「学校の管理下」の定義について

 こんにちは、弁護士の細川潔です。

 独立行政法人日本スポーツ振興センター(以下「スポーツ振興センター」といいます。)の災害共済給付について、児童生徒が亡くなった場合、死亡見舞金の支給が問題となります。

 スポーツ振興センターの業務として、学校の管理下における児童生徒等の災害について、児童生徒の保護者又は児童生徒に対し、災害共済給付を行うというものがあります(スポーツ振興センター法15条1項7号)。

 そして「学校の管理下における災害の範囲」については、「児童生徒等の死亡でその原因である事由が学校の管理下において生じたもののうち、内閣府令で定めるもの」とされています。例えば、「いじめ」が学校の管理下で起きた場合は、災害共済給付が行われることになります(スポーツ振興センター法施行令5条1項4号)。

 さらに「学校の管理下」については、同令2項で、①児童生徒等が、法令の規定により学校が編成した教育課程に基づく授業を受けている場合、②児童生徒等が学校の教育計画に基づいて行われる課外指導を受けている場合、③児童生徒等が休憩時間中に学校にある場合その他校長の指示又は承認に基づいて学校にある場合、④児童生徒等が通常の経路及び方法により通学する場合、⑤これらの場合に準ずる場合として内閣府令で定める場合、の5つが挙げられています。「これらの場合に準ずる場合として内閣府令で定める場合」は、「スポーツ振興センター災害共済給付の基準に関する規程」に細かい規定がありますが、ここでは省略します。

 「学校の管理下」の内容について、思っていたより狭いと感じる方も多いのではないでしょうか。

 この規定に従えば、例えば、学校から帰宅して以降の事象や学校が休み中の事象については「学校の管理下」から外れることになりそうです。

 しかし、現在では、学校からタブレットなどが支給されていることも多く、そのタブレットを通じた「いじめ」が行われることもあります。

 町田市の小六女子のいじめ自死の件では、児童に配られたタブレット端末がいじめに使われていたようですが、例えば、学校支給のタブレット端末でいじめが行われた場合に、 それが学校帰宅後とか休日中に行われていたという理由で、学校の管理下にないとされたら、はたして合理的なのか疑問が残ります。

 学校の管理下の意味も、時代の流れや技術の発達とともに、変更さていかれなければならないのではないかと思った今日この頃です。

「いじめ」であることを否定された場合の遺族の対応として考えられること

1 はじめに

 学校における子どもの自死には、「いじめ」を原因とするものが多い印象があります。

 しかし、国の作成した統計上「いじめ」は必ずしも多くありません。

 実際に「令和5年中における自殺の状況」(令和6年3月29日 厚生労働省自殺対策推進室・警察庁生活安全局生活安全企画課)によると、学校問題で自死した生徒は524人のうち、「いじめ」を理由として自死した者は6名のみ(全体の1.1%)と報告されています。

 もっとも、このような国の作成した統計は実態を適切に反映したものではない可能性が高いといえます。これは、「いじめ」と「友人との不和」との区別が曖昧なことや、学校が「いじめ」による自殺を否定することにより、警察が明確に「いじめ」を原因とするものと判断できないこと等が理由であると考えられます(2023年7月17日の生越弁護士のコラム「いじめ自殺を含めた子供の自殺を減らせるか?」参照)。

 では、遺族としては、子どもの自死が「いじめ」ではないと判断された場合に、どうすることもできないのでしょうか。以下では、学校が「いじめ」であることを学校が否定した場合の遺族の対応を整理しました。

2 基本調査から詳細調査へ移行することを希望する

(1)基本調査から詳細調査へ移行すべき場合

 文部科学省「子供の自殺が起きた時の背景調査の指針(改訂版)」(以下「指針」といいます。)によると、子どもの「自殺又は自殺が疑われる死亡事案」については、全ての案件で、主に学校及び学校の設置者は子どもの自殺に至る過程等を明らかにするための基本調査を行う必要があります。

