「給付基礎日額」~おかしい、怪しいと思ったら・・・

 過労死、過労自死が認定された際、労災補償額のベースとなるのが、被災者の被災前の賃金額に基づき計算される「給付基礎日額」です。

 この、被災前の賃金額には未払の残業代も含まれます。 そうであるにもかかわらず、労基署は未払の残業代の存在を無視した過少な給付基礎日額認定を行いがちなことは、当ブログの松森弁護士の記事「労災が認定されたら、給付基礎日額が正しいか要確認です」においても取り上げている通りです。

 そもそも、長時間残業による過労死・過労自死を出すような使用者が、事実の通りの労働時間に基づいて、適法に残業代を支払っているケースの方が稀です。莫大な残業代を支払わなければならなくなるからです。

 残業代をごまかす手法は大きく分けて

①本当の労働時間記録を残さない

②違法な賃金体系で残業代をごまかす

の2つです。この①、②を組み合わせている場合もあります。

①本当の労働時間記録を残さない

 この方法につき、ただ単に記録をつけず、労基署の労働時間聴取に対し使用者が口だけで過少な労働時間を述べる、という古典的なパターンもあります。

 しかし、近年の労働時間規制の厳格化に伴い、使用者があらかじめ計画的に虚偽の過少な労働時間記録を用意する、事実に基づく労働時間の証明を妨げる、との悪質な事案に接する機会が増えました。

 日々の労働時間記録(タイムカード、日報など)につき、事実に反する過少な労働時間、存在しない長時間の休憩を記録するよう命じて作成させておく、労働者の監視のために労働時間記録は行なうが労働時間記録の持ち出しや謄写をしたら罰金であるとして労働者の利用を妨げる等の手法です。

②違法な賃金体系

 代表的なものは、

(1)管理監督者だから残業代払わなくてよい

(2)固定残業給だから払った給料に残業代が含まれている

(3)歩合給だから残業代はほとんど発生しない、

というものです。

 しかし、これらの賃金体系はいずれも、労基法上の通常の残業代支払方法の例外として、厳格な要件を満たさなければ許容されません。

 長時間労働による過労死や過労自死が発生するような働かせ方で、例外的な支払い方法が適法とされる場合の方が稀です。

 長時間働いていたのに、残業代の支払いがなかったり、少なすぎておかしいと感じるような実態にあった場合、労働時間のごまかしや、違法な賃金体系が隠れていることが多いです。

 労災が認定された場合でも労基署計算の給付基礎日額は鵜呑みにせず、専門家と共に検討することをお勧めします。

静岡県警事件最高裁判決について

1 はじめに

 最高裁は、令和7年3月7日に過労自殺(自死)に関する損害賠償請求訴訟において2つの重要な判決を下しました(以下「静岡県警事件最高裁判決」といいます。)(※1※2)。

 これらの最高裁判決が過労自殺(自死)の実務に大きな影響を与えることは確実です。様々な論点はあるのですが、私がもっとも大切だと考えるいくつかのポイントについてご説明したいと思います。

2  訴訟の概要

 静岡県警事件最高裁判決は、静岡県警に警部補として勤務していたAさんが過労自殺(自死)した事案について、Aさんの妻子が静岡県に対して損害賠償を請求した訴訟(以下「妻子訴訟」といいます。)と、Aさんのご両親が静岡県に対して損害賠償を請求した訴訟(以下「父母訴訟」といいます。)の2つの訴訟があります。

 広島地裁福山支部は、令和4年7月13日、妻子訴訟と父母訴訟の両方について静岡県の責任を認め、ご遺族勝訴の判決を下しました。

 これに対して、静岡県は広島高裁に控訴しました。すると、広島高裁は、令和5年2月15日、父母訴訟について静岡県の責任を否定し、ご両親敗訴の判決を言い渡しました。しかし、広島高裁は、同月17日、妻子訴訟について静岡県の責任を認め、一審である広島地裁福山支部と同じように妻子勝訴の判決を下しました。

 このように、警察官のAさんが過労自殺(自死)したという客観的な事実は同じなのに、広島高裁は全く逆の2つの判決を下しました。

 そこで、静岡県警事件最高裁判決は、妻子訴訟については広島高裁が正しいと判断し、父母訴訟については広島高裁が間違っていると判断したのです。その結果、妻子訴訟も父母訴訟もご遺族側の勝訴となりました。

3  電通事件最高裁判決との関係

 静岡県警事件最高裁判決を正確に理解するためには、最高裁が平成12年3月24日に下した電通事件最高裁判決(※3)とのつながりを踏まえる必要があります。

 電通事件最高裁判決の最も大切なポイントは、「労働者が労働日に長時間にわたり業務に従事する状況が継続するなどして、疲労や心理的負荷等が過度に蓄積すると、労働者の心身の健康を損なう危険のあることは、周知のところである。」と述べたことです。要するに、最高裁は、「働き過ぎて、疲労や心理的負荷等が過度に蓄積すると、体や心を壊す危険性があることはもう常識です!」とはじめて述べたのです。

