安全配慮義務違反に基づく損害賠償請求の時効

1 改正民法の施行

 6年前になりますが、2020(令和2)年4月1日に改正民法が施行されました。

 時効制度も大きく変容し、わかりにくいと言われていた債務不履行責任に基づく損害賠償と不法行為責任に基づく損害賠償の時効も統一されました。

2 経過措置

 改正にはその適用を受ける当事者にとって不利になるものが存在します。

 前項で述べた時効もその一つで、債務不履行責任に基づく損害賠償の時効が10年から5年に短縮されました。

 しかし、すべての事案について2020(令和2)年4月1日に施行された民法が適用されることにはなりません。この点は「経過措置」として改正民法に定めがあります。

3 「5年」か「10年」か

 当弁護団においても、働き方を理由として自死した方の家族から損害賠償請求を受任することが多くあります。そのため、どの事案が改正前民法の「10年」が適用され、どの事案が改正民法の「5年」が適用されることになるのか強い関心があり、先日弁護団の全体会議で確認する機会がありました。

 詳細は省きますが、大まかにいうと、法務省が作成した資料及び法務省担当者が執筆した文献を踏まえれば、以下のとおり整理されます。

  • 雇用契約が2020(令和2)年3月31日までに締結された場合=10年
  • 雇用契約が2020(令和2)年4月1日以降に締結された場合=5年

4 「権利を行使することができることを知った時」

 「5年」か「10年」かという点の他、時効はいつから進行するのか(いわゆる「時効の起算点」)も問題となります。

 法務省担当者が執筆した文献には「一般人であれば安全配慮義務に違反し、債務不履行が生じていると判断するに足りる事実を知っていたことが必要であると解される。」との説明がなされるにとどまっていますから、この点は事案ごとに考えることになりそうです。

5 最後に

 時効については上記のとおりですが、故人に関する関係者の記憶は日々薄れていき、資料の消失・散逸の危険性も高まっていきます。ご体調を最優先にしていただくのは当然として、気になることがあれば早めに弁護団に相談することをお勧めします。

『労働者』ではないから、労災・過労死・過労自死ではない?

 長時間労働や職場の過重なストレスによってメンタルヘルスを害し、自死に至ったにもかかわらず、「労働者ではないから労災ではない」「過労死や過労自死には当たらない」と使用者から説明されたり、労災手続の段階でそのような判断が問題となったりするケースがあります。

 近年では、ウーバーイーツなどのプラットフォームワーカーをはじめとする新しい働き方において、労働者性が争われる場面も増えています。

 一方で、残業代の支払いや労働法に基づく労務管理を免れることを目的として、一般的な労働者としての働き方をしている人を「労働者ではない」と扱う、古典的で乱暴な手法も依然として見られます。

 その名目はさまざまです。請負、委任、外注、業務委託、フリーランスとの契約形式にしたり、役員・経営者や、研修生、弟子、有償ボランティアなどとされたりすることがあります。

 しかし、「労働者」に当たるかどうかは、契約書の文言や呼ばれ方によって決まるものではありません。実際の働き方に基づいて判断されます。

 具体的には、使用者の指揮命令の下で働いているか、労務の対価として賃金(名称が「報酬」であっても「賃金」であっても変わりません)が支払われているかなどの事情を総合的に見て判断されます。

例えば、

  • 上司や会社の指示に従わなければならず、実質的に断ることができない
  • 勤務時間が自由に決められなかったり、遅刻や欠勤にペナルティがある
  • 成果報酬ではなく、働いた時間・日数単位や月の固定報酬で支払われている
  • 社員と共に、同じ業務を行っている

などの事情が含まれていれば、契約の形式や呼称にかかわらず労働者と認められる可能性があります。

このように、本来は労働者となる働かせ方をしながら、残業代などの支払義務を免れるために非労働者扱いをしている職場では、健康被害を顧みない長時間・過重労働が強いられることも少なくありません。

 そのような働き方の結果、労災事故に遭った場合はもちろん、長時間労働や過重な心理的負荷によって精神障害を発症したり、自死に至ったりした場合でも、労働者性が認められれば労災補償の対象となる可能性があります。使用者が労災保険の加入手続を怠っていたとしても、事後の手続きで労災受給は可能です。

 家族が、会社や上司に逆らえない状況で長時間働いて、心身の健康を損ねたという事情がある場合には、「労働者ではないから労災にならない」「過労死・過労自死には当たらない」と説明されても、その説明をうのみにする必要はありません。契約の形式だけではなく、実際の働き方を踏まえ、実態として労働者にあたるのではないか、専門家と相談・検討することをお勧めします。

労災認定基準・公務災害認定基準と民事上の損害賠償請求の関係について

1  はじめに

 労働者や常勤の地方公務員が長時間労働やパワーハラスメントなどによって過労自殺(自死)した場合、ご遺族が行える法的手続は、行政手続である労災請求・公務災害認定請求と、民事手続である損害賠償請求に分けることができます。

 労災請求・公務災害認定請求と損害賠償請求はそれぞれ別個独立した手続きですが、いずれも「業務・公務によって精神障害を発病して自殺(自死)が生じた」という法的なつながり(因果関係)を要件とする点では共通しています。

 もっとも、労災請求・公務災害認定請求の因果関係と、損害賠償請求の因果関係は、同じような事実の流れを見ているようであっても、「直ちに同視することには、問題がある」(※1)とされてきました。

 では、労災請求・公務災害認定請求の因果関係と、損害賠償請求の因果関係は、一体どのような関係にたつのでしょうか?

 静岡県警事件最高裁判決とその補足意見(最高裁令和7年3月7日判決・民集79巻3号1159頁)は、この議論に一定の解決を示したとされています。

 今回はこの最高裁判決を取り上げ、労災請求や公務災害認定請求の因果関係が、損害賠償請求の因果関係に与える影響について解説します。

2  なぜ「直ちに同視することには、問題がある」?

 ではなぜ労災請求・公務災害認定請求の因果関係と、損害賠償請求の因果関係を「直ちに同視することには、問題」があるのでしょうか?

