことが公平なのかという、損害の公平な分担が制度の目的になります。損害賠償請求は、使用者や地方自治体に損害を負わせることが前提となりますので、使用者や地方自治体の落ち度(安全配慮義務違反)が要件となります。

 このように、労災請求・公務災害認定請求は業務・公務に内在した危険が現実化した場合に補償することを目的とし、損害賠償請求は損害を公平に分担させることが制度の目的となっていますので、背景にある考え方が異なるのです。

 とはいえ、それぞれ「業務・公務によって精神障害を発病して自殺(自死)が生じた」という法的なつながりを問題とする以上、労災請求・公務災害認定請求の因果関係と損害賠償請求の因果関係がどのような関係に立つのか、訴訟の実務では問題とされてきたのです。

3  労災認定基準と公務災害認定基準における因果関係

 労災請求・公務災害認定請求における因果関係は、前記2のとおり、職場にあった危険が現実化したかという観点から判断されます。長時間労働やパワーハラスメントなどによる心理的負荷は職場における危険と評価されます。この危険が現実化することによって精神障害を発病して自殺した場合、「業務・公務によって精神障害を発病して自殺(自死)が生じた」という因果関係が認められることになるのです。

 そして、労災請求・公務災害認定請求における因果関係の認定基準は、前者では「心理的負荷による精神障害の認定基準」(基発0901第2号令和5年9月1日)(以下「労災認定基準」といいます。)が、後者では「精神疾患等の公務災害の認定について」(令和6年3月22日地基補第132号)(以下「公務災害認定基準」といいます。)が用いられています。

 労災認定基準と公務災害認定基準は、精神医学や心理学などの考え方をベースにしています。

 まず精神障害の発病は、その人が受けたストレスの強さと、その人個人が持つ精神的な弱さとの相関関係で決まるとされています。例えば、非常に強いストレスを受けた場合は、精神的な弱さが殆どない人でも精神障害を発病することがあります(例えばPTSDなど)。これに対して、精神的な弱さが非常に大きい人は、少しのストレスでも精神障害を発病することがあるのです。

 また、ストレスは人によって受け取り方が異なります。そこで、心理学の分野では、たくさんの人に対してアンケートをとり、職場での出来事(長時間労働やパワーハラスメントなど)のストレスの強さに点数をつけてもらうことで、ストレスの強さを客観化する研究が行われてきました。例えば、パワーハラスメントは多くの人がストレスを感じるので点数が高く、職場のOA化は少なくとも若い人達は働き始める前から日常的に使用していたのでストレスの点数が低くなります。そして、このような研究を踏まえて、これらの認定基準では、職場の出来事毎に、「この出来事についてこれくらいの事情があれば、精神障害を発病するくらいのストレス強度があるだろう。」という具体例を表にまとめています。

 実際の認定実務では、労働基準監督署や地方公務員災害補償基金が職場の働き方などについて調査を行い、その調査結果を労災認定基準と公務災害認定基準に当てはめて、「業務・公務によって精神障害を発病して自殺(自死)が生じた」という因果関係の有無を判断することになります。

4 労災認定基準と公務災害認定基準は静岡県警事件最高裁判決でどのように使われたか?

 静岡県警事件は、静岡県警で警部補の地位にあったAさんの妻子が静岡県に対して損害賠償を請求した訴訟(以下「妻子訴訟」といいます。)と、Aさんの父母が静岡県に対して損害賠償を請求した訴訟(以下「父母訴訟」といいます。)の二つの訴訟で争われました。

 そして、第一審(広島地裁福山支部)は、上記の事実を総合して、いずれの訴訟についても静岡県の責任を認めました。

 しかし、控訴審(広島高裁)は、妻子訴訟では第一審の判断を維持して静岡県の責任を肯定したものの、父母訴訟では静岡県の責任を否定しました。

 妻子訴訟では静岡県が、父母訴訟では父母が最高裁に対して上告・上告受理申立をしたのです。

 静岡県警事件最高裁判決は、判決の本文では明示していませんが、補足意見で重要なことを指摘しています。補足意見は、判決本文で示された結論に至る考え方の過程を明らかにしているので重要なのです。少し長いですが、引用します。