 その上で、学校の設置者は、基本調査の報告を受け、中立的な立場の心理の専門家や弁護士など外部専門家を加えた調査組織(第三者委員会)において行われる詳細調査をすべきか否かの判断を行います。

 そして、指針には、次の3つの場合には少なくとも詳細調査に移行すべきことが定められています。

ア)学校生活に関係する要素(いじめ、体罰、学業、友人等)が背景に疑われる場合
イ)遺族の要望がある場合
ウ)その他必要な場合

(2)詳細調査が行われていない実態

 しかしながら、2023年10月の文部科学省の調査結果によると、2022年度に基本調査から詳細調査に移行したのは全体411人中19人(約4.6%)で20人に1人にも満たないことが明らかになりました。この点は、文部科学省も余りにも少ないと考えており、背景調査の取組みの姿勢について検討が必要であることを認めています(※1)。

 これは、学校側が、「いじめ」を含めて学校生活に関係するものであることを否定し、「ア)学校生活に関係する要素」ではないと判断されるからではないかと考えられます。

 しかも、同調査結果によると、背景調査の指針に沿って遺族に詳細調査の希望などの制度を適切に説明していない事例が41%に上りました。

 すなわち、遺族が詳細調査という制度を知らないままに、詳細調査を希望することができず、全容が明らかにならないまま基本調査のみで終えるケースが多く存在するということです。

(3)遺族が詳細調査を明確に希望する

 そこで、基本調査から詳細調査に移行することを希望する遺族は、指針に基づいて、詳細調査に移行することを明確に希望することが必要となります。

 最終的に詳細調査に移行するべきか否かの判断は学校の設置者に委ねられ、詳細調査に移行しないことによる指導や罰則等が設けられているわけではありません。そのため、必ずしも希望すれば全ての案件で詳細調査が実施されるわけではありませんが、遺族が明確に希望しているにもかかわらず、詳細調査に移行しないことは指針に反する対応として学校の設置者に対する批判は免れません。

3 「いじめ」ではない事案でもスポ振を利用することができる

 「いじめ」による自死と認められなかったとしても、例えば、学校行事の際に学校の友人との仲違い・けんかや人間関係のすれ違いなどを原因としてうつ病を発症し、自死に至った場合などでも、独立行政法人日本スポーツ振興センター(通称「スポ振」といいます。)の災害共済給付を請求することが可能です。

(1)スポ振の災害共済給付の要件

 スポ振において、「学校の管理下」における「心身に対する負担の累積に起因することが明らかであると認められる疾病のうち特にセンターが認めたもの」(※2)に該当する場合には、「児童生徒等の疾病」(※3)とされており、この疾病に「直接起因する死亡」(※4)と認められれば、災害共済給付の給付対象となります。

 そして、「心身に対する負担の累積に起因する疾病」とは、「精神的な負担が継続的に加わったことにより発症したと認められる心因反応などの疾患」が例として挙げられており(※5)、精神的な苦痛をもたらすような行為が継続的に行われた場合が該当します(※6)。

 したがって、災害共済給付の対象として認められるための要件としては以下のように整理することができます。

① 精神的な苦痛をもたらすような行為が継続的に行われたこと
② ①が学校の管理下で行われたこと
③ ①によって疾病を発症したこと
④ ③の疾病に直接起因する死亡であること

(2)「学友との不和」でも災害共済給付の対象となる可能性がある

 冒頭で紹介した「令和5年中における自殺の状況」において、「いじめ」を理由とする自死は6名であったのに対して、「学友との不和(いじめ以外)」による自死は78名に上ります。このことから、明確に「いじめ」と言えない場合にも、統計上「学友との不和」に分類されているケースが多いと思われます。

 したがって、学校関係者から聞き取った警察官が「いじめ」を認めず、「学友との不和」に分類するような場合であっても、精神的苦痛が継続的に加わり自死に至るケースは多くあります。

