「給付基礎日額」~おかしい、怪しいと思ったら・・・

 過労死、過労自死が認定された際、労災補償額のベースとなるのが、被災者の被災前の賃金額に基づき計算される「給付基礎日額」です。

 この、被災前の賃金額には未払の残業代も含まれます。 そうであるにもかかわらず、労基署は未払の残業代の存在を無視した過少な給付基礎日額認定を行いがちなことは、当ブログの松森弁護士の記事「労災が認定されたら、給付基礎日額が正しいか要確認です」においても取り上げている通りです。

 そもそも、長時間残業による過労死・過労自死を出すような使用者が、事実の通りの労働時間に基づいて、適法に残業代を支払っているケースの方が稀です。莫大な残業代を支払わなければならなくなるからです。

 残業代をごまかす手法は大きく分けて

①本当の労働時間記録を残さない

②違法な賃金体系で残業代をごまかす

の2つです。この①、②を組み合わせている場合もあります。

①本当の労働時間記録を残さない

 この方法につき、ただ単に記録をつけず、労基署の労働時間聴取に対し使用者が口だけで過少な労働時間を述べる、という古典的なパターンもあります。

 しかし、近年の労働時間規制の厳格化に伴い、使用者があらかじめ計画的に虚偽の過少な労働時間記録を用意する、事実に基づく労働時間の証明を妨げる、との悪質な事案に接する機会が増えました。

 日々の労働時間記録(タイムカード、日報など)につき、事実に反する過少な労働時間、存在しない長時間の休憩を記録するよう命じて作成させておく、労働者の監視のために労働時間記録は行なうが労働時間記録の持ち出しや謄写をしたら罰金であるとして労働者の利用を妨げる等の手法です。

②違法な賃金体系

 代表的なものは、

(1)管理監督者だから残業代払わなくてよい

(2)固定残業給だから払った給料に残業代が含まれている

(3)歩合給だから残業代はほとんど発生しない、

というものです。

 しかし、これらの賃金体系はいずれも、労基法上の通常の残業代支払方法の例外として、厳格な要件を満たさなければ許容されません。

 長時間労働による過労死や過労自死が発生するような働かせ方で、例外的な支払い方法が適法とされる場合の方が稀です。

 長時間働いていたのに、残業代の支払いがなかったり、少なすぎておかしいと感じるような実態にあった場合、労働時間のごまかしや、違法な賃金体系が隠れていることが多いです。

 労災が認定された場合でも労基署計算の給付基礎日額は鵜呑みにせず、専門家と共に検討することをお勧めします。

2024(令和6)年度の精神障害の労災補償の状況について

 毎年度、厚生労働省から「過労死等の労災補償状況」についての取りまとめが公表されており、令和6年度の統計についても、令和7年6月25日に公表されています。

https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_59039.html

 かかる取りまとめによれば、精神障害での労災認定の件数が、統計を始めた1983年以来初めて1000件を超えたことが明らかとなっています(支給決定件数1055件、内自殺は88件)。

 件数が増加した要因の一つとして、パワハラ、カスハラの認定件数が増えたことが挙げられます。

 まず、「上司等から、身体的攻撃、精神的攻撃等のパワーハラスメントを受けた」いわゆるパワハラですが、令和5年度は157件の認定件数であったものが、令和6年は224件に激増しているということが分かります(ただし、自殺に関しては、令和5年、令和6年どちらも認定件数は10件)。

 次に、「顧客や取引先、施設利用者等から著しい迷惑行為を受けた」カスタマーハラスメント、いわゆるカスハラですがが、令和5年が52件であるのに対して、令和6年は108件と倍増(ただし、自殺に関しては、令和5年、6年とも認定は1件)していることが分かります。

 このように、パワハラ・カスハラに起因する精神障害の労災認定が増加している背景としては、令和5年度に認定基準の改正によりパワハラに関する基準が類型化されたことや、カスハラに関する基準が追加されたことが影響していると考えられます。