 「地方公務員の業務の関係で、地方公共団体が国家賠償法1条1項又は安全配慮義務違反に基づく損害賠償責任を負うか否かを判断するに当たっては、当該地方公務員が従事した業務に係る諸般の事情を総合的に考慮すべきであるが、その際には、認定基準とともに労災認定基準に示された知見をもしん酌し得るものと考えられる。もっとも、上記の各補償等は、無過失の危険責任に基づく制度であって、上記損害賠償責任とは趣旨を異にするものであり、上記の各基準も、法令が定めるものではないから、これらに示された知見をしん酌し得るといっても、形式的に当てはめるべきものではなく、あくまでも、経験則上の一つの知見としてしん酌するというべきものである。

 また、本件との関連でみると、認定基準において、『その他強度の精神的又は肉体的負荷を与える事象』があったものと判断できる場合の一つとして、『発症直前の1か月以上の長期間にわたって、質的に過重な業務を行ったこと等により、1月当たりおおむね100時間以上の時間外勤務を行ったと認められる場合』が示されているが、同時に、これ『に準ずるような業務負荷があったと認められる場合』が示されており、これらは、単に、業務の質的な過重性や時間外勤務の時間数だけではなく、関係する諸事情を考慮して、その負荷の程度を評価すべき趣旨を含むものと解される。

 また、労災認定基準においても、『業務による強い心理的負荷が認められること』の要件に関し、具体的出来事の心理的負荷の強度の具体例が示されており、その中には、仕事の量・質に関する具体例として本件に関連するものが含まれるが、そのような具体例も例示であるから、これらを踏まえ、関係する諸事情を考慮して、その負荷の程度を評価すべき趣旨を含むものと解される。上記の各基準に示された知見をしん酌する場合も、以上の趣旨を踏まえて行うのが相当である。」

 このように、静岡県警事件最高裁判決の補足意見は、損害賠償請求において、「業務・公務によって精神障害を発病して自殺(自死)が生じた」という因果関係の有無を検討する際、労災認定基準と公務災害認定基準において示された精神医学や心理学の知見(考え方)を経験則上の物差しの一つとして使用できると明示したのです。

 また、この補足意見は、損害賠償請求の因果関係を判断する上で、労災認定基準と公務災害認定基準に示された精神医学や心理学の知見(考え方)を踏まえることができるとしても、これらの認定基準に示された具体例に形式的に当てはめることは許されず、事件に関係する様々な事情を考慮しつつ業務による心理的負荷の強度を判断しなければならないと明示した点も意義があります。父母訴訟の控訴審は、事件に関係する様々な事情を考慮せず、公務災害認定基準に示された具体例に形式的に当てはめて静岡県の責任を否定しました。この補足意見は、そのような控訴審の認定を非難していると考えられます。

5 ご遺族の方々へ

 労働者や常勤の地方公務員が長時間労働やパワーハラスメントなどによって過労自殺(自死)した場合、労災認定や公務災害認定が出ていれば、その認定の判断で用いられた証拠や事実認定が、そのまま民事上の損害賠償請求の場でも強力な武器になり得ます。

 一方で、労災請求または公務災害認定請求をしていない場合でも、労災・公務災害の認定基準の考え方を民事上の損害賠償請求における立証に活かすことができます。また、認定基準に形式的に該当しないと思われる場合であっても、民事上の損害賠償請求の場において、業務の内容・量・時間を総合的に検討した結果、会社・地方自治体に対する損害賠償請求が認められることもあります。 

 ただし、これらの手続きは互いに複雑に絡み合っており、どのような順序でどのような証拠を集めるかによって、結果が大きく左右されます。一人で抱え込まず、ぜひ早めに弁護士にご相談ください。

>>自死遺族が直面する法律問題 -過労自殺(自死)-

>>解決までの流れ 過労自殺(自死)の場合 -労災-

>>解決までの流れ 過労自殺(自死)の場合 -損害賠償-

※1 最高裁判所判例解説民事篇平成12年度(上)358頁

よくご質問されること

 過労自殺(自死)のご依頼を受けると、遺族の皆様によく聞かれるのが、「今何の手続をしているのかわからなくなってしまいました」というご質問です。(私のご説明がわかりにくいのも原因かもしれませんが、)過労自殺(自死)の事件では、たくさんの手続を順番に、または平行して進めることになるので、確かにわかりにくいかもしれません。もちろん、何度聞いていただいても良いのですが、せっかくなので、まとめておきたいと思います。