 その理由はそれぞれの請求の目的が異なる点にあります。

 労災請求・公務災害認定請求は、使用者や地方自治体の落ち度(安全配慮義務違反)を要件とせずに、長時間労働やパワーハラスメントによる心理的負荷(職場に内在された危険)が現実化してうつ病や自殺(自死)が生じたならば、速やかに補償を行うという点に目的があります。仮に、使用者や地方自治体の落ち度(安全配慮義務違反)が要件になっていると、使用者や地方自治体が落ち度を否定することで紛争が長期化し、補償がなかなか行われないことになって、速やかに補償を行うという制度の目的が達成できなくなります。

 これに対して、損害賠償請求は、過労自殺(自死)という損害が発生した場合に、使用者や地方自治体に対して損害を負わせるのが公平なのか、それとも負わせないことが公平なのかという、損害の公平な分担が制度の目的になります。損害賠償請求は、使用者や地方自治体に損害を負わせることが前提となりますので、使用者や地方自治体の落ち度(安全配慮義務違反)が要件となります。

 このように、労災請求・公務災害認定請求は業務・公務に内在した危険が現実化した場合に補償することを目的とし、損害賠償請求は損害を公平に分担させることが制度の目的となっていますので、背景にある考え方が異なるのです。

 とはいえ、それぞれ「業務・公務によって精神障害を発病して自殺(自死)が生じた」という法的なつながりを問題とする以上、労災請求・公務災害認定請求の因果関係と損害賠償請求の因果関係がどのような関係に立つのか、訴訟の実務では問題とされてきたのです。

3  労災認定基準と公務災害認定基準における因果関係

 労災請求・公務災害認定請求における因果関係は、前記2のとおり、職場にあった危険が現実化したかという観点から判断されます。長時間労働やパワーハラスメントなどによる心理的負荷は職場における危険と評価されます。この危険が現実化することによって精神障害を発病して自殺した場合、「業務・公務によって精神障害を発病して自殺(自死)が生じた」という因果関係が認められることになるのです。

 そして、労災請求・公務災害認定請求における因果関係の認定基準は、前者では「心理的負荷による精神障害の認定基準」(基発0901第2号令和5年9月1日)(以下「労災認定基準」といいます。)が、後者では「精神疾患等の公務災害の認定について」(令和6年3月22日地基補第132号)(以下「公務災害認定基準」といいます。)が用いられています。

 労災認定基準と公務災害認定基準は、精神医学や心理学などの考え方をベースにしています。

 まず精神障害の発病は、その人が受けたストレスの強さと、その人個人が持つ精神的な弱さとの相関関係で決まるとされています。例えば、非常に強いストレスを受けた場合は、精神的な弱さが殆どない人でも精神障害を発病することがあります(例えばPTSDなど)。これに対して、精神的な弱さが非常に大きい人は、少しのストレスでも精神障害を発病することがあるのです。

 また、ストレスは人によって受け取り方が異なります。そこで、心理学の分野では、たくさんの人に対してアンケートをとり、職場での出来事(長時間労働やパワーハラスメントなど)のストレスの強さに点数をつけてもらうことで、ストレスの強さを客観化する研究が行われてきました。例えば、パワーハラスメントは多くの人がストレスを感じるので点数が高く、職場のOA化は少なくとも若い人達は働き始める前から日常的に使用していたのでストレスの点数が低くなります。そして、このような研究を踏まえて、これらの認定基準では、職場の出来事毎に、「この出来事についてこれくらいの事情があれば、精神障害を発病するくらいのストレス強度があるだろう。」という具体例を表にまとめています。

 実際の認定実務では、労働基準監督署や地方公務員災害補償基金が職場の働き方などについて調査を行い、その調査結果を労災認定基準と公務災害認定基準に当てはめて、「業務・公務によって精神障害を発病して自殺(自死)が生じた」という因果関係の有無を判断することになります。

4 労災認定基準と公務災害認定基準は静岡県警事件最高裁判決でどのように使われたか?

 静岡県警事件は、静岡県警で警部補の地位にあったAさんの妻子が静岡県に対して損害賠償を請求した訴訟(以下「妻子訴訟」といいます。)と、Aさんの父母が静岡県に対して損害賠償を請求した訴訟(以下「父母訴訟」といいます。)の二つの訴訟で争われました。

 そして、第一審(広島地裁福山支部)は、上記の事実を総合して、いずれの訴訟についても静岡県の責任を認めました。

 しかし、控訴審(広島高裁)は、妻子訴訟では第一審の判断を維持して静岡県の責任を肯定したものの、父母訴訟では静岡県の責任を否定しました。

 妻子訴訟では静岡県が、父母訴訟では父母が最高裁に対して上告・上告受理申立をしたのです。

 静岡県警事件最高裁判決は、判決の本文では明示していませんが、補足意見で重要なことを指摘しています。補足意見は、判決本文で示された結論に至る考え方の過程を明らかにしているので重要なのです。少し長いですが、引用します。

 「地方公務員の業務の関係で、地方公共団体が国家賠償法1条1項又は安全配慮義務違反に基づく損害賠償責任を負うか否かを判断するに当たっては、当該地方公務員が従事した業務に係る諸般の事情を総合的に考慮すべきであるが、その際には、認定基準とともに労災認定基準に示された知見をもしん酌し得るものと考えられる。もっとも、上記の各補償等は、無過失の危険責任に基づく制度であって、上記損害賠償責任とは趣旨を異にするものであり、上記の各基準も、法令が定めるものではないから、これらに示された知見をしん酌し得るといっても、形式的に当てはめるべきものではなく、あくまでも、経験則上の一つの知見としてしん酌するというべきものである。

 また、本件との関連でみると、認定基準において、『その他強度の精神的又は肉体的負荷を与える事象』があったものと判断できる場合の一つとして、『発症直前の1か月以上の長期間にわたって、質的に過重な業務を行ったこと等により、1月当たりおおむね100時間以上の時間外勤務を行ったと認められる場合』が示されているが、同時に、これ『に準ずるような業務負荷があったと認められる場合』が示されており、これらは、単に、業務の質的な過重性や時間外勤務の時間数だけではなく、関係する諸事情を考慮して、その負荷の程度を評価すべき趣旨を含むものと解される。

