裁判のIT化と自死遺族支援弁護団

これまで、IT化とは程遠いイメージであった裁判実務ですが、ここ数年で急速にIT化が進んでいるということは、2022年12月5日付の川合弁護士のブログ記事でも取り上げたところです。

自死遺族弁護団では従来からSkypeやZoomなどのWEBツールを使用してご相談を伺ってきましたが、昨今の裁判のIT化により自死遺族支援弁護団としての仕事の進め方も変わってきたなという印象です。当弁護団は毎週水曜日にホットラインを設けて全国の弁護士が持ち回りで相談をお受けしておりますが、全国各地からお電話やメールがありますので、どうしてもご遺族と弁護士との間に距離があるということもしばしばあります(筆者は滋賀弁護士会所属ですので、なおさらです)。

これまで裁判期日のために裁判所に出頭する必要があることも多く、ご遺族と弁護士との間に距離がある場合、出頭するための交通費や移動の時間などが問題となり、ご遺族も依頼がしにくいし、弁護士も事件をお請けしにくい場合がありました。しかし、ここ数年でWEB期日が一般化し、双方の代理人が出頭することなくWEB上で期日が行われることも多くなったため、実際に裁判所に出頭する回数は大きく減りました(一度も出頭しないで裁判が終わることもあります。)。

そのためご遺族も弁護士も両者の遠近を意識する必要が少なくなってきましたように感じます。当弁護団では、従来から遠方であっても自死案件に詳しい弁護士が担当することを希望されるご遺族のご依頼を多数頂いておりましたが、さらに距離を気にせずに依頼されるご遺族が増えて行くのではないでしょうか。また、弁護士もご遺族との距離を気にせずに自死遺族支援に関する専門性を発揮しやすくなると思います。

とはいえ、ご遺族と弁護士との信頼関係を構築するためには対面でお話をお伺いすることも必要なことが多いと言えます。また、証拠や証人の都合上、近くの弁護士が対応したほうが良いケースもあります。そのようなケースでは、ご遺族と距離的に近い弁護士と遠い弁護士が弁護団を組んで、距離的に近い弁護士の事務所でご相談をお伺いすることもありますし、お近くに弁護士が居ない場合は弁護士が実際にご自宅に赴いてお話を伺うことも積極的に行っています(当弁護団では必要に応じて出張相談を無料で行っております)。

IT化のメリットと、対面の良さをうまく使い分けて、ご遺族の抱えておられる問題のより良い解決につなげていければと思います。

いじめへの対応と警察との連携①

 令和5年2月7日付で、各都道府県教育委員会教育長や都道府県知事等に対して、「いじめ問題への的確な対応に向けた警察との連携等の徹底について」という通知(以下「本件通知」といいます。)が出されました。本件通知は、いじめが児童生徒の教育を受ける権利を著しく侵害し、その心身の健全な成長及び人格の形成に重大な影響を与えるのみならず、その生命又は身体に重大な危険を生じさせるものであるとの基本的理解に立ったうえで、いじめ問題への対応と警察との連携について、様々な観点から述べています。
 本件通知の全文については文部科学省のHPをご確認いただくことにして、以下では、「いじめ対応における警察との連携」という点について、特色をご紹介いたします。

1 まず、本件通知は、児童生徒の生命や安全を守ることを最優先にすべきであるとの考えから、学校に対して、警察への通報をためらうことなく、直ちに相談・通報を行い、適切な援助を求めなければならないとしています。
 この点に関し重要なのは、警察への相談・通報の対象となる「いじめ」が、犯罪行為に該当するものに限られていないということです。せっかく警察との連携を図る制度が整備されても、学校側が警察への相談・通報をためらい、警察との情報共有が円滑にいかなければ意味がありませんので、そのような事態を避けるために、本件通知では、警察への相談・通報を行ったことが、「学校として適切な対応を行っているとして評価される」ことが明記されています。
 「いじめ」が犯罪行為に寄る場合はもとより、犯罪行為によらない場合であっても、警察による注意・説諭には一定の効果が期待でき、いじめ問題に対応する教員の負担も軽減されることになりますので、今後は、警察との連携がより積極的に図られることが期待されます。