 本弁護団のHPでも、「自死遺族が直面する法律問題」の「過労自殺(自死)」の項目で記載しているように、労働者である故人が過労自殺(自死)で亡くなった場合には、大きく分けて、労災保険の請求と会社に対する損害賠償請求ができます。それぞれ、完全に独立した手続で、どちらかだけを請求することもできますし、両方同時に請求もできますし、どちらかを先行させて請求することも可能です。

 更に、これらの請求の前に、裁判所を通じて証拠保全手続を行うこともありますし、会社に対して直接証拠の任意開示を請求することもあります。

 従ってこれらを組み合わせて、例えば、「証拠保全手続」→「労災保険申請」→「損害賠償請求訴訟」の順番で手続を行う場合、それぞれ「裁判所の手続」→「行政上の手続」→「裁判所の手続」になります。労災保険申請で不支給決定が出た場合には、これらに追加して、途中、審査請求(行政上の手続)や行政訴訟(裁判所の手続)を行うことになりますので、確かに途中で、今は何の手続中?となってしまうかもしれません。

 複雑に思われるかもしれませんが、だからといって省略するとご遺族に大きな損失が出てしまうかもしれません。証拠保全は、そこで得られた結果を労災保険請求や会社に対する損害賠償請求をする場合の重要な証拠とすることでできますので、手元に証拠が少ない場合には欠くことはできませんし、労災保険請求と会社に対する損害賠償請求では、下記のように違いがあります。

 まず労基法上、使用者(会社)には、労働者が業務上亡くなった場合には、遺族補償や葬祭料を支払う義務がありますが、会社に資力(支払能力)が無い場合には、遺族は補償を受けることができません。しかし政府が所管している労災保険制度(労働者災害補償保険制度)を利用すれば、会社の資力に関係なく遺族が一定の補償を受けることができます。しかも、労災保険制度には、会社の過失が要件にならない無過失責任という大きなメリットがあります。遺族は会社の過失を証明しなくても良く、また、一般に会社に対する損害賠償請求の裁判よりは短い期間で手続が終わるため、請求のハードルが会社に対する損害賠償請求よりも低く、我々の弁護団では労災保険請求を先行させるのが通常です。

 しかしながら、労災保険制度では、慰謝料は補償の対象外であり、また、補償額も法律で規定された一定額に限られるなどのデメリットもあります。

 そこで、会社に資力があり、過失もある場合には、次に会社に対する損害賠償請求を行うことになります。会社の過失を立証しなければなりませんし、裁判手続が必要になることも多いので、簡単ではありませんが、認められれば慰謝料や労災保険制度では支払われなかった逸失利益の支払も認められるという大きなメリットがあります。

 以上のような違いから、時間はかかりますが、労災保険請求と会社に対する損害賠償請求の両方を検討することとなります。 なお、労災保険給付が認められた場合には、会社によっては、労災上積補償が行われる場合があります。会社が、労災保険給付が認められた場合には、労災保険給付の金額に上積して補償する制度を設けている場合があるのです。但し、このような上積補償制度を設けることは法律上の義務ではないため、制度を設けていない会社に対しては残念ながら請求できません。労災補償給付が認められた場合には、念の為、会社に対して、上積補償制度が設けられていないか確認してみられるのが良いと思われます。

「給付基礎日額」~おかしい、怪しいと思ったら・・・

 過労死、過労自死が認定された際、労災補償額のベースとなるのが、被災者の被災前の賃金額に基づき計算される「給付基礎日額」です。

 この、被災前の賃金額には未払の残業代も含まれます。 そうであるにもかかわらず、労基署は未払の残業代の存在を無視した過少な給付基礎日額認定を行いがちなことは、当ブログの松森弁護士の記事「労災が認定されたら、給付基礎日額が正しいか要確認です」においても取り上げている通りです。

 そもそも、長時間残業による過労死・過労自死を出すような使用者が、事実の通りの労働時間に基づいて、適法に残業代を支払っているケースの方が稀です。莫大な残業代を支払わなければならなくなるからです。

 残業代をごまかす手法は大きく分けて

①本当の労働時間記録を残さない

②違法な賃金体系で残業代をごまかす

の2つです。この①、②を組み合わせている場合もあります。

①本当の労働時間記録を残さない

 この方法につき、ただ単に記録をつけず、労基署の労働時間聴取に対し使用者が口だけで過少な労働時間を述べる、という古典的なパターンもあります。

 しかし、近年の労働時間規制の厳格化に伴い、使用者があらかじめ計画的に虚偽の過少な労働時間記録を用意する、事実に基づく労働時間の証明を妨げる、との悪質な事案に接する機会が増えました。