 そして、電通事件最高裁判決は、働き過ぎて「疲労や心理的負荷等が過度に蓄積」した結果、うつ病になったり、自殺(自死)に追い込まれたりした時点で対策をとっても遅いので、会社などの使用者が対策をとって回避すべき状態は、うつ病や自殺(自死)といった「結果を生む原因となる危険な状態の発生」であり、予見可能性の対象もこのような「危険な状態の発生」であるという考え方に立っています(※4)。

 もっとも、実際の裁判の実務では、電通事件最高裁判決が出た後も、うつ病や自殺(自死)といった「結果を生む原因となる危険な状態」とは具体的にどんな状態なのか、そのような状態となった時期はいつなのか、会社が行うべき対策をご遺族側と会社側のどちらが特定するのかといった論点が残りました。

 当弁護団が担当した事件でも、裁判官から「職場がどの時期にどんな対策をとればいいのか具体的に特定して下さい。」と指示されたことは何度もあります。もっとも、ご遺族からすると、亡くなったご家族の職場での働きぶりを実際に見ていた訳ではありませんし、職場の人事システムも知らないのですから、過労自殺(自死)を避けるため職場が行うべき対策の時期や具体的内容を特定することは不可能に近いといえます。そして、この特定に失敗して敗訴したことも何度か実際に経験しました。

 このような電通事件最高裁判決後に残されたいくつかの論点について、静岡県警事件最高裁判決は一定の判断を示しました。

4  静岡県警事件最高裁判決の重要ポイント

(1) 第1のポイントは、まず、うつ病や自殺(自死)といった結果が生じる様な危険な状態とはどのレベルの状態なのかについて論じた点にあります。

 最高裁は、Aさんの業務がAさんに「相当程度の疲労や心理的負荷等を蓄積させるもの」であり、このような業務が「精神疾患の発症をもたらし得る過重な業務」と判断しました。つまり、最高裁は、「過度」に疲労や心理的負荷等が蓄積した状態ではなく、その前段階である「相当程度」に疲労や心理的負荷等が蓄積した状態になれば、うつ病や自殺(自死)といった結果が生じる様な危険な状態が発生したと評価しているのだと考えられます。

 その結果、ご遺族側の立証のレベルは、「過度」ではなく、「相当程度」に疲労や心理的負荷等が蓄積した状態まで立証すれば足りるということになりました。過労自殺(自死)の事件の代理人を長年務めてきた弁護士としては、かなり立証のハードルが下がったと感じています。

(2)  第2のポイントは、Aさんの上司は、Aさんから勤務時間などの報告を受けていたことから、「A警部補の従事する業務の具体的な状況を把握し得なかったと解すべき事情はうかがわれない。したがって、A警部補の上司らは、A警部補が客観的にみて精神疾患の発症をもたらし得るような過重な業務に従事していることを認識することができた」と判断した点にあります。

 過労自殺(自死)の損害賠償訴訟では、会社から「そんなに働いているとは知らなかった。」という主張が必ずと言って良いほど行われます。

 しかし、最高裁は、少なくとも労働者が「精神疾患の発症をもたらし得る過重な業務」に従事していた場合は、上司が「業務の具体的な状況を把握し得なかったと解すべき事情」を具体的に立証しない限り、客観的に過重な労働に従事していたことを知り得たと認定すべきという考えに立っていると思います。

 このように、上司がどのような事情を認識または認識し得れば会社が責任を負うかという点について、「そんなに働いているとは知らなかった。」という反論は簡単には通りませんよ、と示した点は実務上大きな意味があると思います。

 (3)  第3のポイントは、少なくとも労働者が「精神疾患の発症をもたらし得る過重な業務」に従事していた場合であれば、遺族側に、うつ病や自殺(自死)といった「結果を生む原因となる危険な状態」が発生した時期や、会社が行うべき具体的な対策の内容などの特定を要求することなく、「A警部補の上司らは、A警部補の業務を適切に調整するなど、その負担を軽減するための措置を講じなければ、A警部補がその心身の健康を損なう事態となり、精神疾患を発症して自殺するに至る可能性があることを認識することができたというべきである。そうであるにもかかわらず、A警部補の上司らは、A警部補の負担を軽減するための具体的な措置を講じていない。」と判断して、静岡県の過失を認めた点にあります。