2 次に、本件通知は、重大ないじめ事案に当らない場合でも、警察は、当該児童生徒又はその保護者が犯罪行為として取り扱うことを求めるときは、その内容が明白な虚偽又は著しく合理性を欠くものである場合を除き、被害届を即時受理するものとしていることから、学校は、警察から連絡を受けた場合には、緊密に連携しつつ、捜査又は調査に協力しなければならないとしています。
 したがって、学校側の動きが鈍いときなどには、児童生徒やその保護者から、警察に被害届を出すことによって、必要な調査や対応等の警察との連携を促すことも可能になるものと考えます。これまで学校が十分な対応を取ってくれず、どうしてよいのかわからない状態にあった児童生徒又はその保護者にとっては、途が開けることになったのではないでしょうか。

 このように、本件通知は、「いじめ対応における警察との連携」に関し、「いじめ」事案に対する学校から警察への相談・通報を、適切な対応として位置付けるとともに、被害児童生徒やその保護者から警察に被害届が出された場合には、原則として即時に受理したうえで学校との連携が図られるべきことを明確にした点に意義があるものと考えます。

 今後、「いじめ対応における警察との連携」が周知されていくことで、学校と警察との連携がスムーズになり、元々業務過多である教育現場においては、「いじめ」対応の負担が軽減されることが期待されますし、これまで学校の対応に頼らざるを得なかった被害児童生徒又はその保護者にとっても、警察を介して「いじめ」対応を求めるという選択が身近になるのではないでしょうか。
 その他、本件通知においては、児童生徒への指導・支援の充実や保護者と学校が共にいじめ防止対策を共有するための普及啓発の推進などについても触れられていますが、これらについてはまた別の機会に書きたいと思います。

当事者と支援者

 自死遺族が社会に対して何を訴え、何を求めていくべきかについては、多様な意見があり難しい問題です。私自身、親が亡くなったことを契機に、社会が抱える不条理を強く感じるようになり、その想いを社会に知ってもらいたいという動機で弁護団の活動に関わるようになりました。他方で、遺族が自分の要求実現のためにデモ行進をしたりロビー活動を行うというイメージは持てませんでした。かつての私もそうでしたが、多くの遺族はそのような精神的な余裕が無いまま日々の暮らしを辛うじて乗り切るのが精一杯、というのが現実だと思います。

 誰が何をできるのか、この問いは、社会運動そのもののあり方に関わる、根本的で難しい問題です。私も昔からいろいろ調べてはいるのですが、この論点は、国境を越えて、自死という領域に限らず論じられてきた論点のように思います。

 私が注目してきたのは、障碍者運動の領域でした。障碍者の領域は、重度の身体障がいや精神障碍を有する当事者が運動の先頭に立つことが可能なのか、他方で支援者や前面に出る運動のあり方が果たして妥当なのか、つまり、当事者と支援者との関係について精緻な議論がなされてきた歴史を持っています。自死も、自死した当事者は亡くなっているため当事者になれず、遺族も精神的に大きなダメージを負っており、どうしても支援者が前面に出がちな傾向がある点で、障碍者の領域に近いと考えています。

 韓国の障碍者運動の歴史を調べると、いくつか有益な視点を得ることができます。「韓国 障害運動の過去と現在 障害─民衆主義と障害─当事者主義を中心に」(※1)という記事を読むと、韓国でも「民衆主義」(市民運動への参加を支援者、行政、医療など様々な範囲に拡大すべきという主張)と、「当事者主義」(市民運動の主体はあくまで当事者であることを強調する主張)という2つの主張が対立していたことが分かります。「民衆主義」のように運動のウィングを広げていけば、いろいろな立場の人が運動に参加できる一方、多様な意見を集約するために主張は抽象化され曖昧(ときには極端に無害化され無内容。)になります。「当事者主義」のように運動への参加を当事者に絞ると、獲得目標が具体的で地に足のついた活動になる一方、運動は社会全体と足並みを揃えることができず孤立化・先鋭化するリスクを孕むように思います。

 障碍学の創設に貢献した研究者・活動家として世界的に有名なマイク・オリバー教授は、障碍者団体をいくつかの段階に分けて説明しています。大雑把に説明すると、初期は慈善団体や福祉施設関係者による待遇改善の運動から始まり、それが当事者のニーズに寄り添いきれない面が出てくると当事者の自助組織が生まれます。そして、その次には、当事者の待遇改善の要求だけでは個別の困窮者の支援・救済にとどまってしまうことに疑問を持ち、これを社会構造の問題と関連付けて当事者の「権利」として解釈しなおす組織が現れる。さらに、いずれはこれらの様々な動きが障碍者の権利実現のために連携し協力しあうようになると説明されています。日本の自死遺族支援にかかわる様々な活動が、現在どの段階に当てはまるか、ときには立ち止まって考えてみるのも必要なことのように思います。