 日々の労働時間記録(タイムカード、日報など)につき、事実に反する過少な労働時間、存在しない長時間の休憩を記録するよう命じて作成させておく、労働者の監視のために労働時間記録は行なうが労働時間記録の持ち出しや謄写をしたら罰金であるとして労働者の利用を妨げる等の手法です。

②違法な賃金体系

 代表的なものは、

(1)管理監督者だから残業代払わなくてよい

(2)固定残業給だから払った給料に残業代が含まれている

(3)歩合給だから残業代はほとんど発生しない、

というものです。

 しかし、これらの賃金体系はいずれも、労基法上の通常の残業代支払方法の例外として、厳格な要件を満たさなければ許容されません。

 長時間労働による過労死や過労自死が発生するような働かせ方で、例外的な支払い方法が適法とされる場合の方が稀です。

 長時間働いていたのに、残業代の支払いがなかったり、少なすぎておかしいと感じるような実態にあった場合、労働時間のごまかしや、違法な賃金体系が隠れていることが多いです。

 労災が認定された場合でも労基署計算の給付基礎日額は鵜呑みにせず、専門家と共に検討することをお勧めします。

2024(令和6)年度の精神障害の労災補償の状況について

 毎年度、厚生労働省から「過労死等の労災補償状況」についての取りまとめが公表されており、令和6年度の統計についても、令和7年6月25日に公表されています。

https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_59039.html

 かかる取りまとめによれば、精神障害での労災認定の件数が、統計を始めた1983年以来初めて1000件を超えたことが明らかとなっています(支給決定件数1055件、内自殺は88件)。

 件数が増加した要因の一つとして、パワハラ、カスハラの認定件数が増えたことが挙げられます。

 まず、「上司等から、身体的攻撃、精神的攻撃等のパワーハラスメントを受けた」いわゆるパワハラですが、令和5年度は157件の認定件数であったものが、令和6年は224件に激増しているということが分かります(ただし、自殺に関しては、令和5年、令和6年どちらも認定件数は10件)。

 次に、「顧客や取引先、施設利用者等から著しい迷惑行為を受けた」カスタマーハラスメント、いわゆるカスハラですがが、令和5年が52件であるのに対して、令和6年は108件と倍増(ただし、自殺に関しては、令和5年、6年とも認定は1件)していることが分かります。

 このように、パワハラ・カスハラに起因する精神障害の労災認定が増加している背景としては、令和5年度に認定基準の改正によりパワハラに関する基準が類型化されたことや、カスハラに関する基準が追加されたことが影響していると考えられます。

 パワハラ・カスハラの相談が増加しているのは、日頃から労働相談を受けていている身としても実感します。

 かつては、パワハラ・カスハラの立証が困難という側面がありましたが、最近では、スマートフォンやICレコーダーなどで録音することが比較的容易になりました。最近は、相談者から、「実はこんな音声がありまして…」と録音をお示しいただくことも増えています。実際に録音を聞いてみると、文字起こしを読んでいるだけでは伝わりにくい威圧的な雰囲気が記録されていることもあります。みんなの前ではニコニコ優しく振る舞っている良い上司が、特定の人にだけ恐ろしいハラスメントをしている、そんな録音を聞いたこともあります。

 このように、ハラスメントの実態を把握しやすくなったということが、パワハラ・カスハラを要因とする労災認定が増えた要因と言えるかもしれません。

 上記でも触れたとおり、自殺に至ったケースに限ると、統計上、令和5年、6年の比較ではパワハラ・カスハラを要因とする労災認定件数が増加しているわけではありません。自殺の場合、当人からの証言が得られず、録音等もあるかないかも分からない、という難しさがあることも影響しているでしょう。

 しかし、相談者であるご遺族からは、故人がハラスメントに遭っていたようだ、とのエピソードが出てくることはしょっちゅうあります。自殺案件においても、ハラスメントの事実が適切に認定されるように、録音等の痕跡がどこかに残っていないか、証拠の収集の進め方を含め、今後とも研鑽を積んで参りたいと思います。

精神障害の労災における発病時期について

1 労災の認定基準では原則として発病前おおむね6か月の心理的負荷が評価対象になること

 職場でのパワハラや長時間労働等が原因でうつ病や適応障害等の精神障害を発病し自死された方のご遺族が労災を請求する場合、労働基準監督署は、厚生労働省が策定した心理的負荷による精神障害の認定基準(以下「認定基準」といいます。)に基づいて、労災か否かを判断します。