 特に国家公務員や地方公務員の事件では、予算に限りがありますし、簡単に人を増やすことができません。そのため、国や自治体から「予算ありませんし、人も簡単に採用できないので、業務を軽減したり、人を補充したりすることはできません。ご遺族が主張する対策を行うことは不可能です。」といった主張が行われ、実際に判決でもそのような主張が認められることがありました。しかし、最高裁は、そのような主張を明確に否定しました。そして、民間の場合は、より柔軟に業務量の調整や人員の増員が可能といえますので、当然にそのような主張は認められないでしょう。

 (4)  第4のポイントは、これはかなり専門的な議論なのですが、長時間労働によって過労自殺(自死)が生じた場合、どのような状態を労働時間と評価すべきかという論点について判断を示した点にあります。

 過労自殺(自死)が生じた場合、労働時間の考え方は単純化して大きく分けると、①使用者から仕事をしなさいと命令されたり、仕事をすることを義務づけられたりした時間を労働時間とする考え方と、②心理的負荷によって過労自殺(自死)が生じたのだから、業務によって心理的負荷を受けた時間を労働時間とする考え方の2つの考え方があります。そして、広島高裁の妻子訴訟は②の考え方で、父母訴訟は①の考え方でした。

 ①と②の考え方で大きく判断が分かれる場面は、持ち帰り残業や出張の移動が就業時間の前後に行われた場合です。ここも様々な議論がありますが、単純化すると、①の考え方では、持ち帰り残業は労働者が勝手に持ち帰っているので労働時間ではありませんし、就業時間の前後に行われた出張の移動時間は通常の通勤と同じなので労働時間と評価しません。一方、②の考え方では、持ち帰り残業も就業時間の前後に行われた出張の移動も業務によって心理的負荷を受けるので労働時間として評価します。

 このような対立があったのですが、妻子訴訟の最高裁は、「業務起因性判断の前提となる労働時間(勤務時間)とは、上記労働基準法上の労働時間に限られるものではなく、労働者が、業務のために必要な活動に従事していることが客観的に明らかであるといえるときは、使用者による明示的な時間外勤務命令に基づいているか否かや、使用者の指揮命令下に置かれているか否かといった点を問わず、これを業務起因性判断の前提となる労働時間(勤務時間)として考慮することができる場合があると解すべきである。」とした広島高裁の認定を、「原審の適法に確定した事実関係等」と判断し、海外研修の準備や事前会合の移動時間も労働時間として評価しました。

 このように、専門家の間では争いはあるものの、最高裁は少なくとも②の立場を否定するものではないことを明示した点に大きな意義があると考えます。

 (5)  第5のポイントは、最高裁が父母訴訟の広島高裁の形式的な事実認定を否定した点にあります。個人的な見解ですが、残念ながら、裁判官は能力的にも知性的にも感情的にも急速に劣化していると感じます。もちろん、優秀な裁判官も数多くいますが、頭でっかちで、社会を知らず、自分の地位を守ることだけに関心があるような、ヒラメ裁判官が大量に増殖しているのが現実です(もう個人的にはヒラメ裁判官はChatGPTと交代した方がまともな判断が出るのでは無いかと感じるくらいです。)。 

 過労自殺(自死)事件のヒラメ裁判官の事実認定はワンパターンで単純です。事実をバラバラに分解し、分解したバラバラの事実の心理的負荷は弱いと判断し、弱いバラバラの事実を最後に総合的に判断しても、やっぱり心理的負荷は弱いと判断するのです。

 実は広島高裁の父母訴訟は、このようなヒラメ裁判官の事実認定が行われた結果、ご両親が敗訴しました。

 しかし、最高裁は、そのような形式的な事実認定を否定し、Aさんの立場にたって事実を認定しました。従来の交番長としての業務に新人の指導業務が加わったこと、労働時間がおよそ2倍以上に増加して1か月当たり100時間を超えたこと、14日の連続勤務を2回行ったことなどを認定した上で、「A警部補が自殺直前の時期に行っていた業務は、A警部補に相当程度の疲労や心理的負荷等を蓄積させるものであったということができる。」と認定したのです。

 極めて常識的ですし、一般人の感覚からして素直に受け入れることができる事実認定だと思います。

5  最後に

 静岡県警事件最高裁判決が出た後、当弁護団で受任している過労自殺(自死)の損害賠償請求訴訟でも、最高裁判決を踏まえた主張立証を行いました。

 その結果、比較的短時間で和解したケースも複数見られます。是非当弁護団にご相談下さい。

※1 https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/869/093869_hanrei.pdf

※2 https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/868/093868_hanrei.pdf

※3 https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/222/052222_hanrei.pdf