 パワハラ・カスハラの相談が増加しているのは、日頃から労働相談を受けていている身としても実感します。

 かつては、パワハラ・カスハラの立証が困難という側面がありましたが、最近では、スマートフォンやICレコーダーなどで録音することが比較的容易になりました。最近は、相談者から、「実はこんな音声がありまして…」と録音をお示しいただくことも増えています。実際に録音を聞いてみると、文字起こしを読んでいるだけでは伝わりにくい威圧的な雰囲気が記録されていることもあります。みんなの前ではニコニコ優しく振る舞っている良い上司が、特定の人にだけ恐ろしいハラスメントをしている、そんな録音を聞いたこともあります。

 このように、ハラスメントの実態を把握しやすくなったということが、パワハラ・カスハラを要因とする労災認定が増えた要因と言えるかもしれません。

 上記でも触れたとおり、自殺に至ったケースに限ると、統計上、令和5年、6年の比較ではパワハラ・カスハラを要因とする労災認定件数が増加しているわけではありません。自殺の場合、当人からの証言が得られず、録音等もあるかないかも分からない、という難しさがあることも影響しているでしょう。

 しかし、相談者であるご遺族からは、故人がハラスメントに遭っていたようだ、とのエピソードが出てくることはしょっちゅうあります。自殺案件においても、ハラスメントの事実が適切に認定されるように、録音等の痕跡がどこかに残っていないか、証拠の収集の進め方を含め、今後とも研鑽を積んで参りたいと思います。

精神障害の労災における発病時期について

1 労災の認定基準では原則として発病前おおむね6か月の心理的負荷が評価対象になること

 職場でのパワハラや長時間労働等が原因でうつ病や適応障害等の精神障害を発病し自死された方のご遺族が労災を請求する場合、労働基準監督署は、厚生労働省が策定した心理的負荷による精神障害の認定基準(以下「認定基準」といいます。)に基づいて、労災か否かを判断します。

 認定基準では、原則として、うつ病や適応障害等の対象疾病の発病前おおむね6か月の間の、パワハラや長時間労働等の仕事による強い心理的負荷が評価対象になります(※1)。

 発病前おおむね6か月の間ですので、”発病後”や“おおむね6か月より前”にパワハラや長時間労働等があっても、それらは原則として労災か否かを判断する際の評価対象になりません。

  ですので、労災では、故人がいつ精神障害を発病したのかが実務上問題になります。

2 発病時期の特定は容易?

 ですが、故人が精神科や心療内科等に通院していた場合にはいつ発病したと考えられるかを主治医に聞くこともできますが、特に故人に通院歴がない場合、発病時期の特定は、必ずしも容易ではないと思います(※2)。

 例えば、皆様やその大切な方は、職場、学校や家庭等でひどく落ち込む出来事があって、憂うつになり、気分が暗くなったり、やる気が出なかったり、食欲がなかったり、イライラしたことはないでしょうか?

 労災の対象疾病の一つであるうつ病の症状として憂うつになり、気分が暗くなったりすること等もありますが、健康な人が日常生活においてそのような経験をすることもあります。

 うつ病は、誰しもが経験し得る正常心理としての憂うつが極端化した病気と表現されることがあります(※3)。うつ病になると、健康な人の気分からは、量的にも、質的にも違う状態になり、人間関係や社会活動等に様々な障害を引き起こすといわれています(※4)。

 量的にも質的にも違いがあるといわれていますが、症状の軽いものは、朝、いつものように新聞やテレビを見る気にならないといったことで始まるともいわれています(※5)。いつものように新聞やテレビを見る気にならないというようなことは、健康な人も経験し得ることだと思います。

 動作緩慢、話が途切れがちになる等といった、うつ病と分かりやすい状態もありますが(※6)、いつ病気になったのかの判断が難しい場合はあります。

 このように、発病時期の特定は、必ずしも容易ではないと思います。

3 出来る限り発病時期を検討したいこと

 発病時期の特定は必ずしも容易ではなく、認定基準にも、特定が困難な場合のルールも定められています。

 それでも、出来る限り、発病時期を検討したいです。

 というのも、証拠を集め、発病時期を十分に検討しないと、労災認定の手続や裁判において、故人に強い心理的負荷を与えた出来事が評価対象にならない発病時期を認定されてしまうおそれがあります。