 そこで、「学校の管理下」において、精神的な苦痛をもたらすような行為が継続的に行われ、その結果、うつ病等を発症して自死した場合には、「心身に対する負担の累積に起因することが明らかであると認められる疾病」に「起因する死亡」に該当し、災害共済給付(死亡見舞金)の請求が認められる可能性があります。

 遺族としては、子どもの自死の原因が「いじめ」であることを否定された場合、子どもがなぜ自死をしたのか分からず、これ以上何もできないのではないかと思ってしまいます。しかし、子どもが、学校で、どのような精神的苦痛を継続的に受けていたのかを立証することができれば、スポ振の災害共済給付の請求が認められる可能性がありますので、あきらめずに災害共済給付の請求を行うことをおすすめします。

※1 自殺総合対策の推進に関する有識者会議(第11回)25~27頁

※2 独立行政法人日本スポーツ振興センターに関する省令第22条第7号

※3 独立行政法人日本スポーツ振興センター法施行令第5条1項2号

※4 独立行政法人日本スポーツ振興センターに関する省令第24条第2号

※5 独立行政法人日本スポーツ振興センター災害共済給付の基準に関する規程

※6 独立行政法人日本スポーツ振興センター災害共済給付の基準に関する規程注44

いじめ自殺を含めた子供の自殺を減らせるか?

 国が作成している自殺の統計によれば、2022年に自殺した小中学生と高校生は512人となり、初めて500人を超えました。統計のある1980年以来、過去最多となったそうです。

 しかし、国が作成している自殺の統計では、「いじめ」によって自殺する児童は極めて少ないという結果になっています。例えば、令和4年版自殺対策白書によると、「いじめ」で自殺した小学校の男子は0%、女子は5%、中学生の男子は1.9%、女子は2.7%、高校生の男子は0.4%、女子は0.9%となっています(※1)。このような統計を見ると、「いじめによる自殺はすごく稀なんじゃないか?」と感じてしまいます。

 ところが、民間ですが全く反対の調査結果が存在します。日本財団いのち支える自殺対策プロジェクト『日本財団第3回自殺意識調査』報告書によると、若年層の自殺念慮・未遂に関する最多原因は学校問題における「いじめ」であり、自殺念慮・未遂の原因の約4分の1を占めているのです(※2)。

 さて、どちらが実態を反映しているのでしょうか?個人的には国の統計は「いじめ」による自殺を見過ごしている可能性があると考えています。

 その理由としては、第1に、国が作成している統計は、警察官が自殺の直後にご遺族から聞き取った自殺統計原票に基づいて作成されています。特に子供が自殺した場合、その直後のご遺族の混乱は非常に大きいものといえるでしょう。その混乱の中で警察官から原因や動機を尋ねられても、ご遺族は正確に答えられていない可能性があります。また、子供がご遺族を心配させないために、自分がいじめられていることを告げていない可能性もあるでしょう。そうすると、そもそもご遺族が警察官に対して「いじめが原因だった。」と告げられない可能性があります。

 第2に、自殺の原因動機である「学友との不和」と「いじめ」の区別が曖昧な点です。令和4年版自殺対策白書によると、「学友との不和」で自殺した小学校の男子は7.8%、女子は8.3%、中学生の男子は4.0%、女子は12.3%、高校生の男子は3.9%、女子は6.6%となっています(※1)。このように「学友との不和」は「いじめ」と比較して子供達の自殺の大きな原因動機になっています。では、「学友との不和」と「いじめ」との違いは何でしょうか?警察庁の答弁によると、「自殺した児童等が心身の苦痛を感じていた場合」は「いじめ」と判断するそうです(※3)。でも、子供達が「心身の苦痛を感じていた」か否かを、本人が既に亡くなっているのにどうして正確に判断ができるのでしょうか?このように、「学友との不和」と「いじめ」の区別は曖昧ですから、相当数の「いじめ」による自殺が「学友との不和」による自殺の中に含まれている可能性があります。