※1
立命館大学 生存学研究所 生存学研究センター報告書 [20]
「第二部 韓国 障害運動の過去と現在  ──障害─民衆主義と障害─当事者主義を中心に」

労災保険審査請求と個人情報開示請求について

 労働者が過労自殺(自死)で亡くなった場合、遺族が取りうる法的手続きとして、国に対する労災の請求と、企業などに対する損害賠償の請求があることは、「遺族が自死遺族が直面する法律問題-過労自殺(自死)-」で述べているとおりです。

 労災請求の結果、労働者に生じた死亡が業務に関係ない「業務外」のものと判断(「業務上の事由によるものとは認められません」という理由で不支給決定通知)を労働基準監督署長がした場合、遺族としては、労災保険による補償を受けられません。
 仕事のストレスなど業務上の心理的負荷が原因で自死したとしか考えられないにもかかわらず、このような判断が出された場合、遺族としては当然、納得できませんので、この決定に不服があるとして、その決定を行った労働基準監督署長を管轄する都道府県労働局の労働者災害補償保険審査官に審査請求をすることができます。
 この審査請求は、労災保険給付の決定があったことを知った日の翌日から起算して3か月以内に行う必要があります。
 審査請求書は、厚労省ホームページからダウンロードできます。

労災保険審査請求制度 (mhlw.go.jp)

 審査請求と併行して、遺族は、どうして労働基準監督署長が不支給決定をおこなったのかについて確認するため、保有個人情報開示請求(各労働局ホームページから保有個人情報開示請求書をダウンロード可)を、その決定を行った労働基準監督署長を管轄する都道府労働局総務部総務課に郵送します(あて先は、「○○労働局長」とします)。

 同請求書の「開示を請求する保有個人情報」欄には、例えば

「開示請求者(※遺族)が〇〇(〇年〇月〇日生)の自殺に関して〇〇労働基準監督署長に対してなした遺族補償給付等の請求(令和〇年〇月〇日不支給決定)に関して作成された業務上外の判断にかかる調査復命書並びにその添付書類一式
所轄労働基準監督署 〇〇労働基準監督署」

 この保有個人情報請求の結果、労働局から、調査復命書(精神障害の業務起因性判断のための調査復命書)や添付書類が開示されたら、そこに記載されている調査結果、専門医の意見、聴取書などが事実と食い違わないかを分析し、次の再審査請求や企業などに対する損害賠償の請求訴訟の証拠として戦う準備をします。
 保有個人情報請求手続きにより入手した開示書類のうち、聴取書及び聴取事項記録書は、請求人(遺族)のものを除き、墨塗りの状態で開示されることになりますが、労災請求の際、故人と親しかった同僚など遺族からの聞き取りに応じてくれた方について、遺族による開示請求について同意を得られるのであれば、労働者災害補償保険審査官に対し、労働保険審査会法第16条の3第1項に基づいて、聴取書及び聴取事項記録書についての閲覧及び写しの交付等を請求できます。審査官は、第三者の利益を害するおそれがあると認めるとき、その他正当な理由があるときでなければ、その閲覧又は交付を拒むことができないと法律で定められています。

>>遺族が自死遺族が直面する法律問題「過労自殺(自死)」

いじめ自死の裁判の難しさそれでも戦う

 学校でのいじめにより自死した児童・生徒の報道は枚挙にいとまがありませんが、現在の裁判は、いじめ被害者に対して厳しい判断枠組みを採用しており、「教員が当該児童・生徒が自死することを具体的に予見することが可能であった」という事情を要求する裁判例がほとんどです。