※4 八木一洋「電通事件/最高裁判例解説」法曹時報52巻9号・362~363頁

ご遺族からの相談を聞くに当たって

1 「こんなにしっかりと話を聞いてもらえたのは初めてです。」といった類いの言葉を法律相談の場で聞く度に複雑な気持ちになります。「ここに来るまでに○人断られました。」という話も同様です。

 確かに、相談の中には法律ではどうしようもない事案もあり、「対応出来ない」とはっきり伝えることが大切な場合もあります。しかし、上記のように仰って頂ける事案の中には、相談を聞いた弁護士が、可能な限り話を理解しようと努め、かつ、確かな知識を有している場合であれば、何らかの方針を示すことができた事案も少なくありません。また、相談を聞いたその場では馴染みのない法律関係に関する話であったとしても、話を整理する過程でとっかかりとなる法令や判例を調べてみることで、お伝え出来ることが出てくる場合も少なくありません。

 つまりは、法律相談に来られた方の抱えている問題の解決に向けて、対応した弁護士がどれだけ広い視野を持って「本気で」考えたかによって、その対応に大きな違いがあるということだと思います。

2 この点、自死に関するご遺族からの相談においては、できるだけ多角的に事案を検討する必要があることから、原則として、ご遺族の主訴にとらわれることなく、あらゆる可能性を考えて聴き取りに当たることが必要となります。

 例えば、賃貸マンションにおける自死のケースで、家主からの賠償請求の有無や金額を教えて欲しいといったご遺族の相談を想定した場合、その点だけを答えて終わってしまうと、後々取り返しのつかない場面が出てくる場合があり得ます。具体的には、自死者自身の預貯金もそれほど多くなく、ご遺族にも経済的な余裕がない場合に、家主からの損害賠償請求額が数百万円になることが見込まれるという理由だけで安易に相続放棄を勧めて終わってしまうような場合です。このとき、ご遺族自身も相談時に思い至っていなかった事情として、実は、働き過ぎや職場でのパワーハラスメントなどが原因で精神障害を発病し、結果として自死してしまったという事情が隠されていたらどうなるでしょうか。その可能性を考慮せずに安易に相続放棄を勧めて法律相談を終えてしまうと、後に勤務先に対して数千万円の損害賠償請求が可能となる事案であったとしても、早々に相続放棄をしたことにより、気付いた時にはその権利を失っていてどうにもならない、ということになります。

3 別の例として、自死者の遺品から、一見すると交際相手とうまくいかなくなったことが自死の原因であるかのように考えられ、ご遺族の主訴も、交際相手に何か請求出来ないか、というものであったというケースを想定してみます。このとき、遺品から伺える交際相手とのやり取りが、男女間の日常的ないさかいの域を出ない程度のやり取りであったと考えられる場合には、「交際相手への請求は法的には難しいですね。」などと助言して終わってしまう場合もありうるところです。しかし、生前の自死者の人柄や、自死前の様子の変化などに聞き取りの範囲を広げていくことで、実は、交際相手とうまくいかなくなっていたのは、仕事のストレスで本人も気付かないうちに精神障害を発病していたからであって、本当の原因は職場にあったという場合もあるかもしれないのです。

4  上記2つの例において、ご遺族の主訴だけにとらわれて相談を終えてしまうと、亡くなられた方が何に苦しんでいたのかという真実にたどり着くことは困難となりますし、ご遺族の重要な法的権利を失わせることにもなりかねません。しかし、対応する弁護士があらゆる可能性を視野に入れて事情を聴き取ることで、それを防ぐことができる場合もあるでしょう。

 他方で、ご遺族の中には、様々な事情から、多くのことを話したがらない方もおられます。そのため、常に詳細を聞き取ることができる訳ではありませんが、だからといって、相談に臨む弁護士が、詳細を聞き取らなくても良いということにはなりません。

5 自死遺族支援弁護団では、可能な限り広い視野にに立った上で様々な法的問題に対応出来るよう、所属する弁護士間での情報共有や勉強会などを通じて日々研鑽を重ねています。

 皆様から安心してご相談頂ける様、私自身も努力し続ける所存です。

パワーハラスメントの調査方法について

 はじめまして。大阪で弁護士をしております松村隆志(まつむらたかし)と申します。2022年から当弁護団に加入しており、今回初めてブログを書かせていただくことになりました。

 さて、私は現在、当弁護団で2件の過労自殺の案件を担当しておりますが、いずれも上司や同僚からパワーハラスメント(以下「パワハラ」と略記します。)を受けた事案です。どのような言動がパワハラに当たるのかについては、生越照幸弁護士の2024年3月12日のコラム2020年8月17日のコラムに詳しい説明がございますので、そちらをご覧いただければと思います。今回は、パワハラの調査の流れについてご説明したいと思います。