 第3に、警察官が自殺統計原票を作成する際に、ご遺族のみならず学校関係者にも聴き取りを行った際、「いじめ」による自殺を否定する学校関係者の回答が影響している可能性もあります。残念なことですが学校関係者は一般的に「いじめ」によって自殺が生じたことを認めたがりません。警察官が「学校の先生はいじめがあったとは言ってませんでしたよ。」と伝えれば、ご遺族は「そうなのか。」と思い込んでしまう可能性もあるでしょう。さらに実務的にはご遺族らから聴き取りをする警察官と、自殺統計原票を作成する警察官が別の場合もあるそうです。そのような場合、ご遺族と学校関係者の話が食い違った場合、自殺の原因動機を「不明」として処理する場合もあるそうです。

 このように、国が作成している自殺の統計は子供の自殺の実態を反映していない可能性が高いのです。すると、子供の自殺を減らすための政策を行うのであれば、自殺統計原票による国の統計だけではなく、心理学的剖検を含めた子供の自殺に関する詳細な実態調査が実施されるべきだと考えます。もっとも、残念ながら政府はそのような実態調査を行わないようです(※4)。

 しかし、実態が正確に把握できていないのに、どうして有効な対策を講じることができるのでしょうか?「いじめ」による自殺も含め、今後も子供の自殺が増え続けるのではないかという強い危機感を抱かざるを得ません。

※1 厚生労働省『令和4年版自殺対策白書』83頁

※2 日本財団いのち支える自殺対策プロジェクト『日本財団第3回自殺意識調査報告書』19頁

※3  厚生労働省第10回自殺総合対策の推進に関する有識者会議(2023年3月30日開催)議事録・8頁

※4 同会議において、当職が「日本における児童・小児精神医療に関して、あまり研究が進んでいるという話は聞かないのですね。そこへちゃんと予算をつけて大規模な心理学的剖検をするなり、何か調査する予定はないのでしょうか。」と質問したところ、後日、厚生労働省から「児童生徒について心理学的剖検を行う予定はない。」との回答があった。

いじめへの対応と警察との連携①

 令和5年2月7日付で、各都道府県教育委員会教育長や都道府県知事等に対して、「いじめ問題への的確な対応に向けた警察との連携等の徹底について」という通知(以下「本件通知」といいます。)が出されました。本件通知は、いじめが児童生徒の教育を受ける権利を著しく侵害し、その心身の健全な成長及び人格の形成に重大な影響を与えるのみならず、その生命又は身体に重大な危険を生じさせるものであるとの基本的理解に立ったうえで、いじめ問題への対応と警察との連携について、様々な観点から述べています。
 本件通知の全文については文部科学省のHPをご確認いただくことにして、以下では、「いじめ対応における警察との連携」という点について、特色をご紹介いたします。

1 まず、本件通知は、児童生徒の生命や安全を守ることを最優先にすべきであるとの考えから、学校に対して、警察への通報をためらうことなく、直ちに相談・通報を行い、適切な援助を求めなければならないとしています。
 この点に関し重要なのは、警察への相談・通報の対象となる「いじめ」が、犯罪行為に該当するものに限られていないということです。せっかく警察との連携を図る制度が整備されても、学校側が警察への相談・通報をためらい、警察との情報共有が円滑にいかなければ意味がありませんので、そのような事態を避けるために、本件通知では、警察への相談・通報を行ったことが、「学校として適切な対応を行っているとして評価される」ことが明記されています。
 「いじめ」が犯罪行為に寄る場合はもとより、犯罪行為によらない場合であっても、警察による注意・説諭には一定の効果が期待でき、いじめ問題に対応する教員の負担も軽減されることになりますので、今後は、警察との連携がより積極的に図られることが期待されます。