 例えば、平成25年6月25日神戸地方裁判所判決は、平成14年4月に異動し、同年5月28日に自死した故人のご遺族が公務災害の認定を求めた事案です。

 発病時期について、ご遺族は、平成14年5月のゴールデンウィーク明けであると主張していました。それに対して、被告である地方公務員災害補償基金は、平成14年4月20日頃であると主張していました。被告の主張する時期が発病時期だとすると、その後の仕事での心理的負荷が原則として評価対象になりません。

 裁判所は、以下のとおり、故人のご様子から、発病時期を丁寧に検討しました。

 すなわち、裁判所は、故人が同年4月中旬頃から徐々に眠れなくなったこと等について、異動により労働時間が増大したことや、乳児である長男との同居による生活リズムの変化によって従前より生活に余裕がなくなり、睡眠時間が不規則ないし不十分になったことによる可能性が高く、うつ病の症状とは認められないとしました。

 また、同年4月下旬から5月上旬に体重の減少や、これまでよく見ていたテレビ番組を見なくなったこと等については、うつ病エピソードの典型症状の一つである興味と喜びの喪失が認められるが、他の典型症状が認められないことから、この時点でのうつ病の発病も認定が困難であるとしています。 そして、同年5月中旬になると、仕事が終わらないこと等に対する不安や仕事の勉強と段取りを組まなければならないことへの精神的重圧を感じていることをうかがわせる言動が見られたことや、食事以外はほとんど横になっており、よくため息をつき、会話をしていてもぼんやりとする等、明らかな活動性の低下が見られ、休日には、長男が泣き出しているのに、横になって寝ているのみであったこと等から、同月19日頃にうつ病を発病したものとして公務起因性を検討するのが相当であると判断しています(※7)。

 ですが、ご遺族やその代理人が発病時期の検討や主張を十分に行わなければ、裁判所が以上のように判断せずに、被告の主張のとおり判断された可能性は、否定できないと思います。

4 さいごに

 発病時期が正しく理解されないことで、故人に大きな心理的負荷を与えたと考えられる出来事が評価対象にならず、故人の苦しみが十分に理解されないことは、あってはならないと思います。

 当弁護団は、故人が受けた強い心理的負荷を与える出来事はもちろん、発病の有無や時期について、事実を大事にして、証拠収集からご協力しています(※8)。当弁護団にご相談いただければ、ご遺族や故人の想いが伝わるよう、尽力いたします。

 よろしければ、ご相談ください。

※1 労災の要件や手続等については、当弁護団の解説をご覧ください。

※2 通院歴がない場合の発病時期の立証については、西川翔大弁護士「通院歴がない場合の発病の立証」をご覧ください。

※3 鹿島晴雄他編「改訂第2版よくわかるうつ病のすべて‐早期発見から治療まで‐」3頁

※4 松下正明編「臨床精神医学講座第4巻気分障害」199頁

※5 上島国利他編「気分障害」38頁

※6 神庭重信他編「「うつ」の構造」48頁

※7 控訴審判決である平成26年3月11日大阪高等裁判所判決も、発病時期を5月19日頃としています。

※8 晴柀雄太弁護士「事実に始まり、事実に終わる」吉留慧弁護士「故人の足跡を探す」もご覧ください。

啓発授業

 先日、大阪府内の高校において、過労自殺(自死)に関する啓発授業の講師を担当させていただきました。

 授業では、私の方から過労自殺とは何かということや、過労自殺の発生件数・労災認定件数などの実態、過労死や働き方に関連する法律についての解説をさせていただき、遺族の方からは、実際にご家族を過労自殺によって失った経験を語っていただき、生徒に対するメッセージをお伝えいただきました。

 授業開始当初は、仕事や過労自殺について身近な問題として捉えることが難しかったからか、その実態や法律に関する講義については、関心が薄いように感じることもありましたが、遺族の方のお話があってからは、明らかに生徒の顔が変わりました。