 私たち弁護士がご遺族からご相談を伺う際には、亡くなった本人がどのようなパワハラ被害を受けたのか、そして、その被害をどのように証明するのかという点に注意して伺います。ただ、被害者本人が亡くなっているため、そもそもどのような被害があったのかもよくわからないことも珍しくありません。

 私たちは、ご相談を受けた場合、まずは、遺書や本人の日記、ご遺族が自死された方から生前に聞いていたお話、加害者等とのメールのやり取り、友人や同僚とのメッセージのやり取りなどを確認し、本人の受けた被害について手掛かりとなる記載がないかを調べます。自死された方が精神科その他の病院に通院していた場合には、カルテを取り寄せて医師にパワハラの被害を説明していないかも確認することになります。また、パワハラを見聞きした同僚の方の協力を得られれば、事実の確認の観点からも証明の観点からも非常に意味があります。

 どのような事実があったのかが明らかになれば、次にその事実をどのようにして証明するかが問題となります。録音や加害者とのメールのやりとり、同僚の方の供述でパワハラ被害の証明が十分であればよいのですが、そのような事案ばかりではありません。証拠が不足する場合に、考えられる手立てとしては主に2通りあります。

 第1には、事業主に対してパワハラ被害を申し出て、調査を求める方法です。

 事業主は、パワハラによって労働者の就業環境が害されることのないよう、労働者からの相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備その他の雇用管理上必要な措置を講じる義務を負っています(労働施策総合推進法30条の2第1項)。具体的には、パワハラの相談の申出があった場合には、相談者と加害者からの事実確認を行い、必要があれば第三者からも聴取する等して、事実関係を迅速かつ正確に確認する義務があります(令和2年厚生労働省告示第5号)。

 事業主の側で、パワハラがあった事実を隠そうとするリスクはありますが、他の同僚の見ている場で苛烈なパワハラがあった場合や、他の同僚もその加害者から被害を受けているような場合などは、事業主による調査でもパワハラの事実を裏付けるような証言が得られる可能性があります。

 第2に、労働基準監督署長に労災保険給付を請求して、労基署の調査に委ねる方法です。

 労働基準監督署長には労災について必要な調査を行う権限が与えられており(労災保険法46条)、パワハラ等により精神障害を発病したとの訴えがあれば、職場の関係者から聴き取りをして、そのような事実があったか否かが調査されます。関係者からの聴取書は、手続が進めば開示を受けることができます。

 パワハラの事案は、当事者の間で密室的に行われることも多く、類型的に立証に困難を伴うものです。ただ、録音などの直接的な証拠がない場合でも、調査を通してパワハラの事実を証明できる可能性があります。あきらめず、まずは当弁護団までご相談いただければと思います。

啓発授業

 先日、大阪府内の高校において、過労自殺(自死)に関する啓発授業の講師を担当させていただきました。

 授業では、私の方から過労自殺とは何かということや、過労自殺の発生件数・労災認定件数などの実態、過労死や働き方に関連する法律についての解説をさせていただき、遺族の方からは、実際にご家族を過労自殺によって失った経験を語っていただき、生徒に対するメッセージをお伝えいただきました。

 授業開始当初は、仕事や過労自殺について身近な問題として捉えることが難しかったからか、その実態や法律に関する講義については、関心が薄いように感じることもありましたが、遺族の方のお話があってからは、明らかに生徒の顔が変わりました。

 特に、ご家族が自殺するに至ったいきさつや、その後のご家族の心境のお話をお話されている際には涙を流す生徒もいるなど、過労自殺が当事者だけでなく家族にもどのような影響を与えるか、ということを実感してもらえたのではないかと感じています。生徒の一人からは、いのちより大事な仕事などないこと、自分だけでなく周りの友達を守るためにも働き方に関するルールを学んでいきたいという感想をもらえました。

 過労自殺をなくすためには、過労自殺を防止するための法整備や、企業・会社への取り組みだけでなく、これから社会に出ていく学生一人ひとりが、過労自殺・働き方についての正しい知識を持ち、自分や周りの方々を守ることができるようにしていくことが必要不可欠であり、今回の啓発授業はその一助になるのではないかと思いました。

 今後も、このような活動を通して、過労自殺をなくすために微力を尽くしていきたいと思っています。

Googleのタイムラインからわかる労働時間

2月26日の岡村弁護士のコラムで、Google社の提供するGoogleマップ内のタイムラインという機能について紹介がされています。今回はその続編とさせていただきます。

1 タイムラインの「元データ表示」

 タイムラインを見ると、時刻、滞在場所、滞在場所までの移動距離、移動手段(車、自転車、徒歩等)が出てきます。移動経路は線でつながれます。このタイムラインの表示は、GPSで個人のその時刻にいた場所を特定した上で、AIが、点をつなぎ合わせ、滞在場所と思われる付近の場所を滞在場所と推測して表示し、移動については移動速度を元に車、自転車、徒歩かを推測して表示しているようです。