 また、労災認定基準においても、『業務による強い心理的負荷が認められること』の要件に関し、具体的出来事の心理的負荷の強度の具体例が示されており、その中には、仕事の量・質に関する具体例として本件に関連するものが含まれるが、そのような具体例も例示であるから、これらを踏まえ、関係する諸事情を考慮して、その負荷の程度を評価すべき趣旨を含むものと解される。上記の各基準に示された知見をしん酌する場合も、以上の趣旨を踏まえて行うのが相当である。」

 このように、静岡県警事件最高裁判決の補足意見は、損害賠償請求において、「業務・公務によって精神障害を発病して自殺(自死)が生じた」という因果関係の有無を検討する際、労災認定基準と公務災害認定基準において示された精神医学や心理学の知見(考え方)を経験則上の物差しの一つとして使用できると明示したのです。

 また、この補足意見は、損害賠償請求の因果関係を判断する上で、労災認定基準と公務災害認定基準に示された精神医学や心理学の知見(考え方)を踏まえることができるとしても、これらの認定基準に示された具体例に形式的に当てはめることは許されず、事件に関係する様々な事情を考慮しつつ業務による心理的負荷の強度を判断しなければならないと明示した点も意義があります。父母訴訟の控訴審は、事件に関係する様々な事情を考慮せず、公務災害認定基準に示された具体例に形式的に当てはめて静岡県の責任を否定しました。この補足意見は、そのような控訴審の認定を非難していると考えられます。

5 ご遺族の方々へ

 労働者や常勤の地方公務員が長時間労働やパワーハラスメントなどによって過労自殺(自死)した場合、労災認定や公務災害認定が出ていれば、その認定の判断で用いられた証拠や事実認定が、そのまま民事上の損害賠償請求の場でも強力な武器になり得ます。

 一方で、労災請求または公務災害認定請求をしていない場合でも、労災・公務災害の認定基準の考え方を民事上の損害賠償請求における立証に活かすことができます。また、認定基準に形式的に該当しないと思われる場合であっても、民事上の損害賠償請求の場において、業務の内容・量・時間を総合的に検討した結果、会社・地方自治体に対する損害賠償請求が認められることもあります。 

 ただし、これらの手続きは互いに複雑に絡み合っており、どのような順序でどのような証拠を集めるかによって、結果が大きく左右されます。一人で抱え込まず、ぜひ早めに弁護士にご相談ください。

>>自死遺族が直面する法律問題 -過労自殺(自死)-

>>解決までの流れ 過労自殺(自死)の場合 -労災-

>>解決までの流れ 過労自殺(自死)の場合 -損害賠償-

※1 最高裁判所判例解説民事篇平成12年度(上)358頁

労災民事訴訟における過失相殺・寄与度減額について

1  はじめに

 労働者が過重労働により精神障害を発病し、あるいは著しく増悪して、自死するに至ったという事案では、労災保険給付の請求とは別に、会社に対して直接損害賠償の支払を求める場合もあります。

 労災手続では、精神障害の発病が、業務に内在する危険が現実化した結果であると認められれば、業務上の災害と認定されるため、原則として労働者側の落ち度は問題となりません。これに対し、労災民事訴訟では、会社側から、損害発生の助長・拡大には、労働者側の落ち度や性格、精神障害の既往歴なども影響したのではないかという主張がされることがあります。「過失相殺」や「寄与度減額」といわれるものです。

 たとえば、労働者の性格がまじめで責任感が強く、几帳面かつ完ぺき主義で、能力以上に仕事を自分で抱え込み、しばしば徹夜で仕事をするなど、業務遂行の方法に問題があったとか、もともと精神障害を患っていて、そのことを会社に申告しなかったために心身の健康への配慮ができず、精神障害の増悪を防げなかった、等の主張です。

 会社側の過失相殺・寄与度減額の主張が認められて、たとえば30%減額されるとすると、損害額全体からまず30%が控除され、そこからさらに、労災保険金等が差し引かれることになり、認容額は小さなものとなってしまいます。なので、過失相殺・寄与度減額が認められるか否かは、実務上は重要な争点の一つとなっています。

2 民法の規定

 民法では、「被害者に過失があったときは、裁判所は、これを考慮して、損害賠償の額を定めることができる」とされています(民法722条2項)。これは、被害者に発生した損害を被害者と加害者との間で公平に分担するための制度です。

 そして、被害者の側に「過失」があった場合にとどまらず、被害者の性格等の心因的要因が損害の発生または拡大に寄与した場合についても、民法722条2項を類推適用して考慮することができるとされています。これは、労災民事訴訟においても、同様とされています。

3  参考となる最高裁判例

 では、裁判では、労働者側の性格や落ち度はどのように考慮されているのでしょうか。事案ごとに様々な判断が示されているのですが、ここでは2つの最高裁判決を引用したいと思います。

 第1に、いわゆる電通過労自殺事件の最高裁判決(最判平成12年3月24日・判タ1028号80頁)です。この事件では、労働者が、まじめで責任感が強く、几帳面かつ完ぺき主義であり、うつ病に親和的な性格であったことを、損害額の減額要因と評価すべきか等が問題となりました。

 電通事件最判は、「企業等に雇用される労働者の性格が多様のものであることはいうまでもないところ、ある業務に従事する特定の労働者の性格が同種の業務に従事する労働者の個性の多様さとして通常想定される範囲を外れるものでない限り、その性格及びこれに基づく業務遂行の態様等が業務の過重負担に起因して当該労働者に生じた損害の発生又は拡大に寄与したとしても、そのような事態は使用者として予想すべきものということができる。しかも、使用者又はこれに代わって労働者に対し業務上の指揮監督を行う者は、各労働者がその従事すべき業務に適するか否かを判断して、その配置先、遂行すべき業務の内容等を定めるのであり、その際に、各労働者の性格をも考慮することができるのである。したがって、労働者の性格が前記の範囲を外れるものでない場合には、裁判所は、業務の負担が過重であることを原因とする損害賠償請求において使用者の賠償すべき額を決定するに当たり、その性格及びこれに基づく業務遂行の態様等を、心因的要因としてしんしゃくすることはできないというべきである。」としています。