 しかし、そうではない裁判例もあります。高校3年生の生徒がいじめ自死した事案で、福岡地方裁判所令和3年1月22日判決(平成28年(ワ)第3250号)は、「特に、遅くともいじめ防止対策推進法が成立・公布された平成25年6月28日頃において、学校内における生徒間のいじめによって、被害生徒が自殺するに至る事案が存在することは、各種報道等によって世間一般に相当程度周知されていたといえるところ、現に学校教育に携わる専門家である被告及び本高校教員らとしては、同法成立以前においても、生徒間におけるいじめが自殺という重大な結果に結びつき得ることを、当然に認識していたはずである。そして、被告及び本高校教員らには、生徒の生命・身体を保護するための具体的な義務として、特定の生徒に対するいじめの兆候を発見し、又はいじめの存在を予見し得た時には、教員同士や保護者と連携しながら、関係生徒への事情聴取、観察等を行って事案の全体像を把握した上、いじめの増長を予防すべく、本生徒に対する心理的なケアや加害生徒らに対する指導等の適切な措置を取る義務があるものと解される。なお、このような義務に違反する作為ないし不作為は、在学契約に基づく付随的義務としての安全配慮義務違反として債務不履行を構成するのみならず、生徒の生命、身体に対する侵害として不法行為をも構成するというべきである。」と判示した後、教員らの義務違反を認定した上で、「被告は、本高校教員らが、本生徒に対するいじめと評価するに足りる具体的な事実関係を把握しておらず、その契機もなかったから、いじめないし本件自死の予見可能性やそれを前提とする義務違反は認め得ない旨主張するが、甲教諭及び乙教諭において、いじめの端緒を認識していたと認められることは前記とおりであるから、被告の主張は採用できない。」と判示しています。

 この福岡地裁の判断は、従来の自死の具体的予見可能性が必要とする裁判例とは見解を異にする判断枠組みです。いじめを認識したのであれば、対応すべき義務があり、自死の具体的な予見可能性まで要求しないという内容です。 このように、心ある裁判官が従来からの被害児童・生徒への厳しすぎる判断枠組みに異を唱えて画期的な判決理由を記載してくれることがありますから、我々は諦めずに何度も戦いを挑んで、現状の裁判所のおかしな考えを改めてもらいたいと思っています。

>>遺族が直面する法律問題 -学校でのいじめ-

「不適切指導」について

令和4年12月に生徒指導提要が改訂されました。

https://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/seitoshidou/1404008_00001.htm

生徒指導提要とは、小学校段階から高等学校段階までの生徒指導の理論・考え方や実際の指導方法等について、時代の変化に即して網羅的にまとめ、生徒指導の実践に際し教職員間や学校間で共通理解を図り、組織的・体系的な取組を進めることができるよう、生徒指導に関する学校・教職員向けの基本書として作成されたものです(文科省のHPより)。

改訂された生徒指導提要では、いじめや「自殺」について各々1章割かれていることも気になるのですが、私が一番気になっているのは、第3章「チーム学校による生徒指導体制」の中の3.6.2「懲戒と体罰、不適切な指導」です。

懲戒や体罰の内容は以前から比較的明らかでしたが、この改訂された生徒指導提要では、部活動における不適切な指導について論じられています。そして、不適切指導の例として、

  • 大声で怒鳴る、ものを叩く・投げる等の威圧的、感情的な言動で指導する。
  • 児童生徒の言い分を聞かず、事実確認が不十分なまま思い込みで指導する。
  • 組織的な対応を全く考慮せず、独断で指導する。
  • 殊更に児童生徒の面前で叱責するなど、児童生徒の尊厳やプライバシーを損なうような指導を行う。
  • 児童生徒が著しく不安感や圧迫感を感じる場所で指導する。
  • 他の児童生徒に連帯責任を負わせることで、本人に必要以上の負担感や罪悪感を与える指導を行う。
  • 指導後に教室に一人にする、一人で帰らせる、保護者に連絡しないなど、適切なフォローを行わない。

が挙げられています。

この不適切指導に関しては、生徒指導提要の中で「教職員による不適切な指導等が不登校や自殺のきっかけになる場合もあることから、体罰や不適切な言動等が、部活動を含めた学校生活全体において、いかなる児童生徒に対しても決して許されないことに留意する必要があります」とあります。

実際に私が担当した事案でも、部活に関するものではありませんが、教職員による不適切な指導等が自死のきっかけと思われるものもありました。不適切指導は、学校生活全体で配慮されるべきものでしょう。

ところで、高校生以上の自死の場合、生徒・学生が、いじめ、体罰その他の生徒・学生の責めに帰することができない事由により生じた強い心理的な負担により死亡したときは、スポーツ振興センターから死亡見舞金が給付されることになっています(スポーツ振興センター法施行令3条7号)。

そして、生徒・学生の責めに帰することができない事由の内容については、スポーツ振興センター災害共済給付の基準に関する規程で、教員による暴言等「不適切な指導」又はハラスメント行為等教育上必要な配慮を欠いた行為を含むものとされています。

生徒指導提要の「不適切指導」とスポーツ振興センター災害共済給付の基準に関する規程の「不適切指導」。両者の関係がどのようになるのか、なんらかの形で判断が出されることが望まれます。