 ところで、タイムラインのツールアイコンをクリックすると、「元データを表示」という項目が出てきます。この項目をクリックすると、その時刻にまさにいた場所が赤丸の点で細かく表示されます。赤点は膨大な量に上るため、問題のある個所のみ、調べることが現実的ではありますが、この表示に切り換えると、GoogleのAIが滞在場所と推測して表示した場所名と赤丸の場所がずれていることがあります。たとえば、赤丸の場所がコンビニエンスストアの前の道路にしかなくても、タイムライン上の滞在場所はコンビニエンスストアと表示されることがあります。

2 労働時間の証拠としての使い方

 タイムラインは、労災の被災者の労働時間の一証拠として使うことができます。

 タイムラインの場所、時間帯、仕事内容、所定就業時刻等を考慮して、始業時刻、終業時刻の認定に使うことができます。

 しかし、たとえば営業などで外回りをする等仕事で移動することが多い被災者の場合は、単純にいかないことがあります。AIの推測によるタイムライン上の滞在場所が一見仕事と関係なさそうな場合、会社から、その間は労働していないでサボっていた、と主張されることもあります。その場合は、タイムラインの表示を「元データを表示」に切り換え、滞在時刻と滞在場所の点をより細かく表示させ、被災者のその他の事情等も併せて人の頭で考え、推測します。

 たとえば被災者がよく行く建物の中に飲食店があり、タイムライン上は頻繁に飲食店で滞在しているかのように表示されても、「元データを表示」に切り換えた後の赤点の位置や滞在時間、飲食店の営業時間、被災者の職場の取引先が同じ建物に入っていることからすれば、被災者の場合は、飲食店ではなく職場の取引先に仕事で必要があって行っていたと説明することができることがあります。非常に細かい作業になりますが、うまく説明をすることができた時はうれしいものです。

Googleのタイムライン機能について

スマートフォンで地図アプリを利用されている方は多いでしょう。私自身も、初めて行く目的地を見つける際などにとても重宝しています。

地図アプリのなかでGoogle社が提供しているGoogleマップには、タイムラインという機能があるのをご存知でしょうか。この機能は、GPS機能によって何時から何時まで、スマホ(スマホの所持者)が、どこに所在したかという位置情報がスマホ内に記録されるという機能です。アプリ上で、カレンダーのように毎日のおおむねの行動履歴を振り返ることができるという、便利なような、恐ろしいような機能です(ただし、この機能がオンになっている必要があります)。

自死遺族に関する事件の中でも、例えば亡くなられた原因が働きすぎにあるような場合で、タイムカードなどの客観的資料が乏しいときや、タイムカードがあったとしても打刻時間が信頼できないような場合に、自死された方のスマホのタイムライン機能がオンになっていれば、会社内に所在していた時間が分かり、真実の労働時間を把握するための重要な手掛かりになることがあります。

かかるタイムラインの履歴は初期設定で無期限に保存されるものではないということに注意が必要です。Googleの仕様については確たる情報を把握しにくいのですが、一部ネットの情報によれば、タイムラインの自動削除機能のデフォルトの期間が、これまで18か月であったものが今年以後3か月になる(ただし、アップデート時にはユーザーに通知される)、とのことです。

そのため、自死の原因解明に位置情報が役立つかもしれないような案件では、これまでに比べて速やかにタイムラインを確認することが必要になると思います。なお、タイムラインは、パソコン上から見る場合、Googleマップにサインイン後、サイドバーから「タイムライン」をクリックすると確認することができます。

労災保険審査請求と個人情報開示請求について

 労働者が過労自殺(自死)で亡くなった場合、遺族が取りうる法的手続きとして、国に対する労災の請求と、企業などに対する損害賠償の請求があることは、「遺族が自死遺族が直面する法律問題-過労自殺(自死)-」で述べているとおりです。

 労災請求の結果、労働者に生じた死亡が業務に関係ない「業務外」のものと判断(「業務上の事由によるものとは認められません」という理由で不支給決定通知)を労働基準監督署長がした場合、遺族としては、労災保険による補償を受けられません。
 仕事のストレスなど業務上の心理的負荷が原因で自死したとしか考えられないにもかかわらず、このような判断が出された場合、遺族としては当然、納得できませんので、この決定に不服があるとして、その決定を行った労働基準監督署長を管轄する都道府県労働局の労働者災害補償保険審査官に審査請求をすることができます。
 この審査請求は、労災保険給付の決定があったことを知った日の翌日から起算して3か月以内に行う必要があります。
 審査請求書は、厚労省ホームページからダウンロードできます。