 第2に、いわゆる東芝うつ病事件の最高裁判決(最判平成26年3月24日・労判1094号22頁)です。この事件は、労働者が、既往の精神疾患等自らの精神的健康(いわゆるメンタルヘルス)に関する情報を使用者に申告しなかったことを理由として、過失相殺をすることができるか否か、及び、個体側の脆弱性を理由に素因減額をすることができるか否かが争われた事件です。

 東芝事件最判は、精神疾患の既往歴の不告知については、①メンタルヘルスに関する情報は、労働者にとって、自己のプライバシーに属する情報であり、人事考課等にも影響し得る事柄として通常は職場において知られることなく就労を継続しようとすることが想定される性質の情報であること、②使用者は、必ずしも労働者からの申告がなくても、その健康に関わる労働環境等に十分な注意を払うべき安全配慮義務を負っているところ、労働者にとって過重な業務が続く中でその体調の悪化が看取される場合には、上記のような情報については労働者本人からの積極的な申告が期待し難いことを前提とした上で、必要に応じてその業務を軽減するなど労働者の心身の健康への配慮に努める必要があるものというべきこと、③本件においては、過重な業務が続く中で、労働者は、体調が不良であることを使用者に伝えて相当の日数の欠勤を繰り返し、業務の軽減の申出をするなどしていたものであるから、使用者としては、そのような状態が過重な業務によって生じていることを認識し得る状況にあり、その状態の悪化を防ぐために労働者の業務の軽減をするなどの措置を執ることは可能であったことなどの点を考慮して、使用者が労働者に対し上記の措置を執らずにうつ病が発症し増悪したことについて、労働者が使用者に対して上記の情報を申告しなかったことを重視するのは相当でないとして、過失相殺を否定しました。

 また、個体側の脆弱性については、上記の電通事件最判の規範が労働者の脆弱性の判断にも適用のある規範であることを前提として、「同種の業務に従事する労働者の個性の多様さとして通常想定される範囲を外れる脆弱性などの特性等を有していたことをうかがわせるに足りる事情があるということはできない」として、素因減額も否定しました。

4 まとめ

 以上の最高裁判例からすれば、業務とうつ病等の精神障害の発病(さらに自殺)との間に因果関係が認められ、会社側の安全配慮義務違反もある場合に、労働者側の体質や心的要因を理由として過失相殺や寄与度減額することには、抑制的であるということができるかと思います。

 過失相殺は、損害の公平な分担を目的とした制度ですが、使用者は、労働契約に基づき労働者の心身の安全を確保する第1次的な責任を負っており、個性のある労働者の心身の健康状態、意欲等を勘案しつつ人事権を行使する権限をもち、現実にコントロール可能なのも使用者です。使用者が労働者に対して過重な業務を課す一方で、使用者として必要な労務管理(労働時間・仕事量の適正化、人員配置・調整等)をしないという安全配慮義務違反が存する事案において、労働者側の体質や心的要因を理由に過失相殺の適用又は類推適用により減額するのは、かえって公平とはいえないといいうるでしょう。

よくご質問されること

 過労自殺(自死)のご依頼を受けると、遺族の皆様によく聞かれるのが、「今何の手続をしているのかわからなくなってしまいました」というご質問です。(私のご説明がわかりにくいのも原因かもしれませんが、)過労自殺(自死)の事件では、たくさんの手続を順番に、または平行して進めることになるので、確かにわかりにくいかもしれません。もちろん、何度聞いていただいても良いのですが、せっかくなので、まとめておきたいと思います。

 本弁護団のHPでも、「自死遺族が直面する法律問題」の「過労自殺(自死)」の項目で記載しているように、労働者である故人が過労自殺(自死)で亡くなった場合には、大きく分けて、労災保険の請求と会社に対する損害賠償請求ができます。それぞれ、完全に独立した手続で、どちらかだけを請求することもできますし、両方同時に請求もできますし、どちらかを先行させて請求することも可能です。

 更に、これらの請求の前に、裁判所を通じて証拠保全手続を行うこともありますし、会社に対して直接証拠の任意開示を請求することもあります。

 従ってこれらを組み合わせて、例えば、「証拠保全手続」→「労災保険申請」→「損害賠償請求訴訟」の順番で手続を行う場合、それぞれ「裁判所の手続」→「行政上の手続」→「裁判所の手続」になります。労災保険申請で不支給決定が出た場合には、これらに追加して、途中、審査請求(行政上の手続)や行政訴訟(裁判所の手続)を行うことになりますので、確かに途中で、今は何の手続中?となってしまうかもしれません。

 複雑に思われるかもしれませんが、だからといって省略するとご遺族に大きな損失が出てしまうかもしれません。証拠保全は、そこで得られた結果を労災保険請求や会社に対する損害賠償請求をする場合の重要な証拠とすることでできますので、手元に証拠が少ない場合には欠くことはできませんし、労災保険請求と会社に対する損害賠償請求では、下記のように違いがあります。

 まず労基法上、使用者(会社)には、労働者が業務上亡くなった場合には、遺族補償や葬祭料を支払う義務がありますが、会社に資力(支払能力)が無い場合には、遺族は補償を受けることができません。しかし政府が所管している労災保険制度(労働者災害補償保険制度)を利用すれば、会社の資力に関係なく遺族が一定の補償を受けることができます。しかも、労災保険制度には、会社の過失が要件にならない無過失責任という大きなメリットがあります。遺族は会社の過失を証明しなくても良く、また、一般に会社に対する損害賠償請求の裁判よりは短い期間で手続が終わるため、請求のハードルが会社に対する損害賠償請求よりも低く、我々の弁護団では労災保険請求を先行させるのが通常です。