 特に、ご家族が自殺するに至ったいきさつや、その後のご家族の心境のお話をお話されている際には涙を流す生徒もいるなど、過労自殺が当事者だけでなく家族にもどのような影響を与えるか、ということを実感してもらえたのではないかと感じています。生徒の一人からは、いのちより大事な仕事などないこと、自分だけでなく周りの友達を守るためにも働き方に関するルールを学んでいきたいという感想をもらえました。

 過労自殺をなくすためには、過労自殺を防止するための法整備や、企業・会社への取り組みだけでなく、これから社会に出ていく学生一人ひとりが、過労自殺・働き方についての正しい知識を持ち、自分や周りの方々を守ることができるようにしていくことが必要不可欠であり、今回の啓発授業はその一助になるのではないかと思いました。

 今後も、このような活動を通して、過労自殺をなくすために微力を尽くしていきたいと思っています。

労災支給決定に対する事業主の取消訴訟、最高裁「原告適格なし」の判断

1 労災支給決定に対する事業主の原告適格

労働者に労災認定がなされた場合、事業者側にその取消しを求め行政訴訟を提起する資格(原告適格)はあるのでしょうか。

事業主が負担する労働保険料の額は、基準となる労災保険率が厚生労働大臣によって定められる一方で、個々の事業主の下で生じた業務災害の多寡に応じ、それを増減させるという制度が設けられています(いわゆるメリット制)。そのため、雇用している労働者について労災が認定された場合、事業主には労災保険料の増額の処分がされる可能性があることから、事業主が労災支給決定処分を争う事ができるのか、が問題とされてきました。

2 東京高裁判決

この問題について、東京高裁2022年11月29日判決は、事業主は労災支給決定処分によって、労災保険料の増額という不利益を受ける可能性があるとして、事業主の原告適格を認めるとの判断をしました。

この判決については、①労災支給決定が取り消されると、被災者や遺族がいったん受けた労災支給を遡って返還しなければならず、被災者・遺族の生活が脅かされる、②後に事業者から取消訴訟が提起される可能性を懸念して、労基署の調査が慎重になったり、事実認定が控えめになったりし、その結果業務外と認定される可能性がある、③事業主が長期間訴訟で争うことで、再発防止策の施行・職場環境の改善が行われなくなる、④遺族としては現行の労災手続きだけでも大きな負担を抱えているにも関わらず、さらに大きな負担を課すこととなり、労災申請自体諦めてしまう可能性がある、などの問題点が指摘されていました。

その後、厚労省から事業主からは労働保険料増額認定処分の取り消しを求める行政訴訟の提起が可能であるとしつつ、仮に事業主勝訴の判決が確定した場合においても、既になされた労災支給処分を取り消すことはしないとする通達が発出され、①の問題については対処がなされていましたが、その他の問題点については残されていました。

3 最高裁判決

 この問題について、最高裁2024年7月4日判決は、メリット制の趣旨を「事業主間の公平を図るとともに、事業主による災害防止の努力を促進する趣旨のもの」と指摘し、その上で、労働保険料の額について「労災支給処分によってその基礎となる法律関係を確定しておくべき必要性は見いだし難い」として、東京高裁判決を破棄し、事業主の原告適格を認めないという判断をしました。

 東京高裁判決の上で述べたような問題点からすると、今回の最高裁判決は実務上大きな影響を与えるとともに被災者・遺族にとって大きな意味を持つものであったと思います。

遺族補償給付等の額が著しく低いとして提起した「無効確認の訴え」の判決直前に労基署長が増額決定!

過労自死で労災認定されると、ご遺族は遺族補償給付等の給付を受けることになり、その遺族補償給付等の金額は給付基礎日額によって定まります。給付基礎日額は実際に被災労働者に支払われた賃金だけでなく、未払いの時間外労働手当も考慮して計算しなければなりませんが、労基署は往々にして未払いの時間外労働手当の算定をさぼります(2022年8月1日ブログ「労災が認定されたら、給付基礎日額が正しいか要確認です」ご参照)。

労災申請時から弁護士がついていれば、労災認定された後、給付基礎日額が適正かどうかチェックし、額が低ければ、審査請求期間(3か月)以内に審査請求し、審査請求もだめなら取消訴訟(6カ月以内)を提起しますが、ご遺族自身が労災申請して労災認定を受けた後に、給付基礎日額が適正かどうかチェックすることは困難です。