労災認定と民事上の損害賠償

私が当弁護団で担当している自死事件について、先日無事労災認定がなされました。

もっとも、我々弁護団の仕事は労災認定により終了するわけではありません。

多くの方々は、労災認定がなされるとそれにより遺族補償給付等として十分な補償が得られたものと考えてしまいます。

しかし、2022年8月1日付の当弁護団ブログ(作成者:松森美穂弁護士)にも記載のあるとおり、本来、遺族補償給付等の金額は、現実に既に支払われている賃金だけではなく実際に支払われていない未払いの残業代金等を含めた給付基礎日額より算出すべきであるところ、実際には、現実に既に支払われている賃金しか考慮されずに給付基礎日額が決定されていることも少なくありません。

また、労災は、あくまでも国の基準に基づき支払われる保険給付であり、いわば最低限の補償にすぎないため、しっかりと損害を賠償してもらう場合には、会社に対して民事上の損害賠償請求を行う必要があります。

遺族補償給付等と民事上の損害賠償のもっとも大きな違いは、死亡慰謝料が支払われるか否かという点にあります。

遺族補償給付等の場合、死亡慰謝料は含まれておりません。もっとも、民事上の損害賠償請求を行った場合、死亡慰謝料が支払われることが通常であり、その金額の相場は、一家の支柱の方であれば2800万円、それ以外の方々であっても2000万円〜2500万円にものぼります(但し、過失相殺等がなされる可能性もありますので、必ず当該金額が支払われるというわけではありません。)。

民事上の損害賠償請求をご自身で行うことは難しいと思います。

民事上の損害賠償請求をしたいがどうしたら良いか分からない等お困りの方がいらっしゃれば、お気軽に当弁護団にご相談ください。

>>自死遺族が直面する法律問題 -過労自殺(自死)-
>>解決までの流れ 過労自殺(自死)の場合 -損害賠償-

精神医療に関する最高裁判決

 2023年1月27日、最高裁判所は、精神科病院に入院中の患者が無断離院して自死した事案につき、遺族の損害賠償請求を棄却する旨の判断を示しました。
 この事案の原審(高松高等裁判所)は、病院側に説明義務違反があったとする遺族の主張を認め、損害賠償請求を一部認容する旨の判断をしていました。
 判断が分かれたのは、この事案において「無断離院の防止策を講じている他の病院と比較した上で入院する病院を選択する機会を保障する必要性」があったか否かという点です。最高裁判所はこれを否定し、高松高等裁判所はこれを肯定しました。

 また、2019年3月12日、最高裁判所は、精神科に通院中の患者が自死した事案につき、遺族の損害賠償請求を一部認容した東京高等裁判所の判決を破棄して、遺族の損害賠償請求を全て棄却する旨の判断をしています。
 判断が分かれたのは、この事案において「本件患者が自死することについての予見可能性」があったか否かという点です。最高裁判所はこれを否定し、東京高等裁判所はこれを肯定しました。

 ところで、令和3年度の司法統計によれば、医療行為による損害賠償請求訴訟の認容率(訴訟提起後、判決に至った事案のうち患者側の請求が認められる割合)は約20.1%とのことです。これは、医療行為による損害賠償請求訴訟を含む金銭を目的とする訴え全体の認容率が約77.1%であることと比較して著しく低い数字であることは一目瞭然です。

 そのため、精神科医療に関連する事案については、これら最高裁判例で示されたような考え方も念頭に置きながら、慎重に検討する必要があると考えています。

>>遺族が直面する法律問題「医療過誤」

裁量労働制の濫用に要注意です

厚生労働省は、2022年7月15日に、「これからの労働時間制度に関する検討会」での議論をとりまとめた報告書を公表し、裁量労働制の適用対象を拡大に向けて現在、労働政策審議会において議論が続いています。

本来、労働時間は1週間40時間、1日8時間が原則であり(労働基準法32条)、例外的に一定の要件を満たすとその労働時間の枠を超えて働くことが許されますが、割増賃金(残業代)の支払が義務づけられています(労基法37条)。

これに対して、裁量労働制とは、業務遂行方法を労働者の裁量に委ねる必要がある業務について、実際に労働した時間数ではなく、労使協定または労使委員会の決議で定めた時間数だけ労働したものとみなす労働時間の算定制度であり、割増賃金も支払われません。