 しかしながら、労災保険制度では、慰謝料は補償の対象外であり、また、補償額も法律で規定された一定額に限られるなどのデメリットもあります。

 そこで、会社に資力があり、過失もある場合には、次に会社に対する損害賠償請求を行うことになります。会社の過失を立証しなければなりませんし、裁判手続が必要になることも多いので、簡単ではありませんが、認められれば慰謝料や労災保険制度では支払われなかった逸失利益の支払も認められるという大きなメリットがあります。

 以上のような違いから、時間はかかりますが、労災保険請求と会社に対する損害賠償請求の両方を検討することとなります。 なお、労災保険給付が認められた場合には、会社によっては、労災上積補償が行われる場合があります。会社が、労災保険給付が認められた場合には、労災保険給付の金額に上積して補償する制度を設けている場合があるのです。但し、このような上積補償制度を設けることは法律上の義務ではないため、制度を設けていない会社に対しては残念ながら請求できません。労災補償給付が認められた場合には、念の為、会社に対して、上積補償制度が設けられていないか確認してみられるのが良いと思われます。

「給付基礎日額」~おかしい、怪しいと思ったら・・・

 過労死、過労自死が認定された際、労災補償額のベースとなるのが、被災者の被災前の賃金額に基づき計算される「給付基礎日額」です。

 この、被災前の賃金額には未払の残業代も含まれます。 そうであるにもかかわらず、労基署は未払の残業代の存在を無視した過少な給付基礎日額認定を行いがちなことは、当ブログの松森弁護士の記事「労災が認定されたら、給付基礎日額が正しいか要確認です」においても取り上げている通りです。

 そもそも、長時間残業による過労死・過労自死を出すような使用者が、事実の通りの労働時間に基づいて、適法に残業代を支払っているケースの方が稀です。莫大な残業代を支払わなければならなくなるからです。

 残業代をごまかす手法は大きく分けて

①本当の労働時間記録を残さない

②違法な賃金体系で残業代をごまかす

の2つです。この①、②を組み合わせている場合もあります。

①本当の労働時間記録を残さない

 この方法につき、ただ単に記録をつけず、労基署の労働時間聴取に対し使用者が口だけで過少な労働時間を述べる、という古典的なパターンもあります。

 しかし、近年の労働時間規制の厳格化に伴い、使用者があらかじめ計画的に虚偽の過少な労働時間記録を用意する、事実に基づく労働時間の証明を妨げる、との悪質な事案に接する機会が増えました。

 日々の労働時間記録(タイムカード、日報など)につき、事実に反する過少な労働時間、存在しない長時間の休憩を記録するよう命じて作成させておく、労働者の監視のために労働時間記録は行なうが労働時間記録の持ち出しや謄写をしたら罰金であるとして労働者の利用を妨げる等の手法です。

②違法な賃金体系

 代表的なものは、

(1)管理監督者だから残業代払わなくてよい

(2)固定残業給だから払った給料に残業代が含まれている

(3)歩合給だから残業代はほとんど発生しない、

というものです。

 しかし、これらの賃金体系はいずれも、労基法上の通常の残業代支払方法の例外として、厳格な要件を満たさなければ許容されません。

 長時間労働による過労死や過労自死が発生するような働かせ方で、例外的な支払い方法が適法とされる場合の方が稀です。

 長時間働いていたのに、残業代の支払いがなかったり、少なすぎておかしいと感じるような実態にあった場合、労働時間のごまかしや、違法な賃金体系が隠れていることが多いです。

 労災が認定された場合でも労基署計算の給付基礎日額は鵜呑みにせず、専門家と共に検討することをお勧めします。

静岡県警事件最高裁判決について

1 はじめに

 最高裁は、令和7年3月7日に過労自殺(自死)に関する損害賠償請求訴訟において2つの重要な判決を下しました(以下「静岡県警事件最高裁判決」といいます。)(※1、※2)。

 これらの最高裁判決が過労自殺(自死)の実務に大きな影響を与えることは確実です。様々な論点はあるのですが、私がもっとも大切だと考えるいくつかのポイントについてご説明したいと思います。

2  訴訟の概要

 静岡県警事件最高裁判決は、静岡県警に警部補として勤務していたAさんが過労自殺(自死)した事案について、Aさんの妻子が静岡県に対して損害賠償を請求した訴訟(以下「妻子訴訟」といいます。)と、Aさんのご両親が静岡県に対して損害賠償を請求した訴訟(以下「父母訴訟」といいます。)の2つの訴訟があります。

 広島地裁福山支部は、令和4年7月13日、妻子訴訟と父母訴訟の両方について静岡県の責任を認め、ご遺族勝訴の判決を下しました。

 これに対して、静岡県は広島高裁に控訴しました。すると、広島高裁は、令和5年2月15日、父母訴訟について静岡県の責任を否定し、ご両親敗訴の判決を言い渡しました。しかし、広島高裁は、同月17日、妻子訴訟について静岡県の責任を認め、一審である広島地裁福山支部と同じように妻子勝訴の判決を下しました。

 このように、警察官のAさんが過労自殺(自死)したという客観的な事実は同じなのに、広島高裁は全く逆の2つの判決を下しました。

 そこで、静岡県警事件最高裁判決は、妻子訴訟については広島高裁が正しいと判断し、父母訴訟については広島高裁が間違っていると判断したのです。その結果、妻子訴訟も父母訴訟もご遺族側の勝訴となりました。

3  電通事件最高裁判決との関係

 静岡県警事件最高裁判決を正確に理解するためには、最高裁が平成12年3月24日に下した電通事件最高裁判決(※3)とのつながりを踏まえる必要があります。

 電通事件最高裁判決の最も大切なポイントは、「労働者が労働日に長時間にわたり業務に従事する状況が継続するなどして、疲労や心理的負荷等が過度に蓄積すると、労働者の心身の健康を損なう危険のあることは、周知のところである。」と述べたことです。要するに、最高裁は、「働き過ぎて、疲労や心理的負荷等が過度に蓄積すると、体や心を壊す危険性があることはもう常識です!」とはじめて述べたのです。