 認定基準では、原則として、うつ病や適応障害等の対象疾病の発病前おおむね6か月の間の、パワハラや長時間労働等の仕事による強い心理的負荷が評価対象になります(※1)。

 発病前おおむね6か月の間ですので、”発病後”や“おおむね6か月より前”にパワハラや長時間労働等があっても、それらは原則として労災か否かを判断する際の評価対象になりません。

  ですので、労災では、故人がいつ精神障害を発病したのかが実務上問題になります。

2 発病時期の特定は容易?

 ですが、故人が精神科や心療内科等に通院していた場合にはいつ発病したと考えられるかを主治医に聞くこともできますが、特に故人に通院歴がない場合、発病時期の特定は、必ずしも容易ではないと思います(※2)。

 例えば、皆様やその大切な方は、職場、学校や家庭等でひどく落ち込む出来事があって、憂うつになり、気分が暗くなったり、やる気が出なかったり、食欲がなかったり、イライラしたことはないでしょうか?

 労災の対象疾病の一つであるうつ病の症状として憂うつになり、気分が暗くなったりすること等もありますが、健康な人が日常生活においてそのような経験をすることもあります。

 うつ病は、誰しもが経験し得る正常心理としての憂うつが極端化した病気と表現されることがあります(※3)。うつ病になると、健康な人の気分からは、量的にも、質的にも違う状態になり、人間関係や社会活動等に様々な障害を引き起こすといわれています(※4)。

 量的にも質的にも違いがあるといわれていますが、症状の軽いものは、朝、いつものように新聞やテレビを見る気にならないといったことで始まるともいわれています(※5)。いつものように新聞やテレビを見る気にならないというようなことは、健康な人も経験し得ることだと思います。

 動作緩慢、話が途切れがちになる等といった、うつ病と分かりやすい状態もありますが(※6)、いつ病気になったのかの判断が難しい場合はあります。

 このように、発病時期の特定は、必ずしも容易ではないと思います。

3 出来る限り発病時期を検討したいこと

 発病時期の特定は必ずしも容易ではなく、認定基準にも、特定が困難な場合のルールも定められています。

 それでも、出来る限り、発病時期を検討したいです。

 というのも、証拠を集め、発病時期を十分に検討しないと、労災認定の手続や裁判において、故人に強い心理的負荷を与えた出来事が評価対象にならない発病時期を認定されてしまうおそれがあります。

 例えば、平成25年6月25日神戸地方裁判所判決は、平成14年4月に異動し、同年5月28日に自死した故人のご遺族が公務災害の認定を求めた事案です。

 発病時期について、ご遺族は、平成14年5月のゴールデンウィーク明けであると主張していました。それに対して、被告である地方公務員災害補償基金は、平成14年4月20日頃であると主張していました。被告の主張する時期が発病時期だとすると、その後の仕事での心理的負荷が原則として評価対象になりません。

 裁判所は、以下のとおり、故人のご様子から、発病時期を丁寧に検討しました。

 すなわち、裁判所は、故人が同年4月中旬頃から徐々に眠れなくなったこと等について、異動により労働時間が増大したことや、乳児である長男との同居による生活リズムの変化によって従前より生活に余裕がなくなり、睡眠時間が不規則ないし不十分になったことによる可能性が高く、うつ病の症状とは認められないとしました。

 また、同年4月下旬から5月上旬に体重の減少や、これまでよく見ていたテレビ番組を見なくなったこと等については、うつ病エピソードの典型症状の一つである興味と喜びの喪失が認められるが、他の典型症状が認められないことから、この時点でのうつ病の発病も認定が困難であるとしています。 そして、同年5月中旬になると、仕事が終わらないこと等に対する不安や仕事の勉強と段取りを組まなければならないことへの精神的重圧を感じていることをうかがわせる言動が見られたことや、食事以外はほとんど横になっており、よくため息をつき、会話をしていてもぼんやりとする等、明らかな活動性の低下が見られ、休日には、長男が泣き出しているのに、横になって寝ているのみであったこと等から、同月19日頃にうつ病を発病したものとして公務起因性を検討するのが相当であると判断しています(※7)。

 ですが、ご遺族やその代理人が発病時期の検討や主張を十分に行わなければ、裁判所が以上のように判断せずに、被告の主張のとおり判断された可能性は、否定できないと思います。