労災保険審査請求制度 (mhlw.go.jp)

 審査請求と併行して、遺族は、どうして労働基準監督署長が不支給決定をおこなったのかについて確認するため、保有個人情報開示請求(各労働局ホームページから保有個人情報開示請求書をダウンロード可)を、その決定を行った労働基準監督署長を管轄する都道府労働局総務部総務課に郵送します(あて先は、「○○労働局長」とします)。

 同請求書の「開示を請求する保有個人情報」欄には、例えば

「開示請求者(※遺族)が〇〇(〇年〇月〇日生)の自殺に関して〇〇労働基準監督署長に対してなした遺族補償給付等の請求(令和〇年〇月〇日不支給決定)に関して作成された業務上外の判断にかかる調査復命書並びにその添付書類一式
所轄労働基準監督署 〇〇労働基準監督署」

 この保有個人情報請求の結果、労働局から、調査復命書(精神障害の業務起因性判断のための調査復命書)や添付書類が開示されたら、そこに記載されている調査結果、専門医の意見、聴取書などが事実と食い違わないかを分析し、次の再審査請求や企業などに対する損害賠償の請求訴訟の証拠として戦う準備をします。
 保有個人情報請求手続きにより入手した開示書類のうち、聴取書及び聴取事項記録書は、請求人(遺族)のものを除き、墨塗りの状態で開示されることになりますが、労災請求の際、故人と親しかった同僚など遺族からの聞き取りに応じてくれた方について、遺族による開示請求について同意を得られるのであれば、労働者災害補償保険審査官に対し、労働保険審査会法第16条の3第1項に基づいて、聴取書及び聴取事項記録書についての閲覧及び写しの交付等を請求できます。審査官は、第三者の利益を害するおそれがあると認めるとき、その他正当な理由があるときでなければ、その閲覧又は交付を拒むことができないと法律で定められています。

>>遺族が自死遺族が直面する法律問題「過労自殺(自死)」

労災認定と民事上の損害賠償

私が当弁護団で担当している自死事件について、先日無事労災認定がなされました。

もっとも、我々弁護団の仕事は労災認定により終了するわけではありません。

多くの方々は、労災認定がなされるとそれにより遺族補償給付等として十分な補償が得られたものと考えてしまいます。

しかし、2022年8月1日付の当弁護団ブログ(作成者:松森美穂弁護士)にも記載のあるとおり、本来、遺族補償給付等の金額は、現実に既に支払われている賃金だけではなく実際に支払われていない未払いの残業代金等を含めた給付基礎日額より算出すべきであるところ、実際には、現実に既に支払われている賃金しか考慮されずに給付基礎日額が決定されていることも少なくありません。

また、労災は、あくまでも国の基準に基づき支払われる保険給付であり、いわば最低限の補償にすぎないため、しっかりと損害を賠償してもらう場合には、会社に対して民事上の損害賠償請求を行う必要があります。

遺族補償給付等と民事上の損害賠償のもっとも大きな違いは、死亡慰謝料が支払われるか否かという点にあります。

遺族補償給付等の場合、死亡慰謝料は含まれておりません。もっとも、民事上の損害賠償請求を行った場合、死亡慰謝料が支払われることが通常であり、その金額の相場は、一家の支柱の方であれば2800万円、それ以外の方々であっても2000万円〜2500万円にものぼります(但し、過失相殺等がなされる可能性もありますので、必ず当該金額が支払われるというわけではありません。)。

民事上の損害賠償請求をご自身で行うことは難しいと思います。

民事上の損害賠償請求をしたいがどうしたら良いか分からない等お困りの方がいらっしゃれば、お気軽に当弁護団にご相談ください。

>>自死遺族が直面する法律問題 -過労自殺(自死)-
>>解決までの流れ 過労自殺(自死)の場合 -損害賠償-

公務員の過労自殺(自死)について

 公務員が過労自殺(自死)した場合、法的手続として公務災害が考えられます。しかし、具体的にどのように手続が進んで行くのか一般的には労災の手続ほど知られていません。そこで、公務員の過労自殺(自死)における手続について簡単に解説をしたいと思います。

第1 国家公務員の場合

1 職権主義による場合

 1つ目の手続は故人が所属していた各庁や各省等が、自主的に公務災害に該当するかどうか調査をして、公務災害を認定するという流れです。このように国が自主的に公務災害を認定する手続を職権主義といいます。職権主義は、ご遺族からの災害が公務上のものである旨の申出がなくとも補償を実施することで速やかに公務災害を認定し、ご遺族を早期に救済することが本来の目的となっています。