2 次に、本件通知は、重大ないじめ事案に当らない場合でも、警察は、当該児童生徒又はその保護者が犯罪行為として取り扱うことを求めるときは、その内容が明白な虚偽又は著しく合理性を欠くものである場合を除き、被害届を即時受理するものとしていることから、学校は、警察から連絡を受けた場合には、緊密に連携しつつ、捜査又は調査に協力しなければならないとしています。
 したがって、学校側の動きが鈍いときなどには、児童生徒やその保護者から、警察に被害届を出すことによって、必要な調査や対応等の警察との連携を促すことも可能になるものと考えます。これまで学校が十分な対応を取ってくれず、どうしてよいのかわからない状態にあった児童生徒又はその保護者にとっては、途が開けることになったのではないでしょうか。

 このように、本件通知は、「いじめ対応における警察との連携」に関し、「いじめ」事案に対する学校から警察への相談・通報を、適切な対応として位置付けるとともに、被害児童生徒やその保護者から警察に被害届が出された場合には、原則として即時に受理したうえで学校との連携が図られるべきことを明確にした点に意義があるものと考えます。

 今後、「いじめ対応における警察との連携」が周知されていくことで、学校と警察との連携がスムーズになり、元々業務過多である教育現場においては、「いじめ」対応の負担が軽減されることが期待されますし、これまで学校の対応に頼らざるを得なかった被害児童生徒又はその保護者にとっても、警察を介して「いじめ」対応を求めるという選択が身近になるのではないでしょうか。
 その他、本件通知においては、児童生徒への指導・支援の充実や保護者と学校が共にいじめ防止対策を共有するための普及啓発の推進などについても触れられていますが、これらについてはまた別の機会に書きたいと思います。

いじめ自死の裁判の難しさそれでも戦う

 学校でのいじめにより自死した児童・生徒の報道は枚挙にいとまがありませんが、現在の裁判は、いじめ被害者に対して厳しい判断枠組みを採用しており、「教員が当該児童・生徒が自死することを具体的に予見することが可能であった」という事情を要求する裁判例がほとんどです。

 しかし、そうではない裁判例もあります。高校3年生の生徒がいじめ自死した事案で、福岡地方裁判所令和3年1月22日判決(平成28年(ワ)第3250号)は、「特に、遅くともいじめ防止対策推進法が成立・公布された平成25年6月28日頃において、学校内における生徒間のいじめによって、被害生徒が自殺するに至る事案が存在することは、各種報道等によって世間一般に相当程度周知されていたといえるところ、現に学校教育に携わる専門家である被告及び本高校教員らとしては、同法成立以前においても、生徒間におけるいじめが自殺という重大な結果に結びつき得ることを、当然に認識していたはずである。そして、被告及び本高校教員らには、生徒の生命・身体を保護するための具体的な義務として、特定の生徒に対するいじめの兆候を発見し、又はいじめの存在を予見し得た時には、教員同士や保護者と連携しながら、関係生徒への事情聴取、観察等を行って事案の全体像を把握した上、いじめの増長を予防すべく、本生徒に対する心理的なケアや加害生徒らに対する指導等の適切な措置を取る義務があるものと解される。なお、このような義務に違反する作為ないし不作為は、在学契約に基づく付随的義務としての安全配慮義務違反として債務不履行を構成するのみならず、生徒の生命、身体に対する侵害として不法行為をも構成するというべきである。」と判示した後、教員らの義務違反を認定した上で、「被告は、本高校教員らが、本生徒に対するいじめと評価するに足りる具体的な事実関係を把握しておらず、その契機もなかったから、いじめないし本件自死の予見可能性やそれを前提とする義務違反は認め得ない旨主張するが、甲教諭及び乙教諭において、いじめの端緒を認識していたと認められることは前記とおりであるから、被告の主張は採用できない。」と判示しています。