 そして、電通事件最高裁判決は、働き過ぎて「疲労や心理的負荷等が過度に蓄積」した結果、うつ病になったり、自殺(自死)に追い込まれたりした時点で対策をとっても遅いので、会社などの使用者が対策をとって回避すべき状態は、うつ病や自殺(自死)といった「結果を生む原因となる危険な状態の発生」であり、予見可能性の対象もこのような「危険な状態の発生」であるという考え方に立っています(※4)。

 もっとも、実際の裁判の実務では、電通事件最高裁判決が出た後も、うつ病や自殺(自死)といった「結果を生む原因となる危険な状態」とは具体的にどんな状態なのか、そのような状態となった時期はいつなのか、会社が行うべき対策をご遺族側と会社側のどちらが特定するのかといった論点が残りました。

 当弁護団が担当した事件でも、裁判官から「職場がどの時期にどんな対策をとればいいのか具体的に特定して下さい。」と指示されたことは何度もあります。もっとも、ご遺族からすると、亡くなったご家族の職場での働きぶりを実際に見ていた訳ではありませんし、職場の人事システムも知らないのですから、過労自殺(自死)を避けるため職場が行うべき対策の時期や具体的内容を特定することは不可能に近いといえます。そして、この特定に失敗して敗訴したことも何度か実際に経験しました。

 このような電通事件最高裁判決後に残されたいくつかの論点について、静岡県警事件最高裁判決は一定の判断を示しました。

4  静岡県警事件最高裁判決の重要ポイント

(1) 第1のポイントは、まず、うつ病や自殺(自死)といった結果が生じる様な危険な状態とはどのレベルの状態なのかについて論じた点にあります。

 最高裁は、Aさんの業務がAさんに「相当程度の疲労や心理的負荷等を蓄積させるもの」であり、このような業務が「精神疾患の発症をもたらし得る過重な業務」と判断しました。つまり、最高裁は、「過度」に疲労や心理的負荷等が蓄積した状態ではなく、その前段階である「相当程度」に疲労や心理的負荷等が蓄積した状態になれば、うつ病や自殺(自死)といった結果が生じる様な危険な状態が発生したと評価しているのだと考えられます。

 その結果、ご遺族側の立証のレベルは、「過度」ではなく、「相当程度」に疲労や心理的負荷等が蓄積した状態まで立証すれば足りるということになりました。過労自殺(自死)の事件の代理人を長年務めてきた弁護士としては、かなり立証のハードルが下がったと感じています。

(2)  第2のポイントは、Aさんの上司は、Aさんから勤務時間などの報告を受けていたことから、「A警部補の従事する業務の具体的な状況を把握し得なかったと解すべき事情はうかがわれない。したがって、A警部補の上司らは、A警部補が客観的にみて精神疾患の発症をもたらし得るような過重な業務に従事していることを認識することができた」と判断した点にあります。

 過労自殺(自死)の損害賠償訴訟では、会社から「そんなに働いているとは知らなかった。」という主張が必ずと言って良いほど行われます。

 しかし、最高裁は、少なくとも労働者が「精神疾患の発症をもたらし得る過重な業務」に従事していた場合は、上司が「業務の具体的な状況を把握し得なかったと解すべき事情」を具体的に立証しない限り、客観的に過重な労働に従事していたことを知り得たと認定すべきという考えに立っていると思います。

 このように、上司がどのような事情を認識または認識し得れば会社が責任を負うかという点について、「そんなに働いているとは知らなかった。」という反論は簡単には通りませんよ、と示した点は実務上大きな意味があると思います。

 (3)  第3のポイントは、少なくとも労働者が「精神疾患の発症をもたらし得る過重な業務」に従事していた場合であれば、遺族側に、うつ病や自殺(自死)といった「結果を生む原因となる危険な状態」が発生した時期や、会社が行うべき具体的な対策の内容などの特定を要求することなく、「A警部補の上司らは、A警部補の業務を適切に調整するなど、その負担を軽減するための措置を講じなければ、A警部補がその心身の健康を損なう事態となり、精神疾患を発症して自殺するに至る可能性があることを認識することができたというべきである。そうであるにもかかわらず、A警部補の上司らは、A警部補の負担を軽減するための具体的な措置を講じていない。」と判断して、静岡県の過失を認めた点にあります。

 特に国家公務員や地方公務員の事件では、予算に限りがありますし、簡単に人を増やすことができません。そのため、国や自治体から「予算ありませんし、人も簡単に採用できないので、業務を軽減したり、人を補充したりすることはできません。ご遺族が主張する対策を行うことは不可能です。」といった主張が行われ、実際に判決でもそのような主張が認められることがありました。しかし、最高裁は、そのような主張を明確に否定しました。そして、民間の場合は、より柔軟に業務量の調整や人員の増員が可能といえますので、当然にそのような主張は認められないでしょう。

 (4)  第4のポイントは、これはかなり専門的な議論なのですが、長時間労働によって過労自殺(自死)が生じた場合、どのような状態を労働時間と評価すべきかという論点について判断を示した点にあります。

 過労自殺(自死)が生じた場合、労働時間の考え方は単純化して大きく分けると、①使用者から仕事をしなさいと命令されたり、仕事をすることを義務づけられたりした時間を労働時間とする考え方と、②心理的負荷によって過労自殺(自死)が生じたのだから、業務によって心理的負荷を受けた時間を労働時間とする考え方の2つの考え方があります。そして、広島高裁の妻子訴訟は②の考え方で、父母訴訟は①の考え方でした。

 ①と②の考え方で大きく判断が分かれる場面は、持ち帰り残業や出張の移動が就業時間の前後に行われた場合です。ここも様々な議論がありますが、単純化すると、①の考え方では、持ち帰り残業は労働者が勝手に持ち帰っているので労働時間ではありませんし、就業時間の前後に行われた出張の移動時間は通常の通勤と同じなので労働時間と評価しません。一方、②の考え方では、持ち帰り残業も就業時間の前後に行われた出張の移動も業務によって心理的負荷を受けるので労働時間として評価します。