4 さいごに

 発病時期が正しく理解されないことで、故人に大きな心理的負荷を与えたと考えられる出来事が評価対象にならず、故人の苦しみが十分に理解されないことは、あってはならないと思います。

 当弁護団は、故人が受けた強い心理的負荷を与える出来事はもちろん、発病の有無や時期について、事実を大事にして、証拠収集からご協力しています(※8)。当弁護団にご相談いただければ、ご遺族や故人の想いが伝わるよう、尽力いたします。

 よろしければ、ご相談ください。

※1 労災の要件や手続等については、当弁護団の解説をご覧ください。

※2 通院歴がない場合の発病時期の立証については、西川翔大弁護士「通院歴がない場合の発病の立証」をご覧ください。

※3 鹿島晴雄他編「改訂第2版よくわかるうつ病のすべて‐早期発見から治療まで‐」3頁

※4 松下正明編「臨床精神医学講座第4巻気分障害」199頁

※5 上島国利他編「気分障害」38頁

※6 神庭重信他編「「うつ」の構造」48頁

※7 控訴審判決である平成26年3月11日大阪高等裁判所判決も、発病時期を5月19日頃としています。

※8 晴柀雄太弁護士「事実に始まり、事実に終わる」、吉留慧弁護士「故人の足跡を探す」もご覧ください。

啓発授業

 先日、大阪府内の高校において、過労自殺(自死)に関する啓発授業の講師を担当させていただきました。

 授業では、私の方から過労自殺とは何かということや、過労自殺の発生件数・労災認定件数などの実態、過労死や働き方に関連する法律についての解説をさせていただき、遺族の方からは、実際にご家族を過労自殺によって失った経験を語っていただき、生徒に対するメッセージをお伝えいただきました。

 授業開始当初は、仕事や過労自殺について身近な問題として捉えることが難しかったからか、その実態や法律に関する講義については、関心が薄いように感じることもありましたが、遺族の方のお話があってからは、明らかに生徒の顔が変わりました。

 特に、ご家族が自殺するに至ったいきさつや、その後のご家族の心境のお話をお話されている際には涙を流す生徒もいるなど、過労自殺が当事者だけでなく家族にもどのような影響を与えるか、ということを実感してもらえたのではないかと感じています。生徒の一人からは、いのちより大事な仕事などないこと、自分だけでなく周りの友達を守るためにも働き方に関するルールを学んでいきたいという感想をもらえました。

 過労自殺をなくすためには、過労自殺を防止するための法整備や、企業・会社への取り組みだけでなく、これから社会に出ていく学生一人ひとりが、過労自殺・働き方についての正しい知識を持ち、自分や周りの方々を守ることができるようにしていくことが必要不可欠であり、今回の啓発授業はその一助になるのではないかと思いました。

 今後も、このような活動を通して、過労自殺をなくすために微力を尽くしていきたいと思っています。

労災支給決定に対する事業主の取消訴訟、最高裁「原告適格なし」の判断

1 労災支給決定に対する事業主の原告適格

労働者に労災認定がなされた場合、事業者側にその取消しを求め行政訴訟を提起する資格(原告適格)はあるのでしょうか。

事業主が負担する労働保険料の額は、基準となる労災保険率が厚生労働大臣によって定められる一方で、個々の事業主の下で生じた業務災害の多寡に応じ、それを増減させるという制度が設けられています(いわゆるメリット制)。そのため、雇用している労働者について労災が認定された場合、事業主には労災保険料の増額の処分がされる可能性があることから、事業主が労災支給決定処分を争う事ができるのか、が問題とされてきました。

2 東京高裁判決

この問題について、東京高裁2022年11月29日判決は、事業主は労災支給決定処分によって、労災保険料の増額という不利益を受ける可能性があるとして、事業主の原告適格を認めるとの判断をしました。

この判決については、①労災支給決定が取り消されると、被災者や遺族がいったん受けた労災支給を遡って返還しなければならず、被災者・遺族の生活が脅かされる、②後に事業者から取消訴訟が提起される可能性を懸念して、労基署の調査が慎重になったり、事実認定が控えめになったりし、その結果業務外と認定される可能性がある、③事業主が長期間訴訟で争うことで、再発防止策の施行・職場環境の改善が行われなくなる、④遺族としては現行の労災手続きだけでも大きな負担を抱えているにも関わらず、さらに大きな負担を課すこととなり、労災申請自体諦めてしまう可能性がある、などの問題点が指摘されていました。