実際、ご遺族自身が労災申請をして労災認定を受けたため、弁護士のチェックが介在しなかった結果、審査請求期間も取消訴訟出訴期間もとうに過ぎた時期に関連事件で弁護士に相談をした時、初めて、遺族補償給付の給付基礎日額が不当に低いことが判明した事案があります。

その処分をなしたのは栃木県の鹿沼労基署長でした。給付基礎日額の算定が明らかに誤っているので、弁護団が通知書で誤りを指摘すれば、さすがに是正すると思い、まずは通知書を送りましたが、鹿沼労基署長は「取消訴訟の出訴期間を過ぎておりますので」等と述べて、明らかに誤っている給付基礎日額を是正しませんでした。

だったら訴訟するしかありませんが、行政のなした処分を審査請求期間や取消訴訟の出訴期間を経過した後に訴訟で争うには、処分の無効確認の訴えを提起するしかありませんが、無効確認の訴えは、重大かつ明白な違法性があって、はじめて認容判決が得られる訴訟類型で、非常に難しく、国民・市民側の勝訴判決事例はほとんど存在しません。

しかし我々弁護団(生越照幸弁護士、和泉貴士弁護士、私)は諦めずに無効確認の訴えを提起しました。そして約1年半の審理を経て、令和6年6月27日に判決日が指定されました。

弁護団は判決日を楽しみに待ちましたが、判決日を待っている間に、なんと鹿沼労基署長は未払いの時間外労働手当を計算して、令和6年6月6日付で、給付基礎日額の増額処分をしてきました。

行政側がほとんど負けることのない無効確認の訴えで、敗訴判決を下されてしまうことをおそれてなした苦肉の増額処分でした。(鹿沼労基署が給付基礎日額を増額すると、無効確認の訴えは、「訴えの利益なし」として却下判決になります)

そんなことなら、弁護団が通知書で指摘した時点で、誤りを是正すればよかったものをと思いますし、そもそも、最初の給付基礎日額の計算時点でさぼらずに、適正に時間外労働手当を算定しなさいよ、と思います。 無効確認の訴えは難しいとされていますが、上記の事例のように、明らかな誤りがあれば、行政との交渉や無効確認の訴えで是正させることも可能ですから、取消訴訟の出訴期間を経過している古い処分でも、これはおかしい!というものがありましたら、当弁護団にご相談を。

カスタマーハラスメント(カスハラ)について

 いわゆるカスハラ、労働者が顧客等からの不当悪質なクレーム等の迷惑行為によって強いストレスを受け、うつ病などになったり、ひいては自死に至ったりすることが社会問題化しています。
 日本では「お客様は大切にしなければいけない。」という考え方が一般的であるため、労働者がカスハラを受けても「自分の接客が悪いのではないか?」と思い込み、労災の請求や会社の責任を問うとの考えに思い至らない、ということもあるかもしれません。
 けれども、特に不特定多数の顧客・利用者の対応を要する業務においてカスハラ被害は業務に付随する、誰にでも起こりうるトラブルであって、個人の責任と捉えるのは誤りです。

 労災でもカスハラは重視されるようになり、2023年9月の労災の認定基準の改訂で、「顧客や取引先、施設利用者等から著しい迷惑行為を受けた」という出来事が業務による心理的負荷評価表に加えられました(同表の出来事の項目27になります)(※1※2)。この改訂により、カスハラ被害のストレスによりうつ病などを発病して自死に至った場合についても、労災と認められることが明記されました。
 カスハラの加害者は「顧客や取引先、施設利用者」とされていますが、職場外の業務に関連する人間関係を広く含みます。例えば医療従事者が患者やその家族からカスハラを受けた場合や、学校関係者が生徒や保護者からカスハラを受けた場合も含まれます。
 カスハラ行為は、暴行、脅迫、ひどい暴言、著しく不当な要求などの「著しい迷惑行為」をいいます。例えば、顧客から「ちゃんとやれや。」、「謝って済むか。上司と一緒に今から来いや。」などと大声で20~30分怒鳴られた事案で労災認定が出ています。
 セクハラやパワハラと同様に、労働者が会社にカスハラを相談しても適切な対応がなく改善がされない場合や、会社がカスハラを把握しても対応をせずに改善されなかったりした場合は、カスハラによるストレスを強める事情として重視されます。そして、セクハラやパワハラと同様に、カスハラの開始時から全ての行為がストレスの評価の対象となります(※3)。