 このような対立があったのですが、妻子訴訟の最高裁は、「業務起因性判断の前提となる労働時間(勤務時間)とは、上記労働基準法上の労働時間に限られるものではなく、労働者が、業務のために必要な活動に従事していることが客観的に明らかであるといえるときは、使用者による明示的な時間外勤務命令に基づいているか否かや、使用者の指揮命令下に置かれているか否かといった点を問わず、これを業務起因性判断の前提となる労働時間(勤務時間)として考慮することができる場合があると解すべきである。」とした広島高裁の認定を、「原審の適法に確定した事実関係等」と判断し、海外研修の準備や事前会合の移動時間も労働時間として評価しました。

 このように、専門家の間では争いはあるものの、最高裁は少なくとも②の立場を否定するものではないことを明示した点に大きな意義があると考えます。

 (5)  第5のポイントは、最高裁が父母訴訟の広島高裁の形式的な事実認定を否定した点にあります。個人的な見解ですが、残念ながら、裁判官は能力的にも知性的にも感情的にも急速に劣化していると感じます。もちろん、優秀な裁判官も数多くいますが、頭でっかちで、社会を知らず、自分の地位を守ることだけに関心があるような、ヒラメ裁判官が大量に増殖しているのが現実です(もう個人的にはヒラメ裁判官はChatGPTと交代した方がまともな判断が出るのでは無いかと感じるくらいです。)。 

 過労自殺(自死)事件のヒラメ裁判官の事実認定はワンパターンで単純です。事実をバラバラに分解し、分解したバラバラの事実の心理的負荷は弱いと判断し、弱いバラバラの事実を最後に総合的に判断しても、やっぱり心理的負荷は弱いと判断するのです。

 実は広島高裁の父母訴訟は、このようなヒラメ裁判官の事実認定が行われた結果、ご両親が敗訴しました。

 しかし、最高裁は、そのような形式的な事実認定を否定し、Aさんの立場にたって事実を認定しました。従来の交番長としての業務に新人の指導業務が加わったこと、労働時間がおよそ2倍以上に増加して1か月当たり100時間を超えたこと、14日の連続勤務を2回行ったことなどを認定した上で、「A警部補が自殺直前の時期に行っていた業務は、A警部補に相当程度の疲労や心理的負荷等を蓄積させるものであったということができる。」と認定したのです。

 極めて常識的ですし、一般人の感覚からして素直に受け入れることができる事実認定だと思います。

5  最後に

 静岡県警事件最高裁判決が出た後、当弁護団で受任している過労自殺(自死)の損害賠償請求訴訟でも、最高裁判決を踏まえた主張立証を行いました。

 その結果、比較的短時間で和解したケースも複数見られます。是非当弁護団にご相談下さい。

※1 https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/869/093869_hanrei.pdf

※2 https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/868/093868_hanrei.pdf

※3 https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/222/052222_hanrei.pdf

※4 八木一洋「電通事件/最高裁判例解説」法曹時報52巻9号・362~363頁

ご遺族からの相談を聞くに当たって

1 「こんなにしっかりと話を聞いてもらえたのは初めてです。」といった類いの言葉を法律相談の場で聞く度に複雑な気持ちになります。「ここに来るまでに○人断られました。」という話も同様です。

 確かに、相談の中には法律ではどうしようもない事案もあり、「対応出来ない」とはっきり伝えることが大切な場合もあります。しかし、上記のように仰って頂ける事案の中には、相談を聞いた弁護士が、可能な限り話を理解しようと努め、かつ、確かな知識を有している場合であれば、何らかの方針を示すことができた事案も少なくありません。また、相談を聞いたその場では馴染みのない法律関係に関する話であったとしても、話を整理する過程でとっかかりとなる法令や判例を調べてみることで、お伝え出来ることが出てくる場合も少なくありません。

 つまりは、法律相談に来られた方の抱えている問題の解決に向けて、対応した弁護士がどれだけ広い視野を持って「本気で」考えたかによって、その対応に大きな違いがあるということだと思います。

2 この点、自死に関するご遺族からの相談においては、できるだけ多角的に事案を検討する必要があることから、原則として、ご遺族の主訴にとらわれることなく、あらゆる可能性を考えて聴き取りに当たることが必要となります。

 例えば、賃貸マンションにおける自死のケースで、家主からの賠償請求の有無や金額を教えて欲しいといったご遺族の相談を想定した場合、その点だけを答えて終わってしまうと、後々取り返しのつかない場面が出てくる場合があり得ます。具体的には、自死者自身の預貯金もそれほど多くなく、ご遺族にも経済的な余裕がない場合に、家主からの損害賠償請求額が数百万円になることが見込まれるという理由だけで安易に相続放棄を勧めて終わってしまうような場合です。このとき、ご遺族自身も相談時に思い至っていなかった事情として、実は、働き過ぎや職場でのパワーハラスメントなどが原因で精神障害を発病し、結果として自死してしまったという事情が隠されていたらどうなるでしょうか。その可能性を考慮せずに安易に相続放棄を勧めて法律相談を終えてしまうと、後に勤務先に対して数千万円の損害賠償請求が可能となる事案であったとしても、早々に相続放棄をしたことにより、気付いた時にはその権利を失っていてどうにもならない、ということになります。

3 別の例として、自死者の遺品から、一見すると交際相手とうまくいかなくなったことが自死の原因であるかのように考えられ、ご遺族の主訴も、交際相手に何か請求出来ないか、というものであったというケースを想定してみます。このとき、遺品から伺える交際相手とのやり取りが、男女間の日常的ないさかいの域を出ない程度のやり取りであったと考えられる場合には、「交際相手への請求は法的には難しいですね。」などと助言して終わってしまう場合もありうるところです。しかし、生前の自死者の人柄や、自死前の様子の変化などに聞き取りの範囲を広げていくことで、実は、交際相手とうまくいかなくなっていたのは、仕事のストレスで本人も気付かないうちに精神障害を発病していたからであって、本当の原因は職場にあったという場合もあるかもしれないのです。