その後、厚労省から事業主からは労働保険料増額認定処分の取り消しを求める行政訴訟の提起が可能であるとしつつ、仮に事業主勝訴の判決が確定した場合においても、既になされた労災支給処分を取り消すことはしないとする通達が発出され、①の問題については対処がなされていましたが、その他の問題点については残されていました。

3 最高裁判決

 この問題について、最高裁2024年7月4日判決は、メリット制の趣旨を「事業主間の公平を図るとともに、事業主による災害防止の努力を促進する趣旨のもの」と指摘し、その上で、労働保険料の額について「労災支給処分によってその基礎となる法律関係を確定しておくべき必要性は見いだし難い」として、東京高裁判決を破棄し、事業主の原告適格を認めないという判断をしました。

 東京高裁判決の上で述べたような問題点からすると、今回の最高裁判決は実務上大きな影響を与えるとともに被災者・遺族にとって大きな意味を持つものであったと思います。

遺族補償給付等の額が著しく低いとして提起した「無効確認の訴え」の判決直前に労基署長が増額決定!

過労自死で労災認定されると、ご遺族は遺族補償給付等の給付を受けることになり、その遺族補償給付等の金額は給付基礎日額によって定まります。給付基礎日額は実際に被災労働者に支払われた賃金だけでなく、未払いの時間外労働手当も考慮して計算しなければなりませんが、労基署は往々にして未払いの時間外労働手当の算定をさぼります(2022年8月1日ブログ「労災が認定されたら、給付基礎日額が正しいか要確認です」ご参照)。

労災申請時から弁護士がついていれば、労災認定された後、給付基礎日額が適正かどうかチェックし、額が低ければ、審査請求期間(3か月)以内に審査請求し、審査請求もだめなら取消訴訟(6カ月以内)を提起しますが、ご遺族自身が労災申請して労災認定を受けた後に、給付基礎日額が適正かどうかチェックすることは困難です。

実際、ご遺族自身が労災申請をして労災認定を受けたため、弁護士のチェックが介在しなかった結果、審査請求期間も取消訴訟出訴期間もとうに過ぎた時期に関連事件で弁護士に相談をした時、初めて、遺族補償給付の給付基礎日額が不当に低いことが判明した事案があります。

その処分をなしたのは栃木県の鹿沼労基署長でした。給付基礎日額の算定が明らかに誤っているので、弁護団が通知書で誤りを指摘すれば、さすがに是正すると思い、まずは通知書を送りましたが、鹿沼労基署長は「取消訴訟の出訴期間を過ぎておりますので」等と述べて、明らかに誤っている給付基礎日額を是正しませんでした。

だったら訴訟するしかありませんが、行政のなした処分を審査請求期間や取消訴訟の出訴期間を経過した後に訴訟で争うには、処分の無効確認の訴えを提起するしかありませんが、無効確認の訴えは、重大かつ明白な違法性があって、はじめて認容判決が得られる訴訟類型で、非常に難しく、国民・市民側の勝訴判決事例はほとんど存在しません。

しかし我々弁護団(生越照幸弁護士、和泉貴士弁護士、私)は諦めずに無効確認の訴えを提起しました。そして約1年半の審理を経て、令和6年6月27日に判決日が指定されました。

弁護団は判決日を楽しみに待ちましたが、判決日を待っている間に、なんと鹿沼労基署長は未払いの時間外労働手当を計算して、令和6年6月6日付で、給付基礎日額の増額処分をしてきました。

行政側がほとんど負けることのない無効確認の訴えで、敗訴判決を下されてしまうことをおそれてなした苦肉の増額処分でした。(鹿沼労基署が給付基礎日額を増額すると、無効確認の訴えは、「訴えの利益なし」として却下判決になります)

そんなことなら、弁護団が通知書で指摘した時点で、誤りを是正すればよかったものをと思いますし、そもそも、最初の給付基礎日額の計算時点でさぼらずに、適正に時間外労働手当を算定しなさいよ、と思います。 無効確認の訴えは難しいとされていますが、上記の事例のように、明らかな誤りがあれば、行政との交渉や無効確認の訴えで是正させることも可能ですから、取消訴訟の出訴期間を経過している古い処分でも、これはおかしい!というものがありましたら、当弁護団にご相談を。