 この福岡地裁の判断は、従来の自死の具体的予見可能性が必要とする裁判例とは見解を異にする判断枠組みです。いじめを認識したのであれば、対応すべき義務があり、自死の具体的な予見可能性まで要求しないという内容です。 このように、心ある裁判官が従来からの被害児童・生徒への厳しすぎる判断枠組みに異を唱えて画期的な判決理由を記載してくれることがありますから、我々は諦めずに何度も戦いを挑んで、現状の裁判所のおかしな考えを改めてもらいたいと思っています。

>>遺族が直面する法律問題 -学校でのいじめ-

ネットいじめ問題

 はじめまして、弁護士の田中健太郎と申します。

 インターネット問題やマンション問題に取り組む中で、自死に関する案件を取り扱うようになり、自死遺族弁護団に加入することとなりました。

 文部科学省が2020年に調査した不登校等調査によれば、児童・生徒の自死や不登校の原因について、ネットいじめが1万8870件と過去最多となりました。

 世界的にもネットいじめ問題は深刻さを増しており、韓国ではアイドルがプライバシーの拡散を受けたり、誹謗中傷を受けたりすることで自死するというケースが跡を絶ちません。

 日本が行っているネットいじめ対策としては、プロバイダー責任制限法の改正に伴い発信者の特定に要する期間の短縮が図られたことや侮辱罪の刑罰に新たに1年以下の懲役・禁固又は30万円以下の罰金を加えたこと等が挙げられますが、教育現場でのネットいじめの対応はなおざりであると言わざるを得ません。

 私が執務を行う町田市でも小学6年生がネットいじめにより自死したとの報道があります。いじめに使用された端末は、文部科学省肝いりのGIGAスクール構想(児童・生徒の1人1台パソコン端末を配布して教育現場に活用する構想)で配布された学習用デジタル端末を用いたもののようで、デジタル端末の技術的な側面を偏重した教育の結果ともいえます。

 インターネットの問題が伴う自死に関して悩まれている方は、ご遠慮なく弁護団にまでご連絡下さい。

いじめへの抗議の声

同級生、障がいのある方へのいじめ行為を雑誌で発言していたことが問題視され、オリンピック・パラリンピック開会式の楽曲を制作する予定だったミュージシャンが辞任することになりました。組織委は、7月16日には続投の意向を示していましたが、世論の反発が強まり、一転、7月19日に辞任が発表されました。

報道されたいじめの内容は、あまりに苛烈でひどいものでした。私は、このようなことをする人がいるのかと人間の残酷さを感じて、しばらく重苦しい気持ちを引きずっていました。いじめやパワハラの事件でも、人間に対する不信感が生まれ、しんどく感じることがあります。

今回の件では、知的障がいのある方やその家族等でつくる「一般社団法人全国手をつなぐ育成会連合会」が声明を出すなど、多くの抗議の声が上がり、世論の反発も強まって、彼は辞任する運びとなりました。私は、この報道に接し、世の中には残酷ないじめをする人もいるが、それをおかしい、許さない、と考える人も多いのだ、と少し救われた、安心した気持ちになりました。

また、近年、心の平穏をどのように保つか、いかに生き抜くかなどを伝える本が数多く出版されています。現代社会では、生き難さを感じたり、自分自身や家族がいつしんどい立場に立たされるか分からないと不安を感じたりしている人が多いからでしょう。いじめやパワハラの報道に、我が事のような痛みを感じている方もいらっしゃると思います。

いじめやパワハラの認知件数は年々増加傾向にあり、なくなることはありません。被害に遭われた方やそのご家族のなかには、他の人がみな声の大きい人の支配下に入り、自分と距離をとっているような気がしている方もいらっしゃると思います。

ですが、その現状を許せないと憤りを感じ、何かできることはないかと考えている人も少なくないはずです。私もその一人であり、弁護団の活動を通じて、自分にできることを考えていきたいと思っております。