 このような目的を踏まえると、多くのご遺族は「職権主義はすばらしいな。」と思われるかも知れません。

 しかし、残念ながら職権主義は公務災害認定の障害として機能していると言わざるを得ません。例えば、当弁護団が過去に受任した事案では、実際には不十分な証拠に基づいて職権主義で公務災害ではないと認定し、その旨をご遺族に伝えていました。

 その結果、ご遺族は「公務災害はもう無理だ。」と思い込まれていました。もし当弁護団にご相談を頂けなければ、そのまま諦めてしまわれたかも知れません。

 しかしこの事案では、当弁護団の弁護士らが証拠保全を行って証拠を収集し、公務上認定の申出を行った結果、公務上であると認定されました。

 ですので、職権主義によって故人が所属していた各庁や各省等から「公務災害ではない。」と知らされても、公務上であると認定される可能性があることを是非知って頂きたいと思います。

2 ご遺族による申出の場合

 2つ目の手続はご遺族から故人が所属していた各庁や各省等に対して公務上認定の申出を行うという流れです。

 ご遺族から申出が行われると、故人が所属していた各庁や各省等の職員の中から公務災害の調査や認定を担当する補償事務主任者が指名されます。

 通常の労働者の場合は労働基準監督署が労災になるか否かを調査して認定するのですが、国家公務員の場合はいわば身内の人間がそのような調査や認定を行うことになるのです。

 常識的に考えると身内が調査や認定をするのですから、その調査の正確性や認定の公平性などが担保されているとは言い難いでしょう。

 そのため、ご遺族は補償事務主任者の調査や認定について厳しくチェックする必要がありますし、できるだけ独自に証拠を集めて提出することが必要になります。

第2  地方公務員の場合

 地方公務員が過労自殺(自死)した場合、常時勤務の場合と非常勤の場合で手続が異なります。

1 常時勤務に服することを要する地方公務員

 常時勤務に服することを要する地方公務員の公務災害手続は、各都道府県ごとに置かれている地方公務員災害補償基金(以下「地公災」といいます。)支部長に対し、任命権者を経由して、公務災害認定請求書を提出して行います。

 過労自殺(自死)の場合、認定請求書の「災害発生状況」には、長時間労働、パワーハラスメント、住民に対するクレーム対応など、心理的負荷の原因となった事情を詳しく書くことになります。

 また、認定請求書の内容について所属部局の長の証明が必要になります。

 ここで問題となるのは所属部局の長の証明です。例えば公立学校の教員の過労自殺(自死)の事案であれば、所属部局の長は故人が所属していた校長となりますが、殆どの事例において、校長は、長時間労働、パワーハラスメント、父兄からのクレーム対応など、心理的負荷の原因となった事情を証明しないか、一部の心理的負荷が弱い事情(例えば自己申告の労働時間など)しか証明しません。つまり、校長が過労自殺(自死)の原因を事実として認めてくれないのが一般的なのです。

 地方公務員の過労自殺(自死)事案ではここが最大のポイントとなります。認定請求を受けた地公災支部長は、任命権者に対して様々な調査を指示しますが、最終的に調査を行うのは過労自殺(自死)の原因を事実として認めていない所属部局の長(先ほどの例だと校長)となるのです。常識的に考えると、このような所属部局の長が調査をするのですから、その調査の正確性が担保されているとは言い難いでしょう。

 そのため、ご遺族は公務災害認定請求書を提出する前に、所属部局の長が過労自殺(自死)の原因を事実として認めてくれないことを前提に、できるだけ証拠を集める必要があるのです。

2 地方公務員(非常勤)の公務災害の手続

 非常勤の地方公務員の公務災害手続は、地公災ではなく、故人が勤務していた地方自治体に対して行います。具体的な手続は各地方自治体の条例によって定められていますが、法律によって、常時勤務に服することを要する地方公務員の場合や、一般の労働者の場合と比べて均衡を失したものであってはならないとされています。

 ところで、非常勤の地方公務員の場合、従前は多くの地方自治体において、ご遺族は公務災害の認定を求めることすらできず、公務災害ではないと判断されてもその理由も知ることができませんでした。

 しかし、当弁護団で受任したある事件をきっかけとして、「議会の議員その他非常勤の職員の公務災害補償等に関する条例施行規則(案)」(総行安第27号平成30年7月20日)という通達が出され、ご遺族からの公務災害の申出が認められると共に、公務災害でないと判断された場合はその理由などを記載した通知を受けることができるようになりました。

 非常勤の地方公務員の過労自殺(自死)事案の救済が少しでも広がることを願っています。

第3 おわりに

 このように、国家公務員の過労自殺(自死)や地方公務員の過労自殺(自死)の事案は、調査や認定の主体が第三者ではなく身内によって行われるため、早期に証拠を収集した上で、申出や認定請求を行う必要があるといえます。