4  上記2つの例において、ご遺族の主訴だけにとらわれて相談を終えてしまうと、亡くなられた方が何に苦しんでいたのかという真実にたどり着くことは困難となりますし、ご遺族の重要な法的権利を失わせることにもなりかねません。しかし、対応する弁護士があらゆる可能性を視野に入れて事情を聴き取ることで、それを防ぐことができる場合もあるでしょう。

 他方で、ご遺族の中には、様々な事情から、多くのことを話したがらない方もおられます。そのため、常に詳細を聞き取ることができる訳ではありませんが、だからといって、相談に臨む弁護士が、詳細を聞き取らなくても良いということにはなりません。

5 自死遺族支援弁護団では、可能な限り広い視野にに立った上で様々な法的問題に対応出来るよう、所属する弁護士間での情報共有や勉強会などを通じて日々研鑽を重ねています。

 皆様から安心してご相談頂ける様、私自身も努力し続ける所存です。

パワーハラスメントの調査方法について

 はじめまして。大阪で弁護士をしております松村隆志(まつむらたかし)と申します。2022年から当弁護団に加入しており、今回初めてブログを書かせていただくことになりました。

 さて、私は現在、当弁護団で2件の過労自殺の案件を担当しておりますが、いずれも上司や同僚からパワーハラスメント(以下「パワハラ」と略記します。)を受けた事案です。どのような言動がパワハラに当たるのかについては、生越照幸弁護士の2024年3月12日のコラム、2020年8月17日のコラムに詳しい説明がございますので、そちらをご覧いただければと思います。今回は、パワハラの調査の流れについてご説明したいと思います。

 私たち弁護士がご遺族からご相談を伺う際には、亡くなった本人がどのようなパワハラ被害を受けたのか、そして、その被害をどのように証明するのかという点に注意して伺います。ただ、被害者本人が亡くなっているため、そもそもどのような被害があったのかもよくわからないことも珍しくありません。

 私たちは、ご相談を受けた場合、まずは、遺書や本人の日記、ご遺族が自死された方から生前に聞いていたお話、加害者等とのメールのやり取り、友人や同僚とのメッセージのやり取りなどを確認し、本人の受けた被害について手掛かりとなる記載がないかを調べます。自死された方が精神科その他の病院に通院していた場合には、カルテを取り寄せて医師にパワハラの被害を説明していないかも確認することになります。また、パワハラを見聞きした同僚の方の協力を得られれば、事実の確認の観点からも証明の観点からも非常に意味があります。

 どのような事実があったのかが明らかになれば、次にその事実をどのようにして証明するかが問題となります。録音や加害者とのメールのやりとり、同僚の方の供述でパワハラ被害の証明が十分であればよいのですが、そのような事案ばかりではありません。証拠が不足する場合に、考えられる手立てとしては主に2通りあります。

 第1には、事業主に対してパワハラ被害を申し出て、調査を求める方法です。

 事業主は、パワハラによって労働者の就業環境が害されることのないよう、労働者からの相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備その他の雇用管理上必要な措置を講じる義務を負っています(労働施策総合推進法30条の2第1項)。具体的には、パワハラの相談の申出があった場合には、相談者と加害者からの事実確認を行い、必要があれば第三者からも聴取する等して、事実関係を迅速かつ正確に確認する義務があります(令和2年厚生労働省告示第5号)。

 事業主の側で、パワハラがあった事実を隠そうとするリスクはありますが、他の同僚の見ている場で苛烈なパワハラがあった場合や、他の同僚もその加害者から被害を受けているような場合などは、事業主による調査でもパワハラの事実を裏付けるような証言が得られる可能性があります。

 第2に、労働基準監督署長に労災保険給付を請求して、労基署の調査に委ねる方法です。

 労働基準監督署長には労災について必要な調査を行う権限が与えられており(労災保険法46条)、パワハラ等により精神障害を発病したとの訴えがあれば、職場の関係者から聴き取りをして、そのような事実があったか否かが調査されます。関係者からの聴取書は、手続が進めば開示を受けることができます。

 パワハラの事案は、当事者の間で密室的に行われることも多く、類型的に立証に困難を伴うものです。ただ、録音などの直接的な証拠がない場合でも、調査を通してパワハラの事実を証明できる可能性があります。あきらめず、まずは当弁護団までご相談いただければと思います。

啓発授業

 先日、大阪府内の高校において、過労自殺(自死)に関する啓発授業の講師を担当させていただきました。

 授業では、私の方から過労自殺とは何かということや、過労自殺の発生件数・労災認定件数などの実態、過労死や働き方に関連する法律についての解説をさせていただき、遺族の方からは、実際にご家族を過労自殺によって失った経験を語っていただき、生徒に対するメッセージをお伝えいただきました。

 授業開始当初は、仕事や過労自殺について身近な問題として捉えることが難しかったからか、その実態や法律に関する講義については、関心が薄いように感じることもありましたが、遺族の方のお話があってからは、明らかに生徒の顔が変わりました。

 特に、ご家族が自殺するに至ったいきさつや、その後のご家族の心境のお話をお話されている際には涙を流す生徒もいるなど、過労自殺が当事者だけでなく家族にもどのような影響を与えるか、ということを実感してもらえたのではないかと感じています。生徒の一人からは、いのちより大事な仕事などないこと、自分だけでなく周りの友達を守るためにも働き方に関するルールを学んでいきたいという感想をもらえました。

 過労自殺をなくすためには、過労自殺を防止するための法整備や、企業・会社への取り組みだけでなく、これから社会に出ていく学生一人ひとりが、過労自殺・働き方についての正しい知識を持ち、自分や周りの方々を守ることができるようにしていくことが必要不可欠であり、今回の啓発授業はその一助になるのではないかと思いました。

 今後も、このような活動を通して、過労自殺をなくすために微力を尽くしていきたいと思っています。