 また、会社もカスハラを放置することは許されません。
 厚労省は、近時カスハラの認知件数が増えていることを踏まえ、会社に対してマニュアル等によってカスハラの周知を行い、従業員をカスハラから守るための対応を促しています(※4)。
 このような国の取り組みを踏まえますと、会社は、労働者がカスハラを受けているにもかかわらず、担当を変更したり、担当の人数を増やしたり、会社としてカスハラを許さないという毅然とした態度を顧客に伝えなかったりするなど適切な対応をしなかった場合、安全配慮義務に違反したと評価される可能性もあるといえるでしょう。

 ご家族がカスハラに苦慮する中で自死に至ったという事案についても、法的にお力になれるケースがありますので、お気軽にご相談ください。

※1 認定基準改正の概要
https://www.mhlw.go.jp/content/11201000/001140928.pdf

※2 心理的負荷による精神障害の認定基準について
https://www.mhlw.go.jp/content/11201000/001140929.pdf

※3 令和5年11月10日基補発1103号精神障害の労災認定実務要領について

※4 カスタマーハラスメント対策企業マニュアル
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/koyoukintou/seisaku06/index.html

労災保険審査請求と個人情報開示請求について

 労働者が過労自殺(自死)で亡くなった場合、遺族が取りうる法的手続きとして、国に対する労災の請求と、企業などに対する損害賠償の請求があることは、「遺族が自死遺族が直面する法律問題-過労自殺(自死)-」で述べているとおりです。

 労災請求の結果、労働者に生じた死亡が業務に関係ない「業務外」のものと判断(「業務上の事由によるものとは認められません」という理由で不支給決定通知)を労働基準監督署長がした場合、遺族としては、労災保険による補償を受けられません。
 仕事のストレスなど業務上の心理的負荷が原因で自死したとしか考えられないにもかかわらず、このような判断が出された場合、遺族としては当然、納得できませんので、この決定に不服があるとして、その決定を行った労働基準監督署長を管轄する都道府県労働局の労働者災害補償保険審査官に審査請求をすることができます。
 この審査請求は、労災保険給付の決定があったことを知った日の翌日から起算して3か月以内に行う必要があります。
 審査請求書は、厚労省ホームページからダウンロードできます。

労災保険審査請求制度 (mhlw.go.jp)

 審査請求と併行して、遺族は、どうして労働基準監督署長が不支給決定をおこなったのかについて確認するため、保有個人情報開示請求(各労働局ホームページから保有個人情報開示請求書をダウンロード可)を、その決定を行った労働基準監督署長を管轄する都道府労働局総務部総務課に郵送します(あて先は、「○○労働局長」とします)。

 同請求書の「開示を請求する保有個人情報」欄には、例えば

「開示請求者(※遺族)が〇〇(〇年〇月〇日生)の自殺に関して〇〇労働基準監督署長に対してなした遺族補償給付等の請求(令和〇年〇月〇日不支給決定)に関して作成された業務上外の判断にかかる調査復命書並びにその添付書類一式
所轄労働基準監督署 〇〇労働基準監督署」

 この保有個人情報請求の結果、労働局から、調査復命書(精神障害の業務起因性判断のための調査復命書)や添付書類が開示されたら、そこに記載されている調査結果、専門医の意見、聴取書などが事実と食い違わないかを分析し、次の再審査請求や企業などに対する損害賠償の請求訴訟の証拠として戦う準備をします。
 保有個人情報請求手続きにより入手した開示書類のうち、聴取書及び聴取事項記録書は、請求人(遺族)のものを除き、墨塗りの状態で開示されることになりますが、労災請求の際、故人と親しかった同僚など遺族からの聞き取りに応じてくれた方について、遺族による開示請求について同意を得られるのであれば、労働者災害補償保険審査官に対し、労働保険審査会法第16条の3第1項に基づいて、聴取書及び聴取事項記録書についての閲覧及び写しの交付等を請求できます。審査官は、第三者の利益を害するおそれがあると認めるとき、その他正当な理由があるときでなければ、その閲覧又は交付を拒むことができないと法律で定められています。