①システムエンジニア、デザイナー、記者、建築士など一定の専門業務を対象とする場合は「専門業務型裁量労働制」、②「事業の運営に関する事項についての企画、立案、調査及び分析の業務」につき「対象業務を適切に遂行するための知識、経験等を有する労働者」を対象とする場合である「企画業務型裁量労働制」があります。

厚生労働省は、2021年6月25日に「裁量労働制実態調査結果」を公表しましたが、特に注目すべきは、過労死ラインを確実に上回るといえる労働者の割合が、裁量労働制の非適用労働者が4.6%であるのに対して、適用労働者は8.4%ということです。裁量労働制の適用労働者の約1割が過労死ラインを超える長時間労働を行っていることが分かりました。

また、裁量労働制の適用労働者に対する調査において、専門業務型の40.1%、企画業務型の27.4%の労働者がみなし労働時間が何時間に設定されているのか「分からない」と回答しています。

そして「みなし労働時間」は1日平均7時間38分でしたが、実労働時間は平均9時間であったことも分かりました。つまり、実際の労働時間よりも短い「みなし労働時間」が定められ、それを認識していない労働者が少なくない実態が明らかとされました。

労働時間規制は、労働者の生命と健康を確保するために不可欠です。

労働時間規制の例外である裁量労働制の対象業務が安易に拡大され、裁量労働制が違法に悪用・濫用されれば、労働者はますます危険にさらされてしまいます。

今後も、労働者が違法な裁量労働制のもとで働かされていないかどうかを厳しく確認していく必要があります。

パパの育休取得とハラスメント

 出産・育児等による労働者の離職を防ぎ、希望に応じて男女ともに仕事と育児等を両立できるようにすることを目指して、2021年6月に育児・介護休業法が改正され、2022年から段階的に施行されています。改正内容の一つとして、2022年10月1日から、産後パパ育休(出生時育児休業)が創設されました。

 産後パパ育休制度とは、現行の育児休業制度とは別に、子の出生後8週間以内に4週間まで取得が可能となる制度です。育児休業では、原則として1か月前までに労働者が申し出を行う必要がありますが、今回新設された産後パパ育休では、一部例外を除き、2週間前までの申し出が認められます。また、産後パパ育休は、2回に分割して取得することができます。さらに、産後パパ育休では、労使協定を締結しており、労働者側から育児休業期間にも就労する旨の申し出が事業主側に対してなされた場合に限って、労働者と事業主の合意した範囲内で、事前に調整した上で休業中に就業することが可能となります。

 今回の育児介護休業法改正の背景には、男性の育児休暇取得率の低さがありました。

 厚生労働省の報告によると、女性の育児休暇取得率は、過去10年以上8割台で推移しているのに対し、男性の育児休暇取得率は、上昇傾向にあるものの1割前後にとどまっていました。

 また、過去5年間に勤務先で育児に関わる制度を利用しようとした男性労働者の中で、企業における育児休業等に関するハラスメントを受けたと回答した者の割合は26.2%に上りました。

 このように、主に男性労働者が、育児のために育児休業、時短勤務などの制度利用を希望したこと、これらの制度を利用したことを理由として、同僚や上司等から嫌がらせなどを受け就業環境を害されることは、「パタニティハラスメント」ないし「パタハラ」という用語で社会的に注目されています。パタニティハラスメントは、女性に対するマタニティハラスメントと並んで、職場における育児介護休業等に関するハラスメントとされており、育児休業の取得を希望して解雇その他の不利益な取り扱いを示唆されたり、制度の利用を阻害されたり、制度を利用したことによる嫌がらせを受けるような場合には、これに該当し得るものといえます。

そして、決して無視することができないのが、パタニティハラスメントの心身への影響です。厚生労働省の報告によると、男性労働者がパタニティハラスメントを受けて心身にどのような影響があったかという問いに対し、「怒りや不満、不安などを感じた」が65.6%と最も多く、次いで「仕事に対する意欲が減退した」が53.4%と高かったのに加えて、「職場でのコミュニケーションが減った」(34.4%)、「会社を休むことが増えた」(16.0%)、「眠れなくなった」(15.3%)、「通院したり服薬をした」(6.9%)といったメンタルヘルスの不調も見逃すことができないものとなっています。

 産後パパ育休制度の創設もあって、パパの育児休暇取得に対する理解は深まりつつあるといえますが、子を持つママだけでなく、パパの仕事と育児にまつわるメンタルヘルスにも十分の配慮していく必要があるといえます。