>>遺族が自死遺族が直面する法律問題「過労自殺(自死)」

労災認定と民事上の損害賠償

私が当弁護団で担当している自死事件について、先日無事労災認定がなされました。

もっとも、我々弁護団の仕事は労災認定により終了するわけではありません。

多くの方々は、労災認定がなされるとそれにより遺族補償給付等として十分な補償が得られたものと考えてしまいます。

しかし、2022年8月1日付の当弁護団ブログ(作成者:松森美穂弁護士)にも記載のあるとおり、本来、遺族補償給付等の金額は、現実に既に支払われている賃金だけではなく実際に支払われていない未払いの残業代金等を含めた給付基礎日額より算出すべきであるところ、実際には、現実に既に支払われている賃金しか考慮されずに給付基礎日額が決定されていることも少なくありません。

また、労災は、あくまでも国の基準に基づき支払われる保険給付であり、いわば最低限の補償にすぎないため、しっかりと損害を賠償してもらう場合には、会社に対して民事上の損害賠償請求を行う必要があります。

遺族補償給付等と民事上の損害賠償のもっとも大きな違いは、死亡慰謝料が支払われるか否かという点にあります。

遺族補償給付等の場合、死亡慰謝料は含まれておりません。もっとも、民事上の損害賠償請求を行った場合、死亡慰謝料が支払われることが通常であり、その金額の相場は、一家の支柱の方であれば2800万円、それ以外の方々であっても2000万円〜2500万円にものぼります(但し、過失相殺等がなされる可能性もありますので、必ず当該金額が支払われるというわけではありません。)。

民事上の損害賠償請求をご自身で行うことは難しいと思います。

民事上の損害賠償請求をしたいがどうしたら良いか分からない等お困りの方がいらっしゃれば、お気軽に当弁護団にご相談ください。

>>自死遺族が直面する法律問題 -過労自殺(自死)-
>>解決までの流れ 過労自殺(自死)の場合 -損害賠償-

嘘の労働時間記録をつけさせられていても

使用者には労働時間を管理して記録する義務があり、また働き方改革に伴い残業時間の上限の遵守が従前よりさらに厳しく要請されるようになっています。

けれども、そのような状況でなお過労死・過労自死が疑われる違法な働き方をさせている職場では、本当の業務時間の通りの労働時間記録を行っている職場の方が珍しい、という実態にあります。

労働時間記録を全く怠って、何の記録もしないのももちろん問題です。そして、さらに悪質なケースとして、会社や上司があらかじめ計画的に労働者に指示して、事実と異なる短い労働時間の記録だけを残させる、という場合もあります。 

過労死した家族から生前、そのような嘘の短い労働時間記録をつけさせられていた内情を伝られていたご遺族の中には、長時間残業の証明などできないと思って、最初から過労死の労災認定や会社の責任追求など無理だと諦めてしまわれる方もいらっしゃいます。 

けれども、本当の残業時間を証明する方法は会社の労働時間記録だけではありません。通勤に関連するもの、業務内容に関連するもの、本人の日記や手帳、SNS投稿、家族や友達への連絡など様々な方法で証明することができます。

このような資料による残業時間の証明は労基署にも裁判所にも認められています。

会社の労働時間記録が全くなくても、残業の少ない嘘の労働時間記録をつけさせられていても、別の証拠で長時間労働が証明され、労災も会社の責任も認められた例はたくさんあります。

会社が労働時間記録をしてくれていない場合や、嘘の短い労働時間記録しかないような場合でも、諦めずにご相談いただきたいと思います。

>>過労自殺(自死)について 「早期の証拠の